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115話

 その幹は大人10人が手を繋いでも囲めないであろう程に太く、アイトリアの城を超える程に高い。

 広く広く広がった枝に茂る葉は世界中の緑を集めたかのようですらある。

 そして幹にも枝にも葉にも、生命力が溢れている。

 これが『生命の樹』なのだ、と、俺は一目で理解した。




 感想を述べるとしたら、圧巻、の一言に尽きる。

 まず、でっかい。自然のものとは思えない程にでっかい。

 このでかさ。この迫力。ドラゴン見た時よりもよっぽど衝撃的である。

 そして、この生命力。滾る魔力。

 1つの『魔生物』として、生命の樹は俺を圧倒した。




 ……さて。

 俺の目的は、『生命の樹の実』の採取である。

 しかし、ところがどっこい、当の『生命の樹の実』は、上空遥か数十m地点の枝にぶら下がっており、到底、俺に採ることができなさそうなのである。

 ヴェルクトが居れば飛んで採ってこれそうだし、ディアーネなら火魔法で実の茎だけ焼き切って落としてくれそうなもんだが、俺は魔法を使えないし、飛び道具の類も持ってない。弓矢があれば射落とせた自信はあるんだけどね。

 さて、どうしたもんか。

 ここにきてヴェルクトもディアーネも見つからない、って事は、この空間に招待されたのが俺だけだった、って事なんだろう。

 生命の樹の葉を持っていたのが俺だったからか、或いは……もっと別な選考基準でもあるのか。

 それはいいんだけど、とりあえず今は『生命の樹の実』を採る方法を考えなきゃいけないんだよな。

 ほんとにどうしたもんか……。

 ……とりあえず、まずは近くで見てみよう。

 考えたりするのはそれからでもいいだろう。




 生命の樹へ近づく。

 近づくと、凹凸の激しい樹皮の様子や、根によって盛り上がった地面の様子が分かるようになってくる。

 近づいて、近づいて、いよいよ仔細に生命の樹の幹の様子が見えるようになったころ。

 晴れた霧が一か所に集まるようにして、俺の眼前、俺と生命の樹を隔てる位置に固まった。

 凝り固まった霧はやがて、1つの形を成す。

 俺より身長は高く、しかし、体つきはそんなにがっしりとはしていないぐらい。

 一目で業物とわかる鎧に身を包み、空色の魔力布のマントをたなびかせ、その背には一振りの剣が納められている。

 そして開いた瞳は、青空の色をしていた。

 そうして現れた人物に、俺は声を掛ける。

「勇者アイトリウスか」

 その人物は是とも否ともとれない微笑を浮かべて、背中の剣を抜いた。




 咄嗟に俺も魔法銀の剣を抜く。

 衝突。

 軽々と振られた剣をなんとか受けて、流す。

 重い。速い。

 バックステップで一度間合いを取って呼吸を整えようとしても、それすら許されず、剣戟が降り注ぐ。

 俺はそれら全てを剣でなんとか流し、防ぎ、後退しながら混乱を鎮めようと試みる。

 ……目の前の人物はきっと、初代勇者アイトリウスだ。

 ただ、勿論、実物じゃあないだろう。

 本人はもう死んでいるはずだし、霧が固まって現れた様子からも、俺と相対する1人の剣士が幽霊か残留思念かなんかが形を得たものだろう、という見当はつく。

 ……或いは、そういう魔術を組んであったか。

 くっそ、勇者アイトリウスは空間を操って魔王封印の術式を組み上げた。つまり、当然、魔力は膨大、そして魔術の腕にも秀でていたって事になる。

 そして今、俺を剣1本で押していることから、剣の腕もとんでもないものであることが分かる。

 だって、俺が押されてるんだぜ?体格差があるとはいえ、まじありえん。

 しかも今、勇者アイトリウス(仮)は魔法を使っていない。

 見事にその剣1本のみにおいて、俺をじりじり後退させているのである。

 ……これがあまりの強さに国を追われた勇者の強さか。

 魔法アリで本気でかかってこられたら、俺、きっとすぐにやられるね。(つまり、身体能力向上系の魔法を使われたら、ってことだけど)

 しかし、アイトリウスの目的が分からない。

 なんだってこいつは俺にいきなり攻撃してきたんだか。

 ……俺に向けられているものは敵意では無い。それは確実。

 しかし、敵意では無い事は分かっても、その正体がはっきりとはしないのだ。

 試しているのか。戯れているのか。或いはもっと別な何かか。

 ……勝てば分かる話か。


 いきなり真横へ飛んで、アイトリウスがそれを追いかけて剣を振ってきたところで一度屈む。

 それから縮めた身をばねの様に伸ばして、真っ直ぐ前方へ抜けていく。

 突飛な行動に見えるはずだが、アイトリウスは特に動揺した様子も無く、俺を追いかけてくる。

 容赦のない剣戟を紙一重で避けながら走って、走って……生命の樹の幹まで辿りつく。

 振り返ることなく俺は前方へ踏み出し、生命の樹の幹を蹴って、上る、上る。

 2,3歩分登ったところで重力が俺の体を引く。落下しつつ、体を捻って反転。

 上からの俺の襲来にも特に迷うそぶりは見せず、アイトリウスは剣を構え、迎撃の体勢を取る。

 俺はアイトリウスの構えた剣に向かって剣を振り下ろすようにし……途中で剣を手放した。


 一瞬、アイトリウスに初めて動揺が走ったように見えた。

 が、相手も伊達に強者じゃない。

 一瞬の動揺の後には、自分に向けて投擲された剣を剣で弾いて防いでいたし、その一瞬後には俺に向かって剣が伸びていた。

 しかし俺も伊達にシエルアーク・レイ・アイトリウスじゃない。

 アイトリウスの剣が伸びる頃には生命の樹の幹を蹴ってその場を離脱していたし、アイトリウスが反応してもう一度剣を振る前にアイトリウスの後ろへ着地して屈んで剣を避けていたし、その勢いでアイトリウスの脚を掴んで、魔力を吸収していた。

「剣だけで戦おう、ってルールじゃなかったよな?」

 アイトリウスは俺を振り返ると、微笑を浮かべた。




 魔力を吸収すると、アイトリウスの脚が消えた。

 ……幽霊だかなんだか知らないけど、魔力によってこの形を維持しているらしいから、当然か。

 が、アイトリウスが剣を背の鞘に納めて少し集中すると、すぐにその脚は再生された。ううん、どういう仕組みだ、これ。

「で、そろそろ目的を教えてくれてもいいんじゃないの、先輩」

 そんなアイトリウスに詰め寄ってみると、アイトリウスは相変わらず、黙ったまま微笑を浮かべる。

 そしてその手の中に魔法を生み出すと、ふわり、と宙へ放った。

 飛んで行った無属性魔法は、生命の樹の枝を切り落とす。……そこについていた実ごと。

 落ちてきた枝をやはり無属性魔法で受け止めると、アイトリウスはそれを俺に差し出した。

「……くれるの」

 アイトリウスは初めて、はっきりとした意思を表示した。

 つまり、縦に1つ頷いて、肯定の意を示したのだ。

「いいのかよ。俺、あんたが作った封印、無駄にしようとしてるよ。魔王の封印解いて、魔王ぶちのめして、魔王から魔力盗ろうとしてるんだけど」

 重ねて問えば、アイトリウスは黙って笑うばかり。

 相変わらず俺に差し出され続ける枝に、意を決して手を伸ばして、握る。

 ……手に馴染む枝だった。きっと、俺の杖にしたらとてもいい杖になるだろうな、と思わされるような。

 そして、そこについている実は、きっと世界一美しい。

 小さいころ、空に浮かぶ星はこんな姿なのだろう、と思っていた、その姿そのもののような形をしている。

 透明な魔石硝子を立体の星形に仕上げて、その中に世界中の美しい色を閉じ込めたらこんな姿になるだろうか。

 俺の手の中で輝くそれはほのかに光を放っている。

 これで、俺が手に入れなければいけない材料は残すところ1つのみとなった。


「なあ」

 そしてその最後の1つも、きっと、そんなに遠くない。

「あんたの骨はどこにあるんだ、勇者アイトリウス」

 俺の問いに、アイトリウスは笑って地面を指さした。




 その瞬間、世界が崩れていく。

 足元から消えていく世界に対処することもできないまま、俺は崩壊の渦に飲み込まれた。

 最後、世界が消えていく間際、勇者アイトリウスを見た。

 彼女はただ静かに笑っていた。泣きそうにも見えるような、そんな顔で。




「……!シエル!おい!」

 声が聞こえて飛び起きると同時に、額に衝撃!

「ってええ!」

「っ……いきなり飛び起きる奴が……あるか……」

 ヴェルクトも額を押さえてうずくまっていた。

 どうも、寝てる俺を覗き込んでたところ、俺が急に起き上がったんでお互い頭突きしあう羽目になっちまったらしい。

「あら、シエル。目が覚めたのね?」

 ディアーネの安堵したような声に辺りを見回せば、薄明るいような薄暗いような、そんな部屋の中だった。

「ここは?」

「さっきの柱の下よ。シエルが先に降りていったけれど、姿が見えなくて。探したらここで倒れていたわ」

 ……ふーむ、どうやら俺が生命の樹の空間に迷い込んでいた間、俺は行方不明になっていたらしい。

 で、空間からほっぽり出されて、ここで寝てる羽目になった、と。

「何かあったのか」

 1人で納得している俺に何か思ったのか、ヴェルクトも心配そうな顔をし始めた。

「うん。生命の樹の空間に行ってた。で、ご先祖様と戦ってきた。勝った!」

 なので安心させるべく答えてやると……ディアーネもヴェルクトも、不思議そうな顔を見合わせるのだった。


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