156話
そして、時は流れ。
「シエルアークよ。お前に、アイトリウス王の冠を授ける」
「謹んでお受けいたします」
遂に、俺は正式にアイトリウスの王になった。
……王になるより勇者や神になる方が先だったのは意外だったなぁ……。
俺の戴冠式の日、アイトリウスは大いに賑わった。
なにせ、世界を二度にわたって救った英雄、シエルアーク・レイ・アイトリウス……あ、もう戴冠したから、シエルアーク・レイ・イディオス・アイトリウスになったか。……うん、まあ、とにかく、俺の戴冠式なのだ。
そりゃあ、賑わわないわけがないし、賑わわないんだったらそれ相応に俺が賑わわせてやるってなもんである。
冠を戴いた俺が国民の前に姿を現せば、広場に集まっていた国民は一斉に沸いた。
アンブレイルが勇者として出発したあの日の賑わいなんて、目じゃないね。
多分、アンブレイルも今日、このアイトリアのどこかには居ると思うけど。『アンブレイル、見てるー?』ってなもんである。
シエルアーク陛下、シエルアーク陛下、と、俺の名を呼ぶ民衆の声は明るく騒がしく心地よい。
「アイトリウスの民よ、世界中の我らが仲間達よ、聞こえるか!」
そして俺が声を発すると、民は一斉に静まり返り、俺の言葉に耳を傾けた。
「余はシエルアーク・レイ・イディオス・アイトリウス!魔の手を2度にわたり退けし勇者にしてアイトリウスの王、そしてこの世界の守護者なり!」
俺がそう挨拶すると、少々、民がざわついた。
アイトリウスも女神を信仰しているからね。『不遜だ』と思う人も居てもおかしくない。
「そうとも。余こそがこの世界の守護者!『女神』……否、初代勇者アイトリウスに代わり、今後の世界を守る者である!」
だが、俺はどーしても、言っておきたかったのだ。
……別に、『女神』の幻想をぶち壊す意味は無い。
今、十分にそれで回ってるんだから、本当に何のメリットも無い。
が、俺が何のメリットも無いことをやるんだから、それ相応の意味はあるのだ。少なくとも、俺にとっては。
そしてもしかしたら、アイトリウスと大魔王にとっても。
「仲間達よ、聞いてほしい。余はこの世界を守るべく、この世界の『外側』に出た。……そして、見たのだ。この世界の外側には、何も無かった」
多分、この世界の99.99%ぐらいの人は、このセリフの意味が分からないと思う。
世界の、『外側』。
『世界』の中でしか生きていない人間は、想像のはじっこにすら辿りつけなくて当たり前である。
地球から出た事が無かった人間達が、宇宙を想像できなかったのと同じように。
「そこに、女神は居なかった。どこにも女神は居なかった。居るとするならば……我らの中にしか、女神は居なかったのだ。よく聞け。女神は居ない。この世界を守る女神など、初めから存在しなかった!」
そして、今まで信じてきた『女神』を、そう簡単に手放せる人間も少ない。
今までの支えを失おうとする人間なんて、そうそう居ないだろうから。
「……だが、女神は居なかったが、確かに、この世界を守り続けていた存在はあったのだ。余はそれを伝えねばなるまい」
だから、代わりに信じられるものをくれてやろう。
この世界の弱っちい人間どもが一度捨てたものを、大事に崇めさせてやろう。
「初代勇者アイトリウス。『彼女』こそが、この世界を守り続けていたのだ」
そこからは、捏造を加えながら『勇者アイトリウスの神話』を語ってやるだけの事だ。
彼女の功績を伝え、悲劇を伝え……アイトリウスが作り出した『女神』を、『アイトリウス』にそのまま重ねた。
彼女は女神だった。この世界を守る者が女神なのだとしたら、アイトリウスこそが女神であったのだ。
ちっぽけな只の人間こそが、『神』であったのだ。
……そう、民衆に伝えるにつれ、俺の足場が整ってくる。
勇者アイトリウスは、女神であった。
俺はアイトリウスの王、つまり、勇者アイトリウスの血を引きし者である。
つまり!
「しかし、これからは!……余が、この世界を守る!勇者アイトリウスに代わり、この世界の守護者となることを約束しよう!」
つまり!三段論法で文句なしに俺が『神』なんだよ!
そう主張すれば、今までの『神話』を聞いていた民衆は……俺に賛同し、沸き上がる。
ははは、信仰すら集めちゃって、本当に俺ってば神様じゃん。完璧じゃん。いやー、気分いい!崇められるってのは気分がいい!最っ高にいい!
多分、民のほとんどは俺の言葉の意味を分かってない。
俺がこれからもこの世界を平和に保つよ、っていう挨拶だと思ってると思う。
けど、残りのちょぴっとの民は……きっと、言葉の意味を理解しただろう。
女神は居ない。
始めから人を守るのは人だった。
そして、これからも人を守るのは人である。
勇者であり王であり神である俺は、人である。
……だから、俺はちゃんと民衆の手の届くところに居てやるから、その分俺に届くように感謝しろ、ってなもんだ。
「ってことで、RIP、だ。安らかに眠れよ、アイトリウスと大魔王」
アイトリウス王家の墓の一画、アルカセラスの墓の下に、新しい骨を2種類納めた。
1つは勇者アイトリウスの骨、もう1つは大魔王の骨だ。
アイトリウスの方は見つけた時から骨だったし、大魔王の死体はディアーネが火葬してくれたからね綺麗に骨になっちゃってる。
それらを適当に埋めてやって、適当に魔石を上に乗せて墓標も作ってやったら、俺は墓を出た。
勇者で神様なだけでも忙しいのに、これから俺は王様もやらなきゃいけない。きっと今以上に忙しくなる。
勇者兼神様兼王様は、こんなところで油を売っている訳にもいかないのだ。
……でも、忙しくもなるだろうけれど、これまで以上に楽しくもなるだろう。きっと。
「もういいのか」
「おう。見張りごくろーさん」
「大したことでも無い」
墓地を出ると、ヴェルクトが墓の横で立っていた。
一応、アルカセラスの墓には星屑樹もあるからね。もう実をもいじゃった星屑樹だからそんなに価値は無いだろうけれど、一応、隠しておくに越したことはない。
だから、俺が墓に入っている間、墓地の外にヴェルクトを見張りに立てておいたのだ。
「さっき、鳥文の鳥がお前宛の書簡を持って飛んでいたから捕まえておいた」
「あらあ、ワイルドなこった」
目的地に着く前に捕まえられちゃった鳥さんはさぞ困惑したことだろう。
まあ、ヴェルクトの事だから、風の精霊魔法か何か使って鳥さんを落ち着かせて返したんだと思うけど。
早速、ヴェルクトから受け取った書簡を開けてみる。
「あー、『クレスタルデ伯』からだわ」
「ディアーネか」
ディアーネは、俺が戴冠するより先にクレスタルデ伯になった。
ディアーネのおねーちゃん達が、こぞってエーヴィリトとリスタキアの貴族の所へ嫁に行ってしまったからである。
……最早、俺の次、ヴェルクトと同列2位、ってな強さで飛びぬけた強さを手に入れてしまっているディアーネは、2人のおねーちゃんと言えども手出しができないまでの功績を手に入れてしまったわけだし、それ以上に……威厳、っていうか、貫禄、っていうか……そういうものも身に付けてしまった。
絶対的強者としての態度が似合う奴だし、それを使うのも上手い奴だ。
おねーちゃん2人が尻尾を巻いて逃げ出すのも当然だね。
そして現に今、ディアーネはクレスタルデを『貿易港』から『瞬間移動ゲート中継地』へと作り替え、またそのための倉庫や商店街の設置、他国との繋がりの強化……と、あちこち飛び回っているのだ。
実際のディアーネの働きぶりを見て、陰口だろうと文句を言える奴なんてそうそう居ないだろう。
「ディアーネもすっかり領主様、か」
「お前もやればよかったじゃん、ネビルム領主」
「俺はそんな器じゃない」
……そして、このヴェルクトにも、『領主』の話は来ていた。
ネビルムの領主が、ヴェルクトさえ良ければネビルムの領主をやらないか、と持ち掛けてきたのだ。
今の領主、確かに領主としては能力に欠けるかんじもあるし、『器じゃない』自覚があるんだろう。
……だが、ヴェルクトは『俺はシエルの騎士だから』ということでそれを断っている。
王としての俺は『もったいねえ』と思うが、俺個人としては嬉しくもあるね。うん。
「で、ディアーネは何と言っているんだ」
「うん。えっとね、お手紙のお返事。アマツカゼのお祭り、一緒に行けるってさ」
10日後、アマツカゼではお祭りがあるそうだ。
去年行けなかったから、今年は行きてーなー、と思ってたんで、ディアーネにも声を掛けたんだよね。
ナライちゃんが『しえるの友人も是非連れて来るが良い!』って張り切ってたし。
綿あめ……焼きそば……お好み焼き……今から考えただけでも楽しみである。へへへ。
「……って事で、俺もお祭り行けるように、仕事片付けねーとなー……」
「……『ファンルイエ』の事か」
「うん。どーしたって、国2つ分治めるってなると色々大変よね。ま、俺だからこそ『大変』で済んでる訳なんだけどな!」
そして今、俺が一番手を焼いているのが、『アイトリウス王国ファンルイエ地区』……つまり、旧フォンネール、の統治である。
……ほら、あのお爺ちゃん。フォンネール王。
あの人、魔神になる時に自分の血族皆殺しにしてるんだよ。
そのせいで、フォンネール王が消えた後の椅子って、正当な後継者が居なかったのね。
……けど、俺ってば丁度よく、フォンネールの血も入ってるじゃない。
だから、そこんとこを主張しつつ、『俺なら真っ当に統治できるぞ』で押して、フォンネールの地を俺直轄の領地として治めることにしたのだった。
国2つを治めてるようなもんだから大変は大変だけど、やりがいはあるよ。
それに、フォンネールをアイトリウスと併合したことで、フォンネールで消えかかってた技術……『闇の帳』作成の技術とか、そういうのの後継者が生まれたのだ。
こうして、アイトリウスの人材とフォンネールの技術が合わさり最強になったのも俺のおかげだから旧フォンネール現ファンルイエ地区の皆さんはもっと俺に感謝するといいよ。
……ちなみに今、ルウィナちゃんはファンルイエ地区へ留学に行ってる。
アイトリアに居ても『織姫』の名は聞こえてくるから、多分、帰ってくるころには史上最高の機織り職人になってるんじゃないかな、ルウィナちゃん。
それからも少々公務に励んで、午後5時、王様業を終業。
しっかり働いた俺はぐーっ、と伸びをしつつ、のんびり自室へ戻る。
自室でちょっとお茶を飲んでまったりしつつ、そろそろ神様業の方に入るかな、なんて思っていると。
「……シエル、ディアーネだ」
「あら、ほんとだ。今日も来たぜあいつ。暇人かよ」
「それはお前もだぞ、シエル」
窓の外、夕焼けの色より赤く燃える炎の翼で飛んでくる人影がある。
それはまっすぐ俺の部屋へ飛んできて、テラスへ優雅に着陸した。
「シエル、お茶にご一緒してもいいかしら?」
ディアーネも公務が終わって休憩に入ったらしい。
すっかり炎の翼で飛ぶのがお気に召したらしいこの領主様は、ちょくちょくこうやって飛んできては俺とティータイム休憩をするのであった。
「あ、さっきお前からの書簡届いたぞ。ディアーネもよく日程開けられたね」
「ええ。折角、シエルから頂いたお誘いだもの。『視察』のために日程を明ける程度、難しいことじゃなくってよ?」
「嬉しいこと言ってくれちゃって、まあ」
ディアーネはにっこり笑うと、持ってきた茶菓子を広げ始めた。
ヴェルクトが適当にお茶を淹れて、3人で小テーブルを囲んで夕食前のティータイムである。
雑談に花を咲かせたり、非公式な場での政治のお話をちょこっとしたり、新しい魔法の話をしたり、と、話はみるみる繋がって、途切れることなく湧き出してくる。
……が、そうしているうちに楽しい時間は流れ、空には星が浮くようになる。
「あ」
それを見て俺はうっかり、神様業の方を忘れてた事を思い出した。
「ごめん、ちょっと空間の外行って見回りだけしてくる」
「あら、なら私もご一緒していいかしら?シエルが手を加えたところを見てみたいの」
「俺も行っていいか」
「あらら、そーいうことなら、ま、ご一緒にどうぞ?」
ノリのいい仲間達と一緒に、実に軽いノリで『空間』の外に出る。
そこに広がるのは、空間の星の浮く宇宙。
「……綺麗。空間が回っているのね」
「うん。もう空間同士のぶつかり合いも無いね。上手くいってるみたいで何より」
俺、一応神様だからね。
この空間の宇宙を整備すべく、ちゃんと色々頑張ったのだ。
例えば、俺達の世界の空間を中心に、他の空間を公転させるとか。まるで太陽系の如く。
この芸術っぷりは流石俺、ってかんじでなかなか気に入ってる。
やたらと光る光の精霊の空間すら、惑星だからね。ぐるぐる回る側だからね。気分いいよね!
「……ところで、シエル。いいのか。世界をお前の空間の中に閉じ込めたままで」
「シエルに負担がかかっているのではなくって?」
空間群を見ていたヴェルクトとディアーネは、ふと、そんな疑問を俺にぶつけてきた。
その表情はどこか悪戯めいている。
うんうん、ご期待に応えて答えましょう。
「うん。いいの。維持だけなら負担はほとんど0みたいなもんだし、世界にも支障出ないし、こっちのが管理しやすいし、俺神様だし……」
そう。そして相変わらず、この世界は空間の中にあるのだ。
だから、こういうふうに空間の星の宇宙ができてる訳なんだけどね。
ま、俺がこうやって管理してた方が何かと便利だし、外からの侵略があった時にも対処しやすい。
こうして世界が空間の内に在ることはメリットでしかないのだ。
だって、この世界は俺が回している。
生きとし生けるものは皆、俺のもたらす平和の中で俺を崇めながら生きる。
それはある意味宗教的統治で、ある意味政治的統治で、ある意味武力的統治。完璧だね。
俺によって平和は維持され、俺によって世界は発展する。
俺によって生み出された技術が今日も人々の生活を支え、俺によって強化された世界は今日も魔物から身を守っている。
俺は生きとし生けるもの全てを支え、平和を支え、この世界を支えているのだ。
だから、世界が俺の手の内に在ることには何の問題も無い!
……それに。
「それに、俺、一度捧げられたものを返してやる気はないもん」
世界は俺に捧げられたのだ。だからもう返してやらなーい。
完結しました。
あとがきについては活動報告をご覧ください。
また、新しく連載が開始しました。もしよろしければそちらもどうぞ。




