121話
勇者たちがひっそりと世界で一番早く『魔王死亡記念』を祝うのに適した場所はそう多くない。
アイトリアに帰っちゃったら帰還一直線だし、クレスタルデだと下手するとディアーネのお姉ちゃんたちと悶着がありそうだし。
折角だし俺達に縁のある場所で、かつひっそりと。
そんな条件を満たす場所が、世界に1つだけ存在している。
「じゃ、捕まれよー。……あ、ルシフ君。こら。動くんじゃありません。流石の俺も初めての魔法はちょっぴり不安なんだっつの」
ということで、ドーマイラの神殿を出たところで早速魔法を使う。
……7年ぶりの『魔法を使う』という感覚は、なんというか、こう、増大された魔力と相まって……全能感がやばい。
旅で手にした新たな魔法の知識と、魔力をコントロールするという技術。そして、旅の終わりに手に入れた、魔王の魔力。
そこに俺の才能とセンスとちょっぴり努力がプラスされたらどうなっちゃうか。
「いくぞー!」
魔法が発動した瞬間、ドーマイラの景色が掻き消える。
そしてそれも一瞬のことで、次の瞬間には……牧歌的な景色が広がっていたのである。
「……まさか、本当に完成させてしまうなんてね。流石シエル、と言った所かしら?」
「遺跡の魔法と同じものか」
「いや、違うよ?同じだったら移動できる場所を予め決めとかなきゃいけないからな。これは瞬間移動の古代遺跡にあったゲートの魔法を俺が独自に組み直して作った……そうだな、『復刻版・瞬間移動古代魔法・ポータブル』ってかんじだな!」
そう。魔力を取り戻した俺には、向かうところ敵なし。
古代魔法だって簡単にアレンジ。
そして発動だってお茶の子さいさい。
制御も完璧!瞬間移動したって『いしのなかにいる』なんてことには絶対させない!
……我ながら完璧である。うっとり。
ということで俺達が『魔王が死んだ記念&俺が魔力を取り戻した記念』の祝杯を挙げる場所に選んだのは、ネビルム村である。
ここなら村人たちは俺に協力的だし、アイトリアも近いし、ひっそりしてるし、飯が美味い。
朝早くの訪問にしたって、村の入り口近くの畑を耕していた村人Aさんは俺達を見て歓迎……。
「ぎゃーっ!血まみれっ!おいおいおいおい!救世主様!ヴェルクト!なんであんたたちそんなに血まみれなんだーっ!」
……村人Aの騒ぎっぷりに寄ってきた村人たちは、俺達の恰好を見るや否や、きゃーきゃー騒ぎ始めた。
「……そういえば、死にかけてから身を清めもせずに来たな」
俺が被ってるのは魔王の首刎ねた時の返り血とヴェルクトが俺を庇った時の血ぐらいなんだけど、ヴェルクトはがっつりぶっ壊れた鎧に穴が開いた魔力布の服、そしてそれらがおびただしい量の血でぐっしょりと赤く染まっている……っていう状態だもんだから、まあ、物騒な見た目してるよね。
ディアーネも死にかけてたはずなんだけど、器用にも体や服に付いた血だけ燃やして灰にして払う、って事をやってたらしく、ディアーネ1人だけ綺麗な恰好してる。ずるい。
「お騒がせしてごめんね」
何時までも血まみれでいる訳にもいかないので、水魔法で巨大な水玉を作って、俺とヴェルクトの体を通過させていく。
その時に水玉に血を全て移して俺達の体を綺麗にしたら、水と血は火魔法で消し飛ばした。
すっかり綺麗になったところで、俺達はルウィナちゃんのいるであろうヴェルクトの家へ向かうのであった。
「お兄ちゃん、おかえりなさい!」
ヴェルクトの家に近づいたところで、急に扉が開き、中からルウィナちゃんが飛び出してきた。
「ああ、ただいま」
少々驚きつつもヴェルクトがルウィナちゃんを受け止めると、ルウィナちゃんは嬉しそうに笑う。
「さっき、空の精霊様が教えて下さったの。お兄ちゃんたちが魔王を倒した、って!」
あらら、成程。そっか、魔王の封印にはアイトリウスだけじゃなくて精霊だって助力してたんだから、封印が解けたり中に居た魔王が死んだり、魔王が居た空間が壊れたりしたら精霊には分かるんだな。
……或いは、ディアーネに憑いてる火の精霊が精霊ネットワークで実況してたか。うん、後者のような気もする。
ってことは、ルウィナちゃんだけじゃなくてウルカにも地の精霊から連絡が行ってそうね。なら安心。ウルカへの連絡は後回しにさせてもらおっと。
「シエルさん、ディアーネさん、いらっしゃいませ!ゆっくりしていってくださいね!」
「ん。じゃあお言葉に甘えて!」
俺達はルウィナちゃんに招き入れられて、お宅へお邪魔することにした。
それからルウィナちゃんとヴェルクトがご飯の支度をしてくれてる間に、俺とディアーネが買い出しに出かけた。
具体的には、食材と、酒。
清く正しいネビルム村には、あんまりお酒が無かったのである。
ごくごく素朴な果実酒とか、蜂蜜酒とか、そういう類のものがご家庭ごとにちょこっとずつあるかな、ってなもんで、つまり、下戸のヴェルクトと未成年のルウィナちゃんしか住んでいなかったこのお家に酒なんてある訳が無かったのだ。
どーせ俺はそんなに飲まないし、ディアーネだって祝杯の後すぐ休む事を考えればそんなにいっぱいは飲まないはず。ヴェルクトは言わずもがな。
……となると、やっぱり質にこだわりたくなってくる。
なので、まずは食材(ネビルムには野菜がいっぱいあるけど、嗜好品の類はあんまり無いのだ)を買いに、ヴェルメルサのフィロマリリアへ。
流石、世界一の貿易港がある国の帝都だ。まー、良いものが揃ってる揃ってる。
そこでお菓子の類をいくつかと、ハムとかベーコンとかの加工品、そしてお酒とお酒じゃないジュースを少々。
酒はエルスロアの奴が安定して美味い気がするからそれと、アマツカゼの奴が入ってたので誘惑に負けてそれも買った。ラベルに墨と筆で堂々と『魔王』って書いてある奴。ディアーネが何とも言えない笑顔してたけど気にしなーい。
ジュースに関しては、陽光花のシロップと、火花の実のジュースと、氷楓の蜜を購入。それぞれ水で割ったりして飲むものだね。これならヴェルクトとルウィナちゃんも楽しめるだろう。うん。
ネビルムに戻ると、既にヴェルクトの家から美味しそうな匂いが漂っていた。
早速買ってきたものを広げつつ、ヴェルクトとルウィナちゃんがご飯兼おつまみを作ってくれるのを待つ。
鍋ではネビルムで育った美味しい根菜とヴェルクトがさっさと獲って来たらしい若葉鳥とがじっくり蒸し焼きにされており、その隣では買ってきたベーコンが焼かれてパチパチと脂を爆ぜさせている。
ネビルムの世界一美味いパンにナイフが入れられる。
これは適宜軽く炙り、そこにやはり炙ってとろけさせたチーズやお肉なんかを乗っけて食べるのだ。
そうして食欲がピークに達したところで、俺達の慎ましやかな祝賀会は開会した。
「はい、それじゃあ、今まで誰も成し得なかった魔王殺しを達成したことと、俺の魔力が戻った事を祝してかんぱーい」
それぞれアルコールだのノンアルコールだのが入ったグラスを軽く打ち合わせてから、それぞれ勝手に飲み食いし始める。
若葉鳥の蒸し焼きの濃い旨味に舌鼓を打ち、炙ったパンにとろけたチーズとカリカリのベーコンを乗せて齧り付き、やっぱりネビルムのパンは世界一だと再確認し、『魔王』のその名に違わぬ重厚な味わいと強烈なアルコールに『これは後で飲むことにしよう』と全員で協定を結んだり。
そんなこんなでひたすら食べて、飲んで、旅の思い出を語り合う。
「最初シエルに会った時は度肝を抜かれた。魔力を吸われたのも未知の感覚だったし、自分よりずっと小さな子供にあっさり倒されたことにも度肝を抜かれた。それから、死神草だ」
「あー、うん。俺もびっくりした。あんなに死神草が群生してるとこなんてそうそう見られねえし」
「違う、そうじゃない。俺が驚いたのは死神草を抜いて死なないどころか、そのまま何十本も死神草を抜き続けたところだ。……とにかく、出会いが衝撃的だったな」
あ、そういや、もう俺ってば死神草抜いたら死んじゃうのか。
気を付けないとなあ。……うーん、そう考えるとかなり勿体ないことした気もする。もっと抜いとけばよかった。いや、もういっそ死神草を死なずに抜く魔法とか作ってやる気でいるけど。
「私との再会も中々刺激的だったんじゃなくって?」
「あー、再開を喜ぶ間もなくドラゴン戦だったもんね」
「しかも火山の中で、だ」
最初に火竜の巣に入った時、あまりの暑さと熱さに疲れ果てた覚えがある。
俺ですらそうなんだから、ヴェルクトの印象や如何に、ってところだな。
「それから人魚を釣ったな」
「あー、釣った釣った」
「えっ、シエルさん、人魚を釣ったんですか?美味しかったですか?」
ルウィナちゃんの無邪気な視線と言葉に、そういや、ヴェルクトも似たようなボケかましてたなあ、なんて思い出す。これも血の成せる業か……。
「エルスロアではアンブレイルを馬鹿にして、オーリスで生贄やって」
「その後リテナでもやったわね。生贄では無かったけれど。ねえシエル?またやる予定はないかしら?」
「んー、いまんとこ無い!」
……そんな具合に、旅を振り返って、杯を重ねていけば、自然と瞼が重くなってくる。
当然だ。魔王と戦ってきた所なんだから。そろそろ休憩したっていいだろう。
というわけで、俺達は片付けもそこそこに、適宜適当に寝床を作って、適当に眠ることにした。
そして、俺達が眠りに落ちるまで、そう時間はかからなかった。
起きたら夕方だった。おはよう。いや、おそよう。
ヴェルクトとディアーネは既に起きていたらしい。ルウィナちゃんを交えて話に花を咲かせていた。
「あら、シエル。起きたのね。具合はどう?」
「うん、ばっちり。夢じゃなかったんだなー、ってかんじ」
一度眠って、目が覚めてみて、改めて、自分に戻った力を実感する。
相変わらずなんだってできる気がするし、実際なんだってできるだろうし。
「じゃ、早速だがアイトリアへ発つぞ。あんまり遅いとアンブレイルに手柄を持ってかれちまうからな」
「そうなんですか?泊まっていかれればいいのに……」
ルウィナちゃんは少々残念そうだが、また泊まりに来るから、という事で許してもらおう。
勇者はひと段落するまで、もうちょっと忙しいのだ。寄り道しておいて何言ってんだ、ってかんじではあるが。
一時の別れとはいえ、別れを惜しむルウィナちゃんに挨拶してから、俺達はアイトリアへ瞬間移動。
やっぱり魔法が使えるっていいね。うっとり。
アイトリアの城の前まで進めば、自然と門番の目が俺に注がれる。
「シエルアーク殿下!お帰りでしたか!」
「ああ。父上にご報告がある」
そう言えば、門番達はどうぞどうぞ、と、俺達を城の中へ通してくれた。
そのまま勝手知ったる我が城、という具合に城の中を進み、メイド達や兵士達に挨拶されて挨拶しつつ、俺は玉座の間へ入った。
謁見の時間も終わった頃だったので、中に居た親父は大層驚いた様子だったが、俺の姿を認めるや否や、驚きを喜びへと変貌させた。
「おお!シエルアークよ、戻ったか!」
「シエルアーク・レイ・アイトリウス。この度は女神様の神託を無事成し遂げ、ここに帰還致しました」
玉座の上の親父に近づいて、魔法の鞄から魔法の袋を取り出し……中から、魔王の首を獲りだした。
「この通り、魔王を討伐して参りました」
グロ注意、って言ってあげなかった俺も悪いけど、気絶した親父は王としてどうかと思う。
気絶した親父に回復魔法かけて気絶から戻して、魔王の首は片付けて、やっと親父が話せる状態になった。
全く、俺の親父にしちゃ気が小さすぎるんだよ。
「そ、そうか、まさか、魔王を倒してくるとは。大義であった。……が、いや、しかし、シエルアークよ。勇者として女神様がお選びになったのはアンブレイルだったのではなかったのか?」
そして、親父はそんなことを言いつつ首を捻っている。
ま、当然っちゃ当然。
……さて、ここからが本番だ。
「そのことですが、父上。私にも分かりかねるところが多々ございまして。……つきましては、兄上にお会いしとうございます。父上、兄上がどこへ居られるかご存知ですか?」
「いや、アンブレイルがどこを旅しておるのかは知らぬのだ。この間、エーヴィリトへ向かった事は聞き及んでいるが……」
よし。とっても好都合!
「ならば父上、各国へ書状の手配を。『魔王は討伐されました』。兄上に帰還のご命令をお願いします」
「うむ、分かった。では早速手配しようではないか」
親父は混乱したまま、手近な文官に言づけて、さっき俺が言った内容をそのまま書状にして各国へ出す手配を行った。
……つまり。
世界各国に、『アンブレイル以外の『勇者』が魔王を倒した』という事実を広めることになるのだ。




