148話
「おじゃましまーす……あっ壁と天井直ってる。よかったー」
真っ先に目が行ったのがそこだった。
……ほらさ、ディアーネが前回、壁と天井を豪快に吹っ飛ばして、玉座の間を半壊状態にしてくれたからさ。あれからどうなったかなー、と思ってはいたんだよね。
無事、補修工事もできたみたいで何より。
「シエル、そこより先に見るべきところがあるだろう」
「ねえ、シエル。正面に居るのはあなたのお爺様なんじゃなくって?」
……うん、まあ、2人の言う事は分かるよ。
扉を入って真正面、玉座の前に、暗く暗く闇が凝り固まっている。
が、俺が天井だの壁だのに目をとられていても全くなにもしてこなかった事からも分かる通り、なんか、俺達に構ってる余裕はあんまりなさそうなかんじ。
魔力を見る目で見てみれば、強い闇の魔力の中に、見覚えのある魔力……俺のじーちゃんことフォンネール王の魔力が見える。
多分、あの闇の繭みたいなのの中に居るんだろ。うん。
「……あれ、なんとかした方がいい?」
「そうしないなら何のために来たんだ」
「民衆の避難」
「放っておいたら、あれはもっと酷いことをするんじゃないかしら?」
「ご尤も」
……正直、嫌な予感しかしないし、触りたくないんだけど……しょうがないね。
俺は、闇の繭に向かって光の矢を放った。
光の矢がぶつかった途端、闇が弾け飛ぶ。
すっかり消え去った闇の繭、その中からゆらり、と姿を現したのは、闇の甲冑を纏った騎士であった。
騎士はゆっくりとこちらを向きながら、右手の剣をゆっくりと持ち上げ、構えを取った。
兜の目庇の奥に、人ならざるものの眼光が走ったのを見た気がした。
突如、衝突。
人ならざる動きで跳躍し、一瞬で間合いを詰めてきた闇の騎士に対し、ヴェルクトが躍り出て光の短剣を叩き込んだ。
「おいおい、ヴェルクト。俺を守れ、俺を」
「悪いがそれは自分でやってくれ」
「なんつー騎士だ!教育係の顔を見てみてえ!」
「それは自虐なのか?」
当然、防御は回避で済ませたヴェルクトが、俺に迫る闇の剣をどうにかしてくれるわけがない。
しょーがないんで、俺は光の剣で闇の騎士の剣を受け……そのまま、斬り飛ばしてやった。
「!?」
一瞬、闇の騎士に驚きの感情が見て取れた。
が、それも一瞬のことで、闇の騎士はすぐに俺達から距離を取って体勢を整えると、さっき俺が斬り飛ばした剣の先をコウモリのような小竜のような化け物に変えて、俺達に向かわせた。
「あら、小賢しいこと」
だが、それを見逃すディアーネじゃない。
剣の切れ端はディアーネによって焼き尽くされ、更に、その炎は闇の騎士にすら及ぶ。
闇の騎士は闇魔法による防壁を展開してなんとかその炎を防ごうとするが、生半可な魔法で防げるんだったらディアーネは『魔女』なんて呼ばれてないのだ。
「炎だけが攻撃じゃないぞ」
そして、防御に手一杯だった闇の騎士に、天井を蹴って襲い掛かるヴェルクト。
当然、防壁を展開するだけだった闇の騎士が咄嗟に対応できるわけがない。
闇の騎士はヴェルクトの魔法銀の短剣によって、その左手を斬り飛ばされた。
「ついでに言うとまだ終わりじゃねーんだなこれが」
そしてそして、当然だが俺も居るのである。
闇の騎士は咄嗟に闇魔法の禁呪か何かを使ったみたいだけど、それも俺の前では無力。
俺の『魔法を無効化する魔法』によって禁呪は掻き消え、立て続けに俺が放った無属性古代魔法ビームによって、闇の騎士はなすすべもなく吹き飛ばされた。
……まあね。3対1だからね。当然、こうもなるよね。
俺、騎士道精神なんてくそくらえ、ってタイプ。
吹っ飛んだ闇の騎士は、その姿を大きく変えていた。
主に、闇の鎧がぶっ壊れたせいで。
ヴェルクトに斬り飛ばされたり、俺の魔法で吹っ飛んだり、ディアーネの炎で溶かされたりなんだり、と、かなり散々な扱いを受けた鎧だが、立派にその役目は果たしたらしく……鎧の中に居た人物を殺すことなく生かしていたのだった。
「おやあ、これはこれはフォンネール王ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」
左手を切り飛ばされ、炎に焦がされ、魔法に打ちのめされて尚、こちらを見る目は鋭い。まるで狂気すら感じるほどに。
「……で、フォンネール王。何故にあなたは『魔神になっている』のですか?」
今までその双眸を隠していた兜は既に消え、今まで隠れていた瞳が現れ……現れた瞳は、人外のそれ。
悪しき魔の力に満ちた瞳を持つフォンネール王は、今や『魔神』と呼ぶにふさわしい。
闇の騎士の中の人ことフォンネール王が全く言葉を発そうとしないので、流石の俺も我慢の限界である。
まずは魔法でさっくりおねんねして頂いておいて、それから深い傷を一通り治してあげて、魔封じの手錠を掛けて、更に魔法で封印を強くしておく。
うん、とりあえずこれで無力化はできたと思うし、勝手に死なれることも無いと思う。
「見て、シエル。空が明るくなったわ」
そして、フォンネール王がおねんねすると同時に、今まで黒く塗りつぶされていた空が晴れ、いつもの美しい青色に戻っていた。
「やはりフォンネール王が元凶だったということか」
「空と各地の魔物に関してはそうだと思うよ」
今、空が戻った事もそうだし、魔物が全部『闇』でできてたこともそうだし。
……魔神化してることも踏まえて考えれば、もう、犯人はフォンネール王だって名探偵じゃなくたって分かっちまう。
「だけど、多分、裏になんか居るぞ」
だが、まだ終わりじゃないはずだ。
「……魔王、か?」
「さあね。……でも、少なくとも、フォンネール王が世界中の空を闇で塗りたくって、闇で作った魔物を各地に派遣できる程度の力を『分け与えられる』奴だよ」
裏に何が居るのかは分からない。
だが少なくとも、それが『魔王』と呼ぶにふさわしい程度の強さを持つ何者かであろうという事は分かった。
念のため、城の中をしっかり見て回って、まだ残ってる人なり怪しいものなりが無いか確認したけど、特になし。
じゃあここに居てもしょうがないんで、フォンネール王をつれて、アイトリウスへ戻る。
行き先はトリアスタ。
つまり、キュリテスの民衆を避難させた避難先だね。
「はいはいこんにちはー」
「シエルアーク!どういうことだ!いきなり人が大量に移動してきたぞ!説明しろ!」
そして、移動してすぐ、アンブレイルが混乱のままに俺に八つ当たりしてきた。全く、これだから余裕のない奴って。
「緊急避難させたんですよ。キュリテスが『魔神』の手に墜ちていましたからね」
はい、とばかりに、ヴェルクトに担がせたフォンネール王を見せると、アンブレイルは困惑したような顔でフォンネール王を見つめ……しどろもどろに言葉を紡いだ。
「こ、これは……魔神、か、いや、確かにそうなんだろうな。これほどの強い魔力となると……」
うん。そうね。
そういや、アンブレイルは『魔神』なんて見たことなかったね。当然、『魔神』の事なんて知らないよね。
俺は4体も見てるけどね。んで、4体殺してるけどね。ははは。これが実力と経験と人徳の差って事だ。
「やはり『勇者』として、たとえ他国の者であっても、民衆を見殺しにするなどできず、このように避難させた次第です。何せ、相手は『魔神』なので」
「う、うむ、そうだろうな」
「そして『魔神』が現れたともなれば、前々からキュリテス城内には何かしらかの異変があったはずなのです」
「あ、ああ、『魔神』だからな」
お前しらねーだろ、とは突っ込まないであげる。俺ってば優しい。
「ということで、ここに避難してきた民衆から事情を聞きたいので、彼らを数日間……いや、移住を希望する者には永久に、このトリアスタに居を構える許可を出してください」
「ああ、わかった、そうするとも。仕方ないな、『魔神』のことだし……」
……ということで、アンブレイルを煙に巻くことで、トリアスタの地を『移民で労働力がっぽり地区』に制定することができたのであった。
一時避難だけじゃなくて永住、つまり移民の受け入れも、って事になる訳だから、これからアンブレイルは相当忙しくなるだろう。
まあ、そこは頑張ってほしい。領主なんだし。今回の決定には全くアンブレイルの意思が反映されてないけど。
慌ただしく屋敷に戻っていくアンブレイルを見送りつつ、俺は適当に視線を泳がせて、キュリテスからの避難民からめぼしい人物を探し出す。
お目当ては、大臣とか、文官とか、お付きのメイドとか……そういう人である。
まさか、フォンネール王もいきなり魔神になったとは考えにくいからね。どーせ、裏でこそこそやってた時期があったはずである。
となれば、それは当然、完全に秘匿されることなどなく、執政に携わる者やフォンネール王の日常に携わる者にはうっすら感づかれていて然るべきだ。
フォンネール王の事はどーせ、本人から聞けないからね。こういう時は、近しい他人から聞き出すのが一番手っ取り早い。
例え1人1人から得られるものが細かい情報だって、つなぎ合わせりゃ立派な一枚布になる。
情報をかき集めたら、この俺の明晰な頭脳を用いて状況補完してやればいいのだ。
「フォンネールの大臣だな?少し話を聞きたい。……ああ、そちらは文官か?そちらも着いてきてくれ」
……ということで、早速突撃いってみよう!




