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22話

「交通費……?」

「そ。交通手段。俺達人間はご存知の通り、海の中では呼吸ができない。そして、君たち人魚のようには上手に泳げねえから、多分、人魚の島に着く前に流されて死ぬ」

 というか多分、人魚の島まで海流も何も無くても泳いで渡るのは辛そう。少なくとも俺は嫌。

「ああ、それは大丈夫!人間でもこれを唇に塗れば水の中でも息ができます!」

 シーレ姫が懐から取り出したのは、薄青のガラスのような、不思議な質感の貝殻。なんだこれ見た事無い貝殻だな。

 二枚貝の貝殻の中には、真珠色の光沢を持つ軟膏のようなものが入っている。

「これは……?」

「人魚の秘薬の1つです!うふふ、私、こう見えてお薬作るのは上手なんですよ!」

 ……へっへっへ、早速お宝出てきたじゃあないの。いいねえいいねえ、この調子でどんどん珍しいもの出してもらおうじゃない。

「それからー……えい」

 シーレ姫は更に、自らの尻尾から鱗をぶちぶちと毟り取った。

「痛くないの?」

「ちょっとは痛いです!」

 ああやっぱりそうなんだ……。

「でもこれを持っていれば人間でも上手に泳げますよ!」

 ということで、掌に乗るくらいのサイズの人魚の鱗3枚と、秘薬入りの薄青ガラスの貝殻を頂いてしまった。

 へっへっへ、毎度あり。

 しかし……もうこの時点で未知のアイテム目白押しである。

 人魚の鱗はいい素材になりそうだ。虹色っぽく透き通って綺麗だし、何より、水系の魔力と相性がよさそう。

 軽くて丈夫そうだから防具とかにしてもいい具合になりそうね。勿体ないからそんな使い方しないけど。


「シエル、貸して頂戴な」

 人魚の鱗をしげしげ眺めてたら、横からディアーネが手を伸ばして、薄青ガラスの貝殻を持っていく。

 ディアーネは二枚貝を開いて中から軟膏を薬指で掬い、唇に塗っていく。

 ……うーん、やや艶を増した唇と相まって、妙に妖艶である。流石魔女。

「シエル、こちらを向いて?」

「ん」

 ついでに、ディアーネは俺にも軟膏塗ってくれた。

 ……おお。すげえ。

 塗られた途端に、唇がすっと冷たく潤うかんじ。やっぱりこりゃ、海由来のものなんだろうなぁ。それも、特別上等な。

 ……ってことは、ディアーネはこれの効果、俺やヴェルクトよりも早く切れちゃいそうね……。

「ヴェルクト」

「いや、いい、俺は自分でやる」

「もう指に取ってしまったの。駄々を捏ねていないで早くこちらを向いて頂戴。私の指に乗せたままにしていたら火の精霊が駄目にしてしまうわ」

 ……結局、終始視線をあっちこっちに彷徨わせながらヴェルクトもディアーネに軟膏を塗られた。

 ははは、こういうのは恥ずかしがる方が余計に恥ずかしいんだぜ。俺を見習いな!


「……ところでシエル」

「ん?」

「その、人魚の島へは今から行くのか」

 まあ、うん。俺達、これから休もう、ってところだったよね。うん。知ってる。

 でも、こればっかりはどうしようもないんだよなぁ。

「ったりめーじゃん。人命最優先」

 嘘は吐いてない。人魚が居なくなっちゃったら交易どころじゃないからな。

「……それに、どう考えても、『夜の方が都合がいい』しな」

 少し、ヴェルクトは考えて……納得したらしい。

「ああ、魔物が鳥目なのか」

 その可能性は高いんじゃない?

 なんてったって、空から来る魔物で、しかも多分、昼間を狙ってきたんでしょ?

 ってなったら、まあ、そうならない?……そうでなかったとしても俺達の姿を隠してくれるだろうから結果オーライだし。

「別にアンブレイル達よりも先にエルスロアに到着しなきゃいけない、なんていう事も無いしな。のんびり行こうぜ」

 どーせ、アンブレイル達が他の精霊様たちにへこへこしなきゃならない行程を俺達はすっ飛ばせる。

 俺達は準備の事さえ考えなければ、魔王まで一直線なのだから。

 封印される前に倒すぐらい、なんてこたあないね。




「ところで私達、水着の類を持っていないのだけれど」

「私の鱗があればちょっとぐらい重くたって大丈夫ですよー。……あ、流石に鎧は駄目ですけど」

 ヴェルクトは黙って鎧を外して鞄に入れた。

 俺も黙って剣を外して鞄に入れた。

 ……魔法銀だし、この程度の装備なら何とかならなくも無い気もしないでも無いけど、まあ、わざわざ重くなる必要も無いわな。

「乾かすのはディアーネが火の精霊に頼めばすぐだし、心配ないな。じゃ、俺はお先に」

「準備体操ぐらいはしろ」

 早く人魚の鱗と秘薬の効果を確かめたくて海に飛び込もうとしたら、ヴェルクトに引っ掴まれた。

 ……へいへい。




 好奇心で死んだら元も子もないので、しっかり体を解して暖めて、準備完了である。

「では、行きますよー。しっかりついてきてくださいねー」

 シーレ姫先導の元、俺達は夕焼けの海を泳ぐ事になった。

 アイトリウスも三方は海だから夏には避暑旅行がてら泳ぎに行ったりもしたけども、それでもこういう水泳は始めてだ。

 こんな夕暮れ時に海に入る事なんて無かったし、着衣水泳も初めてだ。

 ざぶり、と海に潜ってみれば成程、確かに呼吸できるし、体も軽い。自分の体が魚になったかのように水の中で動ける。

 夕陽が沈む頃の海の中は、昏い。

 青よりも黒。ひたすら昏くて深くて……どこか不安になってくるような、そういう光景だった。

 ……隣にすぐ、ヴェルクトとディアーネも入ってきたので様子を見てみると、案の定、ディアーネは俺とヴェルクトよりも動きが鈍そうだ。

 まあ、こいつは火に好かれてる分、海だの水だのとは少々仲が悪いからね。仕方ないね。

 ディアーネに手を差し出すと、ディアーネは素直に俺の手を取った。

 海と仲が悪いお嬢様はその分俺が引っ張ってやる事にしよう。




 シーレ姫は大分速度を落として泳いでくれたらしいが、それでも、人魚と一緒にこの速度で泳げるってのは中々面白かった。

 なんといっても、速い。とにかく、速い。そして海が心地いい。塩辛くも息苦しくも寒くも無い!

 泳いでいる間ずっと、喉が渇いている時に冷えた水を飲むような快感を味わい続ける事ができる。

 もう、楽しい楽しくないを超えて、気持ちいい。最高。うーん、これは寄り道した甲斐があったな。

 ディアーネだけは少々苦しそうだったが、俺とヴェルクトは十分に人魚の力を楽しむことができたと思う。


『ここで一回浮上しましょう!』

 シーレ姫は流石本家人魚、というか、水の中でも声が出るらしかった。どういう仕組みだ。

 俺達は勿論声を出せないので、頷いてシーレ姫に意思表示。

 シーレ姫が浮上したところに続いて、俺達も浮上する。

「はい、あれが人魚の島です」

 ……水平線に沈んだ太陽の残照に染まる、島が目の前に大きくそびえていた。




「近くで見るとそこそこでかいな」

 アイトリアよりもでかいかな。うーん、ちょっとわからん。

 ……しかし、天然の要塞具合は間違いなくこっちの方が上だ。

 まず、島の周りは海流がとんでもないことになっている。

 今、人魚の鱗で海と仲良しになってる俺ですら、浮いたまま同じ場所に留まっている事ができず、水面に出てる岩に捕まってる状態だ。……人魚の守りが無かったら多分、そもそも浮上することすらできないだろうし、こんな水流の中でまともに進む事もできないだろう。

 当然、それは船も同じだ。

 島に近づいた船は流されて海に飲み込まれるか、島の周りを囲む無慈悲な岩礁に叩きつけられて大破するかのどちらかなんだろう。

 そして、万一、生きたままこの島に辿りつける人間が居たとしても……島の内部に侵入することはできない。

 何故なら、島の外周は高い岩壁に囲まれているからだ。

 それこそ、この島の内部に入れるのは、渡り鳥とか……或いは、空飛ぶ魔物、という事になるだろう。

 ……ちなみに、当然だが、人魚用の入り口はちゃんとある。

 海底ギリギリにはちゃーんと島の内部へ続くトンネルがあって、そこから入っていけば島の内部に辿りつけるんだそうだ。つまり、この島に入れるのは鳥さんとお魚さんと人魚、時々空飛ぶ魔物、って事になる。

 この島、よくできてるよね。本当に天然の島なのかちょっと疑わしくなっちゃうぐらいには。

 ……案外、水の精霊が火の精霊への嫌がらせに作った島、とかなのかもね、ここ。


「さて。じゃ、入り口はあそこにあるんだな?」

「はい。でも、結界が……」

 既に、シーレ姫からこの島の事は色々聞いてる。

 島の内部への正規ルート……つまり、お魚さん御用達の海底トンネルの先には、結界があるのだそうだ。

 当然のように、それは海の魔物を排除して、害意の無いお魚さんと人魚しか通さないようになっているとか。

 尚、俺達は人魚の鱗を持っているから、通ることはできるんだそうだ。だが……その結界、厄介な事に、『センサー』でもあるんだそうで。

 ……つまり、その結界を何者かが通ったら……人魚の城の玉座の間にある鏡にその何者かが映る、んだそうだ。

「魔物は多分、私が島に戻るのを見張ってると思うんです。だから私が通ったらすぐ見つかっちゃうし、人間なんかが通ったらもっとすぐ見つかっちゃって怪しまれちゃう……」

 ……正直、ね?

 この……アイトリアと同じぐらいのサイズでしかない島1つ位、5分もあれば制圧できるはずだ。

 そう。魔力タンクと火炎放射器とそれをつなぐコードが居ればね。無尽蔵に炎の禁呪が出てきたらそりゃ、この程度の島、簡単に燃え尽きるわ。

 ……ただし、それは純粋に『焼き払え!』した時の場合。

 今回の目的は『焼き払え!』じゃなくて、あくまで、魔物を排除して人魚の島を救う事。

 島自体は勿論、人魚にも傷1つ付けない事が望ましい。

 ……となれば、無計画に『焼き払え!』するわけにもいかない。

 が、普通に俺達が突っ込んで魔物だけ焼き殺す、ってのも少々リスキー。

 人質ってものをとられたら本当に人は動けなくなる、っつうのはヴェルクトで学習済みだからね。


 という事で、これらの解決策は案外あっさり出る。

 つまり、『内部に居る魔物に俺達が侵入したことを知られずに侵入して魔物だけを排除する』事ができればそれでオッケー。


 準備するものはただ1つ。

 鞄から取り出したるは小さい魔石。ロドリー山脈の抜け道を抜ける時に拾ってきた奴だな。

 これに、ディアーネが魔法を封じる。

 ……魔石が紅く光を灯したのを確認して、ディアーネがそれを俺に寄越す。

 俺はそれを大事に懐にしまってから、やはり鞄から取り出した剣を背負う。

 はい、準備完了。

「じゃ、どーしよーも無くなったら合図するから、その時はディアーネ、好きに暴れろ」

「分かったわ」

「ヴェルクト。ディアーネを頼んだぞ」

「分かってる。気を付けろよ」

 ……そう。

 どんなに高性能な結界があっても、関係ない。

 だってだって俺、魔力無いんだもん。


 ……潜入って、ワクワクしない?俺はする。


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