132話
翌日。
「……行ってくる」
「いいな?受かって戻って来たらドアのノックは『こん、ここここんこんこんこんこん』だぞ?それ以外のノックの仕方したり、ノックの前に声かけたりしたら問答無用で風古代魔法で吹っ飛ばされるからな?それからドアの前で叫ぼうが何だろうが俺には聞こえないから。防音用の無属性魔法結界張るから。じゃあ行ってこい。行って、可能な限り速く戻って来い」
「ああ、分かってる」
ヴェルクトを送り出してすぐ、俺は部屋の前に結界を張った。
ドアの外では大分騒がしいことになってるんだろうけれど、防音の結界も正常に作用しているらしく、騒音は遠くにしか聞こえない。
……今日一日、夕方まで俺はこの部屋に引きこもるのだ。
昨日もうっとおしかったけれど、今日も朝からうっとおしかった。昨日にもましてうっとおしかった。
何が『なぜ7年の空隙が我らの間で問題になりましょうか、いいえ、なりません!殿下、どうぞ扉をお開けになってください!』だよ。うるせえよ。問題になりまくりだよ。つい最近まで俺の事は『シエルアーク様』でアンブレイルだけ『殿下』って呼んでた奴から殿下呼ばわりされたくねえ。
……ということで、あまりにも朝っぱらからうっとおしいんで、もう、さっきヴェルクトに言ったとおりの結界を二重三重に張ってやった。
もういっそ瞬間移動でどこかに避難してやろうかとも思ったんだけど、やっぱりヴェルクトの正式な手続きを優先したいため、自分の部屋に結界を張りまくって五月蠅さと煩わしさから逃れる方針でいく。
俺は瞬間移動できるけど、ヴェルクトは出来ないからね。
ヴェルクトの試験がいつ終わるか正確なところは分からないし、試験終了から可能な限り早く正式な騎士手続きをしたいと思ったら、俺は城内に居なきゃいけないし。
だったらセキュリティと結界の実験も兼ねて、今日一日部屋に籠城してやるのが正解だろう。
ということで、予め厨房から運ばせておいた茶菓子を優雅につまみつつ、俺は『魔道具・キントウン』の開発を始めたのだった。
途中で、予め用意しておいた昼食(ネビルムに行ってもらってきたパンにベーコンとレタスとゆで卵挟んだ奴)を摂り、そのまま研究続行。
『キントウン』は……宙に浮かんで動く黄色っぽいもこもこは出来たんだけど、どうにも『人を乗せて運ぶ』って事に向かない代物になってしまった。
あれだ。発進と停止を緩やかにできないんだよね。急発進急停止するもんだから、上に人が乗ってると振り落とされる。うん、人に向かって突撃させる分にはいいかもしれないね。
……改良するとも。
どうせ、時間はたっぷりある。
ヴェルクトの武官試験は、筆記試験と口頭試問、それから魔法の実技と武術の実技があるからね。今日受けるのはヴェルクト含めて20人ぐらいって聞いてるし、そんなに早くは終わらないだろう。
例年、武官試験は夕方位までかかるもんである。それまで俺はのんびり『キントウン』の開発に勤しむとしよう。
……と思いながら『キントウン』の調製をしていた所。
おやつ時にはまだ早いか、というぐらいの時刻に、ドアから『こん、ここここんこんこんこんこん!』とノックの音が響いたかと思うと、転がり込むようにヴェルクトが入ってきた。
「シエル!受かった!」
「早っ!」
「シエルが『可能な限り早く戻って来い』と言ったからな」
自慢げというか、達成感に溢れてるというか、とにかく至極明るい笑顔を浮かべるヴェルクトは、武官の位を示すメダルを見せてくれた。
うんうん、ほんとに受かってきたらしい。いや、こいつが落ちるとは思って無かったけど、こんなに早く帰って来たもんだからびっくりした……。
こんなに早く試験って終わるもんなの?俺、文官試験は見た事あるんだけど、武官試験は見た事無いから何とも言えねえ……。
まあ、いいか。実際、武官の証明のメダルは貰ってるみたいだし、問題ないだろ。
(ちなみに、後から知った事には、ヴェルクトは史上最速で武官試験を合格したらしい。実技を全部ほぼ一瞬で片付けてきたんだそうだ)
「じゃ、さっさと手続きしてきちまおう」
早速、ヴェルクトを伴って、窓から外に出る。目指すは玉座の間、親父が居る所ね。
……なんでドアじゃなくて窓から出るのかっつったら、そりゃあ、ドアから出たらドアの外で張ってるであろう連中がうっとおしいからだよ……。
「成程、騎士の登録か。分かった。すぐに手続きを行おう。……窓から飛び込んできたときには何事かと思ったぞ」
「緊急だったもので」
玉座の間に親父はいなかったので、休憩中だろうと踏んで親父の休憩室に窓から飛び込んだ所、大層親父を驚かせてしまったが、まあ、しょうがない。むしろこのぐらいの驚きならボケ防止に丁度いいんじゃない?ってことで許してもらおう。
それから書類をちょこっと書いて、登録完了。
ホントならここで一緒に騎士任命の儀式とかやるんだけど、それはもう済ませちゃってるから今回はパス。
「よし、確かに現国王として受理した。これよりヴェルクト・クランヴェル特殊級武官をシエルアーク・レイ・アイトリウスの騎士としよう」
最後に親父が書類を受理して、1つ頷き……ヴェルクトに顔を向けた。
「うむ。……ヴェルクト・クランヴェルよ。シエルアークは1人で国を滅ぼすことすら可能なほどに優秀な魔導士でもあるが、王族であり、成人前の子供でもあるのだ。決して万能では無い。万が一という事も十分にあり得る。7年前の時のようにな。……しっかりと守ってやってくれ」
「命に代えても」
親父の、なんとなく王としての威厳に欠けるかんじの……どっちかっつうと『親』としてのお願いに、ヴェルクトは完璧な所作で応えて見せた。
それからまた窓経由で部屋に戻った。
まだもう一仕事したからじゃないと、堂々と外を歩けないんだな、これが……。
部屋に戻って、ヴェルクトに『キントウン』のテスト操縦をさせつつ、俺は机に向かい、最後の仕上げを行う。
俺が仕上げているのは、騎士の紋章である。
つまり、『これは誰々の騎士ですよ』ってのを表すマークみたいなもんだ。犬に首輪つけて飼い主を表すようなもんである。
親父の騎士は、太陽と月を組み合わせた白雲鋼の紋章に暁石。アンブレイルの騎士は、夜光白金と月光鋼と聖星石の星。ちなみに、先代勇者は海龍銀の雲に炎竜金の太陽と虹金剛石だったらしい。
……つまり、みんな割と凝ってるんだよ。
見て一発で誰の騎士か分かる必要があるし、その紋章のセンスが悪けりゃ、恥かくのは俺だし。
当然、俺も凝って作ったとも。エルスロアに外注しても良かったんだけど、魔鋼の加工ぐらい自力でできるから、とりあえず最初の一個は自分で作ろうと思ったのだ。
青天銀と旭日金の輪に天弓石。シンプルかつカッコよくできたと思う。
これに、ヴェルクト以外の手に渡ったら天弓石が濁るような術式を組みこんで、完成。
「ヴェルクト」
「なんだ。このキントウンという乗り物は乗り心地はいいが、動きが予測しにくいぞ」
「ああそう。もうちょっと調整するか……じゃなくて、これね。部屋の外に出る時は絶対につけとく様に。それから、他人の手に渡すなよ。俺とヴェルクト以外の手に渡るともれなく石が灰色に濁るから」
他に、『死にかけたら一応回復魔法が発動するようにできてる』だの、『魔力を流せば結界が発動するから緊急時には使え』だの、『天弓石を砕くと輪の中央からビーム魔法が出る』だの、そういうギミックの説明も加えてから紋章を手渡した。
「まだ俺の騎士はお前だけだから統一感もクソもねーけど、一応、それが俺の騎士の証明みたいなもんだから。大事にね」
「分かった。命の次程度に大切にしよう」
「あ、命と紋章の間にウルカ作の光の剣入れといて。あれは流石に俺、作れないから」
聞く人が聞いたら卒倒しそうな会話をしつつ、ヴェルクトに紋章をつけさせて……さて。
「じゃあ、早速だが、ヴェルクト。正式に騎士になって最初の仕事だ。……付いて来い」
にっこりしつつ、俺はヴェルクトを伴って部屋の外に出た。……ドアから。
「静まれー!静まれー!」
ドアから出た途端に五月蠅く寄ってたかってくる騎士達(元侍従の2人だけじゃなく、国付きの騎士がいっぱい来てた)に声を掛けて静かにさせる。
「この紋章が目に入らぬか!」
そして、騎士たちの視線が集まる中、俺は、ヴェルクトにつけさせた紋章を示した。
……どっちかっつうと、このセリフ、俺じゃなくてヴェルクトが言うもののような気も……まあいいや。
「この紋章はシエルアーク・レイ・アイトリウスの騎士を証明するものだ」
ざわり、と、騎士たちがざわめく。
それは嫉妬の声だったり、農民上がりの騎士を侮蔑する謗りだったり、純粋に美しいものを見た感嘆であったり。
「そして……私の手元に、同じものがあと2つある」
それから、懐から紋章を2つ出してみせると、意味を察した騎士たちが高揚するのが分かった。
「つまり、私の騎士となれる者はあと2名だ」
「殿下!選定の方法は如何様になさるのですか!模擬戦でしょうか!」
「ならば殿下、是非魔法の腕も見る模擬戦を!」
「いいえ、殿下の騎士たる者、知力に長ける者でなくては!」
俺が『あと2人騎士にしてやってもいいよ』と言った途端、このざわめきっぷり。
もう、全員が全員、少しでも自分に有利な条件で騎士の選定をさせようと必死。気持ちは分かる。俺だってセンター試験から世界史と日本史無くなればいいとずっと思ってたもん。
「静まれ。……よいか。騎士の選定はこれから3日間だ。その間、私は外出時、この紋章を右の腰に提げていよう。……騎士の選定方法は至って簡単だ。この紋章を奪ってみろ。私から紋章を奪ったものを、私の騎士とする!」
俺の宣言、ルール説明に騎士たちが絶望したのが分かった。
だって俺、最強だもん。そりゃ、俺から物を奪えっていうのは、素っ裸でドラゴン3体と戦ってね、っていう具合な……いや、もっとひどい条件だからね。うん。
「だが条件として、3日間、私は魔法を使わない」
なので、こういう条件を重ねてやる。
その途端、絶望してた騎士たちが希望を取り戻したのが分かる。うん、なんて単純な奴ら。
「だが、お前達の魔法の使用は禁止しない。思う存分私に魔法を使うがいい。ただし」
そして、己の勝利を確信したそれぞれの騎士達に、ヴェルクトを示す。
「私の騎士、ヴェルクト・クランヴェルはこれから3日間、私の警護にあたる。当然、魔法も使うし剣も使う。……つまり、単純に行ってしまえばこの選定は、『ヴェルクト・クランヴェルを出し抜く』試験だ」




