128話
ということで、世界会議の会場、大聖堂から直接、アイトリアの城へ瞬間移動で戻った。
向かう先は墓場。アルカセラスの墓……その中の、星屑樹がお目当てである。
星屑樹のガラス細工のような枝から、これまた銀線細工か何かのような葉を数枚採り、部屋に戻って必要な材料を集めたら、すかさずアマツカゼの妖怪の里へ瞬間移動。
「しえる!ああ、しえる、頼む、助けてくれ、ナライが」
「分かってる!そのために来た!」
そして、瞬間移動した瞬間から俺に縋りついてくる烏天狗イナサ君を振り払うようにして、あらかじめアマツカゼ王から聞いていた場所へ向かう。つまり、ナライちゃんのお家である。桃太郎印の……じゃないけど、黍団子を作ってもらいに来た事があるから、場所は分かる。
魔法でブーストを掛けながら飛ぶようにしてナライちゃんちに突っ込み、ダイナミックお邪魔しますを披露しつつ、奥へ上がりこむ。
「む……しえる、か?」
そこには、臥せったナライちゃんと、ナライちゃんを囲む妖怪の面々が居た。
うん、数百年生きてる妖怪にあるまじき事態である。それこそ、人為的な何かがあったのだろうという事がすぐ分かるレベルで。
「はいはいはい、ちょっと見せてねー」
……つっても、見るまでも無く、フォンネールの奴がナライちゃんに何をしたかは大体見当がついてた。
星屑樹の葉を使わない限り治せないような病状にしたいなら、一番簡単なのは星屑樹の葉で毒薬を作る事だろう。
んなもんがあるのかどうかすら定かじゃなかったが、俺の予測はぴったしだったらしい。
魔力無しだった頃と比べりゃ幾分ボケるが、魔力を見る目……というか、魔力を見るコツみたいなものは健在だ。
ナライちゃんを観察してみれば、大体どういう毒を盛られたのかが分かる。うんうん、これなら俺でも解毒剤を調合できそうね。
……という事で、その場でゴリゴリグツグツやって薬を作った。
周りで覗き込んでくる妖怪たちがびっくりしながら俺を見ているが、そりゃ、俺なんだから手際がいいのも、動きの割に作業が繊細なのも当然の事である。
いくつか魔法使って製作時間を短縮できるところは短縮して、さっさと薬を完成させたら、周りに居た妖怪の内の1人(白くてにょろにょろしてる変なの)が小さい急須みたいな吸い飲みを渡してくれたので、そこに薬を入れて、ナライちゃんに飲ませる。
「はいはいはいぐいー、っといこうぐいー、っと」
「やめょもごぐもぼももみょも」
吸い飲みの口をナライちゃんの口に突っ込んで傾けると、ナライちゃんはじたじたしながらもなんとかそれを飲み干した。
「……っぷはぁ!こら!しえる!妾に一体なにをする!」
「あー、元気になったよかったよかった」
「これ!しえる!喜んでおるでない!まったく、噎せるかと……」
そして、飲み干した途端怒りだしたので、周りに居た妖怪たちも大喜び。つまり、ナライちゃんが元気になったって事だからね。
はー、これで俺も一安心だ。
「さて、改めて礼を言わせてもらうぞ、しえる」
「いや、今回のは俺が始末付けなきゃいけなかった事だし、いいよ」
「む、それでは妾の気が収まらぬのだ。素直に礼ぐらい受け取ればよかろうに」
ナライちゃん全快祝いを始めた妖怪たちの輪から抜けて、俺はナライちゃんとちょっとお話する。
妖怪たちはお酒飲んで楽しくやってるけど、俺とナライちゃんはお酒はパス。
俺は酒飲む気分じゃないし、ナライちゃんは一応、薬と俺の回復魔法で持ち直したとはいえ、もう少し遅かったら死んでいたわけで、そんな状態で飲む程豪胆ではないらしい。
「……しかし、よくアマツカゼ王が承知したな」
そして話は、そっちの方へ行く。
「そうせねば妾が怒ると分かっておったのだろうよ。……あれは器用ではないが、恩人を救うためなら、身内の1人くらいは諦めるとも」
ナライちゃんやイナサ君辺りから聞いた話じゃ、やっぱり、カゼノミヤの城にフォンネールから刺客が入ったらしい。
理由は簡単、『アマツカゼに世界裁判で賛成票を入れさせないように』だ。
ヴェルメルサとエルスロアは精霊関係でつつけばいい。ヴェルメルサとエルスロアだって、そこは分かってるから、『中立』にはなっても、『賛成』には回りにくかった。
……が、アマツカゼはそうでは無かった。
その結果が、ナライちゃんを人質に取る、という事だったのだろう。
毒を飲ませておいて、解毒剤が欲しければ世界会議でシエルアークに反対しろ、という条件を突きつける。
……それをやったのだ。フォンネールは。
しかし、アマツカゼ王は屈しなかった。
その為にナライちゃんが死ぬことになるとしても、だ。
そのおかげで俺はとりあえず『勇者』の称号を手に入れられた。アイトリウスの玉座を得られる可能性がぐんと上がった。
……そして、世界的犯罪者なんぞに仕立て上げられなくて済んだし、フォンネールに連行される口実を潰せた、って訳でもある。
割とあの裁判、負けてたらやばかった気はする。主にフォンネール関係で。
だから……ナライちゃんとアマツカゼ王にはちゃんとお礼を言っとかないとね、って思う。
さて、必要な話も聞けたし、これでいよいよフォンネール許すまじな風潮に(俺の中で)なってきたし、ナライちゃんの無事を伝えにアマツカゼ王の所へ行くべきなんだろうけど……最後にもう1つ、気になるので聞いてみた。
「ところでなんでナライちゃんが狙われたの?」
「まあ、たまたまあの日は城に居合わせたでな?……お妃や姫様が毒を飲むよりは、鬼である妾が飲んだ方が余程マシであろう?」
ああ、成程。
人間よりは余程、鬼の方が薬や魔術に強い。
今、ナライちゃんは布団で寝てて、それでも一応喋ったりなんだりできてたけど、もしこれが人間だったら、動くことはおろか……もしかしたら、もう死んでたかもしれないし。
「そうかー……あれ?でもフォンネールの刺客、お妃様や王女様に毒を飲ませて人質にする予定だったんでしょ?ならナライちゃんが飲むのって難しくなかった?」
「むむむ、しえるよ、妾の『のーぶる』な雰囲気を甘く見てもらっては困るぞ?王族のふりをし、敵の目を欺く程度、容易いことよ。……緊急事態ともなれば、不敬であろうとも姫君のふりぐらいしてみせるわ」
成程、こっちも納得。ナライちゃんはアマツカゼのお姫様の影武者をやった結果、毒を飲んで今回の人質になってたらしい。
『のーぶる』かどうかは置いといて、確かにナライちゃん、可愛いし、俗世離れしたかんじの風貌ではあるし、お姫様を騙ってもバレないだろうな、とは思う。
「どうだ、しえるよ。さては妾の魅力に今頃気づいたか?ほれほれ」
「うんうん、ナライちゃんは可愛い」
何やら自慢げな様子だったナライちゃんを素直に褒めると、ナライちゃんは自分から言っておきながらちょっと驚いた顔をし……少々じっとりした目でこちらを見つつ、ぶつぶつと、「これだから西洋の妖怪は……」とかなんとか言い出した。
そういや、俺、まだ西洋の妖怪設定なのか……いつ訂正しよう。
……また今度でいいや。うん。
それからまたエーヴィリトの大聖堂に戻ると、人が大分居なくなった部屋の中、アマツカゼ王がまだ残って待っていた。
「お待たせしました、アマツカゼ王」
そして、俺が現れるや否や、席を立ち……俺の表情を見て、安堵の表情を浮かべた。
「……その様子では、ナライは助かったのだな」
「はい。解毒剤と回復魔法を処方して参りました。流石ナライさんです。もう起き上がって普通に会話できるまでに回復していますよ」
改めてそう報告すれば、いよいよ安堵しきったらしいアマツカゼ王は、そのまま椅子に崩れるように座り直した。
「そうか……改めて礼を言わせてくれ、『颯の勇者』シエルアーク・レイ・アイトリウス。……貴殿には度々、世話を掛けるな」
「いえ。……今回は本当に助かりました。陛下が賛成票を入れて下さらなかったら、今頃どうなっていたか」
「余が何もしなかったとて、ヴェルメルサ帝とエルスロアのが何かしらの策は講じただろうが。……役に立てたなら、喜ばしい事だ」
アマツカゼ王の心底嬉しそうな顔を見てると、こっちまで嬉しくなってきちゃうね。
多分、アマツカゼ王は俺の事そこそこ気に入ってくれちゃってるんだろう。ありがたいことである。当然のことでもあるけど。
俺、そこそこ好きな人には俺の事好きでいてほしいタイプ。
さて、会場内にはまだ人が残っている。
フォンネール王は……もう帰っちまったか。文句の1つも言ってやりたかったんだけど、わざわざ出向くのもあほらしいし、またの機会にしてやろう。
だが。
「アンブレイル様、どうか気をお落としにならないで。女神様はきっと見てらっしゃいます」
「だが……くそ、忌々しい、何故あいつはああも小賢しい真似を……!」
まだ残っていたエーヴィリト勢、つまるところの、ゾネ・リリア・エーヴィリトとアンブレイルに関しては、またの機会に、なんてお目こぼしはしてやらん。
「兄上」
振り返ったアンブレイルに、満面の笑みを浮かべてやる。
……もう、決着をつけるべきだろう。
俺とアンブレイル、2人とも勇者。どちらも王位を継ぐ権利がある。
血筋はアンブレイルが勝り、功績では俺が圧勝。
……だが、玉座に座るのはどちらか1人だ。
「玉座の件で、お話が」
勿論、譲ってやる気は無い。




