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26話

 という事で、用意してもらったふかふかベッドでぐっすり眠って、朝っていうか昼過ぎに起きて、食事をご馳走になった。尚、出てきたのがシーフードだったため、人魚は魚を平気で食べることが判明した。あーよかった。

 海の中らしく、油っ気が少なくて煮込みとかが多い食事だったね。アクアパッツァとかそういうの。炭水化物もパンとかじゃなくて、すいとんとかニョッキとかそういう類だった。

 一応、煮炊きはしてるみたいだから、火を使わないでは無いんだろうけど、油で焼くとか、ましてや揚げるなんつうのは滅多にしないみたい。こういう異国情緒感じられるのっていいよね。


 そして食事が終わり次第、改めて国王陛下と謁見、という事に相成った。

 ……一応、俺、シエルアーク・レイ・『アイトリウス』だから。アイトリウスの国の名を汚さない程度の振る舞いは求められるわけよ。ちょっと肩が凝るよね。完璧にやってのけるけどね。




 玉座の間に通されると、そこは既にきれいさっぱりお掃除してあった。

 そして、玉座に座る国王陛下は昨日とは打って変わって、確かに王たる威厳をもってそこに居た。

 王の御前ということで、俺とディアーネは非の打ちどころがない所作で跪き、ヴェルクトは……それはそれで真摯さが伝わる所作で跪いた。

「面を上げよ」

「は」

 尤も、跪いて壇上に居る国王陛下を見上げてこそいるが、臆することも無く、むしろ堂々と、『跪くという役を完璧にこなす舞台俳優』か何かにでもなったつもりで振る舞う。

 体の動きこそ完璧な礼節を守りつつ、しかし、表情はどこまでも自信たっぷり、堂々と。それが『アイトリウス』の名を背負う俺の所作である。

「……名を、なんといったか」

「シエルアーク・レイ・アイトリウス。この人魚の島より南東のアイトリウス王国の、『不当なる』王の子に御座います」

 不当な、と、国王の口が微かに動き、歪んだ。

 ……侮蔑じゃないな。どっちかっつうと同情か。

「……余は、メセラ・メルリント。この島を……人魚の国を治める者。この島を代表して、礼を言おう」

「身に余る光栄です」

 メルリント王は、俺を見て……ふむ、と1つ、頷いた。

「……時に、シエルアーク・レイ・アイトリウスよ。正直に聞かせて欲しい。……シーレを初めて見た時、どう思った」


 ……は?とか、言わない。言っちゃったら流石にそりゃ駄目。

 かといって、悩む時間も無い。回答に時間を掛けたら、それが『答え』になっちまう。

 だから、まあ、正直にいこう。

「『人魚』が実在することに驚きました」

 答えると、メルリント王は少々目を見開き……そうか、とまた1つ頷き……顎に手を当てて、考え込んでしまった。

 ……とりあえず、ご機嫌を損ねた、ってわけじゃなさそうね。

「……シエルアーク・レイ・アイトリウスよ。人魚と人間にまつわる歴史は知っているか」

 あー、はいはい。

 オーケイ。この王様が何を悩んでて、何を聞きたがってるか分かった。

「いいえ。なぜなら、『人魚は伝説上の生き物だったので』」


 ……多分、あれだろ。

 俺は知らないけど、遠い遠い昔、人魚は人間に虐げられた。

 だから人間を通さぬ海流に囲まれたこの島で、人間と交流なんてせずに、ひっそりと暮らしていた訳だ。

 しかし、時が流れるにつれて、人間は人魚の事を存在自体、知らなくなった。

 人魚を虐げていた人間は全員死んだのだ。長い長い時の間に。

 ……だから、『シエルアーク・レイ・アイトリウスは人魚を虐げようとした訳では無い』。

 何故なら、人魚が人間によって虐げられる対象であったことなんて、知らないんだから。


「シエルアーク・レイ・アイトリウス」

「は」

「此度の働きを讃え、褒美を取らせようと思う。望むものを言ってみるがいい」

 暫く考えたメルリント王がそう言った時、警戒らしいものはもう無かった。

 ……きっと人魚は、人間に虐げられていた記憶をこのまま埋もれさせていく事にしたんだろう。

 そうしないと人間に救われたっつう事態に納得できないからかもしれないし、俺がこの島を助けた事をきっかけに変わろうとしてる、って事なのかもしれない。

 ……だから、俺は調子に乗った事を言うのだ。

「ならば……我が国アイトリウスの友になってはいただけないでしょうか」




 俺は終始、『え?人魚と人間の歴史?何それしらなーい』っつう態度を貫いたし、国王は年若い人間が無邪気に『お友達になってよ!』ってやるのをどこか微笑まし気に見ていた。

「アイトリウスの技術を用いれば、この島の上空に大規模な結界を張る事ができます。そうすれば、空飛ぶ魔物とて侵入できません」

 後は、ひたすらセールスマンになったようにアイトリウスと交易することで得られるメリットを述べ、そして、この島のいいところをひたすらあげていった。

 ……まあ、アレよ。アイトリウスは魔法大国だから。

 アイトリウスの技術があればこの島はもう魔物に襲われませんよ、っつうのは十分魅力的な材料になるし、人魚の島の素材を使えば未だかつてない魔法を生み出す事もできるかもしれない、いずれは自分もその魔法の開発に携わりたい、っつう……熱い思いをね、ぶつければね。いいわけですよ。

「……心底、其方は魔法が好きなのだな」

「はい」

 そして、満面の笑みである。

 もうね、中性的な俺の美貌、フルに有効利用しちゃう。

 カッコつければおねーちゃん達をコロッと落とせるし、純粋無垢な笑顔を浮かべればオッサンのハートにもずっきゅんよ。ね?簡単でしょ?

「……そうか」

 この人魚の王様、あまりに楽しそうに色々話すもんだから、人間の王族のガキが可愛くなってきたらしい。

「いいだろう。人魚は古くより人間とは関わりを断っていたが。……そろそろ、新しい水が流れ込むべきなのかもしれぬ」

「本当ですか!」

「ただし」

 メルリント王は威厳たっぷりに言いつつ、しかし、その表情はどこか優しい。

「アイトリウスの国と、とはいかぬ。……まずはしばらく、其方……シエルアーク・レイ・アイトリウスと、交友を結びたいと思う。こちらも、今更突然人間と触れ合うには少々長く時を置きすぎた。少しずつ、時間をかけていきたいと思う。どうだろうか」

 ……よっしゃ!

「はい!シエルアーク・レイ・アイトリウス、メルリント国王陛下のご期待を裏切らぬよう、アイトリウスと人魚の国の架け橋となりたいと思います!」

 最後にもう一丁笑顔をサービスして、俺の『褒美』の話は終了したのだった。




 その日の夕方には、人魚の島を出発できる算段が付いた。

 島の特産物っぽい薬草とか、貝殻とか、そういうものを買ったり貰っちゃったりしつつ、楽しく荷造りを済ませて、俺達は人魚の島の出入り口へやってきた。

「あの!」

「ん?ああ、シーレ姫。ご無事で何より」

 入り口近くで、人魚……俺達をこの島へ導いたシーレ姫と再会した。

 そういや、ディアーネやヴェルクトはそうでも無かったと思うけど、俺自身は島に入ってからずっとシーレ姫と会ってなかったな。

「……ごめんなさい、シエルアークさん。私、シエルアークさんを騙すようなことをしました」

 シーレ姫は心底申し訳なさそうに俯いている。

 ……うん、まあ、『勇者』を連れて来い、っつう魔物の命令に従って俺を連れて行った訳だからね。確かに、騙した、っていやあそうなるのかもしれないけど。

「何のことかな。俺はシーレ姫のお望み通り、人魚の島を魔物から救っただけ。別にシーレ姫に騙されて行動した訳でもなんでもないっつの」

「でも、私、魔物に」

「良く分かんないけど、なんか気になる、っていうんだったら、今度アイトリウスに遊びに来てよ。東大陸の最南東にリテナ、っていう港町がある。俺もまた人魚の島に遊びに来るから、その時はよろしくして?」

 ね?と同意を無理やり求めれば、シーレ姫は俺に押されてこくり、と頷いた。

「じゃあ、またいつか」

 シーレ姫に手を振って、泳ぎ出す。

 ……泳ぐ方向は、北だ。

『……シエルアークさん!ありがとう!ありがとう!』

 後ろから、シーレ姫の声が水に乗って聞こえてきた。

 ……あ。

 人魚が水の中でどうやって発声してんのか解明できてない!

 ……まいっか、また今度で……。

『……お姉ちゃんじゃないけど……人間も、悪くないな……』

 微かに、ぽつり、と呟きを最後に、人魚の声は聞こえなくなった。

 そう遠くなく、また聞けるだろう。

 もしかしたら、いや、きっと、アイトリウスの港町のリテナとかで。




 一回浮上しましょう、というようにディアーネがジェスチャーしたので、俺達は一度、海面に顔を出した。

「シエル!貴方、どちらへ向かっているの?」

「陸はあっちだぞ」

 ヴェルクトが指差す方は、俺達が来た方……つまり、フィロマリリアから北西に向かった、例の祠の方である。

「いや、なんかさ、ここからだったら……戻るより進んじまったほうが早い気がしない?」

 一方、俺が指差す方は、これから行く方……エルスロアの方。

「……泳ぐのか。あそこまで」

「うん」

 何なら、川登りもしてもいいよね。そしたらエルスロアにも早く着くんじゃないの?


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