31話
「シエル!」
魔鋼窟を出てすぐの所で、ヴェルクトとディアーネが待っていてくれたらしい。
「怪我は無さそうね。よかった。……貴方がウルカ・アドラ様ね?私はディアーネ・クレスタルデ。ヴェルメルサのクレスタルデの娘です」
「ヴェルクト・クランヴェルだ。よろしく頼む」
「ウルカ・アドラだ。シエルアークの友人なら私の友人でもある。だから、様、はよしてくれ。……よろしく、ディアーネ、ヴェルクト」
ウルカはディアーネとヴェルクトと握手して挨拶を交わした。
……が。
「……っと。……これは……」
ディアーネと握手した時、わずかにばちり、と火花が散ったのだ。
しかしそれは、決して攻撃の意味合いでは無い。
「ああ、ウルカは地の精霊様の寵愛を受けているのだったかしら」
「ディアーネは……驚いたな。相当火の精霊様に好かれているんだな」
方や、地の精霊のお気に入りのウルカ。
方や、火の精霊ぞっこんラブ憑りつき中のディアーネ。
成程、その両者が相見えた時、精霊も相見える事になったんだろうな。
今の火花は精霊同士の挨拶なんだろう。
「という事は……ディアーネは、火の魔法を使えるんだな」
「ええ。火の魔法ならいくらでも」
ウルカの問いに、ディアーネは謙遜することなく胸を張る。ここがこいつの美点だと思うよ。
ディアーネの答えを聞いて、ウルカはちらり、と俺を見る。
「火魔法なら俺より巧いよ、こいつ」
なので、俺からも言葉を添えると、ウルカは1つ頷いて、考え出した。
……なんとなーく、俺にはこいつの考えが分かるぞ。
「そうか……それは……渡りに船だ」
「さて、と。んじゃ、ウルカ。どうする。お前の工房に戻らないとまずいよな?」
わざと聞いてみると、ウルカは首を横に振った。
「いや。戻るとアンブレイル殿下に遭遇しかねない。ここでやる。……ディアーネ、手伝ってもらってもいいだろうか」
「火を出せばいいのね?いくらでも力になりましてよ?」
ウルカはにやり、と笑うと、準備をしてくるから少し待っていてくれ、と言い残して、そこらへんの石を見に行ってしまった。
「……何をする気だ?」
「ん?アンブレイル殿下に献上する武器の強化」
聞かれたから説明してやったのに、ヴェルクトったらますます不思議そうな顔をしやがる。
……うん、いじわるしないで教えてやろうかな。
「まず、ウルカが作った『光の剣』についてだな」
アンブレイルがウルカの『光の剣』を所望してる、だからウルカはイネラ魔鋼窟に逃げ込んだ、ってとこまでを説明し終えて、『これから』の話に移る。
「『光の剣』はその名の通り、実体がない剣だ。柄と、柄の根元にある特殊な魔鋼だけの剣だな。刃が無いんだ。……刃は、使用者が魔力で作り出す」
説明に使いたいんだけど、と言ったら、快くウルカは俺に『光の剣』を貸してくれたので、それを右手に持ちつつ、左手でヴェルクトの手を握った。
「これは……」
そして、ヴェルクトから吸った魔力を右手の『光の剣』に流すと……只の柄から、美しい光の刃が現れたのだ。
「ちなみに、切れ味はこんなもん」
近くの岩を斬ると、やすやすと光の刃は潜りこみ、岩は真っ二つになってしまった。
「……すごいな……」
ヴェルクトは『光の剣』の切れ味に感嘆していたが、俺としてはもっと別なところに感嘆している。
「すごいだろ、これ。……でも、俺としてはお前にびっくりしてる。ヴェルクト、お前、辛くないか」
「魔力を使っていることが、か?……いや、そこまででは無い。魔力を消費していることは分かるが」
へえ。やっぱりこいつの魔力タンクっぷりはすごいね。
これを使っても、涼しい顔してやがる。
「……これ、魔力消費が相当激しいんだ。少なくとも、普通の剣として使うには、あまりにも魔力消費が激しすぎる。だから、魔力を奪われる前の俺ぐらいにしか使えないだろう、っていう前提でウルカはこれを作ってくれたんだ」
「ここだけの話、実は私自身も使えないんだ」
丁度、戻ってきたらしいウルカが苦笑しつつ『光の剣』を俺の手から取る。
途端、光の刃は消え失せてしまった。
「魔力が足りないからな。体が自然と防衛して、魔力流出しないように働いてしまう」
「そういう事。この剣は、ある程度以上の魔力が無いと、使用し続けるどころか、たった一瞬の使用すら叶わない、ってわけ」
「そして、今から私が行うのはこの『光の剣』の強化だ」
ウルカは色々な石を組み合わせて、作業台を作り始めた。
「強化すれば、光の剣の刃渡りは使用者の思いのまま、どこまでも伸ばせるようになる。……具体的には、魔力の消費を調節するための機能を消して、さらに、作動させるための必要な魔力のラインを引き上げる。……威力は上がるだろうが、消費魔力は今の比じゃなくなる」
そーいうこと。つまり、この『光の剣』を俺仕様に強化・改造するってわけ。
勿論、俺が魔力を魔王からぶんどった暁には、ちゃんとこの剣をウルカから譲ってもらって、使いこなしてみせる。
だって浪漫だもん。
「さて。じゃあ、シエルはこちらへ。ディアーネ、ここに火を頼む」
「はい、どうぞ」
ウルカに指示された位置にディアーネが炎を浮かべると、その炎は完全に制御されて、そこにぴたりと収まった。
「シエルはこの線の先を持っていてくれ。溢れた魔力は吸ってくれ。必要以上には吸うな」
「わーってるっての」
そして、ウルカは魔鋼線の端を俺に掴ませておいて、『光の剣』の柄の根元の魔鋼をハンマーで叩き始めた。
……これがウルカの能力だ。
魔鋼の持つ不可思議な特性を、鎚で叩きながら引き出し、変性させ、仕上げる事ができる。
複雑な術式を組み込みながら魔鋼を加工する事ができる。
……何度見ても、その作業は美しかった。
金属との対話。精霊の力の顕現。エルフとドワーフの魔法。……あらゆるものが混じりあって、1つの作品を成していく。
これを美しいと言わずして、何を美しいと言うのだろう。
邪魔しちゃ悪いから、ただただ黙って、俺はウルカの作業を見学し続けた。
作業自体は半刻ほどで終了した。案外早かったね。
「さて、お疲れ様、シエル。もういいぞ」
「俺は疲れてないけどな。ディアーネ、平気?」
「あら、この程度で私が疲れるとでも思ったのかしら?」
平気そうで何より。
「これで完成したと思うが。……念のため、ヴェルクト。持ってみてくれないか」
早速、ウルカは改造が終わった『光の剣』をヴェルクトに手渡す。
……すると、一瞬、鋭く光る刃が長く長く伸びて、数秒維持されたかと思うと……消えた。
そして、ヴェルクトはぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、『光の剣』をウルカに返す。
「……これは……流石に……辛い……」
だろうね。
それでも、数秒は維持できたんだから大したもんだと思うけど。
「アンブレイルは今、以前のシエルよりも多くの魔力を持っているんだろう?」
「ま、以前の俺に毛が生えたぐらいだと思ってくれていいよ。元々のアンブレイルの魔力なんて大したこと無かったし」
「なら大丈夫だ。使えっこないな」
ウルカはにやり、と笑うと、『光の剣』を大切に布に包んで鞄にしまう。
「さて。じゃあ私はフェイバランドに戻る事にしよう。そろそろアンブレイル殿下もフェイバランドへご到着なさるだろうからな。シエルアーク達はどうする」
うーん……安全策を取るなら、ここで一晩野営してアンブレイルをやり過ごしてから、ってのがいいんだろうけど。
「俺、アンブレイルが『光の剣』使えなくてガッカリする所を見たい」
俺、嫌いなやつが嫌な思いをするのは大好きである。
ということで、一旦俺達はフェイバランドまで帰ってきた。
尤も、俺はマントの留め金を外して、マントのフードを被って、簡単に変装した状態である。
流石に、堂々と歩く気にはならないからね。
「ウルカ!ウルカじゃねえか!」
「ああ、スミフ。ただいま」
町を歩いていると、通りがかったドワーフのおっさんが寄ってきた。
「おめえ、良いのかよ!あの『光の剣』、取られちまうからイネラに行くって……」
「ああ、それならもう解決したんだ。心配してくれてありがとう、スミフ」
ウルカがそういうと、ドワーフのおっさんは、ならいいんだけどよ、とかなんとか、もそもそ言いながら戻っていった。
……が。
「あっ!ウルカちゃんじゃないの!あんた、いいの?隠れてなくて……」
「ウルカ姉ちゃん!おい、隠れてなきゃだめだろ!本当にウルカ姉ちゃんは馬鹿なんだから……」
「ウルカ、そっちは駄目だ……うちの中通って裏口から抜けてけ……」
……終始こんなかんじであった。
この町でいかにウルカが愛されてるかが良く分かる。
ウルカに声を掛けてくる人達は皆、ぶっきらぼうだったり喋り方がもそもそしていたりすることも多いし、ウルカはともかく俺達の姿を見ると黙っちゃったり目を逸らしたりするわけだけど……まあ、みんな、良い人なんだよな。
あっちを通り、こっちを避け……というように、町の人達の協力のもと、俺達は無事、アンブレイル一行に見つからずにウルカの店まで戻ってくる事ができた。
ウルカの店の前には、2人、エルフの兵士が居た。
「ウルカ・アドラ!帰ってきてしまったか……くそ、すまない、ウルカ。王からのご命令だ。お前と『光の剣』を王城へ連れて行く」
……成程。ウルカを『連行』するための兵士ね。とは言っても、こいつらもやっぱりウルカの味方をしたいみたいだけれど。
「ありがとう。私も『光の剣』も大丈夫だ。……ただ、少々時間を貰っていいか。王の御前にこの格好で行くわけにはいくまい。それから……」
ウルカは俺達を振り返って、『どういう言い訳をする?』と、口だけで聞いてきた。
俺がディアーネと目配せすると、ディアーネはにこり、と優雅に微笑んで、1歩、前へ進み出た。
「フェイバランドの兵士の方かしら。お初にお目にかかります。私、ヴェルメルサの港町クレスタルデの領主の娘、ディアーネ・クレスタルデと申します」
ディアーネは口上を述べて、兵士の前で優雅に一礼。
「この度は、フェイバランド陛下にお目通りしたく。……ヴェルメルサの国宝の事で、ご相談に乗って頂きたいことがございますの」
ディアーネはそう言って、鞄から『炎の石』を取り出してみせた。
「これは素晴らしい!」
「おお、いい石だな!これならいい杖になる!」
すると、エルフ兵たちは一気に顔を明るくして、俺ならどの木材を使うだの、どんな術を組み込むだの、と楽しくおしゃべりを始めてしまった。
……流石職人!
「……いいだろうか」
あまりにおしゃべりが続くので、ウルカが止めた。
「こちらのディアーネ嬢は、ヴェルメルサ帝王より『炎の石』を授けられた。そして、このエルスロアにて杖へと加工することをお望みだ。そのため、国王陛下に良い職人を紹介して頂こう、という事らしい」
おお、ナイス言い訳!
エルスロアの王様だって、エルスロアの民だ。こんなにいい魔石について相談されたら嬉しくなってしまうに違いない。特に用事もなく謁見するための言い訳としては最上級!
「だから、私と一緒に彼女らも連れて行きたい。彼女らは私の友人だ。構わないだろうか」
ウルカの問いに、エルフ兵たちは快諾。
ディアーネはにっこりと微笑んで礼を言うと、ひとまず、『俺達を連れて』ウルカの店の中へ入ることにした。
はい。その通り。
今の俺はディアーネ様の従者にございます故、ってね。




