15話
クレスタルデの娘たちは皆、魔法の才に溢れている。
水地火風をまんべんなく使いこなせる人間は珍しい。ましてや、光と闇の魔法まで使える、ともなれば、世界中を探してもほんの数人しかいないだろう。
魔法には水・地・火・風の基本4つの属性と、光と闇の2つの珍しい属性と、もっと珍しい無属性、の1つがある。
合計7つね。ちなみに俺は全部使える。アイトリウスの王家の血を引いてる者は大体魔法の適正が強く出るからね。
血に恵まれない人でも、大抵は、水地火風の魔法なら訓練次第で大体使えるようになる。
光と闇の魔法は適正によるものが大きいし、無属性なんつうのはもう、持ってる魔力の質によるから、完全に生まれで決まっちまうけどね。
……が、それをまんべんなく『使いこなせる』人は珍しい。
現代魔法のレベルは大中小で大体分けられているが、『大魔法』のレベルまで、水地火風4つの属性魔法を極められる人間はごくごく僅かだ。
アイトリアは魔法の都だが、そんなアイトリアの中でも4属性魔法を大魔法まで使える人間は片手で数えられる(つまり31人)ぐらいしか居ないって言えば分かるだろうか。
……更に、クレスタルデの娘たちは、光と闇の魔法も使える。流石にこちらは大魔法まで、とはいかないみたいだけどね。
水地火風の魔法を大魔法まで修め、光と闇の魔法も小か中魔法まで使える。
そんな希少な存在だからこそ、彼女らは『クレスタルデの宝石』なんて呼ばれてる訳だが。
……だが。
クレスタルデの末の娘、『ディアーネ・クレスタルデ』は……違った。
こいつだけは、そんなオールラウンダーな優等生にはならず……。
「セーラ、あのさ、俺の思い違いじゃ無ければ、炎竜の巣の魔物って」
「ええ、炎の魔物ばかりでございます!」
「ディアーネって」
「火魔法しかお使いになれません!」
……そう。
ディアーネ・クレスタルデは……極めて珍しいことに。
『火魔法にしか適性が無い』人間なのだ。
……ただし、火魔法なら何でも使える。
火が関わってさえいりゃ……それこそ、古代魔法だろうが、妖精魔法だろうが、団体一名様による儀式魔法だろうが、結界だろうが……果ては禁呪の類まで。
……正直、俺ですら、火魔法ではディアーネに勝てないレベルで。
「シエルアーク様、これを」
セーラは俺達に裏口で待つように言ってから屋敷の中へ入っていき……シーツの塊を持って、出てきた。
そして、そのシーツの中に隠していた……剣と、何かの包みを、俺に手渡してきた。
「剣はディアーネ様がシエルアーク様の15歳のお誕生日に、とご用意なさっていたものです。9歳から14歳までの分は、こちらの包みに」
手渡された剣は、細身の軽い剣だ。素材は魔法銀だろう。魔法の触媒としても優秀な素材だし、軽くて硬い。
……俺が体格に恵まれない成長しかできない事を見越していたのかもしれない。あいつは聡い奴だから。
剣を抜いてみれば、舞う鳥の羽ですら斬れそうな程に研ぎ澄まされた刃が、ぎらり、と光った。
もう1つの包みの方を開けて見れば、中には高級な薬の類や、ブローチや腕輪などの装飾品が入っていた。
「……7年間、ずっと待っていてくれたのか」
「はい。この7年間、お嬢様がシエルアーク様への贈り物を用意しなかった年はありませんでした」
……うん。そっか。
早速、剣帯に剣を固定して背負う。腰に佩くよりは安定するしこっちの方がいいだろう。
「じゃ、炎竜の巣へ行ってくる。……ドラゴンの首は分かんねーけど、ディアーネは土産に持って帰ってくるよ」
一丁、ここで助けて恩に着せてやるか。
という事で、俺達はろくに休む事もできず、クレスタルデを出る事になっちまった。
勿論、ディアーネを追いかけるためである。
いくらディアーネとは言っても流石に、炎魔法で炎の魔物と戦うってのは分が悪すぎるだろ。
……いや、あいつなら炎の魔物を炎で焼き殺すぐらいの事はしそうな気もするけど……。
「……って事で、ヴェルクト。俺は行くが、お前まで巻き込まれなくてもいいぞ。クレスタルデの宿で待っててくれてもいい」
多分、炎竜の巣への到着は夜中になる上にそのまま休憩なしで炎竜の巣に突入する羽目になる。
だってディアーネがあの性格で休憩とかするわけないもん。追いつくには俺達も最低限、同じ行程を辿る必要がある。
「馬鹿を言うな。俺も行く」
「ああそう。それはいいけど……無理はすんなよ」
「シエルに言われたくはないな……俺より体力がある訳でも無いだろう」
「気力はお前の倍以上あるよ」
勿論、気力だけで何とかなるとも思ってないけどね。
炎竜の巣はクレスタルデから南西に半日以上進んだ所にある山の中にある。
ちなみに、竜の巣から真っ直ぐ西に山を越えればすぐにヴェルメルサの帝都がある。
尚、この山はアイトリウスのロドリー山脈からずーっと伸びてきてる山だ。ロドリー山脈は西大陸の南側を綺麗に分断してくれちゃってるのだ。中々迷惑な奴である。いや、それだけの価値はあるから許すけど。
「ここらは暖かいんだな」
「ヴェルメルサは火の国だからね」
アイトリウスは空の国だ。
……魔法で言う所の、無属性。象徴となる精霊は、空の精霊。
一方、この国は火の国だ。火の精霊がおわす、火の精霊に愛された国である。
国民も情熱的な性格の奴が多い……気がする。
ついでに言うと、魔物も情熱的な奴が多い。迷惑な事に。
途中から平原は荒れ地に変わり、岩がごろごろするような地形になってきた。
その頃にはすっかり日も傾き、魔物も目を光らせるようになる。
……主に、ヴェルクトに対して。
「なんでっ、俺にばかり魔物が!寄ってくるんだ!」
「知らねー。俺に魔力が無いからじゃね?」
……俺、魔力が無いから。だから、魔物も俺を襲う時には『あれ?』みたいなかんじである。失礼な奴らだ。
一方、ヴェルクトの方は……ちょっと魔力に敏感なタイプの魔物なら、遠くからでも獲物の位置が分かっちまう程度には魔力が豊富だから。そりゃあ寄って来るよ。
「がんばれー」
「シエルっ!そっちは何とかしてくれ!流石に俺が全部片付けるのは無理だ!」
2本の大ぶりなナイフを両手に魔物を屠っていくヴェルクトは中々の手練れであるが、流石にこの数相手となると、少々分が悪い。
それに多分、ヴェルクトが本領を発揮できるのって、こういう岩場よりは木がいっぱいの森の中とかなんだろうしなぁ。だだっ広い平原よりはマシみたいだけど。
「へいへい。じゃーこっちの5匹は任せろ」
体に火を纏わせた『火鼠』を、一気に2体、剣で屠る。
流石、ディアーネが用意しただけの事はある。中々にこの剣、業物であった。
そのままヴェルクトの方に向かっていって、ヴェルクトの周りに集っている火鼠をもう3匹あまり斬り捨てると、その頃にはヴェルクトが他の火鼠を全部仕留めたところだった。
「はい、お疲れ。……火鼠で晩飯にする?」
「……これは食えるのか」
「……まあ、食えるか食えないかで言ったら食えるよ」
結局、火鼠の後に現れた花火兎を焼いて食った。
花火兎の肉は焼くときに脂が爆ぜて、ぱちぱちと小さな花火になるのが楽しい。
そして、見た目だけでなくお味も中々刺激的。簡単に塩コショウして焼いただけなのに、ハーブソテーめいた重厚な味わいである。
ここら辺に生息している薬草の類を食べて育つかららしいね。わざわざ美味しく育ってくれるとは、気の利いた奴である。
食事の後も、ひたすら歩き続ける。
あたりはすっかり暗くなっているが、目印には困らないから方向を間違える事は無い。
「何故あの山は光っているんだ」
「火山だからさ」
そう。『炎竜の巣』は、活火山である。
まあ、火の精霊が仕事してるから、大噴火して人間全滅、みたいなことにはならない。
「あそこに入るのか」
外で待っててもいいんだぜ?と、言おうか迷ったが……まあ、確認は1回でいいよな。
「そうだよ。滅茶苦茶暑いからな。覚悟しとけ」
とっぷり夜も暮れて、真夜中過ぎて、丑三つ時になった頃。
殆どぶっ続けで延々と歩いてきた俺達は、遂に炎竜の巣にたどり着いた。
「熱い」
暑いじゃなくて、熱い。
炎竜の巣の中は、すごい。流石火山。
所々で地面が赤く光り、更に時々、そこから火が吹きあがっている。
「……その、ディアーネ、という人は、大丈夫なのか。こんなところに女1人で入って」
「平気。……っつうか、あいつはこういう所の方が元気だぜ?あいつ、お前の妹が空の精霊のお気に入りな以上に、火の精霊のお気に入りだから」
そうでも無きゃ、あんな『火魔法極振り』みたいな面白いことにはならない。
「そうか……」
「……ま、俺達はそうもいかないから。ほい、水」
水を半永久的に出してくれる水差しも、そろそろ魔石を取り替えないと駄目かもね。まあ、炎竜の巣を攻略する間ぐらいは余裕で持つでしょう。
「アンド、薬」
そして、本命はこっち。
「……これはなんだ」
ヴェルクトの掌の上に、ころころ、と薬を転がす。
炎色をした宝石のようにも見える粒と、真珠色の光沢を纏った粒だ。
どっちもディアーネが俺に用意しておいてくれたプレゼントの中にあった。
「オレンジの方が火や熱への耐性。真珠色の方は疲労回復。多分、あいつが俺を火山の中連れまわす時用の薬だな。飲んどけば大分楽になるぜ」
ディアーネが用意したものだけあって、効果はてきめんだった。
飲み下してすぐ、暑さがぐっと和らぎ、今日1日分の疲れが消えていくのが分かる。
ヴェルクトも薬を飲んで、驚いたような顔をしている。こういうものを飲むのは初めてだったらしい。
「よし。じゃ、行くぞ」
「ああ」
……俺達は奥へ進んでいくのだった。
****捕捉****
片手で数えられる数を『31』としましたが、これは二進数で指折り数えた場合の限界です。(2進数での11111=1+2+4+8+16=31)
しかし、世の中には指折り2進数カウントを超える変態カウント法が存在し、そのカウント法では『親指で人差し指~小指の関節をカウントしていく』ことで片手で76まで数えられるようです。すごい!きもい!かっこいい!
ということで、ここで謹んで捕捉させて頂きます。
情報提供して下さった方、どうもありがとうございました!