112話
イナサ君にのんびり運んでもらって、フウライ山の麓で降ろしてもらった。
イナサ君はいっそリスタキアのグラキスまで運んでもいい、みたいなかんじだったんだけど、一応彼も妖怪だから、あんまり人目につかないほうがいいんだろうし。(アマツカゼならともかく、リスタキアの空を烏天狗が飛ぶのはナシだと思う。)
それにイナサ君の巨大烏、高低差の飛行についてはかなり速いんだけど、長距離飛ぶには向いてないかんじだし、だったらルシフ君たち騎獣を走らせた方が速い。
ということで、俺達は妖怪の里を出てすぐ南へ向かう事になった。
行き先はグラキス。目的は氷像になっちゃった人達の解呪。
さてさて、俺を英雄と崇め奉る人達の村だ。行くのがちょっぴり楽しみである。
太陽が傾いてきた頃、リスタキアの漁村マルウィに到着。
頑張って飛ばせば今日中にグラキスまで着きそうだけど、夜中の来訪からの氷像解呪なんてやってたら俺の体がもたないし、グラキスの人達だって夜中に来られたら迷惑だろうし。
ということで、翌朝早めに出発することで代替にするとして、早めにマルウィで休憩。
そして翌朝、早起きして朝食を摂ったらグラキスまでルシフ君たちをとばす。
「相変わらず冷えるわね」
「ここらは年中雪降ってるからね!」
風を切って進むから、という理由以上に、単純に寒い。
雪交じりの向かい風は滅茶苦茶冷たい。
マントを前でかきあわせつつ、ディアーネのおこぼれであったか結界に入れてもらいつつ、俺達は雪の降る大地を進んでいった。
「ああ、もしや、勇者様!」
グラキスについたらすぐ、盛大に喜ばれた。
村の入り口で『ここは グラキスの村 だよ! ゆっくりしていってね!』みたいな台詞喋るタイプの村人が俺に気付くや否や、他の村人たちも寄って来て、口々に俺達を歓迎する言葉を掛けてくれる。
「ようこそいらっしゃいました!」
「こんにちは、みなさん。……あれから魔物の被害はありませんか?」
「ええ、ええ!勇者様のおかげで。氷の魔女が居なくなったからか、魔物も少ないですし、今年は去年より暖かくて過ごしやすいですし……」
えええ、これでも暖かいんだ……。雪国の人達の温感はよく分からん。
「旅でお疲れでしょう、どうぞ、休んでいってください」
「いえ、その前に」
村の人達があえてこの話題を出さないんだろうな、という事は分かった。多分、催促してるみたいになっちゃうのを申し訳なく思ったからなんだろう。
けど、村の人達が一番に望んでいることなんて、分かり切っているのだ。
「『永久の火の欠片』を手に入れてきました!これで氷像にされた方の呪いを解く事ができます!」
俺がそう言った瞬間の盛り上がりはすごかった。
涙を流して喜ぶ人、俺を讃える人、ひたすら感謝の意を伝えてくる人……そんな人達は全員、俺のことを『勇者様』として讃えてくれている。
うーん、悪い気はしない。
なんといっても、俺、褒められて伸びるタイプ!
「さあ、早く皆さんの呪いを解きましょう」
「しかし勇者様も旅でお疲れなのでは」
一刻も早く氷像にされた家族や友人を戻したいだろうに、それでも俺を気遣ってくれるこの村の人達は中々いい人達だね。いつかリスタキア征服する事になってもグラキスにはちゃんと配慮することにしよう。
「いいえ。私とて、氷像にされた方を早く解呪して差し上げたい。さもなければ気が休まりません」
そんな善良な村人たちに天使のような笑顔で接し、益々讃えられる俺。
非常にいい気分の中、そんな気持ちはおくびにも出さず、聖人君子っぷりを発揮しながら氷像にされた人達の安置所へ向かった。
解呪のための魔法は、魔法陣入りシーツっていう形で魔法具になっちゃってるからとっても楽。
『永久の火の欠片』と、魔法陣に流すための魔力さえあれば、すぐにでも解呪ができちゃうのだ。
「ってことで、ヴェルクト」
「ああ」
もうすっかりこういう扱いに慣れたヴェルクトは、俺が詳しく言うより先にもうさっさと手を出してくれていた。
俺もすっかりこういう扱いをするのに慣れているので、遠慮なくヴェルクトから魔力を吸い取って、魔法陣に流してやる。
そして起動した魔法陣に『永久の火の欠片』を乗せてやれば……ぼわり、と熱が広がる。
暴力的なようでいて、どこまでも優しい熱は氷像にされた人を包み込み……輝いたかと思うと、消えてしまった。
「……あれ?ここは……?」
そして後に残ったのは、きょろきょろ、とあたりを不思議そうに見回す少年である。
氷像にされた息子が無事元に戻って感涙を流し俺にお礼を言う母親。
その様子を見て喜びや感動を口にする村の人々。
そんな人々の期待に応えて、次々と氷像を溶かして解呪していく俺。
俺に魔力を吸われてだんだん元気がなくなっていくものの、人々の喜ぶ姿に嬉しそうにしているヴェルクト。
そんな光景が一頻り続いて一刻もすれば、氷の魔女の呪いによって氷像にされた人々は皆、元の姿に戻る事ができたのであった。
村人たちからのお礼が収集つかなくなってきたので、村長が村人たちの中から引っ張り出してくれた。
そして俺に休息が必要だ、という理由で村人たちを退かしてくれたのだ。うん、流石に俺も寒さと旅の疲れと魔力操作の集中疲れで疲れてたからね。助かった。
そして今、村長宅に招いてもらって、暖かいお茶を頂いている。
出てきたお茶はちょっぴりスパイシーかつ甘やかなミルクティー、ってかんじのお茶。中々悪くないお味。寒い地方にぴったりなお茶だね。お茶請けのビスケットは塩味。甘いお茶にこれが中々合うんだな。
「重ね重ねにはなりますが、本当にありがとうございます、勇者様。なんとお礼を申し上げればよいのか……」
「いえ、勇者として当然のことをしたまでです」
ちょっと前までは俺がこういう受け答えをするとヴェルクトが『誰だこいつは』みたいな顔してたんだけど、今や『ああこれでこそシエルだ……』みたいな悟り開いてるような顔するようになった。
ちなみにディアーネは今も昔も、こういう時はくすくす笑うばかりである。
「しかし、これほどに早く村を救って頂けるとは……勇者様のご負担になっていなければよいのですが」
「ええ、アイトリウス王国へ帰る為、西大陸へはどうせ渡る予定でしたので」
暗に、『ちょっとは負担になったぜ』と伝えてやる。どちらかっつうと『永久の火の欠片』を手に入れることよりも、それをグラキスまで持ってきて解呪するののほうが負担だったけどな!
それから村長殿と雑談したり旅の話を聞かせたり、『勇者を名乗る不届き者』への注意を怠らずにグラキスの村人たちが清く正しく生きていることを聞いたり。
……そんなこんなでのんびりさせてもらって、今日はグラキスでゆっくり休むことにした。
明日の朝早くに出発して、そこら辺の海辺でなんとか海の魔獣を探す予定だ。
多分、リスタキアの西、内海に面する海岸にある港町ナビスエースにまで行けば海の魔獣の情報もあるんじゃないだろうか。
リスタキアは水の精霊のおわす国だから、多分、海の魔獣もリスタキア近海が一番豊富だと思うんだけどね……。
ま、多分何とかなるさあ。
村長宅で一夜を明かす事になった俺達は、それぞれふかふかベッドとぽかぽか暖炉でぬくぬくと眠りについたわけだったが。
……ふと、目が覚めた。
寝心地は良かったし、何か予感がした、としか思えないような目の覚め方だった。
なんとなーく気になるんで、窓の外を見てみる。
と。
「……あ、お久しぶり……」
音も無く窓に体当たりしている火の玉というかなんというか……ええと、『氷の魔女』の魂、が、そこにいたのである。
あまりにも体当たりしているのでしょうがない、窓を開けてやる。
しかし、氷の魔女の魂は部屋の中に入ってくる訳でも無く、窓の外で揺れるばかり。
「え、何?俺にデートのお誘い?」
冗談めかして言ってみれば、そうだ、とでもいうかのように、ふわふわ、と縦に数度、火の玉が揺れる。
……外、寒そうなんだけどなー……。
それでも呼ばれちゃしょうがない、外に出た。さぶい。
「で、何?とっておきのデートコースでも見つけたの?」
村長宅の庭に出て氷の魔女の魂と改めて対面すると、氷の魔女の魂は……魔法を使った。
「っと」
が、俺を狙ったものでも無かったらしい。それはただ、俺の隣に氷の板を生ずるに終わる。
見ていると、氷の魔女の魂はそこにまた魔法を使っていく。……魂も魔法、使うのね。
「これは……地図か?」
氷の板には魔法によって、線が刻まれていく。
それは緩やかな曲線であったり、縮れたような激しいうねりだったりしながら……リスタキアの国土全体を氷の板に記していく。
……え、まさかほんとにとっておきのデートコースの紹介?この寒い中で?
これは出てこない方が良かったか、なんて思いつつ、氷の魔女の魂の動きを観察していると……氷の板に刻まれた地図の上、その一点に、深く、穴が穿たれた。
「……ここがとっておきデートスポットなの?」
氷の魔女の魂は肯定も否定もしなかった。
が、ふわり、と、空に見覚えのあるものが浮かぶ。
「あっ、俺の鞄っ!」
それはさっきまで俺が寝ていた客間の窓から飛び出してきた俺の鞄であった。
吹雪に乗って運ばれてきたそれは雪の上に落ちると、中身を割と大胆にぶちまけた。
が、俺はとっても心が広いので、この程度のおイタには目を瞑ってやろうじゃない。ね。
どーせ、伝えたいことがまだあるんだろうし、ね。
……氷の魔女の魂は俺の荷物の上を数度彷徨うと……その中からやっと、目当ての物を見つけたらしい。
それの上で上下に揺れて見せる。
「……ああ、これ、氷の城で貰ってきた奴か」
それは、やたらと透明な石のついた首飾り。
「これ、欲しいの?」
もう俺のものだからやらんよ?と思いつつ尋ねると、氷の魔女の魂はまた1つ魔法を使って、さっきの氷の板の上の地図……『とっておきデートスポット』の位置をもう一度深く穿った。
「……そこにこの首飾りを持って行け、って?」
そう尋ねると、肯定も否定もせず……ただ、氷の魔女の魂は消えてしまった。
後に残るのは俺と、氷の板の地図と、雪の庭の上に散らばった俺の荷物だけである。
……もしかして、氷の魔女の魂は悪魔から助けてやった恩返しに来てくれたんだろうか。
いや、確かにさ、機織りに来られても困る、とは思ったけど。あんまりかさばらなくてポータブルな恩返ししろよ、とも思ったけど。
けどさ、こういう恩返しって……いや、恩返しとも決まってないんだけど……うーん、これ、どうするかな。
……とりあえず、荷物回収して氷の板は雪が積もらない位置に移動させて、さっさと部屋に戻って寝直そうっと。
翌朝、窓の外を見たら、昨夜の氷の板の地図はまだそこにあった。夢じゃなかったらしい。
改めて地図を確認する。
地図が示しているのは、港町ナビスエースのもうちょっと南、つまりややフォンネール寄り、って具合の海岸である。
うーん、首飾りの石が何の石なのかもよく分かんないし、けど、それ相応の呪物であることは確かだし……『とっておきデートスポット』には古代遺跡でもあったりするのかな。
……とりあえず、行くだけ行ってみるかあ……。




