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19話

 さて。

 昼飯を食べたらいよいよ楽しいお買い物を開始する。

 ……の前に、先立つものの調達だな。

 そう。ドラゴンの素材と死神草を売っちまえ、っていう話である。持ってても荷物になるしね。

 特に、死神草は『大量に持ってると怪しい』物である。つまりそれって、一般的に言っちゃえば『大量に人を死なせました』って事だからね。

 なので、これに関しては裏ルートで売るか、1本ずつちまちまと売っていくかのどっちかになる。

 今回は1本ずつちまちまの方針だな。どうせエルスロアに行っちまえばここよりずっと緩く売りさばけるだろうし。


「金10ぅ?ちょーっといくらなんでもこっちの足元見すぎじゃないのおっちゃん」

 という事で、ドラゴンの素材類と死神草1本を売る事になったんだが、こっちは最年長でもヴェルクトの二十歳そこそこ、俺とディアーネは2人とも15と少し(しかも俺は15に見えない)っつう年少パーティなもんだから、足元見られまくりである。

「何言ってんだ、お前らみたいなひよっこ冒険者がこんなもの手に入れるっつったら盗品だろ?買ってやるだけ良心的だと思えよ」

 うーん、やっぱり初手が悪かったな。俺じゃなくてヴェルクトが最初に出ないと駄目だ。舐め腐られる。

 いや、それにしたってこの態度は無いけど。だって俺、ガキに見えても貴族に見えない訳はないんだし。

「シエル、別のお店に行きましょう。私の顔が分からない店主の店なんて碌なものでは無いわ」

 そして、ディアーネを見てクレスタルデ伯の娘だって気づかない店主相手だと分が悪い。貴族の娘さんだからサービスしますよ、っていうのをやってくれる相手の方がこっちとしては嬉しい訳だし。きっとそういう店はこの町にいくらでもあるしね。

「それもそーね。んじゃ、おっちゃん、バイバイ」

「は!?いや、え?」

 ま、ドラゴンの素材も死神草も貴重なものだからね。買う機会を逃したって事でおっちゃんには反省して頂こう。


 次の店では死神草に金貨17枚、ドラゴンの素材全部合わせて金貨19枚、っつうそこそこ適正価格が付いたので、そこで売っちゃった。

 これで金貨36枚、前世感覚でいう所の諭吉36枚分である。これは思わず笑顔になるね。

「燃えたドラゴン2体分が勿体なかったな……」

「しょうがないだろ。このパーティの最大火力はディアーネの炎なんだし、これからもこういう事は多いと思うぞ」

 俺が傷口から手突っ込んで魔力を吸って生命活動を止める分には、そんなに素材に影響はなさそう。少なくとも、ドラゴンの血と肉以外は普通に普通のドラゴン素材。

 ただ、ディアーネは……言わずもがなである。燃えちゃうからね。そうでなくても、焦げちゃうからね。

 ヴェルクトが一番スマートに獲物を殺せるな。得物の差っての以上に、『綺麗に殺す』技術が高い。流石、狩猟と農業で生きてきた奴は違う。

 ……これからの課題だなぁ。折角金になりそうな強い魔物倒せても金にならないんじゃあ、ちょっと損した気分になる。




 まあ、それは置いておくとして、だ。

 ドラゴン1体狩れればそれだけで十分な路銀と装備・道具代にはなる。

 死神草もまだまだあるし、これから先、余程変な使い方でもしない限り、当分金に困りはしないだろう。

「じゃあ、早速で悪いけれど、シエルはヴェルクトと一緒に装備を見ていて下さらない?私は私の準備をさせてもらうわ」

「分かった。じゃ、3時に噴水前で待ち合わせって事で」

 ディアーネがディアーネの着替えとか生活用品も買う時は、別に俺らが一緒でなくても平気。

 なら別行動にして俺達は装備を買っちゃった方がいいよね、っていう、至極真っ当な意見であった。




「……いいのか」

「だーかーらー、お前が気にするのは値段じゃなくて、着心地とか動きやすさなの!」

 20(よりも上に見えるくらい)の男が、15(に見えないくらい)のガキに説教されている図は少々不思議に見えるだろうが……貴族のガキが自分の従者に良い装備を与えてやろうとお小遣い貯めてやってきた、ぐらいに見られてるのか、店員さんの目は暖かい。

 アレだな。俺もヴェルクトも美形だから店内で延々とこういう押し問答してても許されてる。これ、両方不細工だったら多分許されてない。美形に生まれてよかった。

「んで、どうなの。動きやすいの悪いの。着心地は?ちょっとでも動きにくかったら言うんだぞ?」

 今、ヴェルクトに着せているのは魔力布の服だ。鎧のインナーになる奴でもあり、こいつの場合鎧の面積はそんなに大きくならない予定だから、この服自体が鎧になる訳でもある。

 だから、動きやすさと防御力、両方に優れた品質のいい奴を選びたいんだよね。

 こういう魔力布の類はアイトリアが世界一品数多いし質もいいんだけど、流石隣国、というべきか、フィロマリリアにもアイトリアからの輸入品が入ってて、そこそこにはいい品ぞろえであった。

 なので、性能がよさそうな奴を俺が数着見繕ってきてヴェルクトにとっかえひっかえ試着させている。

 俺から魔力が失われたことで物の魔力にも敏感になってるからね。どれがいい品質かなんて、ちょろっと見れば一発で分かるのだ。店員が奥の方にもっとよさげなのを隠していても分かるから持ってきてもらうし、品質表示が嘘でも騙される事は無い。

 およそ、魔力布だの魔石だのの類の目利きにおいて、俺の右に出る奴はこの世界に居ないだろう。


「……これは、動きやすいと思う」

「ん、いいんじゃない?じゃ、これと、予備でもう1着さっきの買っておこうか。そっちも具合よさげだったし。すみませーん、これくださーい!」

「え、あ、ちょ、ちょっと待て、シエル」

「またなーい」

 何とも言えない顔をしているヴェルクトを置いて、カウンターの店員の所まで服を持って行き、会計する。

「ええと、こちらが銀貨60枚、こちらが銀貨75枚の品ですので、合わせて銀貨135枚ですね」

 つまり、前世風に言ったところの13諭吉と5野口。

 金貨14枚をカウンターの上に数えながらたどたどしく並べる。

「1、2……14!はい!」

 金貨を並べて満面の笑顔をサービスしてやると、カウンターのご婦人も思わず笑顔になるのが分かった。

「うーん、折角だし、銀貨5枚分はおまけしてあげるわ。2着も買ってくれるんだしね。特別よ?」

 そして、これである。

 いやあ、やっぱり俺、美形に生まれてよかったわ。笑顔になるだけでおまけしてもらえるってすごい。

「ありがとう!お姉さん!」

 もう一丁、笑顔をサービスしてやってから、袋に入れてもらった魔力布の服を抱えて、俺達は店を出た。




「……良かったのか」

「いいのいいの。っつうか、お前の装備だけで金貨30枚は使い切るつもりでいるからな。ディアーネの準備は金貨6枚もあれば足りるだろ。生活用品だけなんだし」

 路銀が足りなければまた道中で魔物を狩ったり死神草を売ったりすればいいしね。

「さて、あとはナイフと鎧だな。次行くぞー」

 魔鋼関係はこっちの方がアイトリアよりも質が良くて安いものがあるはず。

 ……っつっても、ここよりもエルスロアの方がいいものが安く手に入るだろうから、鎧とナイフはそれまでのつなぎ、程度に考えておけばいいかな。

 となれば、金貨15枚でナイフと鎧は買えちゃうだろう。うん。余裕余裕。




 案の定、鎧に関してはすぐ決まっちゃった。

 そこそこのコストパフォーマンスで魔法銀の軽い部分鎧があったから、案外あっさり決定。金貨6枚だから、ナイフは2本で金貨9枚以内に収めればいいかな、と。

 ……そう思ったんだが。


「はぁ!?売り切れ!?」

 鎧は見つかったのに、ナイフが一切無かった。

 いや、あるんだ。鉄とか、そういう、普通のナイフはあるんだが……魔法銀以上のもの、となると、1本も無い。

「ああ、はい。ドラゴン退治のお触れが出て、武器をお買い求めになるお客様がたくさんいらっしゃいまして……うちに残っていたものも勇者様御一行が買い占めていかれましたので……」

 ……そうなのだった。

 ドラゴン退治のお触れが一昨日出ちまったせいで、勇んで装備を買う人が後を絶たなかったんだそうだ。

 ナイフは、ほら、魔法使いの護身用にもなるし、大ぶりなナイフなら騎士や剣士のサブウエポンにもなる。

 だから、買い占められちゃったことにも納得がいく。

 アイトリウスよりもヴェルメルサの方が魔鋼製品は多い、ってのもあって、元々アンブレイル達はここで装備を買う予定だったんだろうな。よく見てみりゃ、店内の鎧もアサシン用とかはまだいくらか残ってるけど、騎士や剣士の鎧は殆ど無いや。

「……という事で、当店に残っている魔法銀製の物はこの一振りとのみとなります」

 そして出てきたのは、割と真っ当な魔法銀のナイフ。そんなに悪いものじゃなさそうだし、エルスロアまでのつなぎにするなら十分かな。少々大ぶりなのもヴェルクトからすればむしろ嬉しいポイントだろうし。

 ……けど、問題は『一振りのみ』ってところだ。

 ヴェルクトはナイフ2本で戦うスタイルらしいから、もう1本欲しいんだよね。

 古い方のナイフをこれから先も使わせてたら、間違いなく道中で折れる。

 今回、ドラゴンと戦ってる間にナイフが折れても生きてたのって奇跡みたいなもんで、武器が折れたらその時点で死んだっておかしくないのだ。

 武器は武器でもあるが、同時に防具でもあると俺は思う。特に、ヴェルクトみたいな戦い方をするなら。

 ……だから、なんとしても、ここでヴェルクトの武器は2本とも魔法銀のナイフにしておきたかったんだけど……。

 ……んー、しょうがないね。

「しょうがないな、これ、いくら?」

「そうですね、鎧と合わせて金貨10枚ですが……」

「ん。そ。……じゃーさ、これにさ、店の奥にある『呪われた』魔法銀のナイフ付けたら、いくら?」




 まず、店の奥に『呪われた魔法銀のナイフ』があるっつう事を俺が見抜いた事におっちゃんは驚き、それから、『呪われた魔法銀のナイフ』なんつう物を俺が買おうとしていることに驚いた。

「いや、まあ、売れるのは嬉しいことですけど……いいんですか?本当に?呪われてますよ?」

「ああ、いい。解呪すりゃいいし」

「絶対に解呪代の方が高くつくと思いますけどねぇ……」

 そう言いつつ、おっちゃんは呪われたナイフを持ってきてくれた。

 ふむ。ナイフ自体はそんなに悪くない。少なくとも、エルスロアまでのつなぎなら十分すぎるぐらいだ。

「んじゃーこれも買った!合わせていくら?」

「ええー……本当に買うんですか?知りませんからね……ええと、じゃあ、さっきの鎧とナイフも合わせて、金貨11枚で結構です」

「もーちょいまけてよ」

 ね?とダメ押しで顔面を有効活用しながらおっちゃんの顔を覗き込めば、おっちゃんは……折れた。

「あー、もう!全部合わせて10枚でいいです!ええ、そのかわり、返品はお断りですからね!」

「わーい、ありがとおっちゃん!」

 呪われてるとはいえ、このレベルのナイフを実質タダで貰えちゃったのはでかい!

 おっちゃんに笑顔をたっぷりプレゼントしつつ、会計を済ませて俺達はディアーネとの待ち合わせ場所に向かった。




 ディアーネはまだ着いていなかったので、先にナイフの解呪を行う。

 やり方は単純だ。前、ヴェルクトから呪いを引っこ抜いた時と同じ。

 魔力を見る目でじっくりナイフを見て、呪いの根源になっている部分の魔力を吸収する!これだけ!

 ……これだけ、とはいっても、ちゃんとしたところで解呪しようと思ったらそれだけで金貨が必要になるのが呪いっていうものだ。

 ましてや、今回この魔法銀のナイフにかかってた呪いは強力な奴だったので、多分、解呪費用として金貨3枚はぶんどられるでしょう、ってなもんだったろうな。

 まあ、俺としてみればある程度強力な方が見やすいし吸いやすいからありがたいんだけど。

「はい。解呪終わった。じゃ、ヴェルクトの装備、これな」

「ああ。……今更驚かないからな」

「ははは、そう言ってる時点でお前の負けだぞ」

 買ったナイフと鎧、それから今解呪したてほやほやのナイフをヴェルクトに渡したところで、ディアーネもやってきた。

「私の買い物は終わったわ。大した物でも無かったけれど、金貨5枚分になったわね」

 ディアーネは一応、『小銭入れ』に金貨を数枚入れてたらしく、そこから払ったみたい。ドラゴンと死神草を売った分のお金から出そうと思ってたんだけど、『私の物だから』っつう理由でそこは断られた。こういう所がディアーネの美点だよね。

「じゃ、残りの買い物も済ませちまおうぜ」

 あとは、薬と、あと水だな。

 それから、エルスロアに向かうんならロープとか……あと、携帯ランプが人数分あってもいいかもね。




 ってことで、たっぷりと薬を買い込んで、それから魔法具店に入って、魔力を注げば水を無限に生成してくれる水筒と、普通サイズの携帯ランプを1つ、そして子供の握りこぶしぐらいのサイズの魔石硝子でできた小さなランプを3つ、買った。

 最後の小さなランプは、俺達3人がそれぞれベルトとかにくっつけておく奴。

 暗闇の中でもお互いの位置が分かるように、っていう配慮だな。エルスロアに行くまでに洞窟をいくつか抜けるだろうし、こういう準備はしておくに越した事は無い。

 それから更に店を梯子して、ロープとか、野営用の調理器具とかも買い込んで、これにてお買い物は終了。

 結構楽しかったな。やっぱり、こう、散財するってのはある一定のストレス解消になるね。




「じゃあ、今日は早めに晩御飯を食べて、早めに休みましょう。明日は早朝から出発するのでしょう?」

「だな。……ところで、ディアーネ」

 買い物も終わって、食事処へ向かう途中、ふと気になって聞いてみた。

「お前、アンブレイルはこのままほっとくの?」

 ……ディアーネは少し考えて、結論を出した。

「流石にそれも可哀相ね。明日の昼頃に鳥文を出してくれるように、宿の女将さんに頼んでおきましょう。そうね、『ドラゴンの首では物足りないので魔王の首を獲って参ります』とでも書けばいいかしら」

 ……今日中にその手紙を出さないあたりがいい性格してるよな、こいつ。


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