27話
「シエル!本当に泳ぐつもりか!」
「ったりめーだろ!ここまで来て引き下がれるかっつうの!」
「あきらめも肝心だと思うけれど」
「人魚の鱗と秘薬があるってのに滝登りの1つもできずに何が勇者だ!山登るよりは滝登る方が楽そうでいいだろ!実際ここまでも楽だったし!」
……ということで、俺達は今、エルスロア国土の川を泳いでいる。
いやあ、結局、瞬間移動装置は使わない方向で来ちゃった。
どう頑張っても瞬間移動装置使って移動するとなると、その後徒歩で岩山を超えなきゃいけなかったんだけど、海から川を上って行けば、岩山を歩かなきゃいけない距離は減る。
色々考えた結果、人魚の鱗と秘薬が折角手に入ったんだから、という事で、泳いで川上りすることにした。
で、今、そのついでで滝登りに挑戦中。
まあ、山登るよりは川上る方が楽でいいんだ。そう、人魚の鱗と秘薬があればね!
人魚の力を得て泳げるようになるって事は、水がそのまま道になるって事だ。
だから、岩山と川の移動しやすさを比べたら、それこそ、ぼこぼこの道と舗装された道ぐらいの差がある。
泳ぎがそこまで得意じゃないディアーネですら、俺に引っ張られたりヴェルクトに引っ張られたりしながらそこそこいい速度で進めるんだから、まあ、これを使わない手は無いよな。
「……死ぬかと、思っ、た……」
「おいおい、この程度で死んでたら魔王と戦った時に命が幾つあっても足りねえぞ」
「シエル、私もこんなの、二度とごめんだわ」
ということで、仲間から非難を浴びつつ、それでもお互い謎の達成感に包まれつつ、俺達は川を上りきった。
滝でロッククライミングしなきゃいけない以外は、流れに逆らって泳ぐだけだからそこまでの苦労でも無かった。
海水が染み込んだ服もすっかり淡水で置き換えられてたから、あとはディアーネに火魔法で乾かしてもらえばすっかり元通り。
「……あれがフェイバランドの城ね」
「うん。そ。……あれ、ディアーネは来るの初めて?」
「ええ。私、アイトリウスとヴェルメルサ以外の国は初めてよ」
へえ、以外。港町の元締めのお嬢様なのに。……あ、いや、そっか。ディアーネは『できそこない』だったから、あんまりあちこちに連れて行って貰えなかったのかもしれない。
そう考えると、ま、こいつを旅に連れ出せて良かったな、って気分にちょっぴりなったりならなかったり。
「ヴェルクトは当然初めてだよな」
「ああ。……正直、エルスロア、といわれても、どんな国なのかピンとこない」
ふむ。まあ、そうだろうね。こいつの知識にはおよそ、地理歴史公民辺りは殆ど入ってないんだろうし。
「よーし、分かった。じゃ、ここらで野営の準備しつつ俺が説明してやろう」
「川上りしていたらもう夜だものね……」
ね。腹減った。人魚の鱗は泳ぐスピードとか技術とかは無駄にいっぱい授けてくれるんだけど、腹が減らないようにはしてくれないのよね……。
火はいつものごとく、ディアーネが出してくれたので、俺達はそれを囲みつつ、携帯食料を齧っていた。
人魚の島で魚の油煮の瓶詰とか干し魚とかもらってきたので、今日のご飯はソレ。
魚の瓶詰は……もうちょっと塩辛くてコクと旨味が強くなったツナみたいなかんじかな。パンに乗っけて食う。
……パンより飯の方が合いそう。
これに関しては、ヴェルクトが持ってたチーズの残りも一緒に食ったら何やら非常に美味かった。
それから、干し魚。
そのまま炙って齧ってもいいんだけど、今回は水と野草と一緒に煮て戻して食った。
干し肉とかはこういう風にスープみたいにして食うと塩加減が丁度いいんで、ちょっと手間かける余裕があるならこうやって食った方がいい。体もあったまるしね。
食事も終わったところで、ヴェルクトは寝床の準備をし、ディアーネは魔物避け(というか魔物殺し)の結界(という名のトラップ)を張り、俺は食後のお茶を用意する。
お茶は、碁石サイズに固められた茶葉の塊とフィロマリリア名物の魔石を水に入れて火にかけるだけ。
この魔石、何の目的で入れてるかっていうと、フレーバー兼薬効、ってところかな。
俺がアイトリアの東塔に軟禁されてた時に魔力源として要求した、『風呂に入れとくと花の香りのお湯になる魔石』みたいな奴ね。
あんなかんじで、爽やかな柑橘系の香りとミントみたいなすっきりした後味、そして旅の疲れを回復する効果をお茶に付けてくれるという1粒で3度美味しい魔石なのだ。ちなみに効果が無くなるまで何回か使える。
寝床とお茶ができたところで、寝床に潜って顔だけ出しつつお茶を飲みつつ(ディアーネもこういうお行儀の悪いことしてみるのが楽しいらしいよ)、ヴェルクトとディアーネにエルスロアの説明をする。
「さて、じゃ、エルスロアの説明するぞ。前にも言ったかもしれねえけど、簡単に言っちゃえばドワーフとエルフの国だ」
エルスロアは、国土の半分は山!残り半分は森!……みたいなかんじの国である。
一応、世界一の国土面積を持ってるんだけど、そんな地理なもんだから、広いんだか狭いんだか……。
あれだ。前世風に言えば世界一小さい大陸みたいなかんじ。国としては広いけど、まともに住める場所は狭い、みたいな。
……ただし、それは『人が住むなら』の話。
エルスロアに住むのは、その多くが山の民や森の民。……つまり、エルスロアはドワーフとエルフの国なのだ。ちなみに、獣人の類も少々いたりする。
……という事で、さっきまで居た人魚の島とは一転、エルスロアは一番種族というものにこだわりが無い国なのだ。
それこそ、相手が人間だろうがエルフだろうがドワーフだろうが変わりなく接してくれる。
多分、魔物でも気にしないんじゃないのかな。
……。うん。本当に、『変わりなく接してくれる』よ。
ただし、まあ……国民性、っていうのかね。
エルスロアに住む者であれば、『頑固』『ツンデレ』『人見知り』のどれかの属性は、絶対にある。下手すりゃ全部ある。
妙にフレンドリーな奴が居たら、多分そいつは酔っぱらってるか、エルスロア民じゃない奴である。
……逆に、一度仲良くなれれば、あとは末永くツンツンデレデレ仲良くしてくれる、っつう国でもあるね。
エルスロアがドワーフとエルフの国だ、っつうことはまあそれでいいとして、だ。
……山と森、という、人が住むには厄介な土地も、エルスロアの民にとっては宝でしかない。
よって、エルスロアの首都フェイバランドは山の中にある都市である。
……なんでって、ドワーフたちが『鍛冶やりたい』『なら鉱山の近くに住んだ方がいいじゃん』『だったら山の中に町作っちまおうぜ』ってやったからなのだ。
そう。ドワーフは鉱石を扱う事において、右に出るものが居ないと言われる種族。
彼らの魂は鉱石と共に在り。趣味は鍛冶。特技は鍛冶。職業は鍛冶屋。日課は鍛冶。家事ほっぽり出しても鍛冶。
……だから、鉱石がたくさん採れる素敵なお山の中に町があるのである。よそ者不歓迎っぷりはもはやストイックとかそういう域じゃない。
……ただ、まあ、そんな町でそんな種族だから、鉱石関係の商品の質と品揃えは群を抜く。
ヴェルクトのナイフをエルスロアで買おう、って言ったのはそういう事。
さらに、鍛冶だけじゃなく、近くに森もあるものだから、木材には困らない。
これは鍛冶の燃料になるだけじゃなくて、エルフたちが加工して弓や杖を作るのにもつかわれる。
なんといっても、エルスロアの森はとにかく、魔樹が多い。
魔樹の枝は扱いこそ難しいものの、エルフの手にかかれば弓や杖にすれば最高の弓や杖になる。
ディアーネの炎の石をエルスロアで加工したい、っていうのはそういう事ね。
……ま、そんな技術と加工の町だから、俺の用事もある。
エルフは木材の加工だけじゃなくて、魔法にも秀でた種族だから。
だから、俺の『魔王から根こそぎ丸ごと魔力を奪うための道具』作成についても、糸口が見つかればいいな、って思ってる訳。
……心当たりはあるしね。
ってことで、大体ここら辺の話をしたところで、さっさと寝て、翌朝。
起きたら、周りに焦げた獣の死体が転がっていて非常にすがすがしさからかけ離れた目覚めを演出してくれていた。
ディアーネが張った結界によるものなんだけどさ。
……こええよ!
焼けた中でも割とまともそうな奴をヴェルクトが捌いて、それの肉とか皮とか牙とかを回収。
よって、朝食はパンとお茶、そして焼き肉。
俺、あるものは有効に使いたいタイプ。
ボリューミーな朝食を終えたところで、早速歩き出す。
川が結構山の深くまで続いていたから、フェイバランドまではすぐである。もう城も見えてるしね。
「いいか、着いたらすぐに俺の知り合いの鍛冶屋に行って、買い物済ませて、すぐにフェイバランドを出るからな」
「……そうしないとアンブレイルと鉢合わせする可能性が高いのよね」
そう。アンブレイルの目的地も、おそらくはこのフェイバランドなのだ。
……武器の調達もここで一回したいだろうし……それ以上に、地の精霊を祀る祠がここにある。
魔王封印のために、絶対にここには来る事になるはずだから、まあ、鉢合わせの可能性は非常に高い。
「けど、アンブレイルの事だし、どうせどこかで2泊ぐらい無駄にしてるだろ」
俺の読みじゃ、まず、ディアーネからの手紙が着いたときにすぐ出発せずに1泊した可能性が1つ。
それから、船で道中、ポルグフあたりに停泊して1泊した可能性が1つ。
更に、エルスロアの港町ガフベイに着いて1泊した可能性が1つ。
更に更に、フェイバランドの山の麓のどっかで1泊した可能性が1つ。
……4つぐらい休憩ポイントがあるんだから、多分、どっかで2泊ぐらいはしてるだろ。
となれば、アンブレイルが到着するのはどんなに速くても、今日の昼すぎ、って事になる。
さらにアンブレイル達は到着してすぐ王城に行って王様にお目通り願うなり、祠へ行くなりするんだろうから、まあ、時間はそこそこあるだろう。
ちょっと急げばその間に用事済ませて撤収ぐらいはできる。多分。
……うん。何も無ければ、ね。




