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32話

 さて。ウルカとディアーネがいい仕事してくれたおかげで、俺達もアンブレイルの痴態を拝めそうね。

「……ってことで、俺とヴェルクトはここからしばらく、『ディアーネ・クレスタルデ嬢の従者』として行動するぞ」

 俺がアンブレイルと一緒の空間に居たとしても、ディアーネがでーんと構えてりゃあその陰に隠れて気づかれない自信がある。

 アンブレイルはディアーネと俺が一緒に居るって知らない訳だし。

「……隠れる、とは言っても、無理があるだろう。シエル。お前は目立つ」

 しかし、ヴェルクトのいう事もご尤も。

 俺の美貌は目立ちすぎる。こんな高貴な雰囲気漂う従者が居てたまるか、っつの。

「ま、そのために変装ぐらいはしてくよ。ヴェルクト……のだとサイズ合わねえな。クソが。いいや。ウルカ、なんか無いか?」

「私の服でも大きすぎるだろう?……仕方ない、お古を何か探してこよう。とりあえず、シエルアークがシエルアークだと分からなくなるような恰好ならいいんだな?」

「おう。悪いな、ウルカ」

「お互いさまだ。さっきのオーガは私1人じゃ勝てなかっただろうしな。命を救ってもらったんだ、このぐらいはするさ」

 ついでに身支度を整えてくる、と、ウルカは奥に入っていった。

 ……あー、そういえば、オーガの事、忘れてたな。

「シエル、オーガ、というのは」

「あー……うん。ちょっとね、『魔法で強化された』オーガ8匹が結界破って襲ってきた」

 言えば、ディアーネだけじゃなく、ヴェルクトにもその不可解さが伝わったらしい。

『魔法で強化された』って時点で誰かの手が入ってる訳だし、『結界破った』って時点で強さが分かるってなもんだし。

「……誰かがシエルに魔物を嗾けた、ということか」

「いや、分からねえ。俺じゃなくてウルカだったのかもしれない。ウルカは『光の剣』を持ってたからな。あれが目当てだったかも……うーん、分かんねえな、だとしたらなんで魔物は『光の剣』について知ってたんだろ」

「それを言うと、アンブレイルが『光の剣』について知っているのもおかしいんじゃないかしら?あれはシエルとウルカが作ったものでしょう?」

 ディアーネが少々鋭い表情をしているが、それについては種が割れてる。

「あー、多分、俺の部屋、漁ったんだと思うよ」


 ……ほら、俺、7年前、いきなり東塔にぶち込まれちゃったじゃない。

 という事は、自分の部屋の整理も何もできたもんじゃなかった訳。

 ある程度(着替えとか)は東塔に持ってきて貰えたけど、それ以外……武器や魔導書、新しい魔法について書いたレポート、作った魔法薬……そして、人とやり取りした手紙。そういったものはずっとあの部屋に置き去りだったんだよな。

 だから、俺の部屋を漁れば俺とウルカのやり取りが見つかったはずだし、それを見れば『光の剣』についても分かるはず。

 ……或いは、俺が東塔に軟禁されていると知らないウルカが俺に宛てて出した手紙がアンブレイルに読まれていたか。

 だとしたら、『光の剣』が完成した、という喜びの報告をアンブレイルが受けた事になるから、まあ、アンブレイルが『光の剣』について知ってるのはおかしくない。

 おかしくはないが、胸糞は悪いな。まあいい、魔力を取り戻した暁にはあいつの毛根を殲滅してやる。




「シエルアーク。これでいいか」

 しばらくして、ウルカが戻ってきた。

 作業着から普通の服に着替えたらしい。どちらかと言えば女物ってよりは男物みたいな服だが、ウルカによく似あっていた。

 そして、その手には……服、じゃ、無かった。

「鎧っ!」

「ああ。顔を隠すにはこれが一番いい」

 ……鎧である。

 紛う事無き、鎧である。

 フルプレートアーマー。フルフェイスの兜付き。

「……ただ、国王陛下が鎧のできを見たがるかもしれないが……」

 ううん、成程。業物の鎧を身に纏っていれば、『鎧』として目立つことはあっても、『シエルアーク』として目立つことは無さそう。だってここは職人の国。中身なんて気にする奴居ないね、間違いなく。

「いいんじゃないかしら、シエル?私の従者なら騎士でもおかしくないわ」

 お嬢様からの許可も出てしまったので、仕方ない、俺はフルプレートアーマーを着こむ事になったのであった……。

 ……ウルカの作だから、不自然なほどに軽い鎧ではあったが……そんでも重いし動きにくいんだよなあ、これ。




「すまない、お待たせした」

 ……そして、ウルカの店の前で待っていたエルフ兵たちは、布にくるんだ光の剣を持つウルカと、旅装のマントを外して髪を結って、謁見に相応しいドレス姿になっているディアーネと……『2人』の、甲冑人間を見る事になった。

 折角だから、カモフラージュも兼ねてヴェルクトにも鎧着せた。

 戦う訳じゃないからまあ、いいよね、って事で。

「おおお!これはいい鎧だ!」

「材質はなんだ?魔法銀じゃないな?」

 ……そして、綺麗どころ2人より先に、こっちに釣られるエルフ兵たち。

 うん、俺、この国の人達の事が分かってきたよ……。

「国王陛下に謁見するための服が無い、という事だから貸した」

 合ってるけどなんかちがうんでない?ねえ、それ、ちがうんでない?

「成程、確かにこれなら国王陛下の御前でも問題ないだろうな!」

「これはいいものだ……」

 いいの?ねえ、この国、これでいいの?

「さて、では、行こうか。……これより、ウルカ・アドラと、ディアーネ・クレスタルデ嬢とその従者2名をフェイバランド城へお連れする!」

 ……うん、もういいや。




 そして俺達は城へ連れてこられた。

 俺達への視線は、不審なものでは無い。

 ……だって、この町の全員に娘の様に愛されているウルカ・アドラと親し気だし、そのウルカ・アドラの作の鎧を着こんだ奴が2人居るんだから。

 成程、この国では武具が身分証明書みたいになるんだな。

「こちらが玉座の間だ。……現在、アイトリウス王国の王子であるアンブレイル・レクサ・アイトリウス殿下がお見えになっている。……ウルカ、いいのか」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう」

 ウルカは『光の剣』の包みを掲げて、少々楽し気な笑みをエルフ兵に見せる。

 エルフ兵たちは心配そうな顔で、しかし、ウルカ自身が納得しているという事もあり……扉を、開けた。


 玉座の間には、ドワーフやエルフの兵士たちと、国王陛下と……そして、アンブレイルとその従者たちが居た。

 アンブレイルはどこか苛立ったような表情を浮かべていたが、ウルカが入ってきたのを見、ウルカの手にある包みを見て、笑みを浮かべた。

 ははは、笑ってられんの、今の内だけどな!

 ……そして、ウルカの後に続いてやってきたディアーネを見て、アンブレイルの表情は一変する。

 憎々し気にディアーネを睨むアンブレイルに対し、ディアーネは高慢さあふれる美しい笑顔を向け、その怒りを煽った。

 ますます強くなるアンブレイルからの視線に、ディアーネは心底楽し気にくすくす笑うばかりである。

 その姿、正に、『魔女』。いいねえ。俺、こいつのこういう所、好き。


「ウルカ・アドラと『光の剣』を連れて参りました。それから、ディアーネ・クレスタルデ嬢とその従者の方を」

 エルフ兵が国王の元に走り、報告すると、国王陛下は1つ頷いて……俺達に、目が釘付けになった。

「ウルカ・アドラ。鎧は最新作か」

「はい。新しい鋼材を試してみました。魔法銀より軽く、丈夫です。魔法への耐性こそ落ちますが、それを補って余りある性能を実現しています」

 国王は、ドワーフだった。

 俺より小さな国王陛下は、ぴょこり、と玉座を飛び降りると、俺めがけててけてけと走ってくる。

「ウルカ・アドラ!これはなんだ」

 そして、目に光を湛えながら俺にお構いなしに、俺が着ている鎧を検分し始める。

「魔法銀に聖石と炎竜黄金を溶かし込んだ鋼材です」

「ふむ、これなら深層水晶とも相性がよさそうだが。虹金剛石だとバランスが崩れるか。いや、鋼材に聖石をわずかに増やしてみるがいい。恐らくそれで綺麗に収まる」

「はい。今度剣で試してお持ちします」

 ……こんな具合で、ウルカと国王陛下は俺達おいてけぼりでしばらく鍛冶談義に花を咲かせて……そして、国王陛下は、ふと、顔を陰らせた。

「……して、ウルカ・アドラ」

「は」

「『光の剣』を持ってきたのだな」

 ……ああ、国王陛下も嫌なんだな、アンブレイルにこれが渡るの。

 分かりづらいながらも、嫌そうな顔してる。

 が、それに対してウルカはにやり、といい笑顔。

「勿論です」

 ウルカが国王の前で跪き、包みを解くと……中から、『光の剣』が現れた。

「これは」

 国王はそれを手に取ると……にやり、と分かりづらく笑った。

「誇りを捨てなんだな。ウルカ・アドラ」

 ウルカは、嬉しそうに、はい、と、小さく返した。


 国王は『光の剣』をウルカに返すと、横の方に居たアンブレイルを示した。

「ウルカ・アドラ。あちらがアイトリウス王国の王子アンブレイル・レクサ・アイトリウス王子だ」

 行け、と、国王が命ずると、ウルカは無骨ながらも礼儀正しさが伝わる所作で、アンブレイルに近づいた。

「アンブレイル王子。無礼を承知で聞いて頂きたい」

 ウルカは、アンブレイルよりも身長が高い。アンブレイルを見下ろすようにしながら、ウルカは『光の剣』をアンブレイルに見せた。

「これは、私が私の友人のために打った剣だ」

「だから僕には渡せない、と?」

 アンブレイルの言葉には棘がある。……当然、アンブレイルはその『友人』が俺だという事を知っているはずだからね。

 だが、ウルカはアンブレイルの言葉を無視して続ける。

「私の友人は優れた剣士でありながら、それ以上に優れた魔導士でもあった。この剣は、そんな友人のために打った物だ」

 ウルカの目は、どこまでも冷たく静かで、挑戦的な光を湛えている。

「この剣を貴殿が使いこなせるのなら、私はこれを貴殿にお譲りしよう。しかし、もしこれを使えないのであれば……当然、譲る訳にはいかない」

 そして、ウルカは静かに、『光の剣』をアンブレイルに差し出した。

「試すがいい、アンブレイル王子。……大丈夫だ。相応しくないと剣が判断したら、剣は貴殿に応えない。剣に魔力を吸われすぎて死ぬような事は無い。さあ」

 アンブレイルはウルカの言葉に臆することなく『光の剣』を手に取る。

 そして、当然、それを使いこなせると確信した表情で剣を構え……。

 ……それだけ、だった。




 アンブレイルは唖然として、『光の剣』を見つめるが、依然として光の刃は現れない。

「……何故だ」

 目の前の事象が理解できない、という様子で、アンブレイルは……多分、色々な事を考えている。

 そう、例えば、『友人のために作った』なら、その『友人』の魔力を丸ごと奪った自分に使えないのはおかしい、とか。

「……アンブレイル王子。代わりに私が打った剣をお譲りする。勇者が使うに相応しい剣が私の店には他にいくらでもある。殿下に合う剣をお探ししよう」

 アンブレイルとて王子であり、勇者である。ウルカに対して激昂するでもなく……しかし、苛立ちと怒りを隠そうとはしなかった。

「ウルカ・アドラと言ったな。1つ教えてやろう。……お前の友人、とやらはこのがらくたを使うことなどできないぞ」

 ウルカに乱暴に『光の剣』を返して、精いっぱいの皮肉を言うアンブレイルに、ウルカは……『がらくた』という言葉に、初めて、表情に怒りを浮かべた。

「ならば教えてやろう、アンブレイル王子。私はこの『光の剣』を友人のために作った。友人の体がある程度成長し、いっぱしの戦士として戦えるその日のために、だ。私は8歳の子供のために剣を打ったわけじゃない」

 ウルカの琥珀の目は、ぎらり、と強い光をもってして、アンブレイルを射竦める。

 そしてウルカは……一瞬、『光の剣』の刃を生み出した。

 それはほんの一瞬、短剣程度の刃が生まれただけだったが、確かに、強く輝き、その場にいた全員の目に焼きついた。

 当然、ウルカにとって負担にならなかった訳はない。

 その一瞬で使え得る限りの魔力全てを限界まで使いきったウルカは肩で呼吸をしながら、しかし、それでも尚堂々と立ち、アンブレイルを圧迫するように見下ろしていた。

「鍛錬を怠らずに成長した私の友人なら、この剣を使いこなすことができただろう。或いは、私の様にちっぽけな魔力しか持たぬ者でも、自らの限界まで己を削る覚悟があるなら、剣もまた、応えるのだ。……覚悟も無く、鍛錬も怠り自らの魔力をがらくた同然にした者に私の剣をがらくたと言われる覚えはない!」

 ウルカの声は玉座の間に響き、地鳴りの様に揺るがしさえした。

 ……実際、揺るがしたのかもしれない。彼女は地の精霊に好かれているから。


「ウルカ・アドラ」

 静寂を破ったのは、国王だった。

「下がれ」

 簡素な、つっけんどんで冷たくすらある言葉だが、ウルカを肯定も否定もしない。

 ……つまり、『肯定』だ。

 他国の王子であり勇者であるアンブレイルを一喝する無礼を咎めなかったのだ。この王様、流石、分かってるぅ。

「はっ!」

 ウルカは王に一礼すると、魔力不足でふらつく体で、しかし、しっかりと玉座の間から退出していった。

 俺とすれ違いざま、にやり、と笑って。




「……という事だ。アンブレイル殿下にはウルカ・アドラの作の剣を数本見繕って届けさせよう。彼女に選ばせれば間違いなく貴殿に合う最良の剣を選ぶ事ができよう」

 アンブレイルにそれだけ言うと、国王は俺達の方を向いた。

「アンブレイル殿下には申し訳ないが、先にこちらの客人の要件を伺おう。……希少な魔石を杖にする、という事だったな」

 アンブレイルそっちのけで、もう、王様はディアーネの方を見て目を輝かせている。

 俺、こういう人、嫌いじゃない。

「国王陛下。こちらが、私がヴェルメルサ帝王様より賜った『炎の石』に御座います」

 ディアーネが懐から『炎の石』を取り出すと、国王はますます目を輝かせて、寄ってきた。

「ほう、ほう……成程、これは素晴らしい。炎の国ヴェルメルサに相応しい極上の魔石であろうな。しかし、これほどの石となると……いや、要らぬ心配であったか。そなたは火の精霊に好かれているようだな」

 国王の言葉を肯定するように、ディアーネの周りでちろり、と小さく火が舞った。

「……ふむ。これほどの石では、生半可な職人には荷が重かろうな。……ならば、ここから北にあるオーリスという村の、ロドール、というエルフを尋ねるといい。彼ならきっと良き仕事を成すであろう。紹介状を書く。見せればあの偏屈も扉を開くであろう」

 ふんふん。国王直々の紹介状が無いと仕事をしてくれないエルフの職人か。

 これは期待できそうね。

 ディアーネの火魔法がパワーアップするのって、即ち、俺達3人の最大火力が一気に上がる、って事だから、これは素直に嬉しい。

 ……それに、ディアーネが高笑いしながらバンバンど派手に火魔法ぶちかますの見るの、なんかこう、スカッとするっていうか……ま、気分いいんだよね。

「火は我ら地の民の友。鍛冶は火の力を借りて行うもの故にな。……改めて、エルスロアへようこそ、ディアーネ・クレスタルデ嬢よ。貴殿を我らがエルスロアの友として迎えよう」

「ありがとうございます、陛下。私ディアーネ・クレスタルデはクレスタルデの娘として、これからもエルスロアとヴェルメルサを結ぶ航路を守ることで陛下のご期待に沿えるよう、砕身致します」

 ディアーネが優雅に一礼して、国王がさらさらその場で書いてくれた紹介状を頂いて、俺達の用事も終わり。

 さー、とりあえず一旦ウルカの店に寄って、ちょっと隠れて、それから北のオーリスに向かう事になるかな。




 ディアーネの後ろにつき従って俺達も玉座の間を退出。

「上手くいったか」

 退出したところで、ウルカが待っていた。

「ええ。国王陛下直々の紹介状を頂いたわ」

 ディアーネが紹介状を見せると、ウルカは目を大きくした。

「ロドール、か。ああ、成程。確かに、この『炎の石』に相応しい仕事ができるだろう!流石国王様だ。分かってらっしゃる」

 ウルカのお墨付きも貰えたし、この職人さんに頼めば間違いなさそうね。

 多分、偏屈に偏屈を掛け合わせたような人だけど、まあ、職人だから、『炎の石』を『火の精霊に愛された者』のために杖にする、っつう仕事ならいくらでもやってくれるだろうし。

 うーん、楽しみ。


「さて、じゃあ、一旦私の店に向かおう。茶ぐらいは出すぞ」

 とりあえずはウルカの店で鎧脱がなきゃいけないからね。

 ウルカが笑顔を浮かべて提案してくれたところで、ディアーネも頷き……そして、背後で玉座の間の扉が開いた。

「ディアーネ・クレスタルデ。……話がある」

 ……あらら。アンブレイル殿下のお出ましだ。

 ま、もうちょっとここで楽しんでいっても罰は当たらないでしょ?


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