11話
まあ、魔物っつっても、魔力を失って床にへばっているので、驚異のきの字も無い。
さらに、俺の尻の下に敷かれちまえば只の座布団と変わりはない。……あ、座り心地いいな、この魔物。
「で?本物の領主はどこ?」
「い、言うワけがナ」
あまりに座布団がわきまえてないので、ブーツの踵を思い切りねじ込む。
「変身の魔法使ってたんだから、当然、生かしとかなきゃいけないはずだよなー?で?本物の領主はどーこ?」
「グ……村の、墓地ノ地下に……」
墓の下、ね。確かに盲点っちゃ盲点か。墓の下に生きた人間を隠してあるとか、結構いいセンスしてるじゃないの。
「ヴェルクトの妹もそこにいる?」
「あア!ソコに居る!居ルから退いてクれ!」
「えー、やだ。お前ふかふかしてるしぬくいんだもん」
……さて。
この村の異様な状態について一番疑問だったのが、『何のためにわざわざ支配してたの?』ってこと。
金や女が目的なら、もっと簡単で楽な方法はいっぱいあるんだし。
ヴェルクトや他の村人に言う事聞かせて働かせるんだとしても、もうちょっとローコストなやり方があるんじゃないかと思うし。
まさか、支配するために支配した、っつうんでもないだろうしな。
……となれば、この村には他のどこにも無い価値がある、って考えざるを得ない。
そして、それを考えた時に真っ先に思いついたのが……ヴェルクト・クランヴェル。
こいつの魔力だった。
魔力の量はドラゴン並み。魔力の質はあっさりしすぎ。
……特殊すぎる。こんな魔力してたら……俺じゃなくても、欲しがるだろう。
それこそ、精霊でも。
……例えば、アイトリウス王国におわす空の精霊様なんかは、こういう透明で澄み切った魔力が大好きなはずである。
そして、大好きなタイプの魔力を持ったお気に入りの人間がお願いすると、精霊は大喜びでお願いを聞いちゃう。
他の人間だったら試練とか山ほど与える癖に、お気に入りの人間が相手なら話は別らしい。
だから、そのお気に入りの人間が『魔物が嫌なんです』って言ったら、精霊は『そうかそうか、じゃあ君の周りにいる魔物は殲滅してあげようね』ってなる。
……魔物にしてみればたまったもんじゃない。
そんな人間が居たら、人間側の手に渡すわけにはいかない!逆にその人間が魔物の手に落ちれば、その人間に『魔王様復活にご助力を』って精霊へおねだりさせる事もできるからな。
……ちなみに、ここまで話を引っ張っておいてなんだが、多分、その『空の精霊様のお気に入り』は、多分、ヴェルクトじゃない。多分、こいつ……精霊が気に入るにはちょっと……鈍すぎる!魔力とか精霊とかを感知するの、苦手なんだろうね。
それに、これだけの魔力があってさらに空の精霊に気に入られてるなら、もうちょっと魔力を上手に使えるはずだからな。人質取られてたって、こんな魔物に負けるわけが無い。
……うん。多分、親族なら、似た魔力を持ってると思う。
つまり、ヴェルクトの妹、ってのが、『空の精霊様のお気に入り』なんだろうね、っていう。
……結局。
魔物は、ヴェルクトには『村全体』と『妹の命』を盾に取って、金だの労働だのを要求してた。
そして、妹の方には『兄の命』を盾に取って、『空の精霊に魔王完全復活に助力するようにお願いすること』を要求していた。
村人たちも、ヴェルクトも妹も、お互いがお互いを人質に取られているという複雑怪奇な状況の中、魔物を倒す事もできず、しかし要求を飲んだら世界を滅ぼしかねないので……魔物に虐げられつつも、ジリジリと耐久して魔物の隙を突こうと頑張っていたらしい。
そんな中昨日、『兄を殺したくなければ魔王復活に助力しろ、妹を死なせたくなかったらお前が死ね』の2択を突きつけられてあわや、という所で俺が来たから解決できた、と。
……ま、俺が来るまで耐久してたんだからこの村褒めてやってもいいんじゃないの、と思う。
「んじゃ、墓の下、行ってみるか」
さて、魔物はふかふかぬくぬくで座り心地がいいんだが、いつまでもここに座ってるわけにはいかない。
よいしょ、と立ち上がりつつ、魔物をひっつかんで持ち上げる。情報がガセだったら困るから、ちゃんと連れて歩かなきゃね。
という事で、村の共同墓地にやってきた。共同墓地だから+2アクション。いや、何でもない。
「こコだ、石を退けたら入り口ガある!」
ふかふか魔物の言葉に従ってフェイクらしい墓石を蹴り倒すと、下に階段が現れた。おお、王道なかんじ。
中を覗き込むと、冷たい空気が頬を撫でていく。先は良く見えない。
「案外、広いんだな」
「古くは戦火から逃れる際の避難所があったと聞いた事がある」
ああ、防空壕みたいなもんか。てっきりこのふかふか魔物が村人に内緒にしながら頑張って1匹で掘ったのかと思ったら、単純に資源の有効利用だったらしい。
「じゃ、下りてみるぞ」
古い石の階段を1段1段下りていく度に空気が冷たくなっていくのが分かる。
ランプで先を照らしながら歩いて行くと、遂に階段の一番下までたどり着いた。
「……誰?」
すると、奥の方から可憐な声が聞こえた。
そちらへ向かっていくと、そこには……美少女と1人のオッサンが居た。
成程。俺が空の精霊だったら、確かに、この少女を気に入るだろう。それこそ、ヴェルクトなんぞ目に入らない勢いで。
……魔力はそんなに多くない。けれど、その質が……すごい。
極限まで澄みわたって、清らかで。それは水のようでも風のようでもあり、暖かくもあり、冷たくもあり。すっきりしていて、あっさりしていて、しかしそれだけでなく、ほんのり甘い。……うん。気に入られるわけだ。
それに、この容姿。
ヴェルクトも美形は美形だが、この美少女はそれを凌駕する美形だった。
空からしとしとと降り注ぐ雨を思わせる、いかにも柔らかそうな銀髪。
薄く曇った空のような優しいブルーグレイの瞳。
……まるで、雨の妖精のようである。うん、俺、この子が妖精のチェンジリングだって言われても信じる……。
「お兄ちゃん……?」
「ルウィナ、無事か」
「お兄ちゃんっ!」
雨の妖精改めルウィナちゃんは、ヴェルクトに飛びついて……わんわん泣き始めた。
ヴェルクトもしっかりとルウィナちゃんを抱きしめてやっている。うんうん、良かったね。
……さて、兄妹水入らずを邪魔するのも無粋なので、俺はこっちの忘れ去られたオッサンもとい本物の領主と話をしよう。
「ネビルムの領主殿、だな」
「ええ、いかにも私が領主です。……しかし、これは、どういうことでしょう?もしや、村の魔物を、あなたが……?」
「これを見てもらえれば話は早いかと」
領主の目の前にぐったりしたふかふか魔物を掲げてやれば、領主は目と口をかっ開いた。
「ひええ」
あ、大丈夫です。
「生命活動をギリギリで行えるレベルまで魔力を失わせてあるから恐れる必要は無いぞ」
だからこんなことしても大丈夫、という事で、ふかふか魔物を引っ張ったり揉んだりしてもみくちゃにして見せた。
魔物が形を変えるごとに、領主は「ひええ」と情けない悲鳴を上げた。俺は存分に魔物のふかふか加減を楽しんだ。
それから今までのいきさつを簡単に説明すると、領主はすっかり俺をありがたがるようになっていた。
ははは、気分がいい。
「……で、だ。領主殿。……この村の結界はどうした?」
一番聞きたかったのはこれだった。
だって、この村、ニセ領主に働かされてた警邏の兵は居たけど、それ以外……どこの村にもあるような魔よけの結界が無かったのだ。
痕跡はあるから、魔物に壊されたんだろうと思ったんだが。
「随分前に陣が壊れたきりでして。ええと……私の2代前の時に」
ひえええええ!
「い、今まで魔物は!?」
「村人総出で追い払っておりました。最近は、あちらの若者……ヴェルクト・クランヴェルが、村に忍び寄る魔物を片っ端から殴り飛ばしてくれますので、随分楽になって」
ひえええええ!
「王都に結界の再構築の要請は?」
「出しましたが、幾分、あちらも忙しいようで……」
……し、信じられねえ……。色々、信じられねえ……。よくもまあ、こんな状態で生活してたな、この村っ!
ま、まあ、いいけど。結界の魔法陣を直すだけなら魔力もいらないし、そのぐらいなら朝飯前だから、むしろ、この村に恩着せられるって意味では俺にとってすごく好都合だけど!
「なら、領主殿。話は早い。俺が結界を直す。その代わりと言ってはなんだが、ヴェルクト・クランヴェルを旅に同行させたい」
俺がヴェルクトに出した条件が、これだった。
『俺の魔王討伐の旅に付いてくること』。
こいつの魔力は膨大だ。それこそ、俺がちょっと生命維持に必要な分を分けてもらっても平気なぐらいに。
それに、樹の上から音もたてずに俺に襲い掛かった手腕、今まで村を魔物から守っていたという実力。……戦闘員としても、十分だろう。農作業と狩猟とで鍛えられたらしい体はそこそこ逞しいし、ガキ同然の体の俺よりは運動能力も高そうだ。
……愚直な性格の堅物みたいだし、俺に恩を感じてもいるらしい。なら……こいつは裏切らないだろう。きっと。
自分の話題が出た事に気付いたのか、ルウィナちゃんから離れてヴェルクトがこっちに来た。
「それは……私は、結界を直して頂けるなら、構いませんが……ヴェルクト、お前の意思はどうなのだね?」
「同行します。この方は村を救ってくれました。この方が大義を果たす手伝いをすることで、俺は恩を返したい」
「そうか。なら、村の皆を代表して、しっかりこの方に恩を返しておくれ。ルウィナちゃんの面倒は村で見るから安心しなさい」
ヴェルクトと領主の間では話がついたらしい。
……あとは、こっちか。
「お兄ちゃん、居なくなっちゃうの……?」
不安げな顔で、ルウィナちゃんがこちらを見ていた。
「……すぐ、帰ってくる」
「……本当に?」
「ああ」
ルウィナちゃんが複雑そうな顔で俺を見ている。
俺は彼女にとって恩人であるが、お兄ちゃんを連れ去る奴でもあるからな。
うん、別に恨まれても仕方ないとは思うよ。
……が、俺の予想とは裏腹に、ルウィナちゃんは少し考えて、自分を納得させるように数度、頷いて……俺の方へやってきた。
「あの。私、ルウィナ・クランヴェルです。助けてくれて、ありがとうございました」
そして、ぺこり、とお辞儀をしてから……しっかり、俺を見て、続けた。
「お兄ちゃんを、よろしくお願いします」
「……クそ、こう、ナったら……せメて、空の……だけデも……!」
突如、空気が魔力で歪んだ。
見れば、例のふかふか魔物の魔力が歪んでいた。
俺は真っ直ぐ、魔物に向かって突っ込んだ。
魔物は、真っ直ぐ、魔力を放った。
放たれた魔力は俺を『すり抜けて』ルウィナを目指し……。
「ルウィナ!」
庇ったヴェルクトの胸に当たって、吸い込まれた。
「……ム、無念……」
魔物は自分の命を投げ捨てて、生命維持ギリギリだった魔力を呪いにつぎ込んだらしかった。
くそ、ミスった!すぐに殺しときゃあ……ああもう、後の祭りか!
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
「悪い!ちょっと退いて!」
倒れて苦しみにのたうち回るヴェルクトに縋りつくルウィナちゃんに退いてもらって、すぐにヴェルクトの様子を見る。
……魔力の目で見てみれば、胸に当たった魔力は宿り木のように潜り、根を伸ばし、ヴェルクトの心臓へと届いているらしかった。
こりゃ苦しい訳だ。心臓を呪いで締め上げられてるんだから!
「お願い、お兄ちゃんを助けて!」
「分かってる!よろしくお願いされたんだ、死なせやしないっつの!領主殿!ルウィナちゃん!おもいっきり、ヴェルクトを押さえつけててくれ!」
言われるままにヴェルクトの手足を押さえつけ始めた2人から意識を離して、俺は視界を切り替える。
……よく見ろ。目を凝らせ。ヴェルクト本人の魔力と、呪いの魔力の境目を、見極めろ。
相手は魔力だ。なら、俺に何とかできない訳がない!
腰から魔法銀の短剣を抜いて、ヴェルクトのシャツを切り開く。
そして、胸のジャスト、その部分に……刃を突き立てた。
刃で傷口をこじ開けて、さらに、そこに指を突っ込む。
あああ、もう、大丈夫な訳ない。
ルウィナちゃんは泣いてるし、ヴェルクトは絶叫しっぱなしだし、領主はオロオロしてるし! 俺もオロオロしてたいッ!
……突っ込んだ指で探れば、指先が呪いの魔力に触れた。
そしてその瞬間、俺はいっきにそれを吸い込む。
真っ直ぐ、勢いよく吸い込むのが、綺麗に抜き取るコツだ。
「……俺、は、生きてる、か……?」
「おう。生きてる生きてる」
極度の集中からか、無事に終わった安堵感からか、なんか頭がぼーっとする。
……果たして、ヴェルクトの解呪(物理)は上手くいった。
呪いとして働いていた魔物の魔力を残さないようにきっちり吸収してやったから、ヴェルクトの呪いは解けた。
短剣でこじ開けちゃった傷口は、ルウィナちゃんが治している。簡単な回復魔法なら使えるんだってさ。
……とりあえず、魔力の補給をしたいんだが……今ヴェルクトから吸う程鬼じゃないんで、しょうがない、魔石の装飾品の魔力で賄っとこう……。




