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118話

 案の定、夢を見た。

 夢を見ると思って夢を見た上、夢を夢だと夢の中で自覚できる俺はやはり流石としか言いようがないな!

 ……何もない空間にシャボン玉がいくつか浮かんでいる。

 その内の1つが不意に割れたかと思うと、シャボン玉の中に閉じ込められていたらしい宇宙が溢れ出てきた。

 咄嗟に俺は近くのシャボン玉の中に入ると、シャボン玉の外側はどんどん暗くなっていき……やがて、輝くシャボン玉の星が浮かぶ宇宙へと変わってしまう。

 俺はシャボン玉の内側から空を流れる流星を眺め、星同士の衝突を眺め、ぼんやり宇宙を漂う。

 煌めく宇宙はとても美しく、危険ではあるがそれに勝る魅力を持っていた。

 さっきの、シャボン玉に閉じ込められていた状態でもうちょっと観察しておきたかったな、と思わされるぐらいには。

 ……そんなかんじの随分メルヘンで可愛い夢だったが、悪い夢じゃなかったと思う。いきなりシャボン玉の中身が出てきたときはちょっと焦ったけど、総じてメルヘンで綺麗だったし、ふわふわしててなんか心地よかったし。

 ただ、ずっと夢を見ている訳にもいかないので、ぱちん、と、シャボン玉を割った。

 途端、流れ込む宇宙に俺は押し流され。




 そんなこんなで俺は起きた。おはよう。

 そこそこさわやかな目覚めの後、まだ寝ているディアーネとヴェルクトを起こさないように身支度を整えたら、ちょっぴりお散歩に出る事にする。

 もうそろそろ昼飯時になる。その頃には戻ってこよう。


 何のために町へ繰り出したかというと、魔王と戦うにあたっての道具の購入のためである。

 具体的には、薬の類ね。

 なんといっても、俺は回復魔法が効かない体である。回復薬は買い込んでおくに限るね。

 それから目くらまし用の魔石を少々と、小道具少々。

 買い物が終わったら、鳥文を出す。

 行き先はエーヴィリトの光の塔のクルガ・シュトラリア女史に一通、同じく光の塔のシャーテに一通、そして、エーヴィリト王都リューエンの王城におわす『シャーテ・リリト・エーヴィリト殿下』に一通。

 わざわざ3通も出すのは万が一の事を考えて、だな。

 一応、前者2通は『シエル』から、王城へのは『アイトリウス王国のシエルアーク・レイ・アイトリウス』から出した。

 内容は当然、『ちょっくら魔王殺してきまーす』ってなもんである。もうちょっとぼかして書いたけど。

 エルスロアからの鳥文なら、そう時間はかからずに届く。今日の夜にはシャーテは手紙を読むはずだ。

 実際にシャーテが動く事になるのは俺が魔王を倒した後、アイトリウスが落ち着いてからだから、ま、そんなに慌てることでも無いけどね。

 ……しかし、『勇者』が今夜、決まるのだ。

 俺が魔王を殺した暁には、世界が動くだろう。

 その時を思うと、とってもわくわくしてくるな。

 俺、波風立たせてそこを華麗にサーフィンするのが好きなタイプ。


 それから昼飯時までまだ時間があったので、フェイバランドの職人たちが仲良くわっしょいわっしょい仕事をしているのを眺めて街をぶらぶらして、それから宿に戻った。




「決戦前とは思えないな」

「そうね。あまり実感が無いわ」

 戻ったらヴェルクトとディアーネも起きてたので、揃って食事を摂る。

 昼食自体は鹿肉の煮込みとバゲット、という特に特別でも無い食事だが、今日は特別って事でデザートにメレンゲパイ付けちゃう。サクサクふわふわのメレンゲに甘酸っぱい黄玉檸檬のクリームがたっぷりなメレンゲパイは中々の美味。

 しかし、美味しいパイの軽い口当たりがどうにも、決戦直前、ってかんじに似つかわしく無くはある。

「おいおい、大丈夫かお前ら。あんましふわふわしてっと死ぬぞー」

「貴方こそね、シエル。顔が緩んでいてよ?」

 ディアーネの呆れたような視線が飛んでくるが、しょうがないじゃない。だってメレンゲパイ美味しいんだもん。

「シエル、一応聞いておくが、作戦などはあるのか」

「無い!」

 ヴェルクトの素朴な質問にシンプルな回答を提供すると、何とも言えない顔をされてしまった。

「……それでいいのか」

「だってわかんねーもん。魔王と戦った事無いし。強いて言うなら、今回はとどめが絶対に俺だから、2人はそのための隙づくりに徹してくれ、ってぐらい?あと、自分の身は自分で守れよ、って事で」

 今から作戦を立てようにも、魔王がどういう奴なのかもまだ分かっていないのだ。戦略の立てようが無い。

 せめて、ウルカ作の『魔王の魔力ぶんどる装置』の完成を待ってから作戦を立てたいもんである。

「いいんじゃないかしら?私も貴方も、全力を尽くしてシエルをサポートするだけよ、ヴェルクト。とってもシンプルで簡単な事じゃなくって?」

 一方、ディアーネは戦いに臨むにあたって、余裕があるらしかった。

 自信に裏付けされた笑顔で微笑むお嬢様は、魔王と対峙したってこの余裕を崩しやしないんだろうね。

「まあ、出たとこ勝負は今に始まった事でも無いしな……」

 ヴェルクトはため息を吐きつつ、腰のベルトに固定された短剣に触れている。うんうん、お前は俺の騎士、つまり俺の部下なんだからな。期待以上の働きをしてくれなきゃ困るぜ。


「大体、魔王殺したってゴールじゃねえぞ」

「そうね。シエルは魔力を手にすることでアイトリウスを。私は名声を手にすることでクレスタルデを手に入れる。そのための魔王討伐だもの。ここで立ち止まる訳にはいかないわ」

 それに、魔王はゴールじゃない。

 あくまでも俺達がそれぞれの目的を達成するための手段なのだ。

 俺達の真の戦いはその先にある。

 俺はアンブレイルを叩きのめして、アイトリウスを手に入れる。

 ディアーネは3人の姉を超えて、クレスタルデを手に入れる。

 ヴェルクトは……俺の騎士だから、俺が王になったらアンブレイルの近衛よりも位が上になる。そこら辺のやっかみだのなんだのを跳ね返して俺の背中を守る権利を手に入れてもらわなきゃいけない。

 ま、俺達3人とも大変な事になるのは間違いない。

 そして更に、その先には間違いなく、『偽りの勇者』の存在の露見によって混乱する世界や、その先のエーヴィリトの内乱、更には俺とディアーネが義理の兄弟になるかどうかのてんやわんやが待っている。

 ……そんなにめんどくさそうでとっても楽しそうなあれやこれやが待ってるのに、魔王程度で立ち止まってる訳にはいかないのだ。

「大丈夫だ。楽しいコトやる前に俺がくたばるわけが無い。それに、たとえ女神様の加護が無くったって、この俺の加護がついてるんだぜ?負ける気がしないだろ?」

 そう胸を張って言えば、ディアーネはくすくす笑いながら、ヴェルクトは呆れたような笑みを浮かべながら、それぞれ肯定してみせた。

 うん。俺だって負ける気がしない。俺にも頼れる仲間の加護がついてる。




 それから夕方まではそれぞれの武器の手入れをしたり、荷物の最終チェックを行ったり、昼寝したりして過ごして、そして、ウルカの言っていた期限……丁度街の端に夕陽が沈む頃、俺達はウルカの店へ再び訪れたのである。


「できたー?」

「ああ、できたぞ!」

 ちょっぴり恐る恐る店のドアを開けると、そこには達成感でいっぱいの笑みを浮かべたウルカと、机の上に乗った……小手のような鎧のような、不思議な道具が目に入った。

「最高の出来だ。流石、悪魔の術式と言ったところだな!」

「それと職人さんの腕も、ね。……ええと、使用上の注意事項は?」

 小手だか鎧だか分からないそれは、なんというか……二の腕どころか肩も通り越して、左胸を覆う手袋、のような。そういう形状をしているから、まあ、左手に装着するんだろうな、って事は分かるんだけど。

「使い方は単純だ。これを嵌めた手で魔力を吸えばいい。ただし、相手の魔力を根こそぎ吸収する訳だから、時間はそれなりに掛かるぞ。吸っている途中で下手に止まったらシエルアーク自身にも影響が出かねない。だから魔王を半殺しにして拘束してから使うといいぞ」

「おおーう中々無茶言うね、やるけど!」

 つまり、これはあくまでとどめの一撃。とどめ一歩手前までは至極真っ当に戦わなきゃいけない、ってことだよな。

 ま、そこは俺の優秀な仲間たちに期待、って事で。


「……行くんだな」

「おう。ちょっくら魔王伸してくる。あ、その後多分、世界が結構動くから。外国から鉱石とか輸入しておきたいんだったら早いうちにやっとけ。特にエーヴィリト」

「エーヴィリト?まあ、分かった。シエルアークが何をするつもりかは知らないが……光関係の魔石は早めに入手しておこう。またお前の剣を作ってやりたいと思っていたんだ。もう中々の業物を持っているようだが、何本あったっていいだろうし……材料を仕入れて待っているからな。『魔王を倒したら』顔を出しに来てくれ」

 ウルカはそう言って笑いつつ、『魔王の魔力ぶんどる装置』を手渡してくれた。

「ああ。また変な道具も作ってもらいたいものいくつか思いついちゃったし……すぐに顔を出すよ」

 さらりと、魔王と戦って勝って再会する約束なんぞ取り付けつつ、挨拶もそこそこに俺達はウルカの店を出た。

 目指すは眠りの地ドーマイラ。

 魔王が封印され、勇者アイトリウスが永久の眠りにつき、そして、魔王もこれから永久の眠りにつく。そんな場所である。




 ドーマイラ到着は月が高く昇る頃になった。

「……昨日よりも魔の気配が濃いな」

「そりゃー、魔王の封印がガンガン解けてるはずだからね」

 魔王封印の楔である『永久の眠りの骨』を一部とはいえ持って行っちゃったのだ。ジッ○ロックの口が開くスピードは一気に増し、そこから垂れ流される鶏むね肉の肉汁もまた、増大して当然だね。


 神殿の中に入ると、魔王の気配はより濃くなった。

「封印が解け切っていない状態でこれだけの魔力を感じるのだもの。……戦うのが楽しみね」

 ディアーネはその瞳をギラギラと輝かせながら嗜虐的な笑みを浮かべ、魔王封印の結晶を見つめている。

 祭壇の上の結晶に触れればと、その内側を荒れ狂う魔力の様子が伝わってくる。

 中に入っているのはとっておきの魔力。正に上玉である。さーて、一体どんなカワイコちゃんが入ってるんだか、とっても楽しみだな!

「地下へ行って封印を解くんじゃないのか」

「うん。わざわざ地下まで行かなくたって、封印を構成してる魔力吸って破壊すれば普通に魔王は出てくるはずだし」

 ……それに、アイトリウスの骨や魔力や、魂。そういったものを破壊して封印を解きたくはないな、と思うのだ。

 魔王を倒したら、ちゃんと墓を作ってやろう。残りの『永久の眠りの骨』はアイトリアの城の墓地の……そうだな、アルカセラスの墓にでも入れさせてもらおうかな。

 きっと、何も入っていないまま崇拝され続けてきたアイトリウス自身の墓には入りたくないだろうから。


「じゃ、準備はオーケイ?」

 笑顔で2人に確認すると、2人とも武器を構え、確かに笑って頷いた。


 俺は魔王の封印を破壊した。


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