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1話

 この世界は魔力で回っている。

 生きとし生けるものは皆、その量の大小はあれども、自ら生み出した魔力を持っている。

 それは例えるならば、生物にとっての血液のようなものであり、或いは電子機器にとっての電気のようなものでもあるかもしれない。

 魔力によって人は育まれ、魔力によって人は生き、また、日々の営みに魔力を使って生活する。

 魔力によって生み出された火や水が炊事に使われ、魔力によって動く時計が時を刻み、魔力によって強化された城壁は今日も魔物の侵入を防ぐ。

 魔力は生きとし生けるもの全てを支え、その営みを支え、この世界を支えているのだ。


 ……もし、そんな世界に、だ。

 万が一魔力を生み出せない人間がいたならば、どうだろうか。

 あらゆる生活の場面において不便がある、どころの話ではない。

 成長する事はおろか、生命を維持するための魔力すら生み出せないのだから。


 ……まあ、だから、俺が今生きてるのって、かなり奇跡的なのよね、っていう。







 暗い。ここは……地下室、か。

「全く、鬼才、神童とはいえ、心を許した侍従には碌な抵抗もできなかったか」

「流石のシエルアークもこうなってしまえばただの子供ですな」

 思い出した、俺は、長年俺の側付きをしていた近衛兵に裏切られて、気絶させられたんだっけか。

「まあ、今日この日までアンブレイル殿下のものになる魔力を育ててくれたのだ。感謝しようではないか」

「この魔法を復元構築するのにかなり年月がかかってしまったが……それもこの日の為」

 ……そうか。これから俺は、なんかの魔法に巻き込まれるのか。

「シエルアーク!お前は僕より優れているとでも思っていたのかもしれないが、もうそんなことは二度と思えないぞ!お前は僕に全部魔力を奪われて死ぬんだからな!全部お前が悪いんだ!ざまあみろ!」

 兄上がいつにも増してうざい。

「では、儀式を行います。アンブレイル殿下、そちらへ……」

 ……術師が複数で呪文を唱える声が聞こえる。

 禁呪だ。間違いなく、真っ当な術じゃない。呪文からも、俺の体の下にある魔法陣からも、それが分かる。

 そして、魔法陣が怪しく光り。

 俺は。




 ……目が覚めたらベッドの上だった。

 一応、知らないベッドではあるが、周りの空気、というか、空気に流れる魔力には馴染みがある。どうせ城の中のどこかだろうな。

 体は重い。だるい。力が入らない。

 そりゃそうだ。今まであって当然だったものが丸っと無くなっちまったんだし、死にかけてるんだし、今も死にかけ一歩手前なんだろうし。うっかり『二回目』の死を体験するところだったわけで……。

 ……起き上がるのも億劫だし、まだ頭の中で色々な事の整理ができてない。

 ベッドから出る前に一回、整理するか。




 さて。

 俺は『シエルアーク・レイ・アイトリウス』。アイトリウス王国の王の2人目の子である。

 ただし、正統な王妃の子じゃない。妾の子だ。

 王族ってだけでかなりぶっ飛んだ話なのに、更に妾の子、と来たら何ともぶっ飛びすぎである。うん。実際、この世界に生まれてこの方8年間、生まれのせいで苦労し続けてきたし。

 ちなみに俺を産んだ女性は俺を産んですぐ亡くなっている。だから俺はこの世界での母親の顔を知らない。外国の貴族の娘で、王妃の世話係として城に居た……とは聞いているが、情報は精々そんなもんだ。


 ……母の方はともかく、父の方は生きてる。生きて今日もアイトリウス王国の執政に携わってんだか携わってないんだか。

 俺のこの世界での父に当たる人……つまり、アイトリウス王は、一言で言ってしまえば『無能』である。

 正直、頭が悪い。こいつ、本当に頭が悪い。だから執政は大体、大臣がやってるような状況だ。まあ、王ってのは元々そういうもんなのかもしれないけど……。

 というか、王としての能力如何の前に、人間としてあんまり好きになれない人ではある。

 ……ここは単純に、朧げな前世の感覚のせいでなんとなく、この人の事を家族だと思えなかったせいかもしれないけどな。


 それから、兄。

 兄って言っても、こっちは正統なアイトリウス国王とアイトリウス王妃の間に生まれた子だ。つまり、俺とは腹違いの兄弟ね。

 名前をアンブレイル・レクサ・アイトリウスと言う。

 ……尚、年子である。この辺りからもう、いかにアイトリウス国王が節操無しだったかが良く分かるっていう……うん、やめておこう。

 で、まあ、年子だから。発達具合とかお勉強のできとかがこう、しょっちゅう俺とアンブレイルとで比較されてたわけなんだが。

 ……またしても微妙な事に、これ、俺の方が……出来が良かったのだ。なんで俺の方が出来が良かったか、っつうのはちょっと後回しにするとして……とにかく、俺の方が出来が良かった。

 お勉強も武術も、そして何より、魔法の出来が比べ物になら無い位、良かった。

 ……これが全ての原因だったんだよなー。




 そう。

 妾の子であるシエルアーク・レイ・アイトリウスは目立ちすぎた。

 魔法への好奇心と探求心。

 生まれ持った膨大な魔力。

『子供らしからぬ』要領の良さ。

 そして、美形に美形を掛け合わせてきた血筋のいいとこ取りしちゃったような容姿。

 ……多分、母親が生きていればまだ、そっちが後ろ盾になってくれたりしたんだろう。

 だが、そんな存在は居なかった。

 後ろ盾も無い妾の子が、正統な子より出来がいい、となったら、どうなるか。

 ましてや、その妾の子にこそ冠が譲られるのでは、とまことしやかに噂されるようになってしまったら、どうなるか。

 しかも、うっかり国王が「シエルアークに王位を譲ってもいいかも」みたいなことをぽろっと冗談めかして言っちゃったらどうなっちゃうか。

 ……暗殺、である。

 まあそうなるわな。面倒くさかったら殺しちまえってのは割とシンプルで好きよ。その対象が俺じゃなければな!


 ……しかし、俺が8歳になった時。つまり、今から1月ぐらい前の事なんだけど。

 この世界全体を揺るがすニュースが飛び込んできた。

 だから俺の暗殺計画は別の方向へシフトしていくことになったんだけど。


『魔王の復活の予言』。


 具体的には、

『7年の後に魔王は力を取り戻し、世界を暗黒へ陥れるであろう。その時こそ勇者の発つ時である』

 と。

 ……アイトリウス王家っていうのは、元々勇者の血筋だったとかなんとかで……そうなると、俺かアンブレイルが魔王退治に行く事になる。

 んで、どっちを行かせるか、ってなったら、まあ、俺だよな。俺の方が圧倒的に強いし。死んでも問題ないし。

 ……ここで、アンブレイル派の貴族は大慌てだ。

 俺が死ぬならそれはいい。けれど、もし、魔王を倒してしまったら?

 ……その時、俺の名声はとんでもないことになるだろう。

 そして、名声だけじゃない。

 魔王討伐に成功した暁には、間違いなく今よりもっと強くなってる。

 そんな奴、暗殺しようと思ってもできなくなってるに決まってる!

 ……しかし、どっちにしろ魔王を倒すべきは俺かアンブレイルなのだ。

 かといって、アンブレイルが魔王を倒せるほどに強いかというと、そんなことは無い。神や精霊に力を与えられたとしても、不安要素はいくらでもある。

 ……魔王は倒さなければいけない。

 けれど、俺に魔王を倒させる訳にはいかない。

 しかしまた、アンブレイルはそんなに強くない。

 ……こうして悩みに悩んだアンブレイル派の貴族たちは、遂に、結論を出した。


 それは、非常にエコな暗殺である。

 即ち……『シエルアークの持つ魔力を摘出してアンブレイル王子に移植しよう』っていう。

 俺にとって迷惑極まりない謀略に、俺は巻き込まれてしまったのだった。




 信頼していた侍従に、城の地下宝物庫に連れて行かれて。

 そこにスタンバってた連中に対応しようとした矢先に、その侍従に首絞められてダウンして。

 気づけば魔法陣の上にがっつり拘束されて乗っけられてた。

 んで、そこで怪しい呪術師集団とアンブレイルによる、怪しい禁呪儀式がスタート。

 ただ俺を殺すだけじゃない、魔力を有効に再利用!エコだね!どチクショウが!死ね!

 そのせいで俺は二度目の人生どころか二度目の死とこんにちはしかけた。

 ……うん、多分、半分ぐらいは三途・リバーを渡りかけてたな。


 ……こうして、禁呪儀式は終了した。

 無事、アンブレイルは俺の魔力を得て強化され、俺は丸ごと魔力を失った。

 ここまで、連中の思い通りに行ったんだが……1つだけ連中の思惑通りに行かなかったところがあった。

 ある意味、一番大事だったところだ。

 そう。俺が死ななかった事だな。




 この世界は魔力によって回っている。

 この世界の生き物は皆、魔力を持っている。

 魔力が命を支えている。

 ……生物が魔力を失う時、その生物は死を迎えることになるのだ。

 そう。俺から魔力を奪えば、俺は死ぬはずだった訳だ。


 ところが、俺は死ななかった。

 しかも、その時、俺ははっきりくっきり、思い出した。

 いわゆる、前世、って奴を。




 今世の俺が生まれる前、前世の俺が居た事、前世の俺として生きていた事……コンビニで買ったおにぎりが案外美味かっただの、帰り道の信号が全部青で思わずにやりとしただの、電車に乗り遅れかけて猛ダッシュしただの、道端にタンポポが咲いてただの、ランドセルの留め具を外されている事に気付かずにお辞儀して中身を全部ぶちまけただの、好きなアニメが野球の延長戦のせいで録画できてなくて怒り狂っただの、シャーペンを無駄にカチカチやって無駄に芯を出して遊んでいたら芯が折れて切なくなっただの、雨上がりに車が水を跳ね散らかしていくのを華麗に回避して友人から喝采を浴びただの、3連のプリンを1人で3つとも食べて顰蹙を買っただの、最高の友人と出会えただの、どうしようもなく人を好きになっただの……そういう記憶の類を、割とどうでもいいことからあんまりどうでもよくない事まで、バリエーション豊かにがっつりしっかりはっきり思い出した。


 俺の出来が良かったのって多分、前世のおかげだったんだと思う。

 はっきり思い出してなかったにせよ、前世の記憶や感覚がぼんやり残ってたからこそ俺は無駄に要領よく物事を進められたし、無駄に『魔法への憧れ』が強かったし、そのおかげで齢8歳にしてありとあらゆる魔法を修めることができちゃったし。

 ……まあ、いいんだ。正直、そこはどうでもいいんだ。問題は、その後だ。

 ……咄嗟に頭が付いて行かなかった。こんがらがった。

 今世の俺は今世の俺で俺として生きてきてたもんだから、急に前世をはっきりしっかり思い出しちゃったらもう、色々ともうなんかもう、記憶が二重になってこんがらがった。

 そして、魔力を失った体は思うように動かず、頭はパンクしており、禁呪の影響か、凄まじい痛みと苦しみに襲われ……という三重苦に抵抗する間もなく、俺は意識と前世の記憶を取り戻した直後、また意識を失う羽目になったのだった……。




 そして、俺は目覚めて、今に至る。

 目覚めて、そこそこ寝心地のいいベッドの上でぼんやり今までの事を思い出して、魔力が無くなった事を思い出して、ついでに前世のことを思い出したことも思い出して、半分悟りの境地に達しながら記憶の整理を行い。

 ……前世の記憶と今世のこれまでの事は大体整理できた。

 問題はこれからの事だな。


 俺は魔力を失った。

 魔力が無いって事は、生きることすら難しいって事だ。

 一回死んだからもう一回死んでもいいや、って思えるほど、俺は人間満喫してない。ましてや、こんなファンタジー世界で早死にしてもいいやと思えるほど浪漫が分からない人間じゃない!

 そして、魔法が使えない、ってのは、生きがいを奪われたも同然。

 前世の記憶が戻っちゃった今なら、猶更魔法を使えないってのは辛い。いっぱい試したいこと思い出しちゃったからなー。とてもじゃないが、我慢なんてしてられん。

 魔力を取り戻して、魔法を使って……それから、俺の8年間の努力を踏みにじってくれたアホ共に仕返しの1つでもしてやって。

 やりたいことはまだまだたくさんある。道半ばで死ぬわけにはいかないし、このままで居てやるつもりも無い。

 ……だから、まあ、とりあえず、色々と前向きに、これらの解決策を思考、思考、思考。




 5分ぐらいざっとテレポートしまくりな思考を続けて、俺は完璧な結論を出した。


 魔王倒せば大体全部解決じゃん。と。




 なんでそんなに色々ぶっ飛んで魔王を倒す事になるのか、っつったら、魔力が欲しいから、だ。

 魔力があれば生命維持も魔法も解決。

 だったら、俺も魔力を取り戻すべく頑張るしかないだろう。前向きに考えて。

 んで、魔力を取り戻すなら、目には目を、の精神で……誰かから魔力を奪っちまえばいいじゃない、ってなるじゃない?

 そして、どうせ奪うなら奪っても後腐れの無い奴から奪いたいじゃない?で、更に言うなら、折角なら魔力が多い奴から丸ごと奪っちゃいたいじゃない?

 しかも、魔力は多いだろうな。魔王なんだから。

 で、殺しちまっても文句言われねーだろうな。魔王なんだから。

 それに、俺が魔王を倒しちゃったらアンブレイル派の貴族が大層嫌な思いをするだろうからな!

 俺を殺そうとしたアホ共に魔王倒した後『ねえ今どんな気持ち?ねえどんな気持ち?』ってやってやろう。

 余談だが、俺は俺が嫌いな奴が嫌な思いをするのが大好きである。

 ああ、魔王って、魔力を奪うってなると条件にピッタシ極まりない。最高。拍手喝采もの。多分、魔王は俺に魔力をプレゼントするために復活してくれるんだろう。なんていい奴なんだ。

 いい奴だから、7年の後、俺が直々にぶち殺してやろう!よし、決めた!




 ……ってことで、目標が決まったら元気が出てきた。俺ってば単純。多分、魔力失ったりなんだりでちょっと今ハイになってるのもあると思うけど細かいことは気にしない。

 目標が決まっちまえばあとはもうそれに向かって突き進むだけだ。

 って事で、最初に最初にやることは……。

 ……生き残る事だ。魔力無し、っつうハードモードで、魔王が復活するまでの7年間、なにがなんでも生き残る事だ!


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