25話
道中で親分魔物を適当に殺してから、人魚のお姫様たちの部屋に戻る。
案の定、扉の前で魔物たちがわらわらしてたので、剣で応戦する。
……扉に意識が向いてる奴らに後ろから奇襲掛けるだけの簡単なお仕事だからね。
それから、期待してなかったけれど人魚の国王陛下も加勢してくれたもんだから、結構あっさり片がついた。
「お姫様方―、お父上をお連れしましたよー。開けてくださーい」
魔物を片付けてからドアをバンバンやったら中でもそもそ気配がして、そっとドアが開いた。
そっと覗き込んできた人魚姫に笑い掛けつつ、人魚の国王陛下をドアの方に押しやれば、人魚姫たちの顔がぱっと明るくなる。
「お父様!」
「お父様、ご無事で!」
飛び出してきそうなお姫様たちを国王陛下ごとドアの中に押し込む。今はあんまり時間が無いんでね。
「それでは、国王陛下。しばらくこちらでお待ちください。こちらに来る余裕がある魔物は少ないとは思いますが、変わらず警戒を」
「あ、ああ……」
国王陛下はまだ状況が良く分かってない。ごめんね。全部終わった後で説明してあげるから許してね。
「シエルアーク様、お気をつけて……」
一方、お姫様の方はすっかり俺に好意的である。いいね。やっぱり顔面って正義。
「ええ。じゃあ、ちゃちゃっと魔物を片付けて参りますので、失礼!」
さて、俺はこれから地下に向かう。魔物はあんまり気にしなくていいだろ。多分。
……窓の外からディアーネの高笑いが聞こえる。
答えはそれだけである。それ以上でも以下でも無い。もう、あの魔女が高笑いしてりゃ大丈夫である。うん。俺は気にせず残りの人魚の救出に向かうとしましょうかね。
案の定、城内はすぐ混乱に包まれた。
魔物は右往左往、地下牢を守る魔物も、外に突如現れた魔女への対応の為に駆り出されている始末。
おかげで俺はすっかり手薄になった地下牢に入り込む事ができた。
「死にたい奴からこっちにこーい。逃げるなら俺は見逃してやるぞー」
残ってた魔物もオロオロしてるもんだから、通りすがりに触って魔力を吸ってやるなり、剣でぶった切ってやるなりすれば大体それで済むし、済まなかった奴は大体すぐ逃げた。ははは、ちょろいちょろい。
「に、人間?」
「なんで人間が……?」
牢の中の人魚たちは俺の方を見て怖がったり怯えたり、怪しんだり……と散々な反応を返してくれた。
けどまあ、これはしょうがないことだと割り切って、ひたすら笑顔で彼彼女らに対応する。
安心させるような言葉を掛けて、牢屋を1つずつ開けていく。
牢屋の鍵はある程度は見つかったんだけど、見つからないのもあった。そういうのは牢屋の鉄格子から魔力を限界まで吸ってから、魔物が落としたらしい斧でぶった切る。
……そんなに難しいことじゃない。海の中ってだけあって、鉄格子は魔鋼製だった。当然、錆に強くしてあるし、強度も上げてある。
でも、魔法の強化を取っ払っちゃったら只の軟鉄だったからね。斧の刃こぼれとか考えなければ切断ぐらい容易い容易い。
けど、まあ……種を明かさなければ『ちょっと触れたかと思ったら次の瞬間ただの斧で魔鋼の格子を一刀両断』だからね。ちょっとしたパフォーマンスにはなったらしい。
人魚から注がれる視線は最初こそ怯えの中に嫌悪感だの軽蔑だのが混ざってたけれど、その内そこらへんは畏怖に変わっていった。ははは、気分いい。
にこやかに笑顔を浮かべて安心させるような言葉を掛けつつ、人魚を全員牢屋から出したら、全員を誘導して外に出る。
……外では。
「さあさあ!焼かれたい者から前へ出なさいな!地獄の業火で焼き殺して差し上げましてよ!?」
ディアーネが大暴れしていた。
……その横で、ディアーネの撃ち漏らしを淡々とヴェルクトが片付けていた。うーん、ナイスコンビネーション。
この2人をどうにかしようとした魔物だけじゃなく、その魔物を助けようとして城からおびき寄せられた魔物までもがここに来ては焼死体となっていた。ヒュー!地獄絵図だね!
「ディアーネ!」
「ああ、シエル!丁度良かったわ!魔力の補給をしてくださる?」
「オッケー。あ、もう暴れなくていいから。代わりにこの人魚たちの護衛、お願い。とりあえず安全そうな所で待機してて。あ、あと、空から逃げる奴は射落としてね」
ディアーネとヴェルクトと手を繋いで、ヴェルクトからディアーネへ魔力を移動させてやって、ディアーネの弾薬を補充。これでまたしばらくは持つだろ。
「分かったわ。シエルは?」
「城内の撃ち漏らし片付けてくる。ヴェルクトは俺と来て」
人魚の護衛ならディアーネ1人で十分だろう。多分、相当量の魔物はもう死んだし……。
「そう。シエルも気を付けて。……さあ、人魚の皆さん、こちらへ。シーレ姫がお待ちよ」
さっきまで優雅に大暴れしてた魔女がいきなり淑女と化したところで人魚の警戒はMAXになっていたが……逆に、『逆らったら焼き殺される』みたいな抑止力にもなったのかな。人魚のみなさんはディアーネに粛々と従って移動を始めた。
「さて、あと城に王様とお姫様3人が残ってる。他にも魔物がまだいると思うから、そっちも片付けないと。お前、まだいける?」
「舐めるな」
ディアーネに魔力を移した影響か、さっきまで戦っていた影響か。ヴェルクトは若干疲れた表情をして座り込んでいたが、俺が声を掛ければすぐ立ち上がった。
「あっそ。元気そうで何より。んじゃいこっか」
ヴェルクトと一緒に、また城の中へ戻る。
今度は王様とお姫様を部屋から連れ出してあげて、それから城の魔物を掃討して……ってかんじかな。
未だに島の状況が分かっていなかったヴェルクトに歩きながらざっと今までの事を説明しつつ、城内の魔物をとっちめる楽しい作業を続けた。
……ヴェルクトはこういう建物の中でも強いな。
柱を蹴って天井を蹴って上から急降下、とか。梁に足でぶら下がって回避、とか。やっぱり天井とか木の枝とか、上にある障害物を利用して戦うのが好きみたいね。
うーん、俺もある程度のアクロバティックはできるけど、こいつ程じゃない。
どっちかっつうとまだ、俺の方が正統派な戦い方するかんじかも。
……一応、俺の戦い方のベースは王宮仕込みの武術だからね。基礎がしっかりしちゃってる。
逆に、ヴェルクトは戦い方のベースが狩猟生活での狩りそのものだから、そこんとこが俺とは根本的に違うんだろう。
……俺の攻撃の中では相手に直接触れて魔力を吸うってことが一番のダメージソースになる訳だから、俺こそ接近戦に強く無きゃいけないんだけどね。
一回、ヴェルクトに教えてもらってもいいかも。俺がアクロバティック接近戦できるようになったらそれこそ最強だもんね。
「もっかいこんにちはー」
国王陛下とお姫様たちは相変わらず無事だったので、先に玉座の間にいる魔物を片付けに来た。
「貴様!親方様ヲどうしタ!」
あ、そういえばこいつらの親分、人質にとってここを出たんだよね。
「殺した」
ネビルムの村ではずるずる魔物を殺さなかったからヴェルクトが死にかけた訳だし。俺は学習する生き物です。
「なんダと……!?」
一斉に殺気立つ魔物を前に、俺は剣を抜いてヴェルクトはナイフを構える。
「ここ、天井高いから一旦廊下に出るぞ」
「ああ」
そして、魔物が襲い掛かってきた瞬間、俺達は身をひるがえして一目散に廊下へ駆け戻った。
「なッ!?」
「逃げるノか!?」
ある程度戦略的撤退してから、いきなり振り返る。
このころには魔物もある程度分断されて、ハイスピードで1対1の戦闘を繰り返せばいいようになっていた。
やっぱり囲まれたら戦いづらいからね。相手を分断するのは基本のき。
「上ダ!」
更に、廊下は玉座の間よりも天井が低いし、梁も柱も窓もある。
ヴェルクトが戦うならこっちの方が地の利がいい。
「あんま遠く行くなよ!」
「お前こそ!」
……という事で、あとはひたすら切った張った。
俺は右手で魔法銀の剣振り回して、時々左手で魔力吸って。
ヴェルクトは上から横から下から後ろから、って具合にアクロバット。
統率の取れてない魔物の軍なんて、そんなに強いもんじゃないからね。
連戦連戦連戦になってしんどかったのはしんどかったけど、しばらくしたら無事、いた魔物を全部片付ける事ができた。
「……朝か」
「うわー……また徹夜しちゃったよおいおい」
そして、その頃には窓から朝陽が差し込んでいたのだった。
……俺、最近徹夜ばっかなんだけど。そろそろ真っ当な睡眠時間を連続して摂りたい。
流石にこのままじゃ心象悪いんで、城の中だの城の外だのに散らばる魔物の死体を片付けた。アフターケアもばっちり。
片付け方は簡単。俺とヴェルクトが死体を運搬したら、ディアーネが灰にする。それだけ。超簡単。超疲れた。
城の中の血痕とかは水魔法のエキスパート揃いの人魚たちならいくらでも掃除できるだろ、って事である程度放置することにしたけどいいよね?
という事で、島の中央に人魚の皆さんを集めた。
「居ない方はいませんか?全員いますか?怪我してたら言ってください。薬があります」
そして、とりあえず、居ない人魚が居ないか確認してもらった。
……一応、島の中を見回った中で、人魚の死体は見つからなかったからね。ならきっちりそれを実感してもらった方がいいだろう、っていうことである。
数名、怪我人が居たんで、ポーションを分けて治してあげて、点呼も済んで……人魚の島の平和が実感されてきたのだろう。人魚たちの顔が明るくなってきた。
「全員いますか?怪我はもうありませんね?」
再度確認して、全員が肯定の反応を示したところで……。
「……あの、島の状況の説明もします。あとでしますから……今は、寝床、貸してください……」
俺、いい加減眠い。ヴェルクトはまだ普通に見える顔してるけど、多分、相当疲れてるはずだ。一晩戦いっぱなしだったからね。
……そして、ディアーネが。
あんだけノリノリだったけれど、やっぱり海の加護の強い中で火を使いまくるのは消耗が激しかったらしい。
俺の腕の中で気絶するように眠ってしまっている。重い。
「……お父様、お願いします」
「シエルアーク様たちは私達のために戦って下さったのです」
「今こそ、過去を忘れて人間に与する時では」
そして、お姫様達が国王陛下に掛け合ってくれて……遂に、国王陛下は頷いた。
「……この恩人達に、休息を」
うん、ほんとね。
……起きたら起きたで大変そうなんだけど……今は素直に気づかないふりして、休ませてもらおう。ね。




