155話
「……シエル」
「何よ」
「何故わざわざ、生き返らせたんだ……」
生き返っちゃったせいで混乱して、現状の把握に努めようとしている大魔王。
それを見てヴェルクトはなんとも言えない顔をしていた。
「俺の話聞かないとか失礼にも程があるから」
が、ここは譲れない。
この世界の神たる俺の話を聞かずに自分の言いたいことだけ言って死ぬとか、失礼にも程がある!許せん!万死に値する!あれ、万死に値するってつまり、残り9999回は殺さないといけないから、9998回は生き返らせないといけないのか。うん、それは面倒だから精々2死ぐらいの値にしておいてあげよう。
「しかし、この大魔王は前のシエルと同じように魔法が効かない上に魔力を吸収できるんだぞ?危険だろう」
「じゃあ手足切り落としておこっか」
「手伝うわ。ヴェルクト。ナイフを貸して頂戴」
「待て、俺がやる。お前達がそういうことをするな」
その間、大魔王は状況を理解できない様子でひたすら唖然としていた。
ざまあみろ!俺に失礼なことをするからこうなるのだ!
そして、しばらくすれば全身ぐるぐる巻きのミノムシ大魔王が完成した。
手足を切っても良かったんだけど、それをやったせいでまた話の途中で死なれるとめんどくさいので、なら、ぐりぐり巻いて身動きできなくしとけばいいじゃない、という事になったのだ。
魔法は使えないんだから、身体強化もできない。よって、大魔王はこのミノムシ状態から脱出することもできず、もぞもぞミノミノするしかないのである。ははは、無様だな大魔王!
「で、話、戻すけど」
「何の話をしていたのだったかしら?」
「……確か、『女神』の話、だったんじゃないだろうか」
しかし、大魔王をミノムシにしていたせいで、さっきの話があやふやになってしまっていた。なんてこった。
「そう。つまり、大魔王。お前が『平和な世など人間の間に訪れはしない、『女神』が生まれたように』っつって、俺が『アイトリウスと同じ運命を辿るつもりはねえぞ』って言ったところからな。覚えてる?オッケー?流石にそれすら忘れる痴呆症の大魔王さんじゃないよね?」
大魔王は散々馬鹿にされつつも、只々悟りの境地に至ったかのような表情を浮かべていた。うん、多分、話し続けてオッケーってことだろう。
「だからね、もっかい言うけど。俺はアイトリウス程優しい人間じゃないから、国を追い出されても出ていかねーし、仮に追い出されたらその後国を守ってやろうなんて思わねー。『女神』を作ってやろうとも思わねー」
そう言えば、大魔王は少し、表情を変えた。
「知っていたのか」
「憶測だけどね。女神なんて居ない。そうでしょ?」
「……知っていたのに、貴様は『女神』を信仰しているのか」
「いいや?俺が信仰するのは俺だけだね。仮に『女神』が実在したとしても」
堂々と胸を張ってやれば、大魔王は息を吐いて、憎々し気にどこか遠い所を見る。
「そうだとも。全知全能の女神など存在せぬ。居たのはただ1人、矮小な人間ただ1人のみだった」
この世界に女神はいない。
最初からそんなものはいなかった。
だから、俺に神託の1つもくれやしなかったし、旧エーヴィリトで適当な使われ方をしていても神罰の1つも下さなかったのだ。
最初から居ない。女神なんてこの世界に居ない。
そう。この世界は元々、神無き世界だったのだ。
では何故、『女神』の存在を人々が信じ、果ては旧エーヴィリトのような宗教国家までできちゃうようになったのか。
それは簡単。
『女神』が都合のいい拠り所だったからだ。
そしてその拠り所を作ったのは、他でも無い、勇者アイトリウスなんじゃないかなー、と俺は思ったわけ。
アイトリウスは強すぎて恐れられて、守った人達によって国を追われた。
だから、国に留まって世界を守り続けることができなくなった。
……そうじゃなくても、いつかは魔王封印のために死ななきゃいけなかったのかもしれないけど……アイトリウスなら、他にいくらでも手段を講じられたんじゃないか、とも思うんだよね。俺がやったように、世界を1つの空間にして守っちゃう、とかさ。
だが、結果としてアイトリウスは魔王封印のために死んだ。
そうして、アイトリウスは人の世界から消えたのだ。
アイトリウスが、世界を守る。
自らの命と引き換えに魔王を封印し、楔とする。
……それによって、魔物は大人しくなり、人との争いは収まり、世界は守られる。
だが、これで一件落着、とはいかないことがアイトリウスには分かっていた。
アイトリウスが消えた後も、争いは続く。魔物と人の争いは続くし、それが収まっても人と人との争いへ変化するだけだ。
結局、世界は平和にならない。
……そして、その時はもう、アイトリウスは人の国に居ない。世界に平和をもたらす者は居なくなる。
人がそれを望まなかったせいで。
ちょっと話が飛ぶけど、人間の犯罪には、3つの裁きが下るとされている。
1つに、法の裁き。これは当然の奴ね。罪には刑罰がある。そういうこと。
これがあるから、『罰が嫌だから罪を犯さない』ってなるわけ。
2つ目は、社会的裁き。犯罪者が人々から白い目で見られるっていう奴の事。
これを逆手に取れば、『周りの目があるから犯罪をしない』っていう抑止力になる。
そして3つ目が、宗教的裁きだ。
……なんていうのかな。
己の良心もそうなんだろうし、道徳心とか正義感とか……そういうものによって裁かれるものだな。本来は。
……ただし、そこに『信仰対象』、つまるところの『女神』が居れば話は別だ。
『女神様が見ていらっしゃるから犯罪を犯さない』。とか。そういうやつ。
宗教があれば、人はそれに縋って生きるようになる。そして、それに縋るということは、それに縛られて……律されて生きるということ。
そう。
アイトリウスは、人が自らを律する為に『女神』を作った。
『女神』の教えを説き、人を『女神』で縛り、守った。
自分の代わりに、世界を守る『女神』を作りだしたのだ。
だから人間は自らを律し、或いは団結し、さらに或いは希望を持ち続け、絶望せずに『守られて』生きてこられた。
……アイトリウスが命を賭して行った魔王封印についても、得体のしれない化け物の如き『勇者』によるものではなく、聖なる守り主である『女神』によるものであるとすることで、人々は安心して守られ続けた。
アイトリウスが死んだ後も、人は『女神』に守られ続けた。
けれど、1つ言える事は……意思を持ち、人間を見守り、時に裁く『女神』なんてものは、存在しない……人の心の中にしか存在しない、という事なのだ。
「人間は愚かだ」
大魔王が、そう漏らした。
「守られて温く生きていく事を望みながら、その強さを同時に恐れもする。真に己を守る『勇者』より、存在しない『女神』に安寧を見出す。その『女神』が『勇者』の嘘であったとしても、だ。『女神』の嘘の影で『勇者』が人間を守っていることを忘れて、だ!」
そして、大魔王の呟きは次第に大きさを増し、やがて、叫びとなって響いた。
「なーに、お前、アイトリウスに同情してんの?」
大魔王は答えなかった。
「魔王を頑張って復活させ続けてたのもアイトリウスのため?じゃないと人間が忘れちゃうから?」
大魔王はやっぱり答えなかった。
そして、静かに目を閉じて、喋った。
「もっと単純な事よ。我はただ、人を滅ぼそうとしたのだ」
「ああそう。流石、悪の大魔王様。分かってらっしゃる」
ま、相手の美学なんて俺は知ったこっちゃないけどね。
知ったこっちゃないけど……『分かってらっしゃる』とは、思うよ。素直に賞賛してやってもいい、とも思うよ。
さて。
「じゃ、これでお前が聞かずに勝手に死んだ分の話は終わったな。はー、お前が勝手に死ぬからこうなるんだぞ。言いたいことは全部言ってから死ね。で、この俺の言葉は全部聞いてから死ね。オーケイ?」
大魔王が何とも言えない目で俺を見てくるのが、なんともいい気分である。ははは、もっと残念そうな顔をしろ!
「で、ここから先はサービスだ。冥土の土産に教えてやるよ、大魔王」
「生き返らせておいてやっぱり殺すのか……」
「殺すのね……」
「当たり前だろ、何が悲しくて危険因子を残しとかなきゃいけねえんだよ。何言ってんのお前ら……」
……ちょっとオーディエンスが騒がしかったけれど、ま、仕切り直して、と。
「さっきも言ったけど、俺はアイトリウスと同じことはしねーぞ。追い出されようが居座り続ける。俺を厭う奴は牢にぶち込んで黙らせる。そして『王』として、『勇者』として……ついでに、『神』の座も空いてるらしいし、俺が座っちゃおうじゃないの。傲慢大いに結構。欺瞞は俺のお友達。怠慢は1日9時間まで。んで、人間は俺を崇めて信仰の対象にしつつ、恐れ畏れ敬い跪き、俺に従い、俺のために世界を発展させつつ平和に保つんだ。……どうよ。完璧だろ」
大魔王にそう言ってやると、大魔王はぽかん、としてしまった。
「お前みたいなのがまた出てきたら、その時はまた俺のご飯になってもらえばいいんだしな。ま、俺はエルフの寿命分ぐらいまでは余裕で生きるつもりだし、それまでに何らかの守護の魔法を遺していく手段は見つかるだろ。んで、俺は死後も讃えられ続けるわけだ。最高だね。『俺のおかげで人間の世に平和が訪れる』。俺のおかげで世界は平和、『アイトリウス』は安泰。完璧すぎて涙が出そうだわ」
自慢を続けると、大魔王は表情を少しばかり変化させた。
笑ったような泣いたような表情は、非常に人間臭い。
「……だから、お前も安心して死んでいいぞ」
魔法銀の剣を抜いてミノムシ大魔王に突きつけると、大魔王は静かに目を閉じた。
「やっと、役目が終わった、という事か」
俺は黙って、大魔王の首を刎ね飛ばした。
「あ」
……こうして。
「どうしたの?シエル」
「墓はどこがいいか聞くの忘れた!……しょーがねーなあ、もう一回生き返すか!」
「流石にもうやめてやれ」
……なんか締まらないながらも、俺達は大魔王を倒し、この世界に平和をもたらしたのだった。
次回最終回です。




