表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/158

29話

 という事で、イネラ魔鋼窟に向かった。

 ……向かった、って言っちゃえば簡単だけど、フェイバランドからイネラ魔鋼窟までの道は鋭く切り立った岩山で、道とも言えないような有様である。

 だから、道中は完全にロッククライミングになる……予定、だった。

 いや、俺は普通に岩山登りするつもりだったよ。当然。

 ヴェルクトも流石、森を飛び回ってただけあって、ひょいひょい足場の悪い場所を登って行ったから、そんなに苦じゃなかったと思う。

 ……問題は、ディアーネだった。

 このお嬢様、お上品にも魔力布のドレスなんざ着てるもんだから、こういう足場の悪い所は本当に苦手。

 せめて膝丈ならいいんだろうけど、裾はロング。これじゃあとてもじゃないけど山登りなんてやってらんないよね。

 だから、しょーがねーから俺の服貸してやるか、とか、ディアーネだと尻が入らねえかな、とか、そういう事を思ってたんだよ、俺は。

 ……しかしこのお嬢様、予想の斜め上を行ってくれた。

「シエル、魔力が比較的少ないのはどのあたりかしら?」

 岩山を目前に、ディアーネはそんなことを聞いてきた。

 とりあえず『魔力を見る目』に意識を切り替えて岩山を見回して……ある一角に魔力が少ないのが見えた。

「あそこらへんの黒っぽい岩のあたり」

「そう。ありがとう」

 ディアーネは微笑むと……右手の杖に、魔力を集め始めた。

「道が無ければ作ればいいのよ」

 そして、そんな物騒な事を言ったと思ったら……次の瞬間、熱風。

 俺のすぐ横を炎の奔流が駆け抜けていき、『魔力が比較的少ない』あたりを襲う。

 避難してきたヴェルクトと一緒に一連の流れを見守っていた所、炎は岩を焼くにとどまらず、そのまま焼き溶かしていき……溶岩の流れとなって、そして、急に消えた炎の跡には、固まった溶岩の道ができていたのである。

「行きましょうか」

 ディアーネは優雅に笑顔を浮かべると、固まったとはいえ未だに滅茶苦茶熱いはずの『道』を踏みしめ、ドレスの裾を靡かせながら山を登って行った。

「……俺達は道なき道を行こうぜ」

「そうだな。火傷は御免だ」

 そして、俺達はその横をせっせと進む事になったのであった。


 ちなみに、今回ディアーネが焼き溶かしちゃった岩は、後でドワーフ達が『火属性の鉱石がたくさんある!』っつって喜んで掘ることになったらしい。




 ディアーネはそんな調子で岩山を焼き溶かして道にしつつ進み、俺とヴェルクトはロッククライミングしながら進み……なんとか、イネラ魔鋼窟に到達した。

「……気配が既に」

「魔物の巣窟、といった所かしら?」

 入り口から既に、魔物の気配を強く漂わせる鋼窟を前に、なんとなく足が竦むような思いにさせられる。

「ま、もたもたしてても始まらねえし、さっさと入ってウルカを見つけるか……」

 エルスロアの民からしてみれば、ましてや、地の精霊に愛されたウルカのような者ならば、この程度の『魔窟』は庭のようなものなのかもしれない。

「次からはもーちょっと会いやすい所に隠れてくれよ、って言っとかなきゃな」

 少々気持ちに無理やり踏ん切りをつけて、俺達は暗い魔鋼窟の中へ踏み入った。




 魔鋼窟は本当にその名に違わず、『魔』鋼窟であった。

 珍しい鉱石が岩肌から覗くのに目を取られて立ち止まる余裕すらない。

 奥へ奥へと進む傍ら、いつ暗がりから姿を現すかも分からない魔物への警戒を途切れさせることはできないのは勿論、魔物との交戦中ですら、他の魔物への警戒を続けなくてはいけないような有様だった。

 また、警戒は魔物だけに向ければいいというものでは無い。

 なにせ、明りが俺達の灯すランプ以外に無い、真っ暗闇の中だ。周囲の地形にも気を配らなくてはいけない。

 ただ躓いて転ぶぐらいならいいが、うっかり縦穴にでも落ちたら死にかねない。

 ……ということで、俺達のイネラ魔鋼窟歩きは苦難の連続であった。

「つくづく、ディアーネといい、ウルカという人といい、シエルの知り合いの女は1人で洞窟に潜るな……」

「俺のせいじゃねえもん!」

 ヴェルクトがぼやくのも無理はない話である。

 何せ、こんな狭い坑道の中だから、ディアーネの大規模な魔法は使いたくない。

 粉塵爆発の恐れもある。貴重な鉱石が失われてエルスロア民の恨みを買う恐れもある。下手に岩盤が焼け溶けでもしたら、そのまま一気に落盤でジ・エンドとかもあり得る。

 ……となると、必然的に魔物との交戦はヴェルクトの仕事、という事になるのだった。


 イネラ魔鋼窟は幸か不幸か、天井の低い場所や壁から飛び出た魔鋼の塊等が多い。それらは全部ヴェルクトの足場になる訳。

 実際、ヴェルクトは炎竜の巣で戦っていた時より数倍はいい動きを見せていた。

「シエル、そっちは頼む!」

「はいはい」

 尤も、俺も引けを取らないけどね。

 ディアーネがくれた細身の剣を、魔物の脚関節を狙って突き出す。

 魔物の体勢が崩れた所で、今度は一気に喉を狙って、致命傷を与える。

 後ろからきた魔物にディアーネが小さな火の玉をぶつけて気を引いてくれたので、その隙に背後から心臓を一突き。

 ヴェルクトが取り逃がした魔物が1匹こっちに来たので、そいつの攻撃をギリギリで躱して、そのまま首をぶった切る。

 ……自慢じゃないけど、俺、王族の割には戦闘慣れしてる方。

 魔法が使えたからね。魔物狩りには良く出てた。魔術の研究をしようと思ったら魔物を実験台にするのが一番平和だし、そうじゃなくても、魔法薬の材料を取りに行ったりするときに魔物と戦わなきゃいけない事もあったし。

 ……そして、俺の戦闘慣れは魔物に限った事じゃない。

 俺の事を妾の子だと陰で馬鹿にする騎士を試合でコテンパンにするべく頑張ったし……模擬戦でもなく、実戦も。人を殺したこともある。俺の命狙ってきた賊を、だけど。

 ……だもんで、今更、いきなり急所狙い、っつう戦い方に抵抗は無い。

 いきなり魔物の懐に突っ込んで心臓狙うのも、首狙うのも、割と得意。

 ……けど、こう、攪乱する、とか、ちょっと意識を引く、とか、剣だけで1対複数の大立回りやる、とかいうのはどっちかっつうと苦手、なんだろうなあ……。


 ……つまり、何が言いたいか、っつうと、俺は割とヴェルクトとディアーネのサポートありきで戦ってる訳。

 ま、当然っちゃ当然だよね。そっちのが効率良いし。そのための仲間なんだし、そこに問題は無い。

 ……ただ、だからこそ、困るのだ。

 1人になった時に。




 ヴェルクト1.5人分ぐらいのサイズがある魔物を倒した時、倒れた魔物が岩壁にごつん、と勢いよくぶつかった。

 ……それが原因、だったのかね。

「……なんだ?」

 奇妙な、空気が軋んで歪むような音。予感。そして。

「伏せろ!落盤だ!」

 凄まじい音と衝撃と共に、俺達の頭上から一気に、岩石が降り注いだ。




「……ってて」

 幸いな事に、頭を打ったりはしなかった。

 それこそ、打撲とか細かい傷は数知れず、ってところだけど、坑道で小規模とはいえ落盤に巻き込まれても生きてたのだ。幸運だったと思うべきだろう。

「ヴェルクト!ディアーネ!返事しろ!」

「シエル!」

「私達はここよ!シエル!」

 そして、仲間が恐らく無事である、という事も。

 不幸中の幸いに、ついつい柄でも無く女神サマにお祈りしたくなっちゃったり。

「……怪我はどうだ?」

「俺は大した事は無い。ディアーネが足をくじいた」

「この程度ならポーションですぐよ。心配いらないわ。……シエル、そこに居るのね?」

 ……が、非常に迷惑な事に……降り注いだ岩石は、俺達を二手に分断してしまったのである。


「この程度の岩なら私の炎で」

「やめろアホ!落盤延長二回戦する気か!やめろ!」

 岩石の壁の向こうからディアーネの物騒な台詞が聞こえたので、慌てて止める。

 一回崩れちまった岩を溶かしでもしたら、もっと大規模な落盤になりかねない。勘弁していただきたい!

 ……これだけ埃が舞ってる状態だったら、下手したら粉塵爆発になりかねない。いつものディアーネならそれすら何とかしそうだが、焦って冷静さを失ってるであろうディアーネだったら、その爆発の炎を制御するのが間に合わないだろう。

「そっち、どうだ。道は他にありそうか?」

「ああ。来た道を戻れそうだ。……シエルは」

 ……ちょっと見回して、ため息。

「奥に進めそうだ。……って事でヴェルクト。お前、ディアーネ連れて外に出てろ」

 しょうがないもんね。下手に別の道を見つけて、とかやってたら、道に迷ったりして余計に酷いことになりそうだし。

「シエル、本気なの!?」

「本気。俺なら大丈夫。ウルカ見つけちまえばこっちのもんだし、俺1人なら気配も魔物に気取られねえだろうから暗闇に紛れてホイホイっと進めちゃうでしょ」

 俺が返すと、岩の向こうで2人が黙った。

 ……あ、ひそひそしてる。

 あ、なんか陰口叩かれてる予感。やだなー、やだなー。どーせ2人して俺の事『自分勝手』とか『猪突猛進』とか言ってるんだろうなー。


「……分かった。シエル。くれぐれも気を付けて」

「おう。ウルカ見つけてさっさと出るわ。……日没になっても俺が帰らなかったら、救援頼んでくれ」

 岩の向こうで、振り返り振り返り2人が去った気配を感じてから、俺は奥に進み始めた。


 ……こういう時、困るのだ。

 俺は1人になった時、戦う術が滅茶苦茶少ない。

 剣術は基本的に1対1のお上品剣術がベース。

 魔法は使えない。

 必殺・魔力吸収はリーチが滅茶苦茶短い。

 一体何の縛りプレイだっつう話だな、こりゃ。

 ……が、これはむしろチャンスだと考える。

 思い出せ。ロドリー山脈を抜けた時も、ドラゴン相手に引けを取らなかった。

 その相手が『滅茶苦茶強い1体』なのか、『そこそこ強いいっぱい』なのかの違いだ。

 これからもこういう事があるって考えりゃ、ここで戦い方の訓練ができるって事で……。

 ……。

 ま、とりあえずは三十六計なんとやら、かな。

 俺、自分の身の丈に合わない無茶はしないタイプ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ