116話
ヴェルクトとディアーネに、さっきの生命の樹の空間でのことをざっと話すと、不思議そうな顔をされた。
「ねえシエル。もし貴方が出会ったのが本当に勇者アイトリウス……何らかの形で勇者アイトリウスの意思をもつ何かだったとして、何故、アイトリウスはそんなところに居たのかしら?」
ディアーネの疑問は尤もだ。
ドーマイラがアイトリウスの墓だっつうことはなんとなく分かってるけど、生命の樹の空間とドーマイラがつながったのは偶然……だと思う。ロドール老も、先代エルスロア王も、別にドーマイラから生命の樹の空間に行ったわけじゃなさそうだし。
……だが、偶然だ、と言い切れない要素も、無い訳じゃない。
「アイトリウスは空間魔法を使えたはずだからなー、空間弄って俺に会いに来たのかも」
魔王を封印するための空間を作ったのはアイトリウスのはず。ということは、アイトリウスは空間を作ったり弄ったりする魔法を使えた、って訳で、生命の樹の空間に意思を残してみたりとか、生命の樹の空間をドーマイラと繋げたりとか、そういうこともできなくはないのかもしれない。
アイトリウスはその化け物級の強さから国を追われたほどの強さをもつ人間だった。
空間をバシバシ弄り回せる程度の魔力は当然あっただろうしなあ。
「ただ、目的はまるで分かんない」
あれは、俺を助けてくれた、っていうことなのか。
だとしたら、何故。何のために。
……ま、いいや。俺が今やるべきことは1つ。
「じゃ、墓荒らしするか!」
「どうしてそうなる」
墓のありかをアイトリウス自身(だってもう思うことにした!)が教えてくれたのだ。当然、俺はそこからアイトリウスの骨……『永久の眠りの骨』を持って行かせてもらう!
人魚の歴史書にはこう書いてあった。
『……魔王、7度目の復活を果たす。……勇者アイトリウス、その強さは神をも殺すほどであったという。……勇者アイトリウス、その力を恐るる民に追われ、1人、楽園ドーマイラへ赴き、その身をもって魔王を封印す。封印の錠はその魂、封印の鎖はその血、封印の楔はその骨、そして封印の対価はその魔力なり。勇者アイトリウス、封印と共に永久の眠りにつく。楽園ドーマイラ、この時より眠りの地となる……』
そう。『封印の楔はその骨』。
そして、『封印と共に永久の眠りにつく』。
……そう考えれば、『永久の眠りの骨』が勇者アイトリウスの骨であると推測するのは至って自然。
ま、間違ってたら間違ってたでその時考えればいいだろ、多分。
ということで、俺は目の前の……石でできた棺らしいものを開けた。
瞬間、迫った刃を寸でのところで躱す。
咄嗟に棺から距離を取り、『それ』が完全に姿を現すのを待った。
そして、現れたのは。
「……強敵、か」
「骨……骸骨の、魔物……?」
「いや、違う」
棺から溢れた『それら』は、1つの形を成す。
俺より身長は高いぐらい、しかし、割と華奢なつくり。
昔々は業物であったであろう鎧の残骸に身を包み、色あせた魔力布のマントをひっかけ、その背には錆びついた剣が納められている。
元々眼球が収まっていたはずの窪みに、ぼうっと青い光が灯る。
そうして現れた骸骨の剣士に、俺は声を掛ける。
「勇者アイトリウスだな」
骸骨の剣士は何も言わず、ただ、背中の剣を抜いた。
「ヴェルクト!ディアーネ!お前らは手、出すな!」
咄嗟に動きかけた2人に声を掛けると、2人とも『いつでも動けるように』動きを止めた。
……ま、万一俺が駄目だったらその時は好きに動けばいい。
骨のくせに、それはやたらと強かった。
この俺ですら、剣でさばくのが手一杯。
流石、勇者の骨、と言うべきか。
……これはきっと、勇者アイトリウスの骨だ。
封印の『楔』となって、魔王の封印をまとめあげ、留めつけていたもの。
そして、この封印の番人でもあるのだろう。
ただし、魂の気配は、或いは、意思の気配は感じられなかった。
恐らく、死後に発動するように組まれた魔術によって今、アイトリウスの骨はこのように動いているのだろう。
まるでよくできたAIのように、魔術が骨を動かして、このように俺と戦っている。
そこに優しさは欠片も無い。容赦もない。
……だが、不思議と恐怖は感じなかった。
相手は間違いなく、俺を殺しにかかってる。それは分かる。
しかし……『既視感』が恐怖を拭い去ってくれているのだ。
骸骨の剣士は、手練れだった。
強い。間違いなく強い。
が、『二度目』なら、怖くない。
生命の樹の下で、アイトリウスと剣でやりあった。
急に襲い掛かってきた理由も、今なら分かる。
アイトリウスは、俺が彼女自身の骨と、彼女自身が骨にかけた魔術と戦う事を知っていたのだ。
だから、俺に自分自身の剣技を見せた。
そのためにいきなり、俺に襲い掛かってきた。
分かっちまえば簡単な事である。
成程、俺、中々ご先祖様に愛されてたのね、って具合にちょっぴり嬉しくなったり。
「ま、ご期待には沿えないとな!」
アイトリウスと戦った時より幾分余裕をもって、大きく真横へ飛んだ。
そこからは、アイトリウスと戦った時と同じだ。
骸骨の剣士に背を向けて走って、柱を蹴って上って、飛んで、屈んで。
……骸骨の剣士を抱きしめるようにして、魔力を吸収した。
自らを動かす魔力を失った骸骨の剣士は俺の腕をすり抜けて、その場にがしゃがしゃと崩れ落ちた。
「さっきよりは巧かっただろ?」
バラバラになった骸骨に、最強の勇者の笑顔を見た気がした。
「さて、と。じゃー急がなきゃね!」
が、しんみりしている時間は無い!
「楔が無くなったんだ、魔王復活まで時間がねーぞー!」
そう。『永久の眠りの骨』は、魔王封印の楔。
それが失われた今……魔王のジップロッ○の口を閉じとく力が、滅茶苦茶に弱まった、ということなのであった!
封印の魔法が動き始めたのが分かる。さーて、うかうかしてると魔王が起きちゃうぞー。
「おい、シエル!それで大丈夫なのか!?ウルカの所へ行って戻ってくるまでに封印が解けたら大事だぞ!?」
ヴェルクト君の叫びもご尤もである。
「ねえ、シエル。せめて応急処置をして行った方が良いのではなくて?」
ディアーネ嬢のお言葉もご尤もである。
「んー……じゃあ、これで」
なので俺は、骸骨の右前腕の骨を1本貰うと、残りを石の棺の中に納め直した。
それだけで、封印の魔法の動きが急にゆっくりしたのが分かる。
「これでよし!」
「いいのか……」
それでも封印が解ける方向へ動いてることに変わりはないけど、このペースなら数日はもってくれるだろう。多分。
「じゃ、さっさとエルスロア行ってまた飛んで帰ってきて……魔王戦だ。覚悟は良いか?」
「ええ。勿論よ」
「覚悟はもうできている」
手にした『永久の眠りの骨』を軽く振ってみせつつ2人に尋ねると、2人とも呆れたような、かつ、自信に溢れた笑みで返してくれた。
よし、それでこそ俺の仲間。
「……それじゃ、『魂』の方はもうちょっと待っててね、アイトリウスちゃん」
初代勇者の骨に向かってウインクを飛ばしつつ、俺達はドーマイラを後にすることにしたのだった。
まずは、柱の中をまた登っていく。
が、行きと違って、苦行感は全くない。
「……行きもこうすればよかったんじゃないか?」
「下で魔法がどう動いているか分からなかったのですもの。下手に魔法を使って封印に影響が出たら大変でしょう?」
「今は大丈夫なのか」
「うん。多分!」
今、俺達はディアーネが生み出す熱風によって浮き上がり、猛スピードで柱の内側を上昇しているところであった。
当然この熱風、本来は攻撃用である。俺とヴェルクトはディアーネと手を繋いで火の精霊にアピールすることでなんとかダメージを受けずに済ませることが可能になった。それでも熱いものは熱いんだけどね!
そうしてなんとか元の神殿にまで戻って来たら、魔王の封印なんかには目もくれず、さっさと外へ飛び出す。
「かめさーん!」
そして海に結晶を漬けて亀さんを呼んで、背中に乗せてもらってそのままエルスロアへ。
夕陽が沈む海を亀さんによる猛スピード走行によって走り抜け、エルスロアの港町ガフベイの近くで陸に上がって、そこからはルシフ君たちの出番。
山を飛びながら超えて、なんとか夜にはフェイバランドへ到着。
猛スピードな旅路だけどしょうがない。なし崩しに魔王退治が始まっちまうけどこれもまたしょうがない!
どうせ時間が無いのは変わりないんだ、覚悟決めるのにうだうだしてたら時間が勿体ない!
フェイバランドに着いたら着いたで街中をルシフ君たちによって爆走。
一杯やりあっているドワーフ達が目を丸くして俺達を見る中を走り抜け、採取してきたらしい鉱石を担いで歩いているドワーフの後ろを走り抜け、休憩がてら外に出てきたらしいエルフの前を走り抜け。
フェイバランドの街を荒らす勢いで爆走しまくって、なんとかウルカの店に到着!
「ウルカー!ウルカー!」
ドアをガンガン叩き続けると、店の中に明りが灯った。
……寝てたらしい。ごめんね!でもすべては俺のため、つまり世界平和のためだ!許せ!
「……なんだ、シエルアークか……むにゃ」
そして、ドアを開けて出てきたウルカの目前に、『永久の眠りの骨』を突きだす。
「材料がそろった!明日中に頼む!」
「そうか、揃ったか……ん……明日中……明日中!?」
寝ぼけていたらしいウルカがやっと覚醒した。遅いよ!こちとら一刻を争うってのに!
「な、な……明日中、だと!?」
「できるよな!」
勝手に店の中に上がり込んで、机の上に材料をぶちまけていく。
超貴重な代物がごろごろと机の上に散乱していく様子をウルカは茫然と眺め……ふらり、と店の奥に入っていったかと思うと、ばしゃばしゃ、と水の音が聞こえ……戻ってきたウルカは完全に覚醒していた。顔でも洗ってきたらしい。
「やってやる!こんな貴重な素材を集められて仕事をしないのではドワーフとエルフの血が泣くからな。全く……シエル!このツケは高くつくぞ!」
「ん。あとでいくらでも請求してくれよ。アイトリウス国庫からいくらでも出してやる!」
胸を張って答えると、ウルカは苦笑しながら素材を作業場へ運び込み始める。早速始めるらしい。
「明日の夕方、取りに来い。それまでには仕上げてみせよう。だが、それより前には店に入るなよ?いいな?」
「分かった。よろしく!」
ウルカは気合を入れるように頬を叩くと、仕事場へ消えていった。
「……さて、俺達も決戦前夜だ。今の内にたっぷり眠っておこうぜ」
明日の今頃はもう、ドーマイラで魔王と戦っているのだ。
今の内にコンディションは整えておかなくてはならない。
ウルカの店で寝るのは邪魔になるから、適当に宿を取って眠ることにしよう。
「ねえ、シエル。決戦前夜ですもの。ちょっぴり贅沢するのはどうかしら?」
「そーね。ちょっと高めのお宿に泊まろっか」
「これが3人で泊まる最後の宿になるかもしれないな」
そんな会話を繰り広げながら、俺達は宿を探し……。
……突如、けたたましい警鐘を聞いたのであった。
「敵襲!敵襲!南から魔物の軍勢が!」
……決戦前夜だっつっうのに、空気の読めねえ四天王だな、あいつっ!




