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14話

 祠の中に入ると、ほわり、とした光が浮かぶ祭壇があった。

 祭壇の上には、魔鋼細工と思しきゲートのようなものが設置されている。

「おお」

 それらを一目見て、思わず感嘆の声が漏れる。

 これは……うん。流石、古代魔法の粋を集めた装置。

 複数の術式が複雑に絡んで、絡んで、緻密で精密な1つの魔法を成している。

 あまりの繊細さに手を触れることすら躊躇うような、そんな古代魔法の術式装置は、俺が今までに見たどんな魔法よりも美しかった。




「早速、起動してみるか」

 いっそ芸術と言っても差し支えないレベルの装置だが、使わなきゃ只の置物でもある。

 ヴェルクトの手を引っ掴んで、起動装置と思しき場所に反対の手で触れる。

 そして、ヴェルクトから吸った魔力を装置に流し込んだ。

 その瞬間。

「これは……海?」

 ブン、と、低く唸るような音が響き、祭壇の上のゲートの中に海辺の景色が広がった。

 この景色は見た事がある。クレスタルデの港町近くの海辺だな。

 ということは、このゲートを潜れば向こう側へ移動できるのだろう。

「よし、じゃ、行こうか」

 ヴェルクトを引っ張っていってゲートに足を踏み入れた。




 ぐるり、と世界が逆転するような感覚と共に、俺達は気づいたらゲートの奥に立っていた。

 まるで、ただ何事も無くゲートを通り過ぎただけ、というように。

「……何も起きなかった……?」

 が、それは杞憂だったと知る。

「見ろよ、ゲートの景色。ネビルム村の北の岬だ」

 ゲートの中の景色は、さっきまで俺達が居た場所の景色に変わっていた。


 そこで動力切れになったのか、瞬間移動が終わったら自動的に切れるようになっているのか、瞬間移動装置はまた1つ唸りのような音を立てると、ゲートの中から景色を消した。そして、ただ元のように静かにそこにあるだけとなる。

「本当に移動したのか?ゲートの中の景色が変わっただけじゃないのか?」

 ヴェルクトが不審がるのも分かる。

 祠はさっきまで居た場所と全く同じように見えるから。

「外に出てみよう。これで駄目だったらその時はその時ってことで」

 とにかく俺は早く、古代術式の結果を見たくて見たくて仕方が無い!




「……驚いたな」

「な?本当に移動してただろ?」

 祠を出たら、さっきの崖下の洞窟……では無かった。

 そこは、少し入り組んで海以外からは見えにくくなっている、小さな入り江の浜辺だったのだ。

 ……ああ、感無量。俺は失われた古代魔法を今、この身で体感したのか。ああ、感無量!


 入り江から離れて少し海岸を歩けば、海を滑る船が目立ち始める。

 そして、その先に見えるのは港町クレスタルデだ。




 クレスタルデは帝国ヴェルメルサの港町だ。

 世界各国へ物を送り、また、世界各国から物を送られる。世界で最も栄えている港町だと言っていい。

 当然、アイトリウスの港町リテナとも交易してるな。

 この町は1つの宝石のようでもある。

 海の青に建物の白。整えられた景観を見に来るだけでも、このクレスタルデに訪れる価値はあるだろう。

 だが、それ以上に、この町には忘れてはならない名物がある。


 この町を治める『クレスタルデ伯』の屋敷が、この町にはある。……まあ、クレスタルデ伯個人に関しては多少頭が固いっつうか考えが古臭くて合理的じゃない所はあるものの、豪快で気のいいオッサンである。が、それは置いておいて、だ。

 ……その屋敷にはクレスタルデ伯の娘たちが住んでいる。

 娘たちは皆、見目麗しく、品も良く。そして、魔法に優れた才女達。

 その美貌と魔法の才能から、彼女たちは『クレスタルデの宝石』とまで呼ばれている。

 その美貌に、町の男たちは皆、クレスタルデの娘たちの前では従順な恋の下僕となる。

 そしてその魔力に、水も風も炎も大地までもが、クレスタルデの娘たちの前ではひれ伏し、従うのだ。

 クレスタルデの娘たちは皆、この町の尊敬と羨望と注目の的になっているのである。

 ……1人を除いて。




 ということで、瞬間移動装置の祠から西に向かって海岸を歩き続けて半日ちょい。お昼時とおやつ時の間、といった時刻。

 俺達はクレスタルデに到着した。


 クレスタルデには何回か来たことがあるから、勝手は分かる。

 が、逆に俺の顔を知っている奴がいる可能性も十分にあるので、フードを深く被って、しかしせかせかすることなく、堂々とのんびり進む。

 とりあえず、最初に飯屋に入ろう。

 もうおやつ時も近い。朝から歩き通しだったもんだから、腹も減った。


 ……さて、このクレスタルデ。港町なだけあって、魚料理の店には事欠かない。

 俺のおすすめは中心街から港に向かって2本路地裏に入ったところにある食堂。ひなびた爺さんと婆さんが2人で細々とやってる所だが、ここの魚料理……特に、紅玉鮪のソテーは絶品なのだ。じゅるり。


「いらっしゃい」

 軋むドアを開ければ、涼しい音を立てて魔石硝子のベルが鳴る。

「おや、珍しい。久しぶりじゃあないの、シエル。今日はディアーネ嬢と一緒じゃないのねえ」

「いつもお嬢様と一緒に居る訳じゃないさ」

 ……ヴェルクトが、『この婆さんに身分を偽ってるな』みたいな顔してる。当然だろ。王族が王族名乗ってこんな食堂に来れるか、っつの!

「紅玉鮪、入ってる?」

「ああ、あるよ。じゃあ、紅玉鮪のソテー定食2人前でいいかい?」

「うん。あ、それに真珠魚のリエットもつけて!」

「はいはい。腕によりをかけて作りますよ。爺さんがね」

 婆さんも爺さんに呼ばれて厨房の方へ引っ込んだので、勝手に席に座って待つことにした。


「シエル。ディアーネ、というのは誰だ?」

 席に座って少しすると、じゅわり、といい音がして、厨房の方からいい匂いが漂ってくる。

 その音と匂いに期待を膨らませていると、ヴェルクトが尋ねてきた。

 ああ、さっき婆さんと話した時に名前出したっけ。

「ああ、ディアーネか。……えっとね、俺の幼馴染。本名はディアーネ・クレスタルデね」

「クレスタルデ……」

「そ。ここの領主の末の娘だ。……俺はこの町に、ディアーネに会いに来た。……あいつに、俺の魔力が入ってる魔石を預けてるんだ。それを受け取りに行く」


 魔石に魔力を入れておく、というのは、魔導士諸兄にとってはごく当然な事である。

 魔導士術師、とにかく魔法を使う職業、特に、魔法で戦う職業の者においては、魔力とは自らを守る盾であり、敵を滅ぼす剣である。

 そんな中で魔力切れを起こしたりしたら、目も当てられない。

 だから、平時にちょっとずつ自分の魔力を魔石に封じて貯めておくのだ。

 当然、魔石に魔力を封じようとしたら滅茶苦茶効率が悪いから、本当に、平時。本当に、魔力が余った時だけ。ま、貯金みたいなものだな。

 ……俺も、それをやっていた。

 魔石にちょこっとずつ、毎日魔力を貯めて、有事の際にはすぐ使えるようにしておいて。

 ……で、まあ、俺には先見の明があったので、その貯金箱の内の1つを、俺の遊び相手であったディアーネに預けたのだ。

「多分、魔王から魔力丸ごと拝借する時に、魔王の魔力を俺の魔力として書き換えなきゃいけないと思うんだよな。だから、その時に貯金しておいた俺の魔力が必要、ってわけ。貯めておいた分以外はもう、俺の魔力ってこの世に無いからね」

 いわば、ディアーネに預けた俺の魔力入りの魔石ってのは、俺が魔王をぶちのめす道具の材料の1つ、って事になる。

 ……多分、アイトリウス城の俺の部屋にもいくつかあるんだけどね。正直、今、俺が城の俺の部屋に潜入するよりは、ディアーネに会いに来た方がよっぽど早いし安全だったんだよな……。


「じゃあ、食事の後はそのディアーネ、という奴に会いに行くんだな」

「そういうことになるな。……お嬢様だからちょっと取次が面倒だけど、ま、何とかなるでしょ」

 ……多分、裏に回れば顔見知りのメイドの1人や2人、居るだろうし。


 その後、ヴェルクトと雑談しながら待っている内に婆さんが盆を運んできたので、食事に集中する事になった。

 紅玉鮪は噛み応えと旨味がパワーアップした鮪みたいなかんじ。美味い。

 真珠魚はとろけるような触感と甘みが特徴のお魚。美味い。俺が観賞用として部屋で飼ってた魚でもある。

 丁寧に調理されたこれらの魚は、もう、とりあえず……美味かった。うん。




 満腹になって店を出て、俺達はクレスタルデ邸を目指す。

 怪しまれないように、俺はヴェルクトの従者のふりをしてヴェルクトの後を付いていく。

「……俺は道が分からないんだが」

「この町で一番でかい建物に向かって歩けばいいんだから簡単だろうが」

 ヴェルクトは少々困ったような顔をしながらも、颯爽と見える程度には堂々と歩いてくれた。

 この町に来たことが無いヴェルクトでも堂々と歩ける程度に、目印にしているクレスタルデ邸は、でかい。目立つ。

「本当にあんな屋敷に向かっていいのか」

「いいんだよ。俺の幼馴染に会うだけなんだから」

 ……元気にしてるかなあ、ディアーネ。




 クレスタルデ邸に付いたら裏手に回って、顔見知りのメイドでも捕まえて、ディアーネを引っ張り出してもらおう……と思っていたんだが、そんな手間はいらなかった。

「よお、セーラ。元気?」

「その声は……シエルアーク様!?」

 クレスタルデ邸の前の通りに居たのは、この家に仕えているメイドのセーラだ。

 ディアーネのお付きのメイドでもある。だから俺ともそこそこ古い知り合い。

 ディアーネはどうせ屋敷の奥に居るんだろうが、彼女に取り次いでもらえば俺達が屋敷に入らなくてもこっそりディアーネに会う事もできるだろう、と踏んでの行動である。

 真っ正面から行ったら、クレスタルデ伯なりディアーネの姉ちゃんなりにお縄されてアイトリウスに強制送還もあり得るからな。

「どうしてここに……!」

「ん。ディアーネに用事。ディアーネ、居る?」

 ……が、ここらで俺も、セーラの異変に気付く。

 顔は青ざめており、そして……手に、何か握りしめていた。

 嫌な……滅茶苦茶、嫌な予感がする。

「ああ、でも、丁度良かった!シエルアーク様、お願いがございます!厚かましいことではありますが、どうか、どうか……ディアーネお嬢様をお救い下さい!」

 ……セーラの手に握られた紙には……ディアーネの筆跡で、何か書いてあるようだった。

「落ち着け、セーラ。……何があった。ディアーネはどこにいる」

 嫌だなあ、嫌だなあ、これ。嫌な予感、当たってないよなあ……なんて思いながら、とりあえずセーラを落ち着かせる。

 セーラの手を握って落ち着かせてやれば、セーラは自らが握りしめたものの存在を思い出したらしい。

 慌ててそれを広げ、俺に見せて、囁くように、叫ぶように、セーラは言った。

「ディアーネ様は、お一人で、『炎竜の巣』へ向かわれたのです!」


 紙には、こうあった。

『お父様、お母様、お姉様

 誰も行かれないようなので私が炎竜の巣へ行ってまいります

 ドラゴンの首をお土産に持ち帰りますので楽しみにお待ちくださいね』


 ……やばくね?


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