120話
未知の術式が発動する。
悪魔と、エルフとドワーフと、妖精と妖怪と精霊と、そして人間の力の結晶であるこの『魔王から力ぶんどる装置』が魔術を展開して、俺の内側と魔王の内側をがっちりと結んだ。
「なっ、何だ、これは!」
流石の魔王も、魔力自体をどうこうする魔法をこういう風に使われたことは無いらしい。
ベースになった禁呪は知ってるかもしれないけど、対する俺は世界に1つ、唯一無二の『魔力無しで生きてる生物』である。
未知の要素が加わったらそりゃ、魔王だって咄嗟に対応できないだろう。
俺と魔王とを繋いだ魔法をどうこうできないまま、遂に魔法が動き出す。
一滴、失われていた血が戻ってきたような感覚。
7年ぶりの感覚に、体がざわめく。
待ち望んだ感覚への期待に肌が粟立つ!
「貴様っ、まさかっ……いや、そんなはずは!こんな術が存在する訳が!」
そして、最初の一滴が体に沁み渡ると、堰を切ったように、魔力が流れ込んでくる。
溢れる活力が体中を満たし、今まで俺が失っていたものがどれほど大きなものだったかを実感する。
魔力が興奮と共に俺の体を駆け巡り、俺の体に馴染んでいく。
……やっと、戻ってきた。
「く、させるものか!我が魔力、貴様ら人間如きにくれてやるほど安くはないぞ!」
そこへ魔王の爪が繰り出されるが、ヴェルクトが斬り飛ばし、ディアーネが燃やす。
魔法が複数降り注げば、ディアーネがいくつかを炎で相殺させ、いくつかをヴェルクトが弾き、或いはその身で受ける。
零れて俺にぶつかった光の魔法に、肌が焼かれるような感覚を味わう。
いや、実際、肌は光線によって焼け焦げていた。
魔法が俺に作用している。
久しく失われた感覚だった。最早、肌が焼け焦げた痛みすら愛おしい。
「ならば、これでどうだ!」
今まで俺だけを狙っていた攻撃が、一気にヴェルクトに集中する。
ヴェルクトが俺を見たので、自信を持って見つめ返す。
一瞬の視線の交錯の後、魔王の尾が魔法銀の短剣に切り裂かれ、魔王の魔法が無属性魔法の壁にぶち当たって力なく消え果て……魔王の爪が鎧ごと、ヴェルクトの胸を貫いた。
それでも尚、曇り空のようなブルーグレイの瞳は光を失わず、口元は笑みの形に弧を描く。
「ヴェルクト!」
ディアーネの悲鳴のような声が響く中、俺の騎士は笑みに歪めた口から血を吐き、その場に倒れた。
「どうだ、人間!貴様の仲間は死ぬぞ!仲間を見殺しにしてでも、貴様は過ぎた力を望むというのか!?」
魔王の声が焦りと恐怖と愉悦に震えながら、俺に問いかける。
が、俺は答えない。
「今なら貴様の仲間の命は助けてやってもいいぞ」
が、俺は答えない。
「人間の割に貴様は見どころがありそうだ。この世界を我が手に収めた暁には、貴様を領主に迎えてやっても良いぞ」
が、俺は答えない。
答える余裕があったら、その分を魔術につぎ込む。
今や、魔道具の魔法は、魔道具によって発動しているのではない。
『俺の魔力によって発動しているのだ』。
俺が、俺の魔力で、俺の技術で、制御している。
魔王の腹部を抉って埋め込んだような格好になっている左の拳に……『魔力を根こそぎ奪う魔法』に、俺は俺の持ちうる全ての集中力を捧げていた。
「女の方はどうだ?命が惜しくはないか?」
続いて、ディアーネに魔王の攻撃が集中する。
ディアーネは黙って魔王の爪に貫かれる。
その途端、魔王を包む炎はその激しさを増した。魔王を包み、焼き焦がし、しかし俺を焼く事は無く、激しく激しく燃え上がる。
まるでディアーネの命を燃やしているかのように。
「おのれ、火の精霊め!目障りな!」
激しい炎は魔王にあまりダメージを与えはしなかった。しかし、確実に目くらましにはなったし、そもそも魔王は『自分に魔法が効きにくくなっている』ということに気付いていない。
俺はその時間、魔法を完成させるべく、ただただ集中する。
「人間よ、身に余る力はその身を滅ぼす!貴様の身は、必ずや」
そして、魔法が完成した。
完成した魔法は、俺を完全にする。
俺の中で魔力が生み出され、蓄えられていくのが分かる。
輸血だけで生きていた体に、心臓の鼓動が戻ってきた感覚。
そう。『俺の中で魔力が脈打っている』。
感無量。もう、感無量である。
俺はこれのためにここまでやってきたのだ。
7年間閉じ込められて。
苦労したりしなかったりしながら旅をして。
こっちは割とちゃんと苦労したりしながら『魔王の魔力ぶんどる装置』の材料を集めて。
ああ、長かった。長かったけれどここまで来たのだ。
今の俺はなんだってできる気がする。実際、なんだってできるだろう。できないわけが無い。だって俺である。しかも、ただの俺では無く、魔力を取り戻し……いや、取り戻すどころか、元々持っていたよりずっと膨大な量の魔力を生み出す能力を得たのだ。もう、なんだってできる。できない方がおかしい!
ということで、俺は魔法を使う。
「巡りしものよ、君が名は命。空より出でて空へ還りし命よ、再び巡り、在るべき場所へ!」
無属性の魔法。俺が7年前に作った魔法だ。
神殿の中がふわり、と明るくなり、倒れた仲間に紺色の光が降り注ぐ。
紺色はやがて橙へ変わり、ミントグリーンを経て青色へ変わり、そして金色になって……一日を逆行して、再び朝を告げる。
「……お前の7年ぶりの魔法を見損なったのは、少し悔しいな」
「その7年ぶりの魔法を体験できたんだから文句言うなよ」
ヴェルクトが苦笑しながら起き上がる。
「……シエル、貴方があと少し遅かったら私、火の精霊に精霊の国へ連れていかれてしまう所だったのよ?」
「間に合ったんだから文句言うなよ」
ディアーネが悪戯めいた笑みを浮かべながら起き上がる。
俺の7年ぶりの魔法は、俺がずっと使いたかった魔法だ。
つまり、仲間を回復させる魔法であった。
「お……のれ、人間、め……」
「あ、ちょっと待って。俺、シエルアーク・レイ・アイトリウス。『勇者』シエルアーク・レイ・アイトリウス。人間なんて言わずに折角だから名前で呼んでちょーだい?」
俺の糧になってくれた偉大なる生贄君にずっとさっきから言いたかったことを言って満足。
魔王はもう魔力を生み出す事ができない。
だから、今の魔王は魔王が生み出した魔力の使い残しを使って、辛うじて生きている状態。
つまり、もうすぐ尽きる輸血で生きてる状態ね。
「……貴様、何の、ために、我が封印を……」
「言ったろ?『ディナータイム』だ、って。お前は俺の生贄。食うために封印解いたに決まってんじゃん」
最期の最期まで、煽りに手を抜くことなく魔王をあざけってやれば、魔王はいかにも無念そうな顔をして押し黙った。
「あ、最後にもう1つ。……魔力だけじゃなく、お前の首も貰ってくから、ヨロシク」
魔王は何か言いたげにこちらを睨んでくるけど、全く怖くなーい。
魔法銀の剣を抜いて魔王に近づいて、身体強化の魔法をかけて、それから剣に無属性魔法を纏わせて魔法剣と成して。
「これで魔王と勇者の歴史も終わりだ。じゃあな」
俺は剣を振って、魔王の首を一刀のもとに斬り飛ばした。
「……やったんだな」
「うん!」
「貴方のことだから、失敗するとは思っていなかったけれど。……でも実際に達成されてしまうと、少し憎たらしくもあるわね」
「うん!」
ヴェルクトもディアーネも、完全に死に絶えた魔王の亡骸を見て、感慨深げなため息を吐いた。
けど、一番感慨深いのは俺である。よって、俺より感慨深くなることを禁ずる!……とは言わない。俺はとっても心が広いからね。
「さて、これでやっとスタートラインだな」
「そうね。お姉様たちをどうするか、今から楽しみよ」
「シエルもディアーネも、これからが勝負なんだな」
「おいヴェルクト、なんか他人事だと思って無い?お前だって巻き込まれるぞ?覚悟しとけよ?」
が、これはあくまで過程であって、目的地じゃない。
ディアーネは家督争いがあるし、俺はアンブレイルの処理に奔走する羽目になる。ヴェルクトも俺に巻き込まれる。というか巻き込む!
「……けど、ま、一応、『魔王討伐』の旅は今日で終わりだな」
しかし、今日のこの魔王討伐が、1つの区切りであることに変わりはない。
「長いようで短いようで、濃密な時間だったな。得るものが多くあった」
「ええ。とても楽しかったわ。……寂しくなるわね。2人ともアイトリアにばかりいないで、たまにはクレスタルデへ遊びに来て頂戴ね?」
達成感と一抹の寂寥感に満たされつつ、俺達は魔王の死体を袋詰めして、神殿を出……ない。
最後に、とってこなきゃいけない物がある。
「やっほー」
眠りの地ドーマイラは、もうそこに眠る者が居なくなる。
「骨、拾いに来たよー」
神殿の地下に降りて(俺の魔法があれば一発である!)俺達は再び、勇者アイトリウスの骨と向き合っていた。
もう骸骨の剣士になることも無いそれに祈りを捧げてから、丁寧に袋へ納めていく。
遺品である錆びた剣や古びた鎧も回収して、そして、最後にもうひと仕上げだ。
「それから、魂も、ね」
魔王が封印されていた空間を意識する。
リスタキアの湖の底で見つけた空間魔法を思い出しながら、目の前に確かに存在している空間を、掴む。
そして、空間を捻じ曲げ、歪め、弄り回して……空間に取り付けられていた『錠』を、外した。
『封印の錠はその魂、封印の鎖はその血、封印の楔はその骨、そして封印の対価はその魔力なり』。
封印の楔は、『永久の眠りの骨』。
封印の鎖は、俺達。つまり、連綿と続くアイトリウスの系譜。アイトリウスの血。つまり、アイトリウスの子孫が勇者になる、ってことだ。
そして、封印の錠。
……アイトリウスの魂は、魔王の封印のためにずっとここに縛られ続けている。
彼女だって、もう開放されていいだろう。
空間魔法の一部を壊してやれば、そこから何かが抜け出ていくような感覚があった。
それはしばらくそこらを漂っていたが、やがて、高く昇っていき、きっと空へ吸い込まれていった。
「……さて、ヴェルクト、ディアーネ。これから俺達は帰って、すぐに勇者の凱旋パレード、ってなるわけだけど……『帰るまでが旅』だ」
俺の言葉にヴェルクトはにやりとし、ディアーネは艶やかに笑う。
「帰る前に寄り道して、ちょっと祝杯上げてかない?」
……当然ながら、俺の提案は満場一致で可決された。




