130話
さて、俺が優雅に空間魔法を弄り回して『魔道具・ヨジゲンポケット』を作成している中、親父付きの文官が突如やってきて、俺にしばらくの自室謹慎を求めてきた。
勿論、俺はなんも悪いことしてない。文官もそれは分かってる。
ではなぜ自室謹慎か、っつったら……『秘密の漏洩の防止』であるらしい。
文官はそれ以上、特に何を言うでもなく、今夜にでも国王陛下が直接お話になります、とだけ言って、去っていった。
……ま、今まで頑なに口を割らなかった大臣が、シエルアーク・レイ・アイトリウスの幽閉・女神の声捏造事件にアンブレイル・レクサ・アイトリウスが関与していたことを告発したのだ。このぐらいの混乱はむしろ、無いとおかしいんだよね。
大臣は告発した。
しかし、その内容は当然、ひた隠しにされる。そりゃそうだ、国王になるなら無いはおいといても、王族が禁呪に手を出して人を害したなんて、外に出していい情報じゃない。
当然、王と王の周りの数人しか知らないまま闇に葬られる事実、って事になるだろう。
今回の自室謹慎は、俺が知っている情報を不用意に零さないように、って事かな。後で親父が来るってのは多分、事実確認とかのためだろう。
という事で、俺はしばらく自室でそのまま『魔道具・ヨジゲンポケット』の作成に勤しむのだった。
親父が俺の部屋を訪ねてきたのは、夕食も終わって湯浴みも終わって、そろそろ寝るかな、って頃のことだった。
部屋の入り口に待機していたヴェルクトが、親父の来訪を告げてくれたので、夜着の上に適当なもの羽織ってそのまま迎えることにした。
「こんな時間の来訪ですまぬな」
「いえ、父上もお忙しい身空でいらっしゃいますから」
親父はちょっと憔悴したように見える。まあ、ここ数日色々続いてるからね……。
「……さて、シエルアークよ、今日の来訪の意味、分かっておろうな」
「はい」
ここで知らないふりはもうしない。
流石に親父がいくら馬鹿だっつっても、このぐらいは想像がついて然るべきだろうし。
「そうか。なら単刀直入に聞こう。……シエルアークよ。塔に居た7年間の間、どのように生き延びた」
「魔石から魔力を吸い、魔草から魔力を吸い、食べ物や飲み物、日用品から魔力を吸ってなんとか生き延びました」
「何故それを黙っていた」
「自らの能力を低く偽ることも戦略ですが、実際に能力の低い者が行っても自殺行為にしかなりません。魔力を失い、それでも生き延びるためには自らを強く偽り、自らの虚像に隠れ過ごすことであると考えました」
ここも割と正直に話す。
……すると、親父は深くため息を吐いた。
「実に理に適っている。その通りだ、シエルアークよ。お前を守る者は城に居なかった。そうせざるを得まい。……そのことは申し訳なく思っている。私の目が届かなんだばかりに。……だが、なら何故、今になってそれを大臣に告発させたのだ」
「私は何も知らないまま苦しみ続ける大臣を哀れに思って事実を教えてやっただけですよ。父上だって、為政の際に大臣の助力を受けていたでしょう。国を支えていた者がいつまでも聖水牢に居るのはあまりにも哀れですから。兄上の告発に乗り出すとは思いませんでした」
実にそつのない答えに、親父は渋い顔をした。
何を考えてるかは知らん。
「そうか……ところでシエルアークよ。お前はこの旅で功績を大きく上げたな」
「勿体なきお言葉です」
「……才はある。能もある。無いのは血のみ、か。……シエルアーク。もう1つ、質問させてもらおう」
親父は実に、何でも無いことの様に、努めて平然としてそれを口にした。
「お前はアンブレイルの事をどう思っている」
実に難しい質問だ。
だが、答えはもう決まっている。
「私達が王族でなく、貴族でも無く……或いは、貴族でも下級貴族か何かでさえあれば、仲の良い兄であったかもしれません」
「……因果なものだな。ファンルイエと同じことを言う」
ファンルイエ、とは……俺の母であった人である。
「母上と、ですか」
「『王の血を引いてさえいなければ、私達はきっと良い夫婦になれましたわね』と、お前を産む前の晩に言っていたよ」
へー。
あ、そういえば。
「……旅の途中で、母上の墓を詣でる事ができました」
フォンネールの玉座の下の空間、星空のようなあの空間にあった、小さな墓を思い出す。
そして、その墓から生えていた硝子細工のような樹と、俺が採る事ができなかった実の事も。
「何っ……なら、フォンネールの王に、お会いしたか。ならば、星屑樹とファンルイエの事も」
「はい。……元々、予想はついていました。そうでなければ、母上の骨がアイトリウスに無いのはあまりにもおかしい」
親父が何を考えてるのかは相変わらずさっぱりわからん。
けど、昔を想っていることはなんとなく分からんでも無い。
「……未だに、フォンネール王の要求を飲まず、ファンルイエをアイトリアの地に葬るべきだったのではないかと思うよ。あれはフォンネールから逃げたがっていた」
それから、親父はぽつぽつと、ファンルイエ・レイ・アイトリウスの話をしてくれた。
今まで名前と出自ぐらいしか知らなかったファンルイエの姿が、やっとはっきりしてくるようになる。
案外茶目っ気のある人だったらしい。
体は弱かったが、脚は速かったらしい。
魔法に長け、特に妨害の魔法で右に出る者はいなかったらしい。
案外親父はファンルイエをちゃんと愛していたらしい。ただ、正妻も政略結婚ながらちゃんと愛していて……俺には理解しがたい感覚だけど、どうも、そこんとこでかなり苦しんだらしい。
……そして、結局ファンルイエは死んだわけだけど、その遺体をフォンネールに返してしまった事を、未だに悔いているらしい。
「……『お爺様』が仰りました。私に、フォンネールの一族に加わる気は無いか、と」
「なんと、それは」
「勿論お断りしました。……私の国はアイトリウスです。私はこの国に骨を埋めます」
答えると、親父は思う所があるのか、どこへともなく視線を彷徨わせた。
……それから、やっと口を開いた。
「8歳までは、あまりによい子なので放っておいてしまった。15歳まではお前1人で戦う事を強いてしまった。……そうだな。最早、立場など気にしている場合ではあるまい。……やっと、お前を守ってやる事ができそうだな」
言うと、親父は懐から何かを取り出した。
「フォンネールからの縁談だ」
そして、そう言うや否や、その紙を破り捨ててしまった。
「フォンネールへは返事を書く。……『アイトリウスの王になる者をやるわけにはいかぬ』と」
何故、親父が俺を王に決めたのか。
当然、才能も功績も俺の方が圧倒的に上だったからである。
しかし、それ以外の理由も無いではなかったらしい。
……どちらを王にした方が、より上手く『仲が収まるか』。それが1つの判断基準だったのだと、随分後になってから俺は聞く事になった。
どうも、アンブレイルは俺と同じように親父の訪問を受け、同じように『シエルアークの事をどう思っている』と聞かれ、『才はありますが小賢しくいけ好かない奴です』と答えたらしい。
それと俺の回答を比べた親父は、まだ俺を王にした方が『俺とアンブレイルの仲が良好に収まるだろう』と考えたのだとか。
そして、そのためにはアンブレイル派の貴族の攻撃も厭わない、と。
……これだから親父は無能なのだ。
比べるべきは家族の仲ではなく、貴族の半分以下ぐらいからの攻撃と、民衆全体からの攻撃と、どちらを受けるべきか、という問題だったんじゃないのか。いや、結果的には正解を引いた訳だけれど。
……或いは、親父は俺にファンルイエを重ねたのかもしれない。
ファンルイエをフォンネールへ返したくなかったけれど、できなかった。だから、俺をフォンネールへ行かせないために、俺を王にするとした。そのために、アンブレイル派の貴族からの攻撃には構うまい、と。
まあ、無能な親父の事だ、このぐらいは考えるかもしれない。
……俺にはよく分からん。
無能な親父には才能と功績だけじゃあ血筋をひっくり返す材料にならなかったのかもしれない。俺、無能な奴の事なんて分かんない。
……で、才能と功績でひっくり返らなかったものが、こんなものでひっくり返るのがもっと分かんない。
分かんないけど……多分、親父は王としては無能なのだ、という事が分かった。
そして、父としては……多分、これから無能じゃなくなろうと努力しているのだ、という事も。
翌々日の朝、俺とアンブレイルは玉座の間に呼ばれた。
「呼ばれた理由は分かっておろうな」
俺とアンブレイルの間に緊張が走る。尤も、アンブレイルから俺への一方通行だ。俺は別に緊張しちゃいない。
「実際の譲位はまだ先の事になるが、どちらに冠を渡すかは今ここで決めさせてもらおう」
アンブレイルがちらり、と俺を見た。その表情に余裕はない。
俺はアンブレイルから目を逸らして、ただ目の前の王だけを見ていた。
「……シエルアーク。次の王はお前だ」
静かに、玉座の間に国王の声が響いた。




