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20話

 ってことで、飯食って宿に戻って寝て、朝が来た。

 今日は俺もきっちり早起きした。あれだ。昨日は今までの強行軍のせいで疲れすぎてたんだと思う。うん。間違いなくそう。思えば城の東塔を出てからまともにぐっすり寝た事って無かったんだよな……。

 うん。やっぱり、昨日1日ゆっくりできて良かった。


「シエル、ちょっと見てくださる?」

 早い朝食を摂りつつ、ディアーネは手紙を書いていた。

 アンブレイル達を永遠に待ちぼうけさせておくのは可哀相だから、っつうディアーネ様のお心遣いのお手紙ね。

「この文面でよろしいかしら。一応、隣国の王子殿下だもの。失礼の無いようにしなくては、と思うのだけれど……」

「ん。いいんでないの。とっても親切だな、ディアーネ」

 ディアーネがにっこり微笑みながら見せてくれた文面は、こんなかんじである。


『お父様、お母様、お姉様

 炎の石を持ち帰ると昨日お知らせしましたが、もう少し名声を上げてからクレスタルデの屋敷に戻ることに致します。

 たかがドラゴンの首を1日で獲った程度で慢心していてはクレスタルデの恥ですものね。

 帰る時には魔王の首をお土産に致します。


 追伸:火の精霊様は私の頼みなら炎の石なんて無くても聞いて下さるのですって。魔王封印のご助力は私からお願いしておきましたので、アンブレイル・レクサ・アイトリウス殿下(いえ、勇者様、かしら?)にはそのようにお伝えください。』


「じゃあ、宿の女将さんにこれを今日の昼過ぎにクレスタルデへ出してもらえるようにお願いしてくるわ」

 朝食を済ませたディアーネが踊る様にカウンターへ向かっていくのを、俺はにやにやと見守り、ヴェルクトは何とも言えない顔で見守っていた。

 流石、ディアーネ。アンブレイルが腹を立てるであろうポイントを綺麗に押さえて踏み抜いてやがる。




 という事で、太陽が地平線から顔を出す頃には、もう俺達はフィロマリリアを発っていた。

 これから俺達は北へ北へ、と向かう事になる。

 ……ここからエルスロアまでは、直線距離で道中が全部平原だったとしても、ノンストップ等速で歩いて30時間程度かかる予定だ。

 1日にどんなに頑張って歩けても精々12時間分ぐらいだし、そもそも、エルスロアの周りは岩山だの森だのがわっさわっさしてるもんだから、実際に歩いたら30時間じゃ辿りつけない。

 馬車が入れるような道も少ないから、エルスロアまでは実質、陸路では1週間程度かかるという事になる。

 ……が。

 俺が素直にそんな道を歩いてやるわけが無い。

 今回もネビルムの村からクレスタルデまでのショートカットと同じ奴……つまり、『瞬間移動の祠』を使わせていただきますよ、っと。




「ああ、そういう事なの。道理で、シエルがエルスロアへ行くのにわざわざ陸路を選ぶわけね」

 普通なら、まあ……クレスタルデから船で、エルスロア近くの港町ガフベイまで行って、そこからエルスロアまで歩く、っていう海路交じりの旅路になるんだけどね。

 今回もそれでもいいかな、とも思ったけど……どうせアンブレイルもエルスロアに行くんだろうし。

 道中出くわすのはめんどくさそうだし、折角だからまた古代魔法を体験してみようかなー、と思った次第である。

「ってことで、今日中には古代魔法の祠に入る。そこで野営して、明日の昼にはエルスロア入りだな」

「……海路だとどのぐらいかかる道程なんだ。エルスロアでシエルの兄と鉢合わせたりしないか?」

「そうね……クレスタルデからガフベイまでなら……今は魔物が出たり、ドーマイラから距離を取って内陸近くを通ったりするでしょうけど……それでも、丸1日もあれば着くでしょうね。ガフベイからエルスロアまでは徒歩でまた丸1日、という所かしら」

 ……ま、アンブレイルが丸1日の船旅の翌日にまた丸1日歩き通しで進めるとも思わないから、多分、道中に3日、下手すりゃ、船が途中にどこかで停泊して合計4日、みたいなことになるかも。

 最悪、アンブレイル御一行に行き会っちゃったら行き会っちゃったで、その時はその時、すっぱり諦めようと思うけどね。




 ……って事で、歩いて歩いて、俺達は夕方になってやっと、祠に着いたのである。

 祠自体は、結構簡単に見つかった。

 なんといっても、隠し方が前回と一緒だったかんね。とりあえず崖下に隠しときゃあいいだろ、みたいなノリで古代人たちはこの祠を設置したらしい。アホみたいである。


「あー、疲れたー!」

 祠の壁にもたれて座り込むと、なんとなーく、魔力が体に染み込んでくるような感覚があって気持ちいい。

 はー、ごくらくごくらく。

「野営の準備は明るいうちにした方がいいんじゃないか」

 ヴェルクトは少々俺をせっつくが、忘れちゃあいませんか、俺達には『魔法』ってもんがあるって事を。

「薪は要らないわ。焚火程度の火なら一晩出しておけるもの」

 ディアーネが笑うと、ヴェルクトも気づいたらしい。

 うん。この魔女がパーティに居る時点で、俺達はこれから『燃料』というものを気にしなくてもいいのだ。

 火なら火の精霊様がディアーネにいくらでもサービスしてくれるからね。

「水はヴェルクトが魔力注いで作ってくれるだろ?そしたらあとは食料?……持ってきた分もあるけど、どうする?釣るか?」

 俺が荷物から釣り竿(この度フィロマリリアにて購入致しました)を出して振ってみせると、ヴェルクトは少し思案して……それから、頷いた。

「やってみたい」

 うん。いいねいいね。折角の旅だ。あんまりせかせかしないで楽しむこと考えようぜ。




 結局、俺とヴェルクトは釣りを楽しむ事になった。

 ディアーネは後ろで見ているだけだったが(こいつ、致命的に海と相性が悪いからね)、それはそれでそれなりに楽しそうで何より。

「……案外、釣りというものも楽しいものだな」

「な。俺も旅に出るまでやったことなかった」

「俺もだ。村を出て、こうして旅をするようになって、初めて知ることができた事やものがたくさんある」

 言いながら、ヴェルクトは早速、また一匹釣果を増やしていた。

 ぴちぴち、と跳ねる魚を丁寧に簡易生け簀の中に放してやって、それからまた餌を付けた釣り糸の先を海に垂らす。

「村を出てみてよかったと思う」

「そりゃよかった」

 俺の方にも魚がかかったので、釣り上げて……まだ小さかったから海に放ってやった。

「そうね。私もクレスタルデから北西に離れたのはこれが初めてよ」

「アイトリウスの方には来てたけど、それだってリテナとアイトリアぐらいだろ?」

「ええ。……いつか、ヴェルクトの住んでいた村にも行ってみたいわ。きっとそこも面白いんでしょうね」

「何もない所だぞ」

「あら、私にしてみれば、クレスタルデだって大したものの無い町よ?」

 ま、そんなもんかもね。

 自分が住んでるところにずっといると、新鮮味も無くなってくるし。

 逆に、自分が住んでない所だったら、とっても魅力的な場所に見えちゃうものかもしれない。

 旅先の景色が綺麗なのって、多分、そういう事だと思うんだよね。

「魔王退治が終わったら、また改めて世界一周してやろうかな。……そん時はお前らも来る?」

「考えておこう」

「考えておいてあげてもいいわ」

 ……うわあ、可愛くねえ奴ら。

 肩を竦めて遺憾の意を表明したところで、竿を強く引かれる感覚があったので、慌てて引……ん!?

「シエル、どうした」

「いや、なんか、大物が引っかかっちゃったみたいでさあ!っ、全然上がらなっ!うわ!」

 引っ張られてバランスを崩しかけたところにヴェルクトが力を貸してくれて、なんとか海ポチャは避けられた。

 ここで海ポチャとかちょっと笑えない。

「……本当に大物だな」

 が、相変わらず釣れない。

「何が凄いって、この釣り竿よね。これだけの力で折れないなんて。流石、魔法の品、という事かしら」

「悠長な事言ってねえでディアーネも手伝えよっ!」

 ディアーネは俺の言葉に少し首を傾げてから……何を思ったのか、突如、海に向かって火の玉を投げ込んだ。

「ぎゃ」

 ざぶん。

 ……。

 ぷかぷか……。

「さ、早く釣り上げておしまいなさいな」

「いや……いや、これ、これ……」

「……初めて見たな……」

 ディアーネの火の玉で気絶してしまったその『大物』は……人魚、であった。


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