30話
というかね。
普通に考えて、全ての魔物と戦う必要なんてないんだよ。俺は世界中の魔物を殺したい、とか、そういう思想の持主じゃない。
ただ、ちょっと魔王から貰わなきゃいけない物貰ってぶち殺して終了、ってだけだ。
だから今、俺が最優先しなきゃいけない事は、時間。
時間を優先すべきなら、魔物との闘いよりも先に進むことを優先すべきだ。
どーせ、ウルカは奥に結界でも張って魔物を気にせず採掘してるんだろうし、ウルカに会えたらどうせ鋼窟の抜け道とか知ってるんだろうから、魔物に出くわさずにするりと帰れるだろうし。
……ってことで、俺はゲームのRTA走者もかくや、っつうナイスな走りを見せていた。
ゲームのRTAでも同じだけど、こういう時に大事なのはまずコース取り。障害物に引っかからず、ショートカットできるところはショートカットして、最短ルートを、最速で。
そしてもっと大事なのは、魔物にエンカウントしない事。
これに関しては、俺は魔力を持っていないから、魔物に気配を感じられにくい。
なので、この特性を生かす為にランプを消した。明かりがあったら、『ここに獲物が居ますよー』っつう恰好の的になっちまうからね。
……明かりも無しにどうやって先へ進むの、って言ったら、そりゃ、『魔力を見る目』だ。
できるかなー、とは前から思ってた。
だって、赤外線カメラとか、あるじゃん。前世の世界には。なら、魔力だけで世界を見ることだってできるんじゃないの?って思ったわけ。
この世界に『完全に魔力を持っていないもの』が自然には殆ど存在しない。
自然に『完全に魔力を持っていないもの』があっても、その内周囲から魔力を吸って、次第に魔力を蓄えていく。
水の中に乾いたスポンジを落とせば、水を吸っていくように。
だから、この世界にある『完全に魔力を持っていないもの』は、特殊な方法で保管されているものか、或いは、常に魔力を消費しているため常に空っぽか、という事になる。
という事は、この自然物に囲まれた『イネラ魔鋼窟』においては全てが魔力の目をもってすれば見える、という訳であり……。
……ってのは理論だけの話で、実際にやってみたら、まあ、うん、面倒だった。
何せ、強い魔力は強く見えるし、弱い魔力は弱く見える。魔力が少ない所は見えづらい。遠くなれば魔力は弱く見えるし、近づけば強く見えるし……。
だから、実用化は難しいか、とも思ったんだけど……こう、意識をぐりんぐりん弄り回していったら、なんとかうまくいった。
なんかね、今まで俺は魔力の目を『1つ』で見ていたらしいんだ。
だから、今度はそれを『2つ』用意するイメージで……つまり、目玉と同じようにした。
そうすればある程度は立体視できるし、近い遠いも凸凹も難なく分かる。
……ただ、疲れる。うん。欠点はそれだけ。
というわけで、明りもつけずに快適な走りを実現した俺は、時々魔物と交通事故を起こしつつも無事、碌に交戦もせずに目的地まで到達する事ができたのだった。
正直、ウルカの魔力なんてうろ覚えだから結界の魔力を目的に進んできたわけだけど、概ね、その方針は合っていたらしい。
魔力の壁をするり、と素通りした先では、採掘用ピッケルを振るう、目的の人物の姿があった。
「ウルカ!」
声を掛けると、一瞬びくり、とした後、目の前の人物……ウルカ・アドラは顔を輝かせ、ピッケルを放り出して駆け寄ってきた。
「シエルアーク!シエルアークじゃないか!ははは、相変わらずお前は小さいなあ!」
「うるせえ!このデカ女!お前は相変わらずでかいのな!ドワーフのくせに!」
「ははは、私がドワーフなのは半分だけだからな!残り半分はエルフだ!はははは!」
……目の前の人物、ウルカ・アドラはヴェルクトと同じかそれ以上、という体躯に逞しくしなやかな筋肉をもち、ついでに声もでかけりゃ乳もでかい、という、何から何まででかい女である。
……一応、補足しておくと、ドワーフという種族は総じて、ちっちゃい。
身長140に満たないのは当たり前、大人になっても人間の子供と同じぐらいの身長しかないのが普通、である。しかし体は筋肉質で、人間よりもずっと力持ちである。
対して、エルフは長身であることが多い。女でも170ぐらいは普通にあったりする。その代わり、体つきは華奢でスレンダーであることが多い。
……つまり、このウルカ・アドラは、ドワーフの筋肉とエルフの身長、そして両方の技術と精霊に愛される魔力を持ち、ついでに突然変異で乳まででかくなったというかなりレアな生き物なのだった。
それから少々積もる話などを片付けて、本題に入る。
「で、だ。ウルカ。お前、例のアレ、完成した?」
「ああ!勿論だとも!面白いものになったぞ。……ただ……」
そこでウルカは一度言葉を切って、しゅんとした。
「……悪いが、お前には渡せなくなってしまったんだ」
しょんぼりしたウルカから事情を聞くと……非常にむかつく真相が分かった。
「つまり?アンブレイル殿下に献上せよ、っつう国王命令が出ちゃった、ってこと?」
……アンブレイルの奴、クレスタルデからエルスロアまで、鳥文を出していたらしい。
エルスロアの王様とスムーズに謁見するためのアポだからまあ、それはいいんだけど……そこに『エルスロアで武具を調達したい』っつう旨まで書きやがってたらしく……エルスロアにある最高の武具がいくつか、アンブレイルに献上されることになっちまったらしい。
ウルカが作った『光の剣』(つまりビーム●ーベル)もその中に入っているんだとか。
……まあ、仕方ない。アンブレイルはアイトリウス王国の正当な王子なんだし、それ以上に『勇者』でもある。
ここでエルスロアが真っ当な武器を用意してやらなかった、なんてことになったら、『魔王封印』に助力しなかった、っつって世界各国から非難が飛んできかねない。(そういう意味ではヴェルメルサの帝王様は本当に立派な人なんだけどね。)
「嫌でもなんでも王様からの頼みなら断るわけにもいかない。私はエルスロアの民だ……王様にもお世話になっている」
「そりゃそうだ。別に責める気はねーよ」
「だが!……だが、私としては、やはり……自分の作品は、それ相応の使い手に使ってもらいたかった」
……ウルカは、『友人との約束の品なのだ』と言って、『光の剣』の献上を一度は拒んだらしい。
しかし、アンブレイルは『光の剣』を名指しで所望していたらしく、逃れることはできなかった、という。
「そんでボイコットしてきちゃった、って訳ね?」
「……ああ、そうだ!私は……私は、私の友人のためにこの剣を作ったのだから……だから、『光の剣』を持って、魔鋼窟に隠れる事にしたんだ。鉱石採掘の護身用に持って行ったなら……私が『不慮の事故』のせいで帰りが遅くなってしまっても、言い訳は効くだろうと思って……」
……しかし、それじゃあエルスロア王とウルカの立場が悪くなる。
かといって、『光の剣』をアンブレイルに渡しちまうのも癪っちゃ癪なんだよね……。
何か良いアイデアは……。
……。
考えに考えた所で、ふと、奇妙な軋みが聞こえた。
「ウルカ、ここ、大丈夫か?何か軋む音がする」
「音?……いや、地の精霊は何も……」
ウルカが異常を察知していないなら、落盤とかじゃあなさそうだが……。
……まさか。
「ウルカ!伏せろ!」
ウルカを半ば押し倒すようにして伏せさせると、さっきまで俺達の頭があったところに鈍色の刃が突き刺さる。
「……嘘だろ?私は確かに結界を……」
「馬鹿!相手が結界破るぐらいに強いって事だ!」
俺の言葉を肯定するように、ぱりん、と音がして……巨体を揺らしながら、魔物が数体、こちらへ向かってきていた。
……オーガ、だ。
まずい。まずいまずいまずい。
俺、複数相手にやりあうのは好きじゃないタイプ。
しかも相手はオーガ。1対1でもそこそこ苦戦しそうな奴が……1、2……うわ、8体も居やがる。
「ウルカ、ここから逃げる算段は!」
「駄目だ、どちらにしろ、ここは行き止まりで……結界を張った位置より向こう側へ一度出ない事には……!」
ウルカが居たのは鋼窟の最深部。丁度、袋小路なのであった。だから結界が張りやすかったわけなんだろうけれど……。
だから、やり過ごすのは無理。
第一、オーガ共は全員、間違いなく、俺達を狙ってきてるし!
「しかし、変だ。この辺りにオーガなんて……」
「そんでも居るんだからしょーがないでしょーが!……ウルカ、お前、とりあえず結界張り直せ。お前の周りだけでいい。その代わり、さっきより頑丈に!ばっちり決めとけよ!」
しょーがない。正直、嫌なんだけど、やるしかない。
俺は剣を抜いた。
オーガはでかいし一撃一撃が重いが、そんなに素早くは無い。
今回はそこにつけこんでやるしかないね。
走る。
オーガにつっこむ、と見せかけて、すぐ横の壁を蹴る。
そのまま飛んでオーガの後ろ上空に回り込んだら、剣をフルスイング・アンド・クビチョンパ。
……が、首を半ばまで斬られたにもかかわらず、オーガは死ななかった。
すっぱりやった傷口からぶしゃぶしゃ血をまき散らしながら、俺に向かって腕を振るってくる。
咄嗟に俺は防御の姿勢をとって、オーガの攻撃を受ける。
吹き飛ばされながらもなんとか受け身を取って、すぐ離脱。第二撃第三撃……と複数の攻撃があちこちから飛んでくるが、それらをなんとか躱しながら、ウルカの結界の側まで来る。
「シエルアーク」
「結界、解くなよ」
ウルカは戦えない。こいつは鍛冶屋ではあるが、戦士では無い。
それに、戦わせる訳にはいかないのだ。俺が回復魔法を使えない今、回復手段は限られる。下手にこいつが取り返しのつかない怪我をしたら、俺の計画が台無しである。
「しかし!シエルアーク、このままでは」
「るっせえ、大人しくしてろ」
もう一度、オーガの中に突っ込んでいく。
今度は、オーガにわざと囲まれるように。
俺を狙って複数方向から繰り出されるオーガたちの攻撃を、全て紙一重で(少々かすりつつも)避けていく。
……すると、狙い通り、オーガの攻撃数発分は、俺じゃなくて別のオーガに当たった。
こうして同士討ちを狙って消耗戦に持ち込めば……。
……無理だろうな。
さっき首を切ってやったオーガは、まだ動いている。
オーガに殴られたオーガも、頭を数度振っただけで立て直しやがった。
しぶとすぎる。おかしい。異常だ。ありえない。
『まるで、魔法で強化したようだ。』
……このオーガは野生のオーガじゃない。
ウルカも言ってたが、この辺りにオーガは居ない。居たとしても、大人しいもんだ。わざわざ結界を破ってまで人を襲うなんておかしい。
ウルカの『光の剣』が狙いか、それとも……俺か。どっちにしろ、相手は用意周到、って訳だ。
耐久力の高すぎるオーガがそれを証明してくれちゃってる。
……そう。耐久力が高すぎるのだ。このオーガ共。
だから、消耗戦なんて挑んだら、間違いなく俺が先にへたって死ぬ。
かといって、剣でちくちくやっててもこの有様だ。
ならどうするか。
……俺の必殺技、というか、反則技、というか……『魔力吸収』を行えばどんなタフなオーガでも一撃で沈められるだろう。
幸運な事に、相手はドラゴンじゃない。オーガだ。
鱗を剥がなくても、触れれば魔力を吸えるだろう。
……ただ、問題は、素手で触るには相手の数が多すぎる。
リーチの短さを補うために走り回ろうにも、この狭い坑道の中で、複数の化け物が相手だ。
1体と間合いを詰める間に別の奴から攻撃を頂いてしまうだろうな。
剣じゃダメージが足りない。
魔力を吸収するにはリーチが足りない。
逃げるには相手が悪い。
……さて、こうなったら、俺の十八番の登場だ。
つまり、『ぶっつけ本番』って奴ね。
ウルカの近くにウルカの道具が落ちていた。
ピッケル、鉱石を入れる袋、ハンマー……そして、目的の物を手にする。
それは、細い魔鋼製のロープ。
崖を下りる時に使ったりするものなんだろう。そこそこの長さがあり、先にはかぎ爪が取り付けてあった。
「ウルカ!これ、ごみにしていいか!」
「ああ、くれてやろう!」
よし、許可は得た。
……俺はしなやかな細い魔鋼線を編んで作られたそれを構え……ロープの先のかぎ爪を振り回して、投げた。
狙い通り、とはいかなかったが、それはオーガ2体に引っかかる。
更に運のいいことに、オーガ達はロープを怪しんでか、むんず、とロープの先端を掴み、俺ごと振り回そうと力を入れた。
それが狙いだった。
オーガ2体が強くロープを握った時、細いロープはオーガの手に食い込んだ。
そして、俺の手にも。
……俺とオーガをロープが繋ぐ。
俺は、一気にロープから魔力を吸い取った。
魔力は水や熱や電気に似ている。
多い所から少ない所へ、高い所から低い所へと流れていく傾向がある。
当然、物によって魔力をどの程度蓄えられるか、っつうのは別だが……『魔鋼』なんかは、その能力が総じて高い。ましてや、ウルカの持ち物なんかじゃ、当然。
……常にキンキンに冷やされ続ける金属線を握り続けていたら、どうなるか。
当然、体が冷えていく。
それと同じ事。常に魔力を失って『0』にされ続ける魔鋼のロープは、その先に居るオーガから魔力を吸い取っていく。
普通のオーガなら、大した量は取れなかっただろう。
しかし、相手は『魔法で強化されたオーガ』である。
不自然に高められた魔力は、その分零れ落ちていくのも早い。
……オーガが異変に気付いて暴れ出すより先に、俺はオーガ達の周りを駆け抜ける。
ロープを持ったままのオーガに加え、ここに居るオーガ全員にロープが絡みつくように。
流石に全部のオーガに、とはいかなかったが、それでも更に2体のオーガをロープで捉えた。
そいつらからも、ロープ越しに魔力を吸ってやる。
……ある程度まで魔力を吸ったところで、ロープが切れた。
いや、切れた、というよりは、崩れた。
魔力が行ったり来たり吸われたり吸ったり、ってなもんで、耐えきれなかったんだろう。
だが、4体のオーガはすっかり弱っている。
そいつらにとどめを刺すのは簡単だった。
後はウルカの荷物から魔鋼の鎖を貰って、もう一度同じことをやった。
ロープよりも長く持ったので、今度は鎖経由の魔力吸収だけでオーガ3体をダウンさせることができた。
そして、残る1体は……間合いを詰めて、剣で脚の健を切って、倒れた所に直接触れて、魔力吸収。
……これにて戦闘終了である。
「あああああ疲れた!俺疲れた!」
魔法で強化されたオーガを、1人で8体倒したのだ。我ながら大したものだと思う。うん、大したもの。すごくすごい。俺は偉い。
「シエルアーク!見ていたぞ!なんだ、今のは!」
目を輝かせながら寄ってきたウルカにざっと説明すると、ウルカは興味深そうに何度も頷いて……俺が駄目にしてしまった魔鋼のロープと魔鋼の鎖の残骸を検分し始めた。
「……ふむ、成程な。……これは……」
「おい、ウルカ。次の手を打たれる前にここを出るぞ」
「次の手……そうか、分かった。少し待ってくれ」
ウルカはいそいそ、とロープと鎖の残骸を回収すると、荷物をまとめ始めた。
「こっちだ」
それから、ウルカの案内で俺は魔鋼窟を進み始める。
「……こんな狭い道通るの?」
「ここなら安全だ。『聖石』の鉱脈だからな。魔物は近寄らない」
ああ、そういう事。
確かに、岩壁には所々、白く輝く不思議な石が覗いている。
天然の魔よけがあれば、確かにこの道は安全だろう。
「……なあ、シエルアーク。さっきの、光の剣についてなんだが」
安全な道だから暇、ということなのか、ウルカはさっきの話を持ち出してきた。
しかし、その声にさっきのような悲しさは無い。
「『強化』したい。さっきシエルアークが魔鋼でやった事をやってくれたら、できるんだ。力を貸してくれ」
強化。アンブレイルの手に渡る、『光の剣』を、『強化』する。
……ああ、そういうこと?
思わず、笑みが漏れる。
「オッケーオッケー。いくらでも尽力しちゃう。このシエルアーク・レイ・アイトリウスにお任せあれ」
俺が喜色満面で返すと、前を歩くウルカもくつくつと笑みを漏らす。
それから俺はウルカから強化の手順についてざっと構想を聞かされて、ますます笑みを深める事になった。
「……あ、ウルカ」
でも、これは忘れてはならない。
「強化すんのはいいけどさ、魔王の魔力で動かせる程度のレベルに留めといてね?」
アンブレイルには使えなくていいけど、俺は将来的に使う気でいるから。




