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126話

 会場の動揺には2種類ある。

 1つは、『魔王を殺すなんてできるわけが無い』という動揺。

 勇者アイトリウス以来、ずっと勇者たちが魔王を『封印』してきたのは、魔王を倒せないかったからだ。

 代々の勇者が成し得なかった事を、俺が成し遂げた。

 その衝撃に会場はざわめいている。

 ……そしてもう1つの動揺は、『魔王討伐って魔王封印じゃなくて魔王殺しだったの!?』である。

 これはエーヴィリト側が内心で焦ってることだろうな。

 だって、向こうは俺の『魔王討伐』を『魔王封印』のつもりで準備してたんだろうから。

 それこそ、『精霊がシエルアークには助力していない』っつう証拠とか、頑張ってそろえてたんだろうけどね。

 けど、『封印した』んじゃなくて、『殺しちまった』んなら話は別である。

 これでエーヴィリト側は準備しておいた証拠だのなんだのを使えなくなっちゃった訳で、証言だの理論の筋道だのをことごとく修正せざるを得ない。

 相手に考える時間を与えないってのは大事なこと。

 これで相手がボロ出してくれりゃー楽でいいんだけど、そうでなくたって準備不足の相手の方が戦いやすいしね。




「被告に質問だ」

 会場の動揺を打ち破ったのは、フォンネール王……じいちゃんであった。

 このおじいちゃんは当然、俺の敵ね。

 まだじいちゃんが俺の事狙ってるんだとしたら、勇者として名声を得てアイトリウスの王になられるのが一番嫌なはずだからね。

 俺が勇者として認められなかった場合、多分王になる理由も無いから、そうなったら王になり損ねた俺をフォンネールに連れて行って傍系に加える、って可能性も残る。

 よって、フォンネール王は俺を勇者だと認めさせない方向に動いてくるはずだ。

「魔王殺しを成し得たというなら、その証拠を出してもらおう」

 まずは証拠を出させて地盤固め、って所らしい。

「ええ、勿論です。……少々見苦しいものではございますが」

 俺の親父に見せて気絶された時みたいに誰かが気絶するとめんどくさいので、あらかじめ『グロ注意!』みたいな注意喚起をしておいてから……魔王の死体を引きずり出した。

 途端、シーレ姫がきゃあきゃあ騒いで天井近くまで飛んで行き、ゾネ・リリア・エーヴィリトが顔を引き攣らせてアンブレイルに庇われ、エルスロア王は『来た!魔王の死体来た!これはいい素材!』みたいな顔をした。

 魔王の首を引きずり出したあと、首から下もずりずり出して、俺は満面の笑みを浮かべた。

「これが魔王の死体です!」


 とりあえず、裁判長であるリスタキアの大臣の『悪いけどそれしまってくれる?』みたいなお願いに答えて、魔王の死体をもう一回しまったところで、裁判は再開。

「被告よ。先ほどの魔物の死体が魔王であるという証拠はあるのか?」

「ありません」

 フォンネール王のツッコミに対して、俺は開き直って堂々と答える。

「ない?ならば魔王を殺した証拠にはなり得まい」

「しかし、この世界に魔王の姿を見た者がありますか?この世界のどこにも、魔王の死体を魔王の死体であると信じる根拠は無いのです。ならば私は皆さんに信じて頂くしかありません」

 実に尤もな事を言うんだけど、フォンネール王はここを突っ込んで瓦解させてやれ、という顔をしている。

「ならば」

「しかし!」

 なので、フォンネール王が口を開きかけた瞬間、遮って俺は発言する。

「魔王が死んだ証拠なら御座います。ドーマイラへ向かえば、そこにはもう魔王封印の術も、祭壇の結晶もありはしません。そして、そこには戦いの跡があります。……この場に居る皆さんを今すぐにドーマイラへお連れする事もできますが」

 暗に、『俺はこの人数連れて瞬間移動できるのよ』と、強さアピール。

 俺が高名な魔導士であることは世界的にも有名。

 そんな俺だからこそ、魔王殺しぐらいやってのけるのだ、という印象付けにはなったかな。

「いや、いい。それとて被告が魔王を殺したという事にはなり得まい」

「ですので、本日は証人を呼んでおります」

 ここで退いてくれないフォンネール王のため、そして、何よりディアーネのために。

「ディアーネ・クレスタルデ嬢。私と共に魔王と戦い、共に魔王を殺すに至った仲間です」

 俺が場を譲ると、優雅にディアーネが進み出て、美しく一礼した。




 それから、ディアーネが『魔王を殺すに至る経緯』を証言した。

 ……つまり、『如何に俺とディアーネが強いか』のアピール、そして、『俺とディアーネの功績のアピール』である。

 ディアーネは見事にやってのけた。

 客観的なようでどこまでも主観的な語り口は、証言というより物語。

 会場の人々はその物語に引き込まれ、魅了されるものすら現れる。

 どこまでもリアルな虚構、或いはどこまでもイマジナリーな事実。

 そんな『証言』は会場に染み入り、形の無い説得力として効果を発揮した。

 ……ちなみに、俺の魔力無しだった状態については伏せてある。あくまで、俺は最初から最後まで最強であったのだ。うん。

「それでは、私の証言はここまでです。……そして、最後に1つだけ」

 ディアーネの証言は終わり、静まり返った会場に……ディアーネは1つ、付け足した。

「今までの勇者たちが成し得なかった魔王殺し。成し遂げられる程の力を持った者が居るとすれば、それは誰かしら?シエルアーク殿下が魔王殺しを成さなかったと思うのならば……ならば、アンブレイル殿下がそれを成し得たかどうか、よくお考えになって?」

 恐らくディアーネはアンブレイルとゾネ・リリア・エーヴィリトに微笑んで、優雅に一礼し、壇から降りた。

 やっぱりこのお嬢様は炎の子なんだなあ、ってかんじである。自慢するだけ自慢して、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、煽るだけ煽って……着火しておいて優雅に退場、だもんなあ……。




 物語を聞くようにディアーネの証言を聞いていた人たちも、最後の一言によって現実へ引き戻される。

 それは即ち、『アンブレイルが魔王を殺せるだろうか?』という疑念。

 ははは、『倒した倒さない』の二元論なら俺もアンブレイルもどっちもどっちだけど、『倒せる倒せない』の話なら信憑性は圧倒的に俺の方が上!

 なんといっても、ヴェルメルサの魔道競技大会で俺はアンブレイルに圧勝してるからね。そりゃ当然、アンブレイルが俺より強いって事にはならないよね。


「裁判長、ならば私にも発言を」

 流石にこれはまずいと思ったのか、アンブレイルが発言権を求めてきた。

 当然、裁判長がそれを受理すると、アンブレイルは話し始めた。

「確かに今、世界に魔王の力は及んでいません。海は穏やかになり、魔物も大人しくなった。……しかし、それはシエルアークが魔王殺しをしたからではない。シエルアークの魔王殺しには証拠がありません。それもそのはず、今の平和は私の魔王封印によるものだからです!」

 ……そして、アンブレイルは語り始めた。

 すなわち、自分は確かに魔王封印という意味での『魔王討伐』を行った、ということ。

 アンブレイルは魔王の封印に成功した後、エーヴィリトへ向かい、ゾネ・リリア・エーヴィリトにその報告を行ったということ。

 そして、恐らくその時、アンブレイルがエーヴィリトへ行った隙を狙って、俺が魔王の封印に何かしたのであろう、ということ。

 ……そんなかんじの捏造物語を切々と語って聞かせてくれた。

「……という訳で、私は確かに魔王討伐を行いました。そしてこれは女神様のご意志によるもの。私は女神様のご意志に従い、勇者として魔王討伐を行ったのです!女神様が間違った事をなさるわけが無い!」

 さて、ここで会場は疑念に駆られる。

 確かに、アンブレイルは魔王を殺すだけの力を持たないかもしれない。しかし、精霊の助力を得て魔王を再封印する程度はできるだろう、と。

 そして、シエルアークは魔王を殺すだけの力を持っているなら、封印された魔王に何か細工をするくらいはできるのではないだろうか、と。

「アンブレイル・レクサ・アイトリウス殿下。1つお聞かせ願いたい」

 口を挟んだのは、アマツカゼ王だった。

「先ほど、シエルアーク・レイ・アイトリウス殿下の魔王殺しには証拠が無い、と仰った。なら、貴殿の魔王封印を証明する術はおありか」

 アマツカゼ王の冷静な言葉に、アンブレイルは苦い顔をしつつ、「ありません」と答えた。

 そりゃそうだ。真実に証拠があったとしても、虚偽に証拠などあるものか。

 これにまた、会場がざわめく。

 アンブレイルの主張と俺の主張が平行線をたどる事が分かってしまったからだ。

 お互い、証人はいるが、それは何の証拠にもならない。

 魔王の死体を証拠としないならば、アンブレイルの行動だって真実だと認める訳にはいかない。

 ……そうして、アンブレイル達が次の一手を考える前に、ヴェルメルサ帝王が挙手した。

「証拠もなしにこのまま論じ合っても平行線をたどるのみであろう。闇の中に溶けきった真実を探ろうとするのは愚かな事だ。裁判長よ。私、ヴェルメルサ18世より、『シエルアーク・レイ・アイトリウスが魔王討伐を騙った罪』については不問にすることを提案する。いかがだろうか」

 公正・公平のヴェルメルサ帝王がそう発言したことで、会場はまたざわめき……しかし、これにすべての王が賛成し、『魔王討伐』については考えないこととなった。

 考えても結論が出ない事はとりあえず置いておこう、って所である。ま、妥当だよね。




 両者イーブンイーブンになったところで、次の議題に移る。

「……では、シエルアーク・レイ・アイトリウスが女神様のご意志を偽ったことについては」

「そのことですが、裁判長。私は別に女神様のご意志を騙ってなどおりません」

 なので早速、裁判の腰を折る!

 攻撃は最大の防御!先制攻撃アンドゼロターンキルが最強!

「な、なんと」

「先ほども申し上げましたが、『勇者』とは、女神によって選ばれた者のことではありません。世界を救った者の事です。そして、女神のお力なくとも魔王を殺すことは可能。……世界の平和に貢献することは可能です。私はただ、『女神様のお言葉通り』ただ世界を巡り、魔王を殺しただけ。一体どこに女神様のご意志に背くことがあったのでしょうか?」

 当然、答えは否、である。

 あるはずである。だって俺、女神様と関係ないもーん。

 要所要所で女神様のご意志です、とか言ったかもしれないけど、んなことをアンブレイルが知ってる訳は無いしな。

「女神様は私をお選びになった!なのに貴様に神託をなさるなどあるはずがない!」

「ならば私も申し上げよう、兄上。『それこそが女神様のご意志だったのだ』と!」

 さて、ここもほっといたら平行線なわけだけど、俺はとっても素晴らしい武器を1つ持っているのだ。


「旅の道中、私は高位の魔神4柱と出会い、戦い、勝ちました。これに関しては、アマツカゼ王、アイトリウス王、ヴェルメルサのバイリラの領主殿、そしてシーレ・メルリント姫とエルスロア王が証言して下さるはずです」

 まずは、軽くジャブ。

『高位の魔神』の強さを知っている者はみなざわめき、アンブレイルはいかにも忌々しい、というように顔をゆがめた。

「静粛に。……アマツカゼ王、アイトリウス王、メルリント王女、エルスロア王。……バイリラの領主は本日は来ておられませんが、4方は被告の発言を肯定しますか?」

「肯定しよう。我が国アマツカゼの首都カゼノミヤを高位の水の魔神と魔物の集団から守ったのは他でも無い、シエルアーク・レイ・アイトリウスだ」

 まずはアマツカゼ王が肯定。

「確かに、シエルアークはアイトリウスのアイトリアへ攻めてきた魔物の軍と、率いていた高位の火の魔神を相手に勝利を収めている。魔神の死体も確かに確認した」

 そして親父も肯定。

「私が海の底の溝に挟まれて閉じ込められてしまった時、シエルアークさんが助けに来て下さりました。その時、地の魔神と戦って追い払ってくださったのです。……助けに来て下さったシエルアークさんはとても勇敢なお姿でした……」

 シーレ姫も肯定。どこか夢見がちな乙女めいた甘さを持つ声に、なんとなく会場がもぞもぞしてしまう。俺は褒められ慣れてるからもぞもぞしない。俺が勇敢で凛々しくて美しいのは今に始まった事じゃないからね。

「ああ、確かにシエルアーク・レイ・アイトリウスはエルスロア首都フェイバランドへ攻めてきた地の魔神を倒した。今、我が国では職人たちが魔神の素材を使った武具を創作中だ」

 そして、エルスロア王もほくほくしながら肯定。うーん、最後のはなんかこう、うん。

「……という事で、私が高位の魔神と戦って勝利をおさめた事については認めて頂けるかと思います。……問題は、その魔神たちが私の事を『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』であると思い込んでいたことです」

 ……そして俺は説明する。

 魔神たちが俺のことを『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』であると思い込んでいたこと。

 それは人間たちが『勇者はアンブレイル・レクサ・アイトリウス』だと噂していた為。

 それでも魔神が俺を目指してきた理由は、『俺が勇者だから』。

「これが女神様のご意志だったのです。……女神様は数々の魔物の侵攻から私を守るため、兄上を勇者だという事にして世に送り出した。そして、その間に私が魔王殺しを達成できるよう、お取り計らいになったのでしょう」


「そんなはずはない!女神様がそんな卑劣な事をなさるものか!」

 俺の説明にアンブレイルが激昂する。

「いいえ、実際になさったのです。……それに、これがもし女神様のご意志ではなかったとしたら、女神様のご意志から外れて魔王殺しが達成された事になる。全知全能の女神様がそのような事をなさるわけが無い。そう。全ては女神様のご意志あっての事だったのです。さもなくば、矮小な人間でしかない私がこのように魔王を殺すに至れるはずがないのですから」

「しかし、女神様は私に勇者としての任をお与えになった。貴様の隠れ蓑になれとは仰らなかった!」

「ですから、女神様がそのようにおっしゃられたというならば、それこそが女神様のご意志であったのです。敵を騙すには味方から、と申すではありませんか」

「しかし!」

 ……そして、またしてもここで平行線の議論が始まろうとしたところで、裁判長がガベルで音を鳴らす。

「静粛に。……僭越ながら、私から提案させて頂きます。『シエルアーク・レイ・アイトリウスが女神の意思を騙った罪』に関しても、不問という事でよろしいでしょうか」

 裁判長の提案は、過半数の賛成によって通る事になった。

 これで、『女神』についてもスルーってことね。


「裁判長!女神様のお言葉を疑うというのですか!アンブレイル・レクサ・アイトリウス殿下への女神様のお言葉は光姫たる私が確かに」

「ゾネ・リリア・エーヴィリト殿下。我々とて女神のお言葉は信じている。しかし、人間の言葉を一方的に信じる程盲目では無いのだ」

 ヴェルメルサ帝王の言葉に、ゾネ・リリア・エーヴィリトは、『信じられない』とでも言いたげな顔をしている。

 しかし、まあ、宗教国家エーヴィリトでもなきゃ、そこまで女神信仰が盛んな訳でも無いからね。妥当っちゃ妥当。




「では、最後の項……『シエルアーク・レイ・アイトリウスが勇者を騙った罪』について、裁判を進めましょう」

 そして、ついに裁判は佳境を迎える。

「それならば裁判長!こちらのアンブレイル・レクサ・アイトリウス殿下は確かに、世界各国の精霊様から魔王討伐のための助力を頂いております。精霊様はアンブレイル殿下を勇者とお認めになっているのです!」

 この通り、と、ゾネ・リリア・エーヴィリトが掲げて見せるのは、それぞれの精霊の象徴の色をした結晶だ。

 空、火、地、光……そして、水と闇と、風も。

 風の精霊は相当アンブレイルの事嫌いだったと思うけど、流石に折れたのかな、それともあれは偽造かな。

 ま、何にせよ、証人として精霊を呼んじゃうと今度は女神関係で藪蛇しそうだし、それは最終手段にしたいんだけどね。

「精霊様方がお認めになった勇者、それがアンブレイル・レクサ・アイトリウス殿下です!」

 精霊の結晶、となると、流石に会場の目をひく。

 会場の視線を集めて、ゾネ・リリア・エーヴィリトは自信ありげな笑みを浮かべている。

 ……が、無意味だ。

「ならば、僭越ながら私も主張させて頂きましょう」

 俺には、確固たる実績がある。

「私には街を、国を……世界を救った功がある!」

 だって、世界を救ったのは俺なのだから。


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