123話
どうでもいいけれど、縦長の紙に『勝訴』って筆文字ででっかく書いた奴を裁判所前に走って出て行って、バッ!ってやるのがカッコいいと思うので、ナライちゃんにでも書いてもらいたい。
そんなことを思っている内に、アンブレイルはエーヴィリトで保護してもらう、という事でさっさと城を出て行ってしまい、俺は無能親父と共に玉座の間に取り残される事になった。
「……まさか、こんな事になるとは……」
「父上、お気を確かに」
とりあえず、親父としては子供2人が法廷で争う事態に発展して早速気が遠くなってるらしいけど、こんなことで一々気を遠くしないでほしい。
「まずは、エーヴィリトから裁判の詳細が届くのを待ちましょう。対策はそれからでも十分間に合います」
なんにせよ、『これこれこういう理由であなたを世界裁判にかけますよ』っていう詳細……正式な『世界裁判への招集』が届くはずだから、それから対策を考えればいい。
つまり、それまでは俺、暇である。
「……父上、少し下がらせて頂いてもよろしいでしょうか?気分が少々優れず……」
「ああ、無理もない。シエルアークよ、ゆっくり休むがいい」
という事で、仮病というか、仮ショックというかを使って、さっさと部屋に戻る。
暇なので、今の内にやれることはやっとこ。
俺、楽しいことは後にとっとかないタイプ。
部屋に戻ったら、魔法で隠し部屋を開けて中に入る。
もう一度魔法を使って隠し部屋の入り口を隠したら、意識を集中させる。
……クレスタルデのディアーネ、クレスタルデのディアーネ、と念じながら魔法を構築していき……。
「てすてす。あー、聞こえますかー」
『……シエル?シエルなの?』
「あ、繋がった。流石俺」
光の塔で光の姫君と光の精霊を合わせたやった時、光の精霊がアンブレイルに通話する魔法使ってたんで、あれをやってみた。
勿論、精霊と人間がやるんじゃ色々と違う所もあるから、そこは適宜アレンジしつつ、ってかんじ。
精霊の魔法すらコピーして使えちゃうなんて、流石俺。
「で、ディアーネ、今大丈夫?」
『ええ。今は書斎で調べ物をしていた所だったから。何があったのかしら?』
「うん。えーとね、俺、世界裁判に出廷するから、その時に証人として来ない?」
ディアーネを裁判に連れて行こう、という事は、一番最初に思いついたことだった。
なんでって、ディアーネはそこそこの地位が一応形だけはあるから、発言にもそれなりの重さがある。
俺と一緒に旅してたんだから、俺が魔王を倒した事の証人にはなってくれる。
そして、ディアーネが『私がシエルアークと一緒に戦って魔王を倒しました』って証言すれば、それは俺だけじゃなくて、ディアーネ自身の名声へ繋がるのである。
世界裁判ってその名の通り、世界中のお偉いさんが集まる場所だからね。そこで『魔王を倒したパーティに居ました』って発言できるのは、名誉が必要なディアーネにとって悪くないことだと思うんだよね。
『あら、素敵なお誘いね。勿論伺わせて頂くわ』
そして、ディアーネもこれを快諾。
まあ、ディアーネも大概、俺みたいな趣味嗜好を持ち合わせてるきらいがあるし、アンブレイルとの法廷でのバトルなんて、見逃すわけが無いんだけどね。
『……それで、シエル。貴方の出廷はアンブレイルについてかしら?』
「半分ぐらいはね。……エーヴィリトが、『女神への冒涜だ』っつって、俺を訴えつつアンブレイルを擁護する立場」
答えると、ディアーネはころころと笑い声を上げる。
あれだ。『アンブレイルったら、やはり愚かなのね』みたいな感じの、勝ち誇った感のある、かつ、品の良い笑い声だ。
『そう。ならよかったわ。……裁判の詳細はまだ決まっていないのかしら?』
「うん。多分、今日明日ぐらいには出廷命令が正式に届くと思うから、それからまた連絡する。都合悪い時間帯とかある?あったらそこら辺は連絡入れるの避けるけど」
『そうね、午後の方が良いかしら。できれば夜になってからの方が何かと楽でいいわね。急ぎでないようなら夜に連絡を頂戴な』
「オーケー。急ぐときはおやつ時にでも連絡する」
或いは、クレスタルデに瞬間移動して直接会ってもいいけどね。
……と、こんなかんじにディアーネとの約束を取り付けておいた。
ちなみに、今回ヴェルクトは『俺の侍従』として連れていく事はあっても、法廷に立って発言させたりはしない予定。
こういう場は俺だのディアーネだのの出番だからね。
翌朝になって、『世界裁判への出廷命令』が正式な文書として届いた。
裁判の内容は、『女神の意思を騙り、勇者を騙り、魔王討伐を騙った問題について』。
なんと、俺の魔王討伐の功績を『虚偽』であるとしてきたもんだから、流石の俺もちょっぴり怒るぞ。
……まあ、これで大体、エーヴィリトの出方が分かったんだからありがたいか。
つまり、エーヴィリト側では『アンブレイルが魔王を倒した』と証言するつもりなんだろう。
不可能では無い。
実際、俺が魔王を倒したという証拠はない。
……いや、魔王の死体は確かにあるんだけど、これは正確には証拠にならないのだ。
何故かっていうと、そりゃ、『俺達以外に魔王の姿を見た者が居ないから』。
今までずっと封印されてたものを見た事がある人なんて居ないのだ。
よって、俺の手元にある魔王の死体を魔王の死体だと証明する事ができない以上、俺が魔王を倒したと証明できない。
……そうではなかったとしても、俺が魔王の死体を盗んだとか、そういう言いがかりならいくらでもつけられるからな。やっぱり、今一つ決定的な証拠にしにくくはある。
しかし、魔王は死んだ。
それはドーマイラに行けばいくらでも分かる事である。魔王を封印してた結晶は消えてるし、魔王封印の術式も消えてるし、魔王の魔力も消えてる。そして、ドーマイラの神殿の中には戦いの痕跡がしっかり残ってる。
これで魔王がまだ死んでない、なんて嘘を吐くことはできないだろう。
……そして、アンブレイルは多分、俺にとって非常に運の悪いことに……俺が魔王を倒した時に、どこかの人里離れた場所、もしくは……エーヴィリトに居たのだ。
人里離れた場所に居たのなら、当然、アンブレイルが『魔王を倒していないアリバイ』は無い。
そして、エーヴィリトに居た場合……エーヴィリトさえ黙っていれば、アンブレイルが『魔王を倒していないアリバイ』を隠蔽できてしまう。
よって、アンブレイルは『魔王討伐し得る状況にあった』ということになる。完璧な嘘が吐ける、ってことね。
……そう。エーヴィリト込みで主張すれば、確かにアンブレイルが魔王討伐したという嘘がまかり通るのだ。
それがどういうことか、っつうと……俺とアンブレイルの法廷での争点は、3つ。
1つ、魔王を倒したのはどちらか。
2つ、女神の神託を受けたのはどちらか。
3つ、『勇者』はどちらか。
そして、この3つ全てが、アンブレイルが嘘を吐けばいくらでも偽れてしまうものなのだ。
更に都合の悪いことには、宗教国家エーヴィリトがアンブレイルのバックについているという事。
つまり、2つ目の『女神の神託を受けたのはどちらか』については、俺に分が無い。
実際、俺は女神の神託なんて受けてないからな。……ただ、アンブレイルが受けたとも思ってねえけど。
地のヒュムスさんを生かしておけばここら辺の証言もできたかもしれねえなあ、勿体ないことしたなあ……。
……まあ、つまり、だ。
この裁判、嘘を1つしかついていない俺が、嘘を3つもついているであろうアンブレイルよりも不利なのである!
……以上から、俺が裁判に勝つためにどうすればいいかが見えてくる。
1つ目は堂々巡りだ。
魔王を倒した倒さない、死体が本物だ本物じゃない、死体を盗んだ盗んでない、の世界はもう、完全にイーブンだろうし。
精霊を証人として呼ぼうにも、アンブレイルが『勇者としての助力』を頼んじゃってる精霊はアンブレイルの味方をせざるを得ないし、場合によっては俺が不利になるからな。
そして2つ目は、圧倒的に俺が不利。
前述の通り、宗教国家エーヴィリトの証言がついてるアンブレイルと、特に何もない俺。
強いて言うなら、魔力無しで生きてた俺の不思議な状況が女神の意思だった、って言い張ること位はできるんだけど、それだって今、俺が魔力を取り戻しちゃった状態じゃあ説得力に欠けるしな。
……つまり、俺が勝ち取るべきは3つ目。
『俺が勇者である』と世界に認めさせるのだ。
『勇者』の定義はなんだ。
精霊の助力を受けた事か。女神の神託を受けた事か。魔王を倒した事か。
本来は、違ったはずだ。
『勇者』とは、世界を救う者。悪から人を守り、大地を守り、世界を守る者!
そういう風に、『勇者』の定義を捻じ曲げて、オーディエンスを賛同させるのだ。
世界を救った度なら、俺はアンブレイルに圧勝できる。ここなら俺は俺に分のある戦いができるって訳だ。
これについては……アマツカゼは証言してくれるだろう。カゼノミヤの疫病騒ぎを鎮静化してる上、魔物の軍勢から街を守ってるからね。
グラキスはリスタキアだから、エーヴィリトの味方の立ち位置に居る訳で……ちょっと厳しいか。
エルスロアは最後に一回街を守ってるから、王様がそれを引っ張り出してくれるとは思うんだけどね。
リスタキアは期待しないとして……アマツカゼとエルスロアで、2票、か。
……この裁判、最後は多数決で決まる。
『アイトリウスとエーヴィリトを除くすべての国』の多数決。
このままだと、アマツカゼとエルスロアが俺、リスタキアとフォンネールとヴェルメルサがアンブレイル、って具合になりかねない。多分ヴェルメルサは白票してくれるとは思うんだけど……。
……つまり、俺が行うべきは。
「おーいヴェルクトー」
「なんだ」
「ちょっと人魚の国行ってくるわ」
『アイトリウスとエーヴィリトを除くすべての国』の数を増やすことである!




