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141話

「アンブレイル様ならシェダーの伯父様の所へ行っておいでよ」

 結論。

 アンブレイル君は、結構立ち直ったらしい。




 アンブレイルは、シェダー領にあるアイトリウス王家の別荘というか、避暑地というか……そういう目的で建てられた屋敷に引きこもっていた。

 名目上は休暇。

 魔王討伐の旅の疲れを癒すためのお休み期間、ってことになってるけど、実質は立派な引きこもりであった。

 ……だが、そこにティーナ・クレスタルデが来てから、状況は好転したらしい。

 ちゃんと三度の飯を食うようになったし、多少は外に出て散歩なぞもするようになったらしい。(……逆にそれまでそういうことできてなかったのかよ、とか思わんでもない。)そして、そろそろ、アンブレイル自身の進路について考え始めてくれてるらしい。

「アンブレイルもおバカね。シェダー伯にはもう跡取り息子いるじゃん。なんでシェダーより先に俺の所来ねえのよ。シェダー領とアイトリア領の間らへんにアンブレイルの所領を作ってもいいのに」

「それはアンブレイル様にだってプライドがあるもの。そうはいかないのよ」

 俺ならそんなプライド、溝に捨ててやるけどね。んで、新たな所領から国家転覆を狙う!

 ……アンブレイルにそんなことする気概があるなら、そもそもこうなってないんだろうけどね。

「……という事よ。アンブレイル様は立ち直ろうとしてらっしゃるわ。だから無暗に刺激しないで頂戴ね」

「そりゃ、俺だって元気のない奴をいじめる趣味はねえよ」

 ただし、元気になった奴をいじめる趣味ならある。

「そう、ならよかった」

 もう一度言うけど、俺、元気な奴をいじめる趣味は存分にあるんだからね?




 そんなかんじの報告を聞いたところで、アンブレイルはそう遅くなく戻ってくるだろう、とのことだったので、それまで待たせてもらう事にした。

 クレスタルデから取り寄せたらしい珍しいお菓子(なんか瑞々しくてフルーティーなマシュマロみたいな奴だった)を頂きつつ、お茶飲んで喋って優雅に待つよ。

「……不思議ね。私、今までアンブレイル様からあなたの話をよく聞いていたけれど、その時とは印象がとても違うわ」

 そして、雑談に花を咲かせていた所、不意にティーナがそんなことをぼやいた。

「それ、前も聞いた気がする」

「そうね。前も思ったわ。……でも、あなた、私にアンブレイル様の事を頼みに来た時に言ったじゃない。アイトリウス国王陛下が次期国王を『より上手く収まる方にした』と仰っていたって」

 ああ、言ったね。親父は自分の子供たちがより上手く収まりそうな方を王様にした、って。

「それが本当だったと今、思っているの。……あなたは、アンブレイル様の事を思いやってるもの」

 ……これを思いやりというならば、人間が家畜を食うために育てるのも思いやりって事になるぞ。

「今日だって、アンブレイル様のためにここに来たんでしょう?アンブレイル様の所領のお話をしに来たんじゃない?」

「王の兄がいつまでもブラブラしてんのは外聞が悪いからな」

 ティーナはくすくす笑う。こういうふうに笑うとディアーネに似てるんだな、このおねーちゃんは。

「それも私には照れ隠しみたいに聞こえるわ。……それに、もしあなたの言葉が本心だったとしても、結果としてアンブレイル様を思いやることになっているもの。言葉は関係ないの」

 ああそうかいそうかい。……変なとこばっかディアーネに似てやがるなあ、このおねーちゃん。

「だから、私はあなたにお礼を言わなきゃいけないわね。……アンブレイル様を大切にしてくださってありがとう。それから、私を、アンブレイル様の隣に居られるように計らってくれて、ありがとう」

「お前の基準だと世界裁判で追い詰めた挙句に王様の座をぶんどるってのが大切にしてる、って事になるの?」

 素直にお礼なんぞ言われてもなんとなく尻の座りが悪いというか、気持ち悪いというか。

 なんかこいつ、企んでるんじゃないだろうな。

「人間が生きるために獣を殺して食べることは正しいことよ。……あなたがあなたであるためにアンブレイル様を蹴落とす必要があった事は分かるもの。そして、アンブレイル様よりあなたの方が優れていたというだけの話よ。私だって貴族の娘。そのぐらいは割り切っています。馬鹿にしないで頂戴ね」

 どうも、俺が思っていたより、ティーナ・クレスタルデは貴族だったらしい。勿論、いい意味で。

 貴族王族の残酷な面も知ってるし、割り切ってる。

 ……多分、前からこうだった訳じゃないんだとは思う。

「なら、ディアーネの事はどうなんだよ」

 じゃなきゃ、ディアーネに対してのこのおねーちゃんの風当たりの強さが説明できないもんね。




「そう。ディアーネの事、ね。私、あなたにもう1つ言う事があったわ。……以前、エーヴィリトで会った時、あなたに指輪を渡したわね」

「これね」

 確かに俺は、ティーナから指輪を受け取っている。……うん、つまり、アンブレイルとティーナをくっつけるための策略の一環として。

 その指輪を机の上に出す。一応、こういう事もあろうかと持ってきておいたんだよね。

 クレスタルデの紋章が入ったこの指輪は、母から譲り受けたものだとかなんとか聞いてた気がする。

「ええ。……この指輪、あなたに差し上げるわ。諸々のお礼だと思って」


 ……今一つ、話が見えない。『ディアーネの事』なんでしょ?これ。

 それが、この指輪……あ。

「これでディアーネがクレスタルデの次期領主として認められやすくなる、とか、そういう話だったら受け取れねーぞ。ディアーネはそういうの絶対嫌がる」

 念のため先制しておくと、ティーナは複雑そうな笑みを浮かべた。

「そうね。きっと嫌がるわね。……でも、あげるわ。使う使わないはあなたとディアーネの自由よ。なんなら、姉としての最後の『意地悪』だと思って頂戴」

 意地悪、ね。成程、言い得て妙だ。

 確かに、普通にいびり倒すよりもこういう『意地悪』の方が、ディアーネには効くだろうよ。

「しっかし、なんでまた?単純な『意地悪』なわけじゃなさそうだけど」

 だが、さっきのティーナの言葉を借りるならば、『それも私には照れ隠しみたいに聞こえるわ』って奴だな。

 つまり、言葉の裏に悪意が透けて見えない。

 問い質すってまででもなく、なんとなく聞いてみると、ティーナはまた、複雑そうな笑みを浮かべた。

「……信じてもらえないかもしれないけれど、私、今、あの子のことがそんなに嫌いじゃないのよ。あなたのことを今、そんなに嫌いじゃないのと同じように。……きっと、私とディアーネは、あなたとアンブレイル様みたいなものなのね」

 へえ。……ティーナの中でどういう化学反応が起きてるのかは知らないけど、まあ、嫌われてるよりは好かれてる方がいい気がする。

 ディアーネがどうかは知らんけど。

「アンブレイル様とこのお屋敷で一緒に居てね……私、アンブレイル様に自分を見た気がしたわ」

 ……ティーナはどこか幼さの見えるような、戸惑いのような表情を浮かべて、続けた。

「私、きっと、怖かったのね。自分より才能のある妹が。……その妹に、自分の居場所をとられるのが。……今なら、分かるわ」

 以前、魔王殺しの旅の道中で見た時とは違って、ティーナは随分落ち着いていた。

 ホントに同一人物なのか疑いたくなっちゃうぐらいである。

「……もし、ディアーネがクレスタルデの次期領主として名乗りを上げるなら、私はあの子を推薦するわ」

「随分思い切ったね」

 そしてなんと、ディアーネにクレスタルデを渡す、っつう事まで言い出すのだ。

 ホントに同一人物?ホントに?マジで?

「ええ。……なんだか、すっきりしちゃった。私はこれからもアンブレイル様を支えるわ。だから、クレスタルデは継がない。そう決めたら……今まで意固地になってしがみついていたものを手放してしまったら、とても楽になったの」

 うーん……気持ちは分かる。

 人間、自分の身の程をさっさと見切っちまうのが一番楽なのだ。

 自分の身の丈に合った居場所を見つけて、そこに落ち着いちゃうのが一番楽。

 勿論、最初からそれができる人間なんて限られてて、実際は自分の身の丈以上を望んでアンブレイルみたいになったりする人がいっぱい居る訳だけど。

「それに、私だけじゃないもの」

 そう言ってティーナは、至極嬉しそうに笑う。

 ……成程、なんでティーナがアンブレイルに惚れたのか、やっと分かった。

 多分、似た者同士だったからなんだろうな。




「それに、欲しかったものが1つ、手に入ってしまったのだもの。……女は得ね。これだけでもう満足できてしまうのだもの」

 ティーナが微笑む先……窓の外では、馬車が停まった所だった。

「ヴェルメルサの女は情熱的ってのはホントなのね」

「ええ。……自分でも意外だったけれど私、愛さえあれば、案外満足して生きていけてしまうみたい」

 そう言って片目を瞑ると、ティーナは立ち上がって、部屋を出ていった。アンブレイルを出迎えに行くのだろう。

 成程。ティーナの居場所は随分安定して見える。

 これなら、もうクレスタルデなんか要らない、って思ってしまえるのかもしれない。


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