122話
その日、世界は激震した。
早鳥文で出された『アンブレイルへの帰還要請』は、その日の内に世界中へ行き渡り、その国の国王の目に触れた。
それは当然、『魔王が滅ぼされた』というお知らせでもあったし、『2人目の勇者が現れた』、『2人目の勇者が魔王を倒した』というお知らせでもあった。
単純に魔王が滅ぼされた事を喜ぶ国もあれば、『2人目の勇者』の存在に目を疑う国もあり……鳥文を出してから2日もすれば、そういった反応が各国から寄せられてきた。
つまり、『アイトリウスの王族が魔王を倒してくれたという事への感謝』、そして、『2人目の勇者および1人目の勇者への懐疑』。『自国で行った1人目の勇者の支援に対する説明』。
単純にお礼だけ言ってきた日和見国家がリスタキア。
あそこはもうそういう国だからしょうがない。どーせ何も考えちゃいねえんだろ。
丁寧なお礼に加えて『2人目の勇者』の説明を求めてきたのがヴェルメルサとアマツカゼ。
これは敵対を表面に出してきていない。
単純に自国民への説明のための説明を求む、ってとこかな。
そしてそして、お礼に加えて『んで、うちの国が行った勇者支援が結局魔王討伐に関係なかったっつうからには支援した分返してくれんの?ん?』って凄みを効かせてきたのがエルスロア。いいぞ、もっとやれ。
これに関してはもう、アンブレイルの日ごろの行いが祟った、としか言いようがない。
あいつ、フェイバランドの国王陛下の前で職人たちを冒涜するような事言ってたからね。その上、最高級の武器防具その他装飾品をタダで持ってったんだから、それが魔王討伐に使われなかった、と知った今、黙っちゃいられないだろう。
これに対しては親父が『アンブレイルが帰還し次第、取り急ぎお返事をさせて頂く』という返信を行った。
……そういう風にとりあえず返事しとけ、っつったのは俺である。
なんでって、そりゃ、まだフォンネールとエーヴィリトから返事が来てなかったからね。
……そう。鳥文を出して5日経った今もだんまりなのが、フォンネールとエーヴィリト。
エーヴィリトはアイトリウスから一番遠い国だけど、フォンネールは海挟んですぐだから、距離的にはヴェルメルサの次に近い国だ。
なのに黙ってる、って事は……まあ、当然、そういう意図なんだろうな。こっちからも無暗に突っつくことはしないでおく。
エーヴィリトは……あそこの国は多分、まだ返事に迷ってるだけだ。
動くとしたら、エーヴィリトだろうとは思っていた。
その間俺達が何をしていたか、というと、ま、各々過ごしてた、って事になる。
ディアーネは帰還の日の内にクレスタルデに戻った。ティーナはアンブレイルと一緒だろうけど、他2人のお姉さんはクレスタルデに居る訳で、そこらへんをどうにかすべく、とりあえず『お土産に魔王の爪を1本持って帰る』ことにしたらしい。
『ねえシエル、貴方の元で私は優秀に働いたでしょう?褒美として魔王の死体の一部を頂けないかしら?』って言われたんで、どーんと爪一本(そこらの大ぶりな剣よりはよっぽどでかくて鋭い代物である)を与えた。
魔王の首だってレンタルで良ければ出すよ?とは言ったんだけど、そこまでは必要ない、必要なら取りに来る、とのことだったので、とりあえず今は爪一本、って事で。
ま、その内近況報告に来てくれるとは思うんだけどね。
ヴェルクトはとりあえず、『いくらお前が強くても周囲に認めさせなきゃ抑止力として使えねえの!』って説得して、現在、武官試験の勉強中。
俺の騎士にはもうしちゃってるし、もう手放す気も無いけど、このまま俺の傍に置いとくんだったらやっぱりそこそこの身分というか、箔は必要だからね。
『ネビルム村の農民兼猟師』よりは、『武官』の方がよっぽど箔があるってもんである。
ま、俺が居るところは箔だの見栄だのがものをいう貴族社会である。そこら辺は気にしておくに越した事は無いだろう。
……そして俺は、とりあえず親父の公務に首突っ込んでた。
今回の『魔王死亡のお知らせ』ならびに『2人目の勇者のお知らせ』の当事者であることを良い事に、各国への書状への返信に口を出したり、アイトリウス国内への『魔王死亡のお知らせ』の発表について口を出したりしている内に、内政だのなんだのにも首を突っ込むチャンスが生まれてきたのだ。
アンブレイルも丁度居ないことだし、今の内に公務に慣れておくのも悪くはないよね。
それでも、四六時中親父と一緒、って訳では無く、余暇も楽しんでた。
アイトリアの城の使用人たちや兵士達に挨拶して回ったり、アイトリアの城下町に下りて行って民に口々に感謝されつつ、一演説ぶちかまして来たり。
それから、部屋の片づけもやった。
壊されたものや荒らされたものを魔法でさくさく直して片付けて、失われたものは作り直す。
新しい魔法なんて、7年の間にも旅の間にも、両手に余ってまだ零れ落ちるほど思いついてるのだ。魔導士として書きたいレポートは山の様にあるし、作ってみたかった薬も大量にあるし、魔道具だっていくらでも。
時間は有限なので、帰還して親父の公務を手伝う傍ら、ヴェルクトの勉強に付き合ったり、そういった趣味に精を出したり、と、充実した日々を送っていた。
そして、俺の帰還から5日。
ついに世界が動き出す。
「陛下!」
親父と顔つき合わせて、リテナの発展事業について詰めてた所、文官が駆け込んできた。
「今、アンブレイル殿下がご帰還なさりました!」
「何っ!分かった、すぐに向かおう」
おーおーおーおー、5日も音沙汰ナッシングだったアンブレイルがここに来てやってきた、って事は……ううん、楽しみである。
「父上、私も同席してよろしいでしょうか」
「うむ、構わぬ。シエルアークこそ、今回の当事者であるのだからな。それに久々に兄弟にも会いたいだろう」
まあ、会いたいよ。
会って思いっきり嫌な思いをさせてやりたくはある!
「ええ、是非」
なのでここは笑顔で親父の後に続き、玉座の間へと向かうのだった。
「父上!……シエルアーク、貴様」
「久しいな、アンブレイルよ。此度は突然の帰還、大義であった」
ちょっとぶりに見たアンブレイルには、明らかに憔悴の跡が見える。
そして、俺を睨みつけてはいるが、親父の目の前ともあり、手荒な事は出来ないらしい。
ははは、いいぞいいぞ、もっと睨んでくれたって俺が笑顔になるだけだぜ!
「長旅の所を悪いが、至急確認したいことがあるのだ。まず」
「父上、お待ちください!」
そして親父がそう言ったところを遮って、アンブレイルは一歩進み出た。
「……まずはこれを。エーヴィリトからの書状です」
アンブレイルから書状を受け取った親父はそれを読み……顔色を変えた。
「アンブレイル、これは」
「エーヴィリト陛下のご意向です。ご存知の通り、エーヴィリトは女神信仰の篤い国ですから」
親父から書状を受け取って、俺も中身を読む。
……想像通り、かなり面白い内容だ。
要約すると、こんなかんじ。
『女神の神託を受けたアンブレイル・レクサ・アイトリウスこそが真の勇者であり、真の勇者並びに女神を貶めようとするシエルアーク・レイ・アイトリウスに対しエーヴィリトより異議申し立てを行う。ついては円環条約に基づき、シエルアーク・レイ・アイトリウスに世界裁判への出廷を命じる』
さあさあ!盛り上がって参りました!
世界裁判、っつうのは、要するに国際裁判である。
ある国Aが国Bに対して訴えを行うことがAとB以外の国1か国以上に認められれば、A国はB国に対して魔法的な強制力を持った出廷を命じることができるのだ。
一応、書状にはそこらへんの詳細も書いてあって、今回、俺に対して出廷を命じることを認めたのはリスタキアだ、ということらしい。
これについては後でリスタキアから『2人目の勇者に対しての説明が行われていないため、法廷で説明を行ってほしい』というお手紙が届いた。明らかに後付けの理由である。
リスタキアはエーヴィリトになんか弱味でも握られてんだろ、多分。兵力か食料か魔よけの魔道具とかなんかか、まあ、そんなとこだとは思うけど。
「今回、シエルアーク・レイ・アイトリウスを訴えるのはエーヴィリト第一王女であり、女神の声を聞く巫女でもあるゾネ・リリア・エーヴィリト殿下です」
成程ね。ま、そんなこったろうとは思ったけど。
……エーヴィリトは信仰国家だ。とっても信仰が篤い。
それゆえの腐敗もあって、それをシャーテは憂えてる訳だけど。
だから、今回の『2人目の勇者』は、信仰国家エーヴィリト的には許せない事なのである。
だって、女神が勇者を2人も説明も無しに選ぶわけが無い。
そして、アンブレイルは女神に選ばれた。というか、アンブレイルが女神に選ばれた、っていうことで、もうエーヴィリトはアンブレイルを支援してる。つまり、『アンブレイルを真の勇者、女神の神託を受けし者』として扱っちゃってる。
『女神の声を聞く』国の立場としては、今更『アンブレイルは偽物でした』なんて言えない訳だ。そんなことをしたら、自らの信仰対象である女神様を疑う事になる。
……そして、今回はそれに加えて、アンブレイルとゾネ・リリア・エーヴィリトの色恋沙汰が織り込まれてるんだよね。
だからエーヴィリトはこんなに積極的な訳だ。
ま、どうせここも片付けなきゃいけなかったし、まとめてかかってきてくれるなら楽でいいよな。
世界裁判への出廷はむしろチャンスだ。
真実を広め、俺の訴えを広め、俺が勝訴してアンブレイルを世界の面前で返り討ちにしてやる、絶好のチャンスなのだ。




