21話
「……え、どうすんの?これ?」
少々フリーズしていたが、その間も変わらず、釣り竿の先には人魚がくっついてる。
いっそ、俺が困ってる間に波に攫われてしまえばよかったのに。
「あら、釣り上げないの?折角気絶させたのだから釣り上げてしまえばいいのに」
「釣ってどうすんだ、って聞いてんの!俺は!」
「食うんじゃないのか?俺は食った事が無いが……人魚は美味いのか?」
「食わねーよ!おいヴェルクト!お前それ冗談で言ってるんだよな!?天然じゃないよな!?俺は嫌だよ?お前みたいな図体のでかい天然ちゃんは!」
……しばらくやんややんやと3人で騒いでいたが、それでもしぶとく釣り竿の先には人魚がくっついてぷかぷかしているまんまだったので、俺も諦めました。
うん、せめて、ディアーネが火傷させた分は治してあげてから海にリリースしようと思ってね……。
という事で、人魚を陸にあげて、残ってた低級ポーションを全部ぶっかけて火傷を治してやった。
「ねえ、気絶した人魚って、海に放り込んだらまずい?」
「人魚も溺れるんだろうか」
「さあ……私も初めて見たもの。分からないわ」
……このまま気絶しっぱなしで波間にぷかぷかしてた人魚が鮫にでも食われたらそれはそれで寝覚めが悪いので、起きるまでは生け簀に尻尾突っ込んで、陸に半身乗せて寝かせておいてやる事にした。
起きたら話でも聞いてみたら面白いかもね。人魚なんて珍しいし、折角だから異文化コミュニケーションも悪かないと思うんだ。
そして、その間俺達は晩飯を済ませる。
勿論、さっき釣ったばかりの魚が本日のディナーだ。
少し焦げるぐらいに焼けた皮ごと齧り付いて、骨から身をこそげながら食えば、香ばしさときつめの塩味がシンプルな旨味と溶け合ってひたすら美味い。
お作法なんて空の彼方へぶん投げちまうようなシンプルかつワイルドなお食事だったが、ディアーネも大変満足したらしかった。珍しさだけじゃなくて美味いから、というのが理由みたいだから、ま、これから先もこのお嬢様を連れて旅するのに問題は無さそうね。
それにしても、ディアーネは焼き魚を丸齧りしていてもお上品なのが凄いな……。
食事が終わって、地図の確認をしつつ寝床の準備をしたりしていたら、人魚が起きた。
「ん……ん?んんん?」
「あ、起きた?」
覗いてみると、人魚は生け簀の尻尾をぱたぱた、とさせながら数度目を瞬かせて……。
「……に、人間っ!」
驚きのあまり、その人魚は大きく仰け反り……。
ばっしゃん。
「……あら……」
「だ、大丈夫か……?」
人魚が、海へ、落ちた。
……異文化コミュニケーションはこっちに限った事でもなさそうである。
「そーですかぁ、じゃあ、あなた達、私の命の恩人ですね!ありがとうございます!」
『ディアーネが火の玉ぶつけて気絶させてからとりあえず釣り上げました』なんて言ったら間違いなく印象が悪くなるので、とりあえず『釣りをしていたら君が流れてきました』とだけ説明した。
うん、人類と人魚との和平のためだ。しょうがないしょうがない。
「で、なんでこんなとこまで来たの?」
だって人魚よ?海のエキスパートよ?海で迷子ってこたあないだろうし、ましてや釣られるとかさ、考えられないじゃない。
人魚の住処はここから西にある島だ……って言われてる。島の周りの海流がとんでもないもんだから、人間は死体になって流されでもしない限りは入れない。だから、人魚ってのは向こうから会いに来てくれない限り会えない希少な存在なんだよね。
って事で、そこんところを人魚さんに聞いてみた。
……すると、人魚さん、途端に顔を曇らせてしまった。
「……その、人魚の島が……ふええん」
そして、曇り模様になった顔は、みるみる雨模様に変貌してしまった。
「あっこら、泣くなっての!」
「島が……空飛ぶ魔物の群れに襲われて……このままじゃ、みんなが……みんながぁ……」
泣きながらも器用に要点は喋ってくれたので、大体、この人魚がなんで俺に釣り上げられる事になったのかは理解できた。
「つまり、お前は人間に助けを求めに来たんだな?」
人魚を落ち着かせて、月虹草の花の砂糖漬けを食わせて(これは大層喜ばれた。陸の物だから珍しいみたいね)……改めて、俺達は人魚と話をすることにした。
「申し遅れました、私、シーレ・メルリントと申します!西にある人魚の島に住んでいて……そこの王様の、一番末の娘です」
うおっ、人魚は人魚でもお姫様か!……あ、改めて、火の玉ぶつけたまま海にリリースしたり食ったりしなくて本当に良かった……。釣っちゃったけど……。
「俺はヴェルクト・クランヴェルだ」
「私はディアーネ・クレスタルデ。シーレ姫、以後お見知りおきを」
「俺はシエルアーク・レイ・アイトリウス。東にあるアイトリウス王国の不当なる王の子。王族同士仲良くしようね」
そしてあわよくばアイトリウスと国交を結んで貿易とかできるようにして、人魚の島だの深海だのにしかない特殊な魔石とか魔草とかの類を輸出してくれたりすると嬉しい。ね。仲良くしようね。
「ヴェルクトさん、ディアーネさん、シエルアークさん!覚えました!シエルアークさんのお父さんも王様ですか!うわあ……私、とっても運がいいですね!仲良くなれそうな人間に会えるなんて!」
シーレ姫は目を輝かせながら俺の手を握ってぶんぶん振っている。
うん、仲良くしてくれるなら嬉しいね。
「で、シーレ姫。シーレ姫は俺達に助けてほしい。ここまではオーケイ?」
このまま握手してるだけだと話が進まないんで、シーレ姫を促して話を進める。
「ああ、そうでした……はい。そうなんです。人魚の島に、空飛ぶ魔物がいっぱい来て……人魚の肉を食べて不老不死になるって……お姉ちゃんたちが、うう、このままじゃ食べられちゃう……」
人魚の肉で不老不死……八百比丘尼かっての。
しかし、そっかぁ。この世界にもその手の逸話ってあるのね。
……逸話じゃなくてマジモンの可能性もあるからファンタジーって怖いけどね。
「で?とりあえずシーレ姫だけ逃げてきた、ってとこ?」
「いえ、逃げられた、というよりは、たまたまその場に居合わせなかったというか……お散歩に出たら潮に流されて、案外遠くまで行ってしまっていて……だから、私は助かったんです。島の状況も、さっき小魚から聞いて……」
オーケイ。人魚のお姫様はドジっ子。俺、覚えた。
「つまり、島の中がどうなってるかは全然分かんない訳ね」
「はい。でも、きっと、お姉ちゃんたちでも駄目だったなら、私1人じゃ絶対にどうしようもないから……だから、だから、意を決して、私、人間に力を借りようと!」
そして、釣られた、と。
……ふむ。どうしようかな。
ここで人魚に恩を売っといたら、間違いなく後々のアドバンテージになるな。
何と言っても、人魚はそもそも会う事すら難しい生き物だ。
人魚特有の素材(人魚の鱗とか血とか鰭とか涙とか)が手に入る、っつう直接的ななんやかやだけじゃない。
そいつと『交友』があれば……あわよくば……もっと希少な、海底に沈んだお宝とか、オーパーツとか、人魚の島にしかない鉱石だの魔石だの魔草だのも手に入る。
更に言えば、これから俺が旅をする上での『海路の安全と速度』が『保証される』。
義理も善意も釣り上げちゃった罪悪感も差っ引いたとしても、十分にやる価値はありそうね。
「オーケイ。このシエルアーク・レイ・アイトリウス。アイトリウスの名にかけて、人魚の島を救ってみせましょう」
「本当ですか!?ありが」
「ただし」
勿論、タダで、なんて言わない。
「交通費は、そっち持ちで頼むよ?」
そして勿論、これでお代が全部だとも言ってない。




