143話
リスタキアの湖底遺跡で見つけた水の古代魔法を使って、海の水の上を走れるようにする。
そしたらルシフ君を呼んで、猛スピードで海の上を駆けてもらった。
風魔法で追い風を起こしたら、ルシフ君の調子が大分上がったらしく、半分滑空するみたいに海の上を走っていくようになった。速い速い。
そのまま風とルシフ君に乗って海を飛ばし続ければ、やがて、クレスタルデの旗印を掲げた船が見えるようになる。
……そして、その船を襲う、見た事のない魔物と、さらにその魔物を襲う火柱も。
火柱が見えてきた辺りで、風魔法のブーストを強めて、ルシフ君を本格的に飛ばした。
空飛ぶルシフ君で船へ着陸すると、そこにはてんやわんやの船員達と、その船員達の中、1人魔物に立ち向かうディアーネの姿が見えた。
「やっほー加勢に来たよー」
船員を押しのけてディアーネの傍に行くと、ディアーネはいつも通りに笑みを浮かべてくれた。
「あら、シエル。別にいらっしゃらなくたって私一人で片付けられてよ?」
「あらそー?」
だが、ディアーネの言葉の割には戦況は芳しくないご様子。
「やっぱ水の上だと分が悪い?」
「そうね。どうしても効率が落ちるわ。相手はすぐ海に隠れてしまうし……」
水の上、しかも相手は水の魔物だ。……ほんとに、水でできてるみたいな魔物だった。
ただ、水に魔力を注ぎ込んで形作ったような、透明な大蛇の姿をしているのだった。
……しかし、妙でもある。
まず、でかい。
めっちゃでかい。多分、『ただ魔力を注ぎ込んだ』ぐらいのレベルじゃ、このサイズにならないだろう。このサイズの蛇さんを只の水から作るにはそのぐらいの魔力が必要なはずだ。
少しでも魔力の消費を減らしたいなら、水に注ぐ魔力をちゃんと魔術の形にして、編み上げて、作りこまなきゃいけないだろう。
……しかし、その割には、雑。何がって、作りが雑!
そうなのだ。この水の蛇さん、サイズと強さの割には、『本当にただ魔力を注ぎ込んだ』程度の作りでしかない。
つまりどういう事かっつうと……あんまし考えたくないね、こりゃ。
「ま、いいや。ディアーネには悪いけど、俺も新技試したいから加勢させてもらうぞ。ディアーネだって手っ取り早く片付いた方が良いでしょ?ってことで頭の方はヨロシク」
ということで、さっさと俺はこの大蛇を倒しにかかる。
「あら、頭だけでよろしくて?」
「よろしいよろしい。……ただ、頭は絶対にやれよ?」
「言われるまでも無いわね」
さて、俺は船の淵から飛び降りて、海の上に着地。さっきの古代魔法で海の上に立つと、蛇さんがよーく見える。
そしたら、古代魔法の範囲外の海に手を突っ込んで、水に手を触れる。
そして、水の中の魔力を探す。
作りが雑な分、はっきり見える。探すのもそんなに難しくなかった。
そこに向かって、俺は魔法を流し込む。
「炎より熱く光より眩き者よ!空の彼方に住まいし龍よ!汝が力、刹那の内に絢爛せしめよ!」
火魔法と光魔法と無属性魔法を混ぜた混合創作魔法で生み出した雷電を……水の大蛇の尻尾に流し込んだ。
その途端、ど派手に水飛沫を上げながら、大蛇の全身が水上に現れた。
「汝は暴虐の娘、汝は残虐の娘!食らい尽くせ、燃やし尽くせ!汝らの後には灰すら残らず!今こそ出でよ、冥府の鎖は解き放たれり!」
そして、その大蛇の頭を炎が襲う。
対象が燃え尽きるまで決して消えることのない炎は、大蛇の頭を蒸発させていく。
生きたまま焼き殺される苦しみに大蛇は悶え、海へ潜って逃げようとする。
なので俺は例の古代魔法で海の上を歩けるようにしてやった。
当然、海に戻ろうとした大蛇は海面にびたーん、と体を打ち付けることになった。
……良い音がした。
「さて、じゃあとどめと行こうか」
海面で悶える大蛇に向かって、両手を突きだすようにして構え、魔力を編み上げていく。
編み上げるにもかかわらず、イメージは『解く』物だから、ちょっぴり複雑。だが、俺は天才なので、そんな障害は些末なものなのである。
……あとは、いつかのアマツカゼの8人破りでナライちゃん相手に見せた『嘘』を本当にしてやるだけである。
「死して生まれよ、生きて死ね!命は輪、世界は円!編まれし魔よ、糸へ還れ!」
ブラフでしかなかった詠唱を、今度はちゃんと魔法として働かせる。
……すると、音もなく、俺の前方の魔力が形を成さなくなり、崩れ去っていくのが見えた。
俺が古代魔法で固めた海面は勿論、その上でびったんびったんしていた大蛇もまた、その形を保てなくなり、崩れ去っていく。
……そして、大蛇だった水はディアーネが呼び出した冥府の炎によって完全に蒸発させられ、辺りには熱気だけが残るのみとなったのだった。
魔物も倒したところで、船の損傷個所を直したりしながら船でクレスタルデまで戻ることにした。
ルシフ君も大分かっ飛ばさせられたから疲れちゃったらしく、甲板で日向ぼっこしながらお昼寝中である。
そして俺とディアーネは、船室で優雅にティータイム。
クレスタルデ家の船ともなれば、船も立派なもんだ。無属性古代魔法を組み込んだ船はあんまり揺れることが無いから、中でお茶なんぞ淹れても零すことも無い。
給仕を担当する船員がお茶を淹れさせて下がらせ、俺とディアーネは優雅にカップに口をつけ、一息つき……。
……そして、ほとんど同時に言った。
「裏に誰かなんかヤバいの、居るよな」
「今回の魔物の後ろには強力な魔力を持つ誰かが居るという事じゃなくって?」
「シエルもそう思うのね」
「うん。あんま考えたくねえけどフォンネールが儀式魔法で頑張った挙句なんか失敗した、とか、そういう線も考えられるし、或いはもっと悪い何かかもな」
そう。今回現れた水の大蛇。あれはどう考えても、誰かの魔術によるものだし、けっこう膨大な量の魔力を必要とするものだし、その割には作りが雑だし……。
結局、考えられる線は1つしかない。
つまり、『滅茶苦茶強力な魔力が、不本意に生み出した』。
それが『俺みたいな奴がうっかり魔力を零しちゃったらああなっちゃった』みたいなヤバいレベルのお話なのか、『フォンネールが渾身の儀式魔法に失敗して残念な作りの大蛇を生んでしまった』とかいう、別の意味でヤバいレベルのお話なのか、そこら辺は分からないけどね……。
「ドーマイラ近海、ってのもなんかやーね」
「そうね。……ねえ、シエル。一度ドーマイラを見てきた方が良いんじゃなくって?」
そうねー……魔力を完全に失って散滅した魔王が今更どうこうできるとは思わないけど、もしかしたら、魔王の残留した何かがまだあるのかもしれない。
ということで、船でクレスタルデに戻ったら、ディアーネは各船や船員達に、色々と通達して回り、その間に俺はヴェルクトをとりにアイトリアへ帰った。
いきさつを話すと、ヴェルクトは表情を曇らせたが、まあ、俺が居る以上、そんなに大変なことにはならないと思うよ。
クレスタルデにまた戻ると、ディアーネが船乗り達に『近海の魔物は滅ぼした』という事を説明し、しかし、これからも魔物が出る恐れがある為、船に呪術師を乗せることを勧める旨も説明していた。
最悪、風魔法や水魔法を使える術師が居れば、魔物から逃げきる事は出来るからね。
「でも、呪術師の知り合いなんて居ねーですよ、お嬢様!」
「それならばクレスタルデの姉上にお願いなさい。姉上方はご自身が優秀な術師だわ。術師の知り合いも多いでしょう」
「しかし、全ての船に乗せる程呪術師が集まるとは……!」
「そんなこと言ったってなあ、呪術師を雇う金なんてねーぞ!」
だが、クレスタルデ……っつーか、ヴェルメルサ内に呪術師はそんなに多くない。
少なくとも、『乗せとけば安心』レベルの呪術師、となると、集めるのも一苦労だろう。
……うむ。ここは俺が一肌脱ぎつつ俺の功績をアピールする所だな!
こっそりディアーネに合図を送ると、ディアーネはそれに気づいて、1つ頷いた。
……そして、文句を言う船乗り達を鎮めると、俺の方を示した。
「そこで、こちらに居られる……シエルアーク・レイ・アイトリウス次期国王陛下にご協力願うわ」
ディアーネの言葉に、船乗りたちは一斉に俺を見て……慌てたり、不思議がったり。
「ああ、今はちょっと遊びに来ているだけだからあんまり硬くならないでほしい」
ディアーネに促されて彼らの前に出つつ、とりあえずそう言って彼らの緊張を解す。
……んで、時間も無いのでさっさと本題に入ろう。
「明日までに私はヴェルメルサ帝王陛下にお会いし、あるものの設置のご許可を頂くつもりだ」
『あるもの』が何か、皆目見当もつかないのであろう船乗りたちはざわめき、首を傾げる。
焦らしても楽しいけど、俺は優しいからここはさっさと答えを出してしまおう。
「アイトリアとクレスタルデを繋ぐ、古代魔法による瞬間移動のゲートだ」
ということで、ドーマイラの様子をちゃちゃっと見てからゲートの設置に勤しむことにしよう。
ヴェルクトとディアーネと一緒にドーマイラへ瞬間移動。
「……特に異常はなさそーね」
も、特に異常なし。
「そうね、魔力が凝り固まっている訳でも無いわ。さっきの大蛇の原因になりそうなものは無いわね」
「何も原因がドーマイラにあるとは限らないんじゃないか?」
「ま、そうなんだけどさ」
一応、ぐるっと島を回って、神殿の中も見て、魔力を見る目であちこち見てみたけど、やっぱり異常なし。
眠りの地に相応しい静けさと穏やかさをもって、ただただ何も無し。平和。超平和。
……あれほどの大蛇ができちゃってた以上、相当強い魔力がどこかにはあって然るべきだと思うんだけどね。なんか気持ち悪いなー……。
「無い物を気にしていても仕方ないわ。戻りましょう?原因が見当たらなくても対策はしておくに越した事は無いわ。ゲートを設置するのでしょう?」
「そーね。ま、何かあっても対策してありゃ多少はマシだろうし……うん、ホントにドーマイラ、平和ね……」
ということで、来て早々、俺達は戻ることになった。うーん、なんか……なんか……。
「……俺は何のために連れてこられたんだ」
「うるせー文句あるなら次期国王命令でお前を土下座草の養分にすっぞ」
「勘弁してくれ」
ということでなんか釈然としないまま、ドーマイラからまたヴェルメルサへとんぼ返りすることになったのであった。
戻る先はクレスタルデでは無い。
勿論、ヴェルメルサ帝王のおわす帝都フィロマリリアである。
突然の来訪だったけど、なんとか帝王陛下には体を空けて頂いて、やっとゲート設置の交渉となった。
「……ということで、魔物への対策として、海上では特に呪術師が必要になるはずです。ならば、我がアイトリウスから呪術師を雇って頂くのが早いかと思いまして」
「そのために古代魔法の復活、か。……今更ながら、中々に常識外れな事をするな、アイトリウス次期国王陛下よ」
「痛み入ります」
ざっと、瞬間移動ゲート設置の提案に至る経緯と、瞬間移動ゲートの性能の説明をしたところ、帝王陛下からこういう評価を頂いてしまった。ははは、まあ、天才たる俺が常識から外れるのは仕方ないことだよね。
「成程、確かに都市と都市を繋ぐ古代魔法の門があれば、人の行き来も楽になろう。貿易についても陸路が確立されるな」
「いずれは貿易用途での利用も考えています。しかし、いきなり利用を始めるにしても、民衆からの混乱は避けられないでしょう。それに、陛下におかれましては当然、防衛上の問題もお考えかと思われます。なのでまずは互いに主要都市から離れた場所に門を設置するという事でいかがでしょうか」
……そして今回、俺は主要都市同士を結ぼうとかしない。
いずれはそうしたいけど、クレスタルデの船乗りたちの事を考えれば、今すぐにでもゲートは欲しい。
しかし、流石に主要都市同士を結ぶとなると、ヴェルメルサ帝王も警戒するだろうし、まずは過疎地域同士の……つまり、いきなり他国の兵がいっぱい現れても大丈夫な場所にゲートを作ろうかな、と思っていたのだ。
だが。
「いや、もしそちらがよろしいなら、主要都市同士を結ぶ門を是非作って頂きたい」
……これである。
「それは勿論構いませんが、陛下、お言葉ですが、そうなると、ヴェルメルサとアイトリウスの主要都市同士は隣り合う事になります。もし何かあったら」
「門があろうとなかろうと、アイトリウスがヴェルメルサを滅ぼそうとしたならば、我らの抵抗など無意味だろう。こちらの国にも一晩で国を焼き払うであろう魔女が居るが、そちらの国には一刻で世界を滅ぼしかねない魔導士がいる。しかもその魔導士が瞬間移動の門の開発を行ったと言うのだから、元より抵抗などあって無いようなものだ」
……うん、まあ。うん。そうね。うん。ご尤もです。
「それに、アイトリウスがヴェルメルサを滅ぼそうとは思えぬ。また、ヴェルメルサは『滅ぼすには惜しい』と思わせるだけの価値を持っていると自負してもいる。違うかな?」
そしてこっちもご尤も。
うん。俺はヴェルメルサを滅ぼす気はないもんね。
……尤も、それが何の保証にもならない事は帝王陛下だって重々承知だろう。
前述の通り、万一のことがあるなら、そんなもん、瞬間移動のゲートがあろうが無かろうが起こる、って事。それが決定打、って事かな。
ヴェルメルサがアイトリウスをよく思ってくれてるってのもあるだろうけどね。
ということで、案外、向こうが不安がらなかった(というか、不安がってもしょうがないって開き直ってた)おかげで、さっさと瞬間移動ゲートを設置する事ができた。
その日の内にゲートを作って、翌日には無事、世界に3対の瞬間移動ゲートが増えることになったのだった。
1つは、アイトリア~トリアスタ間。もう1つは、フィロマリリア~クレスタルデ間。
そして最後に、アイトリア~フィロマリリア間。
つまり、実質アイトリアとクレスタルデの間を繋いだ、という事になる。
これで、クレスタルデの船乗りはアイトリアの術師をスカウトしに気楽に来られるだろう。
ゲートを設置した箇所でそれぞれ民衆に説明するのに2日を費やしたが、まあ、多分、仕様は大体分かってもらえたと思う。うん。
試運転という事で、何度か俺達がトリアスタ~アイトリア~フィロマリリア~クレスタルデを行ったり来たりして楽しんでから(なんと、ヴェルメルサ帝王陛下までもが行ったり来たりをお楽しみになった。)一般にもゲートは解放された。
そう。ヴェルメルサ帝王からゲート設置の許可を頂いてからわずか3日で、国の境は消え失せたのである。
流石の俺も、まさかここまでスムーズに国同士を繋ぐ瞬間移動ゲートができるとは思って無かったなあ……。




