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133話

「どう殿下に取り入ったかは分からないが、農民上がりの田舎者風情、出し抜くなど簡単な事だ」

「どうせあの面で殿下に取り入ったんだろうよ」

「いや、シエルアーク様の事だ、面じゃあ動かんだろう。……珍しい魔石か何かを献上されたのかもしれん」

「ああ、うん、そうだろうな……魔石か、魔草か……田舎にはもしかしたら、地域独特の珍しい魔法でもあるのかもしれん」

「或いは、田舎者の血を魔法薬の原料にするとか」

「くわばらくわばら」

 おいお前ら、聞こえてんぞ。誰がサイコ・ソーサラーだコラ。

「しかし、田舎の農民風情じゃあ碌に魔法の教養も得られなかっただろうからな。魔法を使えば一発だ」

「別に一対一でかかれとも言われていない。数人で一気にかかれば問題ないだろう」

 さてさて、騎士達が楽しく無礼なおしゃべりしてるのを眺めつつ、ヴェルクトを見る。

 取り立てて何かの感情を表に出すことも無く、ただ黙って立っているだけ。

 ……いや、違うか。さっきから『余裕』が表に出まくっている。

 俺が見ている事に気付いたヴェルクトが俺の方を見たので、『もう始めてオッケー?』と声に出さずに聞いてみると、1つ頷いて見せてくれた。よし。準備は万端、って事らしい。

 ……じゃあ始めましょうかね。

「では、これより騎士選定を開始する。……いつでもかかってきていいぞ」

 俺がそういった瞬間、騎士たちが一斉にかかってきた。




「他愛ない」

 そして数分後には、ヴェルクトと俺以外が全員ぶっ倒れている現場が出来上がった。

 当然、俺には傷一つどころか、髪1筋の乱れすらない。ベルトにつけた紋章は2つとも燦然と輝いている。


 ヴェルクトは実戦仕込みの戦闘を見事に騎士の型に嵌めこんでくれた。

 襲い掛かる騎士同士での同士討ちを狙い、さりげなく魔法を使い、壁や騎士どもすらを足場にして……そして、『綺麗に殺す技術』が輝く。

 今回は当然、殺すわけじゃあないけど、ヴェルクトの『綺麗に殺す技術』は峰撃ちにだって応用できるのだ。

 最速・最短で繰り出される容赦のない攻撃。最小の手数で最大の効率。

 本来、獲物の毛皮の傷を極限まで小さくするための戦い方は、人間を最も効率よく戦闘不能にする技術として作り替えられていた。

 アイトリアの城に来てからヴェルクトは頑張ってお勉強したからね。ハンターならではの戦い方が綺麗に『騎士っぽく』できてるのは、素直に賞賛に値する。

 ……そう。ヴェルクトは魔王ぶっ殺してから毎日、俺を講師に武官試験の勉強をしていたのだ。

 それがどういうことかといえば……『魔法の強化』に殆ど同義である。

 だって、俺が講師になったんだから魔法の勉強をさせないわけが無い。そして、元々地頭のいいヴェルクトが魔法を習得できないわけが無かったんだな。これが。

 なので当然、ヴェルクトは今やバンバン魔法を使う。使うのは無属性魔法とか風魔法とかの目立たない魔法だけだから、一見、魔法を使ったようには見えないかもしれないけどね。

 これらの魔法がまた、いい仕事をしているのだ。ヴェルクトの手の内を隠しながらその戦い方をより洗練されたものに見せ、ついでに防御力もアップ。いいね。やっぱり魔法だ。魔法だよ。


「やるねえ」

 口笛を吹いて賞賛してやると、ヴェルクトはにやり、と笑って応える。

「この程度できなくてどうする。……という事を見せつけるためなのだろう?」

「ま、そうとも言う。じゃ、悪いね。こういう事だから、3日間よろしく頼むよ」

「構わない。この程度で俺の強さを証明できるなら安いものだ」

 ……そう。これは決して、俺の騎士を選定する戦いじゃない。

 いわば、ヴェルクトのデモンストレーション。

『俺の騎士の強さのお披露目会』および、それを分かってない連中への牽制なのである。




 それから玉座の間に戻って、親父にお触れを出してもらった。

 つまり、『これから3日の間にシエルアーク・レイ・アイトリウスから騎士の紋章を奪えた騎士をシエルアーク・レイ・アイトリウスのお付きの騎士とする。そのため、しばしば城内で乱闘が起きる可能性があるけどゴメンね!』みたいなお触れね。

 いやだってさあ、事情を知らないメイドだの文官だのにしてみりゃ、次期国王が騎士達に襲われるっていう光景を目の当たりにするわけだし。うっかり謀反だとか思われたら競技として成り立たないからね。


 さて、諸手続きも済ませたら厨房に寄って、出来立ての焼き菓子を少し分けてもらい、そこら辺に居たメイドに言づけて、庭にお茶の準備をしてもらう。

 そう。庭に、である。


 お城の庭には、隠れるのにちょうどいい植え込み、物理的に輝く陽光花が咲き誇る花壇、スペースを区切るために背の高い樹……と、とにかく隠れたり、気配を紛れさせたりするのに丁度いいオブジェクトがいっぱいなのである。

 つまり、とっても騎士たちが襲ってきやすい場所、って事ね。

 ちなみにここ、城の防犯上は大丈夫なのか、と言われれば、答えは是である。

 死角いっぱいの絶好の暗殺スポットに思えるが、背の低い植え込みの向こう側にあるのは城の前の大通りである。当然、警邏の兵もいっぱいいる。

 普段だったらこんな人目の多い所で暗殺だのなんだのなんてやってらんないんだよね。

 が、『騎士選定』には人の目は関係ない。俺が認めた、正式な『騎士選定』の選抜試験なんだからね。

 よって、人の目があろうとなかろうと、ここは絶好の急襲スポットなのだ。


 わざわざそういう場所を選んでティータイムしてやるんだから当然、騎士の急襲を期待しちゃうよね。

 俺もヴェルクトも、至極優雅にティータイムしてるふりしつつ、俺は騎士の急襲を期待してワクワク、ヴェルクトは騎士の急襲を予測してピリピリ、ってかんじである。

 そして、遂にそれは来た。

「……来たか」

「来たな」

 植え込みが鳴ったりしたわけでは無い。

 が、俺は魔力を感知できるし、ヴェルクトはもっと他の……風の流れの変化とか、微かな熱とか、視線とか、俺の耳には聞こえない程度の、芝生の擦れる音とか……そういうものから、騎士たちの気配を読み取ったらしい。

 俺とヴェルクトじゃあアンテナの種類が違う。だから、二重三重に感知網が張れる。うんうん、これでこそ組んでる意味があるってもんだ。

「うん。じゃーヴェルクト。お前、俺だけじゃなくて俺の優雅なティータイムも守ってね。無属性魔法で不可視の壁を出すのは前やったろ?あれを応用してみるんだ」

「中々に注文が多いな……」

 そして、そんな相手方の気配に気づいていないふりをしながら、ヴェルクトはティーポットを傾けて俺のカップにお茶を注ぐ。

 ……そして、瞬間、風が吹く。

「受け止めよ、水よ我が心のままに」

 しかし、ティーポットから注がれるお茶は風に吹き散らされることも無く……それどころか、まるで時間を止めたかのようにぴたり、と、宙に静止しさえするのだった。

 風が芝を吹き荒らすと、すぐに植え込みや樹の影から騎士たちが現れ、一斉に襲い掛かってくる。

 が、吹き荒れた風は見えない壁に弾かれ、舞い上がった火の粉はヴェルクトを怯ませるに足らず。

 その間にも騎士たちは鳩尾を突かれ、喉を突かれ、首の後ろを叩かれ……全員、戦闘不能に陥った。

 ……そしてその間も、ヴェルクトが手を放したティーポットは宙に取り残されたかのように浮き続けていた。

「よし。優良可不可で『優』をくれてやる」

 無属性魔法と水魔法を組み合わせた『ティーポットとお茶の静止』は、戦いながら維持するのは中々難しい。

「それは光栄だ」

 うんうん、ヴェルクトも確実に強くなってる、ってことだな。

 ……これ、ヴェルクトのデモンストレーションのつもりだったけど、単純に対人の戦闘訓練としても中々優秀だな。うん。これからも定期的にやろうかな、『騎士選定』……。




 それから3日間、ヴェルクトは俺を守り続けた。

 騎士も騎士で、正々堂々向かってくる奴、その陰でゲリラ精神に溢れた急襲を仕掛けてくる奴、と様々だったが……俺が風呂に入ってる時に窓から入ってきた奴が驚き部門ナンバーワンだった。

 お前は風呂でも俺がベルトに紋章つけてるとでも思ったのかよっていう。

 これはヴェルクトが渾身の力を込めて殴って窓から外に放り出してた。うん、俺、風呂に入ってる時に紋章奪いに来るやつとか、二重三重の意味で嫌だからね。


 ……という事で、3日間が終わり、俺の腰には……相変わらず、2つの紋章が燦然と光り輝いていたのであった。




「という訳で、私はヴェルクト・クランヴェルのみを己の騎士として使う事にする」

「で、殿下!こんなもの無効です!」

「あんまりです!あと1日時間を!」

 騎士達に説明してやると、そりゃあもう哀れになる勢いで懇願された。

 あともう少し時間があれば、とか、そもそもこんなやり方が間違ってる、とか。

 まあ、色々言ってくる奴は言ってくるけど、ほとんどの奴はもう諦めてる。

 だって、絶望的なまでの戦力差を目の当たりにしてしまっているから。

 ……そこそこ強い奴ほど、そこんとこを分かっている。

 ヴェルクトがいかに強くて、いかに隙が無いか。そして、自分が決して敵う事がないであろう、という事も。

 つまり、今俺に文句言ってきてる奴らは雑魚・オブ・雑魚ってことである。

「殿下!我々の間にはこれまでお守りしてきた時間があるではありませんか!」

「この中の誰よりも長い付き合いである私達より、そちら田舎者がいいと仰るのですか!」

 そして、特にうるさい奴らは、俺の元侍従どもであった。うーん、つまり、こいつらはさしずめキング・オブ・雑魚って事である。

「納得がいきません、殿下!」

「どうか我々に機会をお与えください!」

 機会ならもう与えて、それで全員駄目だったんだけどな。

 ……しかし、あまりにも五月蠅いのと、ちょっぴり悪戯心が湧いたので……俺は鷹揚に1つ、頷いた。

「成程、そこまで言うならこうしよう。お前達2人とヴェルクト・クランヴェルとで戦え。お前達が勝ったら私の騎士にしてやろう。……ただし、普通にやりあったらお前達2人とも、勝てるわけが無いからな。ヴェルクト・クランヴェルには両腕を前で縛った状態で戦わせよう。そして当然、無手だ」

 騎士達がざわめいた。

 2人がかりで、しかも、両腕を戒めた無手の相手を相手に戦え、という。当然、騎士道的にはモロにアウトだ。

 ……そして、それ以上にオーディエンスの騎士達は、『それでもヴェルクト・クランヴェルが勝つとシエルアーク・レイ・アイトリウスは思っている』という事に慄いた。

「ただし、それでもお前達が負けたら、お前達には土下座してもらうからな。……どうだ、受けるか?」

「勿論です!」

「私も受けさせていただきます!」

 ヴェルクトの方を伺い見ると、呆れたような顔をしていたものの、どこか楽しげでもあった。うん。こいつも大分俺ナイズドされてきた。

「その心意気やよし。……ならば、私は私の言葉を翻さぬよう、魔術を用いた契約書に条件を記そうではないか」

 そして、俺はさらさらっと今言った内容を書いて、魔術を組んだ。

 それから契約書に署名して、元侍従の2人にも署名させた。

 契約の魔術が組みあがって、俺達を縛る。

「では、早速決闘のご許可を!」

「ああ。訓練所へ向かうとするか」

 さてさて、後はヴェルクトがこいつらを叩きのめせば俺のおもちゃがしばらく増えるって寸法だ。

 ……契約書にサインする時はちゃんと読みなさいって、親に教わらなかったのかね。




 兵士の訓練に使う訓練所に、ヴェルクトと元侍従2人が向かい合って立つ。

 元侍従2人は剣を持っているが、ヴェルクトは無手。それどころか、前で手を縛られている状態である。どう見ても、ヴェルクトが不利に『見える』。

「それでは、双方、よいか」

 訓練所内には、オーディエンスが詰めかけていた。

 騎士達は勿論、騎士見習いや召使、文官なんかもこの見世物を見に来ているのだった。

 うんうん、賑やかなのは悪くない。

「……では、開始!」

 オーディエンスが見守る中、決闘とも言えないような決闘は幕を開けた。


 予め示し合わせていたのだろう、元侍従2人は、左右から同時に襲い掛かる。

 が、ヴェルクトは片方を魔法でいなし、もう片方は避けながらカウンターの回し蹴りで吹き飛ばす。

 無属性魔法の壁にぶち当たってたたらを踏んだ方は、鳩尾に突くような蹴りを食らって、やはり吹き飛んだ。

 ……只の蹴りじゃないぞ、あれ。無属性魔法で体を強化して戦うヴェルクトの元々の戦い方に加えて更に、『蹴りと同時に無属性魔法をぶつける』っつう強化が加わった、凶悪なやつである。

 一見、ただの蹴りに見えるところが性質が悪いよね。教えたの俺だけどね。

 これ、何がいいって、こっちの攻撃は至って普通の攻撃に見えるのに相手が吹っ飛ぶもんだから、相手が滅茶苦茶弱く見えるって事なんだよね。相手を馬鹿にするときに最適な攻撃手段なのである。

 ……いや、それ以外にもちゃんとメリット有るけどね。手の内明かさないってのは十分なメリットだし、コンパクトかつスピーディーに出せる強力な技ってのはそれだけで価値があるもんだし。

 だが、元侍従2人も、1度吹き飛ばされたぐらいでは諦めないらしかった。

 もう示し合わせもせず、互いに勝手にヴェルクトへ突っ込んでいく。

 その連携の崩れを見逃すヴェルクトじゃない。

 避けて、いなして、同士討ちさせる。

 隙あらば蹴りを叩き込み、無属性魔法を叩き込み、縛られた腕すら器用に使って攻撃に転じる。

 オーディエンスは皆、どこまでも実用美に溢れたヴェルクトの戦いぶりを見て、感嘆のため息を零すばかり。

 ……ちらり、と、ヴェルクトが俺を見た。

 もうオーディエンスへのアピールは十分だろう。『やっちゃいなさい』の意を込めて頷く。

 するとヴェルクトは薄く笑い……次の瞬間、元侍従が2人とも、剣を失って地面に叩きつけられていた。




『シエルアーク・レイ・アイトリウスの騎士ヴェルクト・クランヴェル』の噂は、瞬く間にアイトリア中に広まった。

 騎士としては少々風変りな戦い方は、しかし、どこまでも実用的で美しく、そして何より、強い。

 城の騎士達に不意打ちを仕掛けられても悠々と防衛し、両腕を縛り上げられていても城の騎士2人に圧勝する。

 最早、ヴェルクトの事を田舎者だのなんだのと馬鹿にできる者はこの街に居ない。

 俺は主として、ヴェルクトは騎士として、それぞれ確固たる名声を得て、確固たる足場を完成させる事ができたのだった。

 ヴェルクトの強さに免じて、俺は当面の間、ヴェルクト以外の騎士を使わなくてもいい事になった。だって、城中の騎士が一斉にかかってきてもヴェルクトを突破するの難しいんだもん。

 ただ、世話係はやっぱり入用になるから、俺が東塔に居る間俺に食事を運んでくれてたメイド数人を側付きとすることにした。こいつらは信用できなくも無いから大丈夫。

 よしよし、これで俺はもう信頼できない侍従を雇う必要もないし、馬鹿にされなくても済むって訳である。

 そして、『滅茶苦茶強いと評判の騎士』ってのは、居るだけで抑止力になるのだ。ヴェルクトが突っ立ってるだけで犯罪が起きにくくなるんだったら、そりゃあもう楽なもんである。

 ……という事で、今回の騎士選定騒動は俺の大勝利って訳であった。




 そして。

「はい。じゃあこれからお前らは1か月の間、毎日午後3時から30分、城の庭に植えてある『土下座草』の前で土下座し続けてね」

 こっちはこっちで、大勝利であった。

「い、いっかげつ」

「そう契約書に書いてあっただろうが」

「で、殿下、しかし、『土下座草』のある庭とは」

「城の中庭の一等地だ。城中から良く見える位置だから安心しろ。お前達が無防備に土下座していても危険にはならない」

 あ、ちなみに、『土下座草』ってのはその名の通りというかなんというか、人間の土下座パワーで育つ魔草である。命名は俺。

 この間コトニスの森の妖精どもに『きつねのおきゃくさま』を聞かせてやったところ、お礼半分恨み半分ぐらいで贈呈された不思議魔草である。

 妖精の力が働いて独自の力と特性と持つに至ったユニーク魔草だから、とっても貴重な代物だ。

 実際、植わってる土の傍で人間が土下座しないと育たないっていう不思議特性以外は至って真っ当な魔草で、加工すれば貴重な持続系回復薬になるっていうものらしい。

 折角妖精さんからプレゼントされたものだからね。ちゃんと育てて使ってやらないとね。

 ……って事で、俺は元侍従2人にこの魔草のお世話を頼むことにしたのだ。

 身の程を知らないことをするとこういう事になるのよ、っていう戒めと……それ以上に、俺を裏切った仕返しみたいなもんである。

 これで済ませてやるんだから俺ってばとっても寛大。


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