16話
「流石火山!全部!魔物が!炎!」
魔力でできた炎がそのまま動いているような魔物に手を突っ込んで魔力を吸収してやる。
実体の無い魔物・魔力でできた魔物は魔力吸い取ってやればすぐ消えちゃうからね。こいつら、俺の前では無力なのだ。
「本当に、そのディアーネという人はこんなところに1人で入ってきたのか?」
が、ヴェルクトの方はそうもいかず、火傷を負ったり服を焦がしたりしている。
ヴェルクト本人が一番低級の回復魔法を使えるので、それで治してはいるみたいだが……間にあって無い。
その分は俺の手持ちの低級ポーションと、ディアーネからの贈り物に入っていた回復薬で間に合わせている。
「間違いない。近づいてきてはいるよ。ちょっとずつディアーネの魔力の気配、強くなって来てるし」
かれこれ火山に潜って数時間。
だんだんと火山の中へ中へと降りていく度、熱は強さを増し、魔物は増え、ディアーネの気配は濃くなった。
そして、時折聞こえる、不気味な咆哮。
「……シエル。ここは『炎竜の巣』だそうだが……住んでいる竜は、1匹か?」
「さあな。多分、1匹じゃないと思うけど。でも100匹は居ないと思う」
ドラゴンって言ってもまちまちだからね。ロドリー山脈の抜け道に居た奴は中規模ドラゴンだったけど、でかいやつはあれよりでかいし、小さいやつは本当に小さい。
手乗りドラゴン、なんて奴も世の中には居るのだ。勿論、そういうのは大概弱っちいから踏んづけとけばいいんだけど。
「……ディアーネ嬢は、ドラゴン複数匹に対応できるのか?」
「……うーん、微妙」
氷の竜とかなら間違いなく対応できるんだろうけど……ここに居るの、多分、炎の竜ばっかりだろうしな……。
洞窟内は次第に、岩石の黒や茶色よりも炎や溶岩の赤が目立つようになってきた。
「ディアーネ嬢とやらは本当に!こんなところを進んだっていうのか!?」
「あいつマグマの中泳げるんだぜ?このぐらい余裕で進むだろうよ……」
魔法が効かない俺も、溶岩に池ポチャすると死ぬのでヒヤヒヤもんである。
いくら俺の装備が最上級の魔力布だっつっても、限度はあるし。
「……成程、話に聞いて、何故、『クレスタルデの宝石』が竜討伐に赴かなかったのか疑問だったのだが……今なら理解できる」
そもそもなぜ、ディアーネはドラゴン狩りなんてやる事になったのか。
それは、昨夜このヴェルメルサにお触れが出たからである。なんで急に、とも思わないでも無いけど……。
お触れの内容は簡単。
『ドラゴンの首を持ち帰った者に、ヴェルメルサに伝わる『炎の石』を譲る』と。それだけ。
炎の石、というのは、その名前そのまんまな石。絶大な魔力と地獄の業火を閉じ込めた、と伝説に残る、超強力な火属性の魔石である。
これが欲しくてディアーネはこんな炎竜の巣くんだりまで来ることにしたらしいんだけどね。
……まあ、内部がこんなのだからさ。
いくら伝説の魔石が報酬だ、っつっても、溶岩と炎の中でドラゴンと戦う、ってのは少々危険すぎる。
ドラゴンに到達する前に溶岩と炎で消耗しすぎるだろうからな。今の俺達みたいに。(俺達はそれでもマシな方だ。だって俺、魔法が効かないし実体の無い魔物に対しては無敵だもん)
……だからディアーネの姉ちゃんたちはここに来たがらなかった訳だ。
逆に、炎は小さいころからのお友達、溶岩は楽しいお風呂、っていう具合に炎属性極振り女なディアーネは、ここに1人で来ても道中の消耗が殆ど無い。
……それでも、それでも……その先に居るのはドラゴンなわけで、1人で戦うのに危険すぎることに変わりはないがな!
どのぐらい歩いたか忘れた位歩いた頃。
不意に、どん、と、重い振動が響いた。
「……なんだ?」
「足元からっぽいけどね」
続いて、何かの咆哮。
……。
「ドラゴンか」
「ドラゴンだろうな」
ということは、ここの真下でドラゴンが吠えるような状況になってるんだろうなぁ。
……なんて、いい加減疲れて回らなくなってきた頭で考えた所で、びしり、と、鋭い音が響き。
ばきり、と。
床が、抜けた。
「シエル!」
空中に投げ出された俺をキャッチして、ヴェルクトは見事に壁を蹴って壁を蹴って……着地した。
「大丈夫か!?」
「俺はね!」
目の前の状況の解を求めようと、俺の頭がフル回転し始める。
「けど……ありゃ、どうしたもんかな」
じりじりと壁際に迫るドラゴンが、3体。
その中心に居る奴には見覚えがある。
炎より紅い夕焼け色の長い髪。
炎なんて目じゃないレベルでギラギラと輝くペリドットの瞳。
凹凸のはっきりした体を大胆なドレスと貞淑なマントに包み、追い詰められながらも美しいかんばせを笑みに歪めたこちらの肉食獣の如き女が、ディアーネ・クレスタルデである。
「シエルっ!?」
高く涼やかに美しい声が、驚愕の色に縁取られて俺の名前を呼ぶ。
「ディアーネ!そっち2体、引きつけとけ!」
が、会話は後だ。思い出話も今は必要ない。
とにかく、このドラゴンを何とかして、さっさとこの空間から脱出したい!
「シエル、なら貴方は一角のをお願い」
「オーケイ」
俺の登場に驚いたディアーネも、すぐに冷静さを取り戻して戦いの場に集中する。
早速、俺に指図しだすあたり、こいつも神経が図太い。
ディアーネの指示通り、一角のドラゴンに目星をつけて、突撃する。
……戦法は前と一緒。
ただ、前と違ってここは比較的空間が広い。
元々割と広かったらしい空間に加え、さっき、ドラゴンが俺達の居た床だったところを崩してくれたからな。天井が非常に高くなってる。飛ばれたら厄介だな。
「おら、こっちだ!」
落ちていた石を投げて一角ドラゴンの頭付近にぶつけると、流石、プライドの高い種族。振り返って、ギロリ、と俺を睨みつけた。おお怖い怖い。
そのまま俺の方に向かって繰り出される爪と尻尾を躱したら、背を向けて一直線に戦略的撤退。
案の定、追いかけてくるドラゴンを誘導してディアーネから引き離した。
俺は俺で壁際まで走って、ドラゴンに追いつかれる。
俺を追い詰めたドラゴンは、にたり、と笑みのような形に咢を歪め、息を吸い。
「よっしゃ頂き!」
ブレスを吐き出したその瞬間を狙って、ドラゴンの腹に短剣を突き刺す。
車は急に止まれない。
ブレスも急に止まらない。
ドラゴンは吐き始めたブレスを急に止めるにも苦労して、俺への対応が遅くなる。
その隙に、すぐに短剣をこじって引っこ抜いて、ヴェルクトの解呪(物理)した時みたいに傷口に手を突っ込んで、魔力を一気に吸い上げる!
……いっそ暴力的なぐらいに熱く生命力に満ちた魔力が俺の体を満たして、入りきらない分は零れていった。
かなり気合を入れて吸ったからか、このドラゴンがロドリー山脈のドラゴンより小さいからか、今回は前回と違って一発でいけた。
倒れたドラゴンはほっといて、俺はディアーネの元へ向かった。
ディアーネは苦戦し始めているようだった。
ドラゴンが『こいつ炎が効かないぞ』って学習しちまったらしく、爪だの尻尾だのの攻撃ばっかり出すようになっちまったらしい。
炎で壁を作り目眩ましにしつつ、なんとか2体のドラゴンの猛攻から生きのこっている。
俺は魔法が使えない分、リーチが短い。なのにドラゴン共の尻尾はぶんぶん翼はバタバタだから、近寄るに近寄れない。
しかしこのまま待ってたらディアーネが死にかねないので、しょうがない。特攻を仕掛けた。
魔法銀の剣を槍のように構えてドラゴンに向かって走る。
道中で尻尾が掠ったが、こちらの意図を読んでくれたディアーネがドラゴンの気をひいてくれたのでそのまま突っ込む。
魔法銀の鋭い刃先はドラゴンの鱗の間を縫うようにしてドラゴンの尻らへんに潜りこみ、そのまま皮ごと鱗を数枚、抉って斬り飛ばす。
……が、そこまでであった。
もう1体の方のドラゴンのしっぽが鞭のようにしなって俺の背を強打し、そのまま俺は弾き飛ばされた。
なんとか体を捻って溶岩に池ポチャだけは避けたが、岩石に体を強打して動けなくなる。
そこを狙って飛んでくるドラゴンの爪は、しかし、俺を切り裂く事は無かった。
がきん、と、重い金属音が響くと、俺のすぐ脇に折れたナイフの刃が回転しながら降ってきた。こわっ。
……案の定、というか、俺の前、ドラゴンの眼前にはヴェルクトが立っており……半ばで折れたナイフを見て舌打ちしているところであった。
「ヴェルクト、これ使え!」
咄嗟に魔法銀の短剣を投げて寄越すと、ヴェルクトはそれをキャッチして使い始めた。
ドラゴンの猛攻を、防戦一方とはいえ、凌いでいるのだ。やっぱりこいつは強い。
このままもう少しばかりなら、時間稼ぎしてくれるだろう。
その間に俺は、なんとかこの状況の打開策を考えなけりゃあいけない。
「シエル!」
俺が吹っ飛ばされたりヴェルクトのナイフが折れたりしている間にディアーネが壁際から逃げてきたらしい。
「シエル、魔力を回復できるもの、持ってらっしゃる?」
「魔力入りの魔石はあるけど魔草由来だから多分お前、使えないぞ」
ディアーネは炎に愛されすぎてるから、魔草由来の魔力なんて相性最悪もいいところである。
「あら、そう」
ディアーネは悔しそうに唇を噛むと、打開策を求めるべく、考え始めた。
「……ディアーネ」
「何かしら」
「お前、魔力回復さえできれば、あのドラゴンに勝てるの?」
……俺、いいこと考えちゃったかも。