146話
「よし!お前ら全員結界の中に逃げ込め!」
ということで、まずは大きく結界を張ってコウモリから時間稼ぎしつつ、味方を全員退避させる。
俺、チームキルとかやりたくないからね。
「正気か!?」
「いや、いくら『勇者』とはいえ……」
「おい、シエルアーク!どういうつもりだ!僕にちゃんと説明しろ!」
が、さっさと指示に従ってくれた戦闘員だけでなく、文句を言ってくるような奴も結構いた。
「うるせー!文句があるならアイトリアへいらっしゃい、だ!おいヴェルクト!こいつらまとめて突っ込んどけ!」
特にアンブレイルが耳障りだし目障りであるので、ヴェルクトにそういう命令を下したところ……それより速く、ティーナによってアンブレイルは結界に放り込まれた。
……アンブレイル、早速、嫁に尻に敷かれる気配。いや、分かり切っていたことか……。
「よし、全員入ったな!」
「ええ、入ったわ。これで全員よ」
ディアーネはこれから何が起きるか分かっているらしく、結界に炎の結界を重ねて強化してくれた。
ヴェルクトもそれに合わせて、風の結界を増やしてくれる。
中の術師や騎士も、魔術の心得がある奴は結界を重ねて重ねて、少しでも強化しようと協力してくれた。
「じゃ、諸君。これから起こることをよーく見ておくといい。……世紀の大魔法の始まりだ」
コウモリをおしとどめていた結界が破られる。
一気に砕けた結界を押しのけ押しのけ、闇のコウモリたちは一斉に襲い掛かってきた。
対象は俺しかいない。だから、俺に向かってくる。一直線に。全てが。
……この時を待っていた。
「全ては我が手の中へ」
難しい詠唱は要らない。
それより大事なのは、精緻な魔力のコントロールと集中力。
そして、これからこのコウモリ共を全員ジップしてロックしてやるのだ、という強い意志と想像力。
コウモリの集団の先頭が、俺に触れた。
「出でよ我が世界!」
その瞬間、俺は空間を生み出す。
大きく口を開いた空間は、俺に襲い掛かってきたコウモリを飲み込んでいく。
車は急には止まれない。コウモリもまた然り。
当然、先頭のコウモリだけでなく、その次、さらにその次のコウモリも、止まることなく突っ込んできては、空間の中に飛び込んでいった。
あとは、後続のコウモリが気づいて逃げようとする前に、魔法を撃ってコウモリを追い込む。
風魔法や無属性魔法、そして闇のコウモリが嫌がるらしい光魔法を駆使して、コウモリを追い立て、防ぎ、全てのコウモリを追い込んでいく。
割ととんでもない魔法の使い方をしたけど、ま、被害が出て困るものは結界の中に入れてあるから全力で魔法をバンバン撃てるって事だね。
コウモリたちが追い込まれた先は空間。それも、内側から外側へ出るには俺の許可が必要な、セキュリティ万全の空間だ。
……そうして、全てのコウモリは俺の作った空間の中に押し込められた。
あとは、空間の口を閉じてやるだけ。
……なんだけど、ちょっとここが予想外の難しさ。
なんだろうね、空間の中に意思のある者を詰め込んで閉じ込めるには、それ相応の技術と魔力が必要っぽい。
言うなれば、空間の内側の魔力に、俺の魔力で打ち勝つかんじ。
ま、魔王の魔力を丸ごとぶん取った俺にしてみれば、闇のコウモリ集団の魔力なんてそんなに大きなものでも無いからね。もっと魔力がでかい生き物を閉じ込めようとしたら、それこそ魔王を封印してた時みたいに、精霊の助力とかが必要になって来るんだろう。多分。
だがこれはコウモリ。たかがコウモリ。
魔力量に物を言わせてガンガン攻めてやれば、やがて、中のコウモリたちは完全に空間の中に引っ込み……そして遂に、空間の口を閉じることに成功したのである。
それから思い立って、外から空間をぎゅうぎゅう押してやる。
あれだ、布団収納袋から空気抜いて、布団をぺったんこにするイメージ。
コウモリが中で暴れるもんだから、結構大変だったけど、コウモリの総量より俺の方が魔力量で上だ。ごり押しすれば何とかなった。
……そして、空間は無事、圧縮された。
元々そんなに大きくなかった空間は、押し入れサイズにまで小さくなった。
空間は別の次元にあるようなもんだから肉体の目で見ることはできない。しかし、魔力の目をもってすれば、空間の所有者である俺にはこの空間が見えるのだ。
空間に闇のコウモリが、みっちりぎっちりぎゅうぎゅうぎゅう、に詰まっているのが見える。
みっちりぎっちりしすぎて、ただの真っ黒い塊にしか見えないレベルに圧縮されたコウモリ!うーん、気分が良い!
最早、コウモリたちは暴れることすらできない。
朝の通勤ラッシュの電車よりもぎゅうぎゅうになっているコウモリたちは、ピクリとも動けずに只々、俺の裁きを待つばかりだ。
うーん、このジップ○ック戦法、中々に気分が良いぞ。コスパは悪いがな!
……さてさて、さらにこいつらをどうしてやろうかなあ。
結局、コウモリみっちり空間の中に小さい太陽を光魔法で生み出して、快適な空間にしてあげることで妥協した。
うん、コウモリたちは動けもしないのにバタバタもぞもぞ煩いね。おかしいなあ、太陽燦燦、明るく暖かく住みよい空間になったはずなのに、なんでかなあ。ははは。
……そのままほっといたら、陽に灼かれたコウモリたちは空間の中で消滅してしまった。
元々が闇だったからね。そりゃ、太陽の光なんてモロに浴びたらそりゃ、死ぬよね。
という事で、無事、結婚式会場への魔物の襲来を退け、俺は勝利を手にしたわけだった……んだけども。
不安がる民衆のためにその場で結界装置を作ってやりつつ、俺は考える。
……この現象、もしかして、世界中で起きてるんじゃないの、と。
トリアスタの安全は守られた。
結界装置はがっちり作って来たし、その結界が維持できなくなっても、ティーナとアンブレイルが居る。
いざとなったら瞬間移動ゲートまで民衆を逃がすぐらいのことはできるだろ。そしてアイトリアは完璧な防衛ができるからね。ま、逃げ込んじまえばまず大丈夫だ。
という事で、貴族やなんやかんやには瞬間移動ゲートでさっさとお帰り頂くなりアイトリアへ避難して頂くなり残って頂くなりして、俺達はさっさと他の場所へ行く。
……さっきのコウモリは中々に強かった。まず、数が多かったんだ。あんだけいっぱいの魔物が押し寄せてくるなんて、『自然にはあり得ない』。
そして、魔物の襲来がトリアスタおよびアイトリウスだけに限った事とは思えない。
もしそうなら、他国でもさっきのコウモリみたいな魔物が襲来してる可能性もある。だったらちょっとお手伝いしてやるぐらいはしてやってもいいよね。
……そして、俺の予感は当たっていたのである。
とりあえず、アイトリアに戻った所、魔物の襲撃があった。……らしい。
らしい、というのも、もう魔物の襲撃は終わっていたからだ。
ここには闇でできた狼の群れが大量にやってきたらしいんだけど、アイトリアの術師達が力を合わせてちびちび太陽を幾つか生み出したり、俺が『いざという時はこれ使えよ』っつって置いておいた使い捨て魔石を使ったりして狼たちを追い払ったんだそうだ。
街を守る結界も、即座に光属性を強めて対応し、城の兵士たちは街壁から光の矢(俺が作った魔道具。魔力をちょっと与えるだけで光魔法の矢が飛ばせる弓)で応戦して、闇の狼を仕留めたり追い払ったりしたそうで。
アイトリアの軍備を鍛え直した甲斐があったということだね。
アイトリウスの町や村を一通り見て回ったけれど、他も大丈夫だったので、一応、守りの結界を張ったり、緊急避難用の仮設ゲートを付けたりして、アイトリウス国内の見回りは終了。
続いてヴェルメルサへ向かう。
……が、こちらはあんまり心配が要らなかった。
何と言っても、ヴェルメルサは火の国。
闇を払うのは光であるが、火でもある。当然、闇でできた魔物に対しての相性がとっても良かったんだそうだ。
この分だと、エーヴィリトもあんまり心配はいらないかもね。
エルスロアはちょっとお手伝いしてきた。
結界は俺とドワーフとエルフの職人たちが協力してがっつり作り直したから問題なかったんだけど、如何せん、戦力が分断されてる国だからね。
首都であるフェイバランドは大丈夫だったんだけど、ちょっと離れたオーリス村やオクトン、ガフベイ、ポルグラといった場所には戦力が足りてなくて防戦一方になってたので、また俺がジップしてロックなかんじにちょいちょいっとやってあげた。
いろんな人(というかドワーフとエルフと獣人と変なのとその他諸々だけどね)からお礼を言われまくったけれど、ちょっと俺忙しいからまた後で。
次に、念のためエーヴィリトに行ってみた。
……ら、流石にというか、エーヴィリトが光の国だって事は分かった上で敵も攻めてきてたらしい。
魔物の格が違った。
なんと、闇のドラゴンだった!
エーヴィリトの術師も何人かアイトリアに留学してきてたけど、その成果も空しく、結界と合わせて防戦一方、って所だったね。
それでも、これだけの魔物に防戦できてるんだから立派なもんだとは思うよ。『普通の魔物だったら』これで十分。相手が飽きて去っていくまで防戦しときゃいいんだから。
……が、これは『普通の魔物』じゃない。
どう考えてもおかしい。
同じような魔物が、同じタイミングで、あちこちを襲っている。
……ま、心当たりが無いでは無いから、絶対にそこはつつきに行くけど、今は目の前のドラゴンだ。
闇のドラゴンとエーヴィリトの術師が拮抗している横からディアーネが炎の弓矢を乱れ打ち、ドラゴンがこちらに攻撃対象を変更したら、俺が小型太陽をぶつけて動きを止め、そこでヴェルクトがドラゴンの片目を潰して、暴れて仰け反ったドラゴンの喉を掻き切った。
うん、どんなに強くても、相手が1体だけならそんなに苦労は無い。
そう考えると、やっぱりアイトリウスへの攻撃が結構激しかったようにも思えるな。
シャーテに5秒ぐらい挨拶してから、アマツカゼへ。
ここはそんなに心配いらなかった。
ここも数で勝負されてたんだけど、トリアスタに襲ってきたような強い奴じゃなく、『質より量』みたいなかんじだったみたい。
なので、まあ、妖怪たちが人間たちと力を合わせて、風魔法でまとめて吹き飛ばす、っつう豪快な防衛方法をとってた。
撃ち漏らしはその都度、城の兵士が白兵でやっとく、という2段構え。まあ、アマツカゼは元々、軍備がそこそこちゃんとしてる国だったしね。問題は次、リスタキアである。
リスタキアは案の定、防戦一方になってたので、適当に魔法撃って終了。
うん。俺がちょっと魔法撃っただけで、終了しちゃった。
……リスタキア、舐められてたのかな。
どう考えても、他の国に比べて、攻撃の手が緩かったんだよね。多分、このレベルなら、他国だったらいくらでも完勝で来てたと思うぞ。
そういう実に低レベルな攻防戦だったんだけど、今までリスタキアはこのレベルの防衛力にすら達してなかったのだ。そう、今までは!俺が叩き直してやるまでは!
ほんとに、早めに叩き直しておいてやって良かった。じゃなきゃリスタキア、滅んでたかも……あ、やっぱ滅ぼしとけばよかったかも……。
フォンネールも念のため見に行ったけど、全体的に闇に包まれてるだけだし、俺が近づいたら攻撃してくるんで、さっさと逃げてきた。どうせあの闇は防衛壁なんだろ。つーかフォンネールは闇の国でしょ。なら心配も要らないでしょ、ってことで。
……関わるのがめんどくさかったら避けた、とも言える。
……さて、こうして世界中を巡って、各国に助力してきたわけなんだけど、これで解決、とはいかないようだった。
「……朝7時、か」
ヴェルクトが渋い顔をして見上げる時計の針は、もう朝の7時を指している。
夜通しお祭り騒ぎした挙句の戦闘に戦闘に戦闘だったからね。中々に時間がかかった模様。
だが、それはいい。
時間が経ったことはいいんだ。労働時間分の休息は貰うから、それはいいんだ。
問題はそこじゃない。
「……太陽が出てこないわね」
そう。
いつもならもう、太陽が顔を出す時間。晴れていれば青く輝き、曇っていれば明るく柔らかな鈍色に染まる。そんな時間だ。
……だが、空は白むどころか、未だ、墨で塗りつぶしたかのような夜空のままであった。




