144話
それから、俺は各国を繋ぐゲートを作りに作った。
エーヴィリトも新たな建物の建設とかやりたい訳だから術師が要るし、エルスロアは自国の武具や道具を国外に売りに出したいんだからやっぱりゲートがあると便利。アマツカゼも各国との行き来が楽になると嬉しい、ってんで同意。当然、メルリントは今回は辞退ね。流石に、まだ人間の国とくっつける気にはなれないらしい。
……ということで、まあ、世界の5か国が瞬間移動ゲートにより結ばれることになった。
大体、ゲートは街の外にある。だから、いきなり街中に武装集団現る、って事態にはなりにくいし、街門での入場審査もやりたきゃできる、ってことである。
いくら『シエルアーク相手じゃ防衛なんてやるだけ無駄』っつったって、流石に防衛意識ゼロってんじゃ困るし、こういう所でちまちまといろんな配慮はしてるのだ。一応。
……さて。
そうしてアイトリアには特需が生まれていた。
術師特需、とでもいうべきか。とにかく、護衛の需要がアイトリアに集中したのである。
魔術大国アイトリウスの術師は、他国の術師よりも腕が良く、そして術師の数も多い。術師が欲しけりゃアイトリア、ってのが常識なのだ。
勿論、同時に、エルスロアには武具の受注が増えたし、アマツカゼには物理的な方の護衛の要請が増えたらしい。ヴェルメルサはゲートの普及のおかげで人が集まるようになって、宿や飲食店がちょっと流行ってるとか。
……つまり、人の行き来が簡単になることで、色々な経済効果が生まれたのだ。
勿論、まだ船は使われてるし(まだ、ゲートを使った貿易は実現できてない。個人レベルで行商人が活動してるかんじかな。)街から街への移動は徒歩だ。(すべての都市が繋がってる訳じゃないからね。)
だから、護衛はまだまだ要るだろう。
……そう。護衛が要る。
魔王は倒した。ぶち殺した。それは間違いない。だから、魔物を増産する奴は居なくなった。
居なくなったはずなんだけど……魔物がどうにも、増えてるのだ。
ディアーネと戦った水の大蛇に始まり、各国でもしばしば、そんなかんじの『めっちゃでかくて、その割に作りが雑』な魔物がちらほら、発見されては討伐された。
討伐したのは大体俺である。
……ほら、人の行き来が楽になっちゃったじゃない、だから、連絡も一々鳥文なんて使わずに、伝令がゲート経由ですっ飛んでくるようになっちゃってさ。情報の行き来も楽になっちゃったのよね……。
そうするとどうなるかというと、当然、なんか強そうな魔物討伐の要請は世界最強こと、このシエルアーク・レイ・アイトリウスに集中するのである!
……あのさ、俺、一応、次期国王なんだけど……なんだろう、なんでだろう、どうしてこうなった。
しかし、そうも言ってられない。
そこら辺の魔物なんて、アイトリアの術師に掛かれば赤子の手をひねるが如しなんだけど、強い奴になっちゃうと、中々そうもいかない。
それに、先の特需のせいで、アイトリアの術師は結構、出払ったりしちゃってるのだ。いや、そいつらが出先で魔物討伐してくれたケースもあるんだけどさ……。
だから俺は、城の騎士共、城付きの術師共を徹底的に教育し直すことにした!
俺が直々に『実用的な』魔法を教え、身につけさせた。
例えば、とりあえず攻撃にも防御にも使える壁を生み出す火魔法とか、一時的に身体能力を上げる無属性魔法とか、空中に足場を作る風魔法とか、相手の足元をいきなり落とし穴にする地魔法とか……。
実戦で使えない魔法なんて意味ないからね。とりあえず、アイトリウスの軍はそこそこ実用的な強さになったと思うよ。
尚、物理的な戦い方を教えたのはヴェルクトだ。
こいつ、地頭は良いんだけど元々の天才じゃないから、物事を学ぶために努力を要する。
そのおかげで、分かるようになるまでのプロセスが全部分かってる訳だから、『できない子』がどこで引っかかってるのかもよく分かる。
ということで、案外ヴェルクトは良い先生になったのであった。これ、ヴェルクト自身の評判の向上にも役立ったみたいね。
……だが、おかげでうちの騎士団は『特技は奇襲!不意打ち上等!使えるものはなんでも使え!』みたいな……およそ、騎士らしくない騎士団になった。
いや、いいと思うよ。無駄に形式にこだわったせいで死ぬのは馬鹿らしいし。俺は騎士らしくない騎士、大好きだもん。
軍備の増強を行ったのはアイトリウスだけじゃない。
各国の魔物退治を一々アイトリウス次期国王陛下に頼むっつうのは、各国としては恥でしかないもんね。当然、自分の国の事件は自分の国で解決できるようにしておいた方が良い。
……そう。あの日和見国家リスタキアですら、軍備の増強に乗り出したのだ!
いや、俺がそうなる様に嗾けたんだけどね。
今回の魔物騒動をダシにして留学の話を進めて、リスタキアの術師達の教育をこっちで行うことにしたんだよね。
そして勿論、彼らが留学している間、リスタキアは手薄になってしまう。それを回避するためには軍備を増強するしかない。
……日和見国民共からは反発もあったらしいけど、そこは流石に背に腹は代えられぬ、ってことで、ちゃんと軍備増強の方向に動いてくれた。
一方、フォンネールはだんまりである。
世界裁判でも色々やらかしてるし、特にどこも何も言わないし手助けもしないけど、まあ、ホントにどうしようもなくなったら流石に助けは求めてくるだろ。
尚、フォンネールからは移民が結構来ている。やっぱりフォンネールの居心地はあんまりよくないみたいね。
おかげで港町リテナが潤ってるからいいけど。へっへっへ。
最初にドーマイラ近海で水の大蛇が出てから3か月ほどすれば、そこそこ強い魔物の出現にもそんなに驚かれなくなった。
半年もすれば、もう各国の軍備が整って、そこそこの強さの魔物程度ならなんとかなるようになっていた。
そして、そもそもなんでこのレベルの魔物がぽんぽん出てくるようになったか、って事についても、『魔王が死んだから時期魔王の座を狙う魔物が来てるんだろ』みたいなかんじに落ち着いた。
……それで落ち着いちゃうとずばり、アンブレイルがニセ勇者だった、って認めることになるんだけど……そこんとこは依然として曖昧である。うん、いいよいいよ。もうそれでいいよ。そっとしておいてあげよう。
それから、そのアンブレイルであるが……ついに、ティーナ・クレスタルデとの婚姻を執り行う事になった。
トリアスタ領は、小さいながらも町として機能するようになっていた。
何せ、アイトリアからゲートが繋がってるからね。当然、人の行き来は増えたし、そうなれば発展していくのも当然である。
クレスタルデに収まり切らない倉庫をトリアスタが受け持ったりして、ヴェルメルサともいい関係である。
……そして、今日はいつにもまして賑やかだ。
「貴族の結婚式というものは……賑やかだな」
ネビルムの村で2度ほど、慎ましやかな結婚式と結婚のお祭りに参加したことがあるだけ、というヴェルクトは、街の様相に慄いていた。
「まー、貴族っつっても、王族だからね、アンブレイルは」
そう。今日、トリアスタの街は、アンブレイルとティーナの結婚式によって、滅茶苦茶な賑わいを見せていた。
アンブレイルの結婚祝いに駆け付けた貴族も居るし、祭のおこぼれに与ろうとする民衆も居るし、人が居るんだからここで儲けようとばかりに屋台を設けて稼ぐ商魂たくましい奴も居るし。
そりゃー、ネビルム村の慎ましやかな結婚式と比べりゃ、大分違うだろうね。
「おお、これはこれは、アイトリウス次期国王陛下!」
「あ、リスタキアの大臣ですね。お久しぶりです」
……特に、今回の結婚式はただの貴族の結婚式じゃない。
『王』と『勇者』になり損なった……つまり、『なれる素質はあった』者の結婚式だ。
当然、他国の貴族もいっぱい来てる。
ヴェルメルサとアイトリウスは勿論だし、エルスロアやアマツカゼやリスタキアからもいっぱい来てる。
エーヴィリトの貴族もちらほら、かな。シャーテからは鳥文の祝電だけ届いてる。まだシャーテは国畜やってるからね。俺の結婚式ならともかく、アンブレイルの結婚式に来てる暇はないみたい。
フォンネールからは1人も来てないけど……あの世界裁判のごたごたから此方、フォンネールと国同士のやり取りはほぼ無い。
フォンネールからの移民とかはいるんだけど、国同士での公式なやりとりは皆無だ。貴族が来てないのも無理はない。
今はフォンネールもほとぼりが冷めるのを待ちたいだろうしね。貴族にも『アイトリウスへ行くな』って命令出してるのかもね。
「シエル!久しぶりね!」
そして、そこら辺の出店で甘露林檎の飴掛けを買ってヴェルクトと食べていた所、ドレス姿のディアーネがやってきた。
「おー、久しぶり」
ディアーネはいつもの赤!黒!みたいなドレスじゃなくて、栗色と人参色と苔色の、落ち着いたデザインのドレスを着ていた。
今日の主役はティーナだから、あんまり目立たない格好で、って事なんだろう。
いつもと違う印象の恰好だが、似合っていることは間違いない。
妖艶さが消え、大人びた雰囲気だけが残って、より『大人っぽい』かんじがするね。
「あ、そうそう。ディアーネ。お姉さんのご結婚おめでとさん」
「あら、それを言うなら貴方のお兄様のご結婚もお祝いしなくては……あら?そういえばシエル、貴方、私と兄弟になるのね?」
うん、そういえば、そうね。
えーと、ディアーネの方が俺より4分の3年ぐらい先に生まれてるから……。
「……ディアーネが俺のねーちゃんかぁ」
「お姉様と呼んでくださってもいいのよ?シエル?」
「へいへい、ディアーネおねーさまー」
なんとなく、複雑!
それから、ちょっぴり久しぶりに会うディアーネと雑談しつつ、結婚式の開始を待った。
この国というか、この世界での結婚式って、基本的に『式』自体には第三者がほとんど関わらないんだよね。
つまり、『婚姻の誓い』を新郎新婦が女神様に立てて、それから他の人達に誓いを立てた旨を宣誓して、そこからのお祭り騒ぎ……って事で、今、アンブレイルとティーナは2人っきりで聖堂の中に篭って、女神様への誓いを立てている所。
早い話が、聖堂から2人が出てきた所からが俺達の出番なのである。
「あの土下座草とやらは本当に意味が分からん。何故ああいう植物を作るんだ、妖精は」
「しらねー。あいつらのセンスの問題だろうよ」
「そうね。やはり妖精は……あら?シエル、そろそろ新郎新婦の登場のようね?」
そうして、しばらく雑談していた所、聖堂の扉が開き、中から新郎新婦が登場する。
アンブレイルは王族としても『勇者』(一応ね)としても恥ずかしくないよう、白金の鎧と剣を装備した、立派な恰好だ。
そしてティーナは金糸の刺繍が華やかな純白のドレス姿だ。瞳のマリンブルーに合わせた装飾品やブーケが品よくまとまっている。
2人揃って、貴族の結婚式に相応しい立派な出で立ちである。
その場にいた人々の視線を一挙に集めて、2人は宣誓した。
「我らは女神の子、女神の祝福の下番わされた者!」
「命果てるまで我らは番い、新たな時を刻む事を誓う!」
2人の宣誓が終わったところで、人々が沸き起こった。
人々は口々に祝福の言葉を口にし、或いは手にした酒や食べ物でその口が満たされていく。
奏でられ始めた音楽はひどく楽し気で、誰も彼もが思わず踊りだしてしまう程だ。
民衆の輪に混ざって、アンブレイルとティーナも踊り始めた。
流石、王族貴族のダンスともあれば、楽し気な音楽の中でもどこか優雅である。俺の方が数倍綺麗に踊れる自信あるけど。
「お姉様にお祝いを言うのは後の方が良いかしらね」
「そーね。今は踊らせといてあげよっか」
俺もディアーネも、それぞれの兄なり姉なりに祝辞の1つでも述べたいところなんだけど、当の2人はいろんな人にもみくちゃにされている所である。
もうちょっとしてから声を掛けに行こうかね。
しばらくすれば、流石に人の波は収まってきた。
奏られる音楽も、ややしっとりとしたものへ変わる。
踊れや歌えや飲めや食えやの大騒ぎも、楽しく落ち着いた会話をする状態になっていった。
「お姉様」
そして、アンブレイル達をもみくちゃにする人達も少なくなったところで、俺とディアーネは新郎新婦に突撃をかました。
「ディアーネ」
俺達の姿……というか、ディアーネの姿に、ティーナはやや驚いたようだった。
「ご結婚おめでとうございます、お姉様」
「ありがとう、ディアーネ。……あなたにお祝いを言われるなんてね」
「あら、私がそんな不義理な妹に見えまして?」
ディアーネの言葉に棘は無い。
ティーナも、ディアーネの言葉に棘を見出すような心理状態じゃないらしく、くすくす笑うばかりであった。
「いいえ?そうじゃないの。ただ、あなたは私の事が嫌いでしょう?」
「どうかしら。そう思っていたのはお姉様だけじゃなくって?」
会話を傍から聞いてると、売り言葉に買い言葉のバーゲンセールなんだけど、2人のやり取りはこれが正常らしい。少し話して、2人はくすくすころころ笑い始めた。
「ふふふ……そうね。そう思っていたのは私だけだったのかもしれないわね」
……一応、だけど。
なんとなくフェアじゃない気がして、ティーナがディアーネについて色々言ってたこと、ディアーネには伝えてない。
でも、2人の間に険は無いから、どこかで話し合いとかしたのかもね。
「……さて、ディアーネ。私は今日から、ティーナ・トリアスタよ。クレスタルデの名は捨てるわ」
そして、ティーナはそう言うと、指から指輪を抜き取って、ディアーネに握らせた。
「だから、私が捨てた名を、あなたが拾いなさい。ディアーネ」
「……言われなくてもそうさせて頂くわ。ティーナお姉様」
ディアーネの力強い、傲慢な笑みを見て、ティーナは笑みを濃くした。
そして、ティーナはそのまま聖堂の前、やや高くなっている場所へ登っていき……息を吸ってから、声を張った。
「私、ティーナ・トリアスタはクレスタルデの家を離れ、アンブレイル・アイトリウス・トリアスタ様に嫁ぎます!よって、私が継ぐはずだったクレスタルデ領主の座は、開くことになるわ。……私はその座を、末の妹であるディアーネ・クレスタルデに譲渡します!」
ティーナの宣言は、その場にはっきりと伝わった。
民衆のざわめき、貴族の驚きの声。そんな音の中、ディアーネは……珍しいことに、目を丸くして、驚いたような顔をし……少しばかり、不満げな顔をしてから、やがて、その表情を柔らかな笑みへと変えたのだった。
宴は夜まで続いた。
翌日からまた公務がある貴族や王は流石に帰ったが、俺やディアーネはその場に残って、相変わらず宴続投である。
俺はあんまり酔っぱらう気分じゃなくて、酒は飲まなかったけど、ディアーネはややほろ酔い位まで飲んだらしい。
折角、妖艶さの隠れる貞淑なドレスに身を包んでいるというのに中身がそんなもんだから、隠しきれない妖艶さがにじみ出て大人しい恰好とのギャップが生じ、甘い毒のような魅力が発せられる有様である。
適当なところで水魔法で酔いを醒ましてあげた方がいいかもね。
尚、俺達に付き合わされるヴェルクトは、『酒を勧められる。仕事中だから、と断ろうにも、護衛対象がシエルのせいで、護衛なんていなくても大丈夫だと押し切られそうになる。それをさらにおして断るのも面倒だからもう帰りたい』みたいな事を言ってたが、俺の騎士になっちまった以上はヴェルクトも宴続投である。
それでも頑なに酒は飲まなかったし、食べ物も無駄には食わなかった。固い奴である。
……まあ、結果として、ヴェルクトが酒を一滴も飲まずにこの場に居続けてくれたことが、俺達を救う事になったんだけどね。




