142話
ということで、めっぽう幸せ者のアンブレイル君が帰ってきた。
「なっ、なぜ貴様がここに居る!」
「お元気そうで何より。あ、でも兄上、ちょっと痩せましたね?」
「僕は!貴様が!何故!ここに居るか!聞いているんだ!」
うんうん、怒鳴れるぐらいには元気になったんだからいじめ甲斐があるってもんである。
このまま『THE・話がかみ合わない地獄』をやってあげても良かったんだけど、流石にそれやってる暇はないので、さっさと本題に入ろう。
「ところで兄上。お元気そうなので早速こちらをご覧ください」
あまりにも元気が無くて死にそうならこれを見せるのは考えたけど、もう立ち直ってるみたいだし、ティーナっていう存在も居るし、もう大丈夫だと判断して、ゾネ・リリア・エーヴィリトから貰ってきた『一筆』を見せることにした。
アンブレイルに紙片を渡すと、案外素直にそれを受け取って、読み……なんとも言えない顔をした。
「……で?お前はこれを僕に渡して何がしたかったんだ」
暗に、『わざわざ傷口を抉りやがって』って言いたいんだろう。
失礼な奴だな。俺はこんなにも優しいのに。ぷんぷん。
「それは勿論、これでもう兄上がゾネ・リリア・エーヴィリト殿下とは何の関係も無くなった、という証明ですよ」
「……だから何だ。そんなことはとうに分かっている。貴様にわざわざご高説を賜るまでも無く、な!」
つくづく、頭の悪い奴である。こんなんだから妾の子如きに玉座を奪われるのだ。
仕方ないので、やれやれ、と肩を竦めてみせつつ、解説してやろう。
「つまり。……兄上がこちらのティーナ・クレスタルデ嬢とご婚約なさるのに、何の障害も無くなりましたよ、というご報告です」
察しの悪いアンブレイル君にそう教えてあげれば、アンブレイルは、きょとん、として……俺を見て、ティーナを見て、俺を見て……やっと内容を理解したらしく、慌て始めた。
あらー、こういう所は年相応というか、うーん……若いっていいね。
「な、き、貴様は相変わらず無礼な奴だな!シエルアーク!そのような事を本人を目の前に言う奴があるか!大体、婚約と言ったって、ティーナ自身の」
「アンブレイル様にたかがクレスタルデの娘程度では不足かしら?」
「い、いや、不足とかそういう問題じゃなくて……え?」
……さて、アンブレイルがすっかり固まってしまい、ティーナがくすくす笑い始めたところで、俺は先に話を進める。
うん、イチャイチャは俺の見てないところでやってね。じゃないとお前らの足元にダイナマイト仕掛けるぞ。
「それから、兄上。兄上の所領のお話もしたいのですが」
「それなら貴様に頼るまでも無い。伯父上にシェダー領を割譲して頂く話をしている所だ」
……『している所』。つまり、今日のシェダー伯とのお話じゃあ話がまとまらなかった、ってことだね。
ま、そりゃそうだろうよ。シェダーの家にはちゃんと跡継ぎが居るのだ。シェダー伯だって、幾ら王に嫁いだ妹の息子だっつっても、所領を分けてやりたいわけがないもんね。
「ということは、まだお話はまとまっていない、という事ですね?ああ、よかった!」
にこやかに言ってやれば、明らかにアンブレイルは気分を害したような顔をして見せたが、俺は気にせず続けてやる。
「実は、シェダー領からの税収がどうもおかしくて」
「え?」
「なので、近々シェダー伯の所へ監査をやらねば、と思っていた所で」
「ええ?」
「もし兄上がシェダー領の一部を割譲して治めるという事になったなら、領主着任早々の兄上の所へも監査をやらねばならなくなる所でした!」
つまり、『お前、シェダー領を割譲してもらったら、今度こそチェックメイトかかるぞ』と。
そう脅しを突きつけてやれば、アンブレイルの顔がどんどん青ざめていくのが分かった。
「そ、それは、シェダー伯には」
「あ、別に良いですよ。シェダー伯にお教えしても。ただし監査には私が直接赴く予定です。誤魔化せるもんなら誤魔化してみやがれ、とお伝えください」
……多分、これでアンブレイルはシェダー領を割譲してもらおう、なんて気にはならなくなっただろう。
シェダー伯側に付くメリットがもう欠片も無い。多分、義理程度に『シエルアークが監査に行くってよ』とは教えてあげるんだろうけど、俺に掛かればシェダー伯の隠蔽工作如き、どうとでもなるからね。
ま、アンブレイルが保身できるようにしてあげるけど、シェダー伯からは絞れるだけ絞る予定。
「……で、兄上の所領のお話ですが」
そして改めてそう切り出せば、いよいよ俺しか頼る相手が居なくなったアンブレイルは、苦り切った表情で頭を下げた。
「……アイトリア領から所領を割譲して頂けないだろうか」
「はい、勿論ですとも!親愛なる兄上のためですから、お安い御用ですよ!」
ははは、気分が良い!気分が良いぞ!
アンブレイルの後頭部を眺めつつ、俺は満面の笑みでそう答えてやったのだった!俺ってば太っ腹!優しい!流石、未来の国王陛下っ!
「では、早速兄上の所領を決めましょうか」
俺に頭を下げてお願いしなきゃいけない、という、実に屈辱的な思いをさせられたアンブレイルは非常に嫌そうな顔をしていたが、流石にここで駄々をこねる程馬鹿でも無かった。
まあね。俺の機嫌一つで、アンブレイルはニートまっしぐらだもんね。
「候補になるのは、旧アステア領、旧レーネ領、旧ポネス領あたりでしょうか」
旧アステア領ってのは、ネビルムの西、旧レーネ領ってのはシェダーの南、旧ポネス領ってのはリテナの北、ってところかな。
「当然ですが、私が兄上にお勧めするのは旧アステア領の位置ですね」
「最もアイトリアから遠いからか」
そして、当然だけど、ネビルムの西である『旧アステア領』は、アイトリアから滅茶苦茶遠い。
距離的にはシェダーと対して変わらないんだけど、なんといっても、ロドリー山脈を間に挟むからね。ぐりっとロドリー山脈を回ってこなきゃいけないから、アイトリアから最も離れた土地、って事になる。
旧アステア領が国に返還されたのも、そこらへんが原因。あまりにも王都から遠いもんだから、人が寄り付かなくなっちゃったんだよね。それで寂れて、領主が子供に恵まれなかったこともあって、結局国に返還、と。
そういう曰く付きっちゃ曰く付きな立地なんだけど、勿論、良い事もいっぱいある。
「アステア領は一番クレスタルデに近い土地ですから」
アンブレイルが俺を見て、ティーナを見て以下略。
「変な意味じゃありませんよ。別に兄上がティーナ嬢に愛想を尽かされてティーナ嬢が実家に帰ることを想定している訳ではありません」
そして俺の言葉に、またしてもアンブレイルは以下略。
「いいですか?つまりそれは、世界最大の貿易港に近い町を有することができる、という事なんです。クレスタルデ家との太いパイプを持つことになる兄上がそこに収まってくれればとても話が速い」
俺が説明してやっと、アンブレイルは自分が旧アステア領に就く意味が分かって来たらしい。
「……成程な。しかし、それが貴様に何の利になる」
「今更個人の恨みつらみなどで『王兄』の所領を決める気にはなりませんよ」
そして、俺がアンブレイルの狭い視点を遥かに超える広い視点と広い心を見せつけてやれば、アンブレイルはぐうの音も出ない様子。
「それから、旧アステア領は広さが魅力でしょう。土地は少々荒れていますが、それは地魔法で改善できますし、王都との距離もそう遠くなく問題でなくなります」
実は俺、今後、国内外に『瞬間移動ゲート』をいっぱい作るつもりなのだ。
古代魔法を復刻した俺なら、それもまた可能。国の中での移動時間がほぼ0になるってのは勿論、国の外との移動時間がほぼ0になるってのはとんでもない魅力だ。
まあ、国外と結ぶのは安全保障上の問題とかが絡んでくるから、そう簡単にできないと思う。けど、国内は今年中にでもインフラ整備できるんじゃないかな。
「勿論、旧レーネや旧ポネスでも構いませんが、折角なら旧アステア領を開拓する勢いで発展させて頂きたいなあ、と。どうせあそこは開拓を行う気でいたので、だったらそれをまとめる貴族が1人居た方が何かと都合がいい。ということで、いかがでしょう、兄上?」
「……1つ、確認しておきたい」
「どうぞ」
これだけの好条件を並べ立てたのに、アンブレイルはどうにも居心地の悪そうな顔をしている。
「貴族を1人おく必要がある事は分かった。クレスタルデとのつながりがある僕が有利だとも。……だが、それだけでいいのか?クレスタルデとの関わりが欲しいなら、リテナ伯の子の誰かに所領をくれてやればいいんじゃないか?」
ははーん、成程。
今まで散々俺に嫌がらせしておいて、俺を嫌っておいて、なのにこの好待遇!
そりゃあ居心地悪いだろうし……旧アステア領を治める自信も無い、ってことか。
ま、だろうね。俺も正直、アンブレイルだけでそんなに上手くやれるとは思って無いよ。
……けど、ティーナが居るんだよね。
ティーナはクレスタルデの領主になろうとしてた人なんだから、それはそれで実力があるんだろうし、ディアーネのおねーちゃんらしく、思い切りが良い。
まあ、優柔不断なアンブレイルを導いたり、アンブレイルのケツを引っぱたいたりする役割は果たしてくれるだろう。
それに、アンブレイルだって一応は、王になるつもりで色々学んできたはずだ。
帝王学は勿論、アイトリウスや世界諸国の地理事情は一通り学んでるし、貴族のあしらい方だのなんだのも多分、そんなに問題は無いはずだ。
ティーナとアンブレイルが協力するなら、多分、そこらの貴族よりはずっとずっと有能な領主になってくれるんだと思うんだけどね。
だが、そんなことは言ってあげなーい。
「これから急激に発展し、アイトリアに次ぐ都市になる領地に、そこらの貴族如きを使う事はできません。どこか1つの家を優遇すれば、他の貴族との軋轢が生まれる。ならば、『王の兄』を据えるしかないでしょう。それに、兄上が治める土地ならば、私も口出ししやすい。兄上だって、国のサポートを頼みやすいでしょう?実家なんですから」
とりあえず、『シエルアーク・レイ・アイトリウスがアンブレイルを旧アステア領に据えるメリット』を挙げてやったら、それでアンブレイルは納得したらしい。
「そういうことか。それなら理解できる。……お前が妙に好条件を出してくると、どうにも気味が悪い」
失礼な奴だなこいつ。不敬罪でしょっ引いてやろうか?
「で、どうなさいますか、兄上。旧レーネか旧ポネスになさいますか?それとも、また別の土地を?」
もう一度問えば、今度はアンブレイルも迷わなかった。
「……旧アステア領を賜りたい」
「はい。ではそのように」
そしてまた俺に頭を下げる羽目になったアンブレイルだが、こいつはまだ気づいていない。
領主になるって事は、明確に王の下に付くってことだ!
領主会議とかあるけど、その度に俺を敬わなきゃいけないのだ。
なんかの式典とかあったら、礼で俺を迎えなきゃならんのだ。
いくら王の兄でも、そこんとこはきっちりしないと、他の貴族からの圧力も怖いからね。
これでもうアンブレイルは、少なくとも表向きには俺にへこへこせざるを得ないのだ!どうだ参ったか!
……多分、じわじわと参ってくると思うけど、その頃には大分、俺の下に付くって事が馴染んでるとも思うんだよね。へへへ、楽しみである。
それから1週間の間に、旧アステア領を『トリアスタ』と改め、そこにアンブレイルを着任させた。
ちなみに、それに伴ってアンブレイルの名前も『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』から、『アンブレイル・アイトリウス・トリアスタ』に変わっている。王族崩れの貴族は大体みんなこういう改名をするんだよね。
勿論、城の術師を引き連れて俺も着任の挨拶に赴き、そのまま術師総出で荒れた土地を豊かにすべく、地属性の精霊儀式魔法を行った。
……具体的には、あれである。
こう、スクワットっていうか、こう、なんていうか、しゃがんでから、大きく腕を伸ばして伸びあがる!しゃがんでから、大きく腕を伸ばして伸びあがる!
某・隣のなんとやらがやってきそうな動きをもってして、土地を豊かにするのだ。
……なんでこの動きが必要なのかは知らない。俺が聞きたい!
そして、まっさらな土地・トリアスタ領を開拓する希望者を募って、その希望者のお引越しを城の術師に手伝わせたりした。
城の術師には、瞬間移動の魔法を詰めた魔石を渡してある。これを使えば、多少の魔法センスと魔力だけで瞬間移動できちゃう優れもの。
瞬間移動ゲートと違って、そんなに生産コストがかからないから、いつかはこれを量産してアイトリウスの特産品として売り出すことも考えよう。
俺はそれと同時に、瞬間移動ゲートの開発に取り掛かる。
王様お試し期間のお仕事の合間を縫ってだから、忙しいのなんの。もうね、睡眠時間削ってる有様だよ。1日8時間しか眠れてないよ。超忙しい超忙しい。
……しかし、超忙しい中でも俺の才能をもってすれば、1週間経たずに瞬間移動用のゲートが完成したのである。
これで、アイトリアとトリアスタ領を繋ぐゲートができて、益々人の行き来も盛んになる。
トリアスタ領がちゃんと町として機能するまで、そう遠くはないだろう。
……多分、ディアーネがクレスタルデ領主になる頃には、ちゃんと町になるんじゃないかな。
と、思ってたんだよ。
……ほら、クレスタルデはいずれ、世界の貿易港として、世界中と繋がるゲートを設置する場所になるだろうなー、と思って、近況報告を兼ねてディアーネの所に行った。
そしたら。
「あ、し、シエルアーク様ぁ!」
俺がクレスタルデ邸の前に瞬間移動するや否や、ディアーネお付きのメイドであるセーラが、ぱたぱたと駆け寄ってきたのである。
「あ、セーラ。ディアーネいる?」
「シエルアーク様!ディアーネさまをお救い下さい!ディアーネ様が、ディアーネ様が……!」
……あれっ、なんかすごくデジャヴ。
「落ち着いて。で、ディアーネはどこ?」
いつぞやの様に、セーラを落ち着かせて、続きを促す。
「クレスタルデの東北東の海に、突然、凶暴な魔物が出現したと、船乗りから報告があり……その魔物を討伐しに、ディアーネ様は向かわれてしまいました!」
……ほんと、デジャヴなんだけど、ちょっと……これは。
「東北東」
「東北東でございます!」
「つまり……ドーマイラ、近海?」
……なんか、やばいことが起きてるんじゃなきゃいいんだけど。




