109話
とりあえず、護衛の騎士にお茶の準備を言いつけつつ騎士たちを全員退出させると、シャーテは疲れたようにソファに座り込みため息を吐いた。
「全く、どこで聞いたのかは知らないが、その通りだ。……あまりに姉上が愚かなものでな、嫌になる」
……まあ多分、ゾネ・リリア・エーヴィリトとアンブレイル交じりで色々話してたんだろうから、疲れるのも当然か。
「お疲れの様ね」
そして、突如ランプの火がランプの外に漏れ出でて人の形を取ったかと思うと、シャーテの斜向かいにディアーネが腰かけていた。
うん、やっぱりディアーネは火に化けていたらしい。
「……どこから現れたんだ?」
「つまらないことをお気になさらないで?」
シャーテ王子はもう『こいつらに関することは気にするだけ無駄か』みたいな開き直り方をすることにしたらしい。少し肩を竦めただけで、それ以上は特に何も言わなかった。
「……で、シャーテ。お前、王位継承権貰った?」
お茶の準備が整ったところで、美味しいお茶と焼き菓子を頂きつつ、お話開始。
さっさと一番聞きたいことを聞いちゃう。
「いや、断った」
が、ある意味予想通りで、ある意味予想外な言葉が返ってきた。
「なんでまた」
「私がなりたいのは『今の』エーヴィリトの王じゃない。『新しい』エーヴィリトの王だ。ここで私が今のエーヴィリトをそのまま引き継いだとして、大きく国を変えることなど到底できやしないだろう」
ふむ、至極ご尤もである。
「ま、そうなるか」
「ああ。……そのせいで姉上とは揉めたが、『交渉決裂』という事で出てきた。シエルが来ているという事もあってな、なんとかうまく抜けてこられた、という次第だ」
あー、じゃあ結局結論は出ずに会議はお流れ、って事か。じゃあこれからどっちにも転びうる、ってことだな。
だがシャーテの意志がはっきりしてるのは嬉しいね。
「じゃ、シャーテは何がどうなろうと、計画は実行するつもりなんだ」
「ああ。そのつもりだ。姉上が王位継承権を放棄しようがしまいが、私には関係ない話だからな」
ふーん。ならいいか。
「じゃ、俺が魔王倒したら少し待ってから計画を進めた方が良いかも。俺が帰ったらすぐアイトリウスも王位継承でごたつく。アンブレイルが王になれなかったら、お前の姉ちゃんは宙ぶらりんだからエーヴィリトもごたつくぞ」
シャーテがエーヴィリト転覆をやってる最中にゾネ・リリア・エーヴィリトが動きだしたら、エーヴィリトの再起動が遅れて、その分民に負担がかかる。
エーヴィリトを再起動させた後にごたついたら、本当にテロなりなんなりが起きかねない。
だったらゴタゴタが全部済んでから事を起こした方がまだスムーズにいくだろう。
「なんだ、そのことか。それならもう分かってる。遠慮せずにやってくれ」
とおもったら、シャーテはそこら辺まで織り込み済みだったらしい。
まあ、俺よりもエーヴィリトにちゃんといた分、世界情勢も姉の恋愛事情も分かってたんだろう。
「ただ、私の姉上がシエルに迷惑をかけるかもしれないが……」
「ああ、それはこっちの兄上も同じだから……」
……あとは、『お互い苦労するね』である。
うん、馬鹿な兄や姉を持つと大変なんだよな……。
それからシャーテと『魔王を倒した後の話』を少々した。
つまり、いっかいぶっ潰れて建て直されたエーヴィリトの支援をアイトリウスが行うための意見のすり合わせとか、アイトリウスがごたついた時のエーヴィリトからの支援とか。
俺もシャーテも境遇が似たようなもんなので、こういう話は割としやすい。
シャーテも魔術に関してこそアホの極みだったけれど、政治だのなんだの、つまり魔術以外の事に関してはかなり頭が切れる印象だった。自分の苦手分野にさっさと見切りをつけただけのことはあるね。つまり、『切らなかった部分』は苦手分野じゃない、って事なんだから。
……ということで、中々楽しい会話を続けて今後の予定を綿密に組み合わせていった結果、とりあえず、シャーテは俺の即位を待ってから革命を起こすことになった。
その時にはアイトリウスも十分基盤が整って、内乱でごたごたになったエーヴィリトを支援することだってできるようになってるはずだし、逆にアイトリウスがごたごたしてる間は暇なシャーテが助けてくれるからね。
未来の話が済んだら、次はもうちょっと足元の話である。
「なー、シャーテ。『永久の眠りの骨』と『生命の樹』について何か知らない?それから、ドーマイラまでこっそり行く方法知らない?」
目下、俺達の目的はここだからね。
「『永久の眠りの骨』……というと、ドーマイラに関係が有りそうだが……悪いが、他に思い当たる事は無いな。『生命の樹』についてはもっと分からない。クルガに聞けば分かるかもしれないが、シエルにこれ以上悪魔との契約を増やさせるわけにもいかないしな」
クルガ女史に聞く、ってのは1つの最速の解だと思うんだよね。
けど、悪魔と契約する、ってのはそれ相応にリスクがあるし、俺はもう1回そのリスクを冒してる。
あんまり冒険しなくていい所で冒険したくはないよね。
「それから、ドーマイラまでこっそり行く、となると……やはり、秘密裏に船を作った方が良いんだろうが……」
「作ってる暇はないんだよなあ」
「だが、貸してくれる者があるとも思えない」
ほんとにね。
……船ってのは結構いいお値段のするものだ。それはこのファンタジックな世界でも変わらない。
そんな『財産』を、魔物の巣窟ドーマイラへ行く、なんつう要件で貸してくれるお人よしが居るとは思えないんだよね。
「シエルには何か考えは無いのか?」
船を作ったり借りたりするのに無理がある、ってのはシャーテにも当然分かる訳だ。俺がその無理を承知で聞いた、って事も。
だから俺の『別解』を聞いたんだろう。
「いやさ、海の魔獣を手懐けてさ、そいつらに小舟を引かせて行こうかな、とも考えたんだけどさ」
俺の『別解』は、あんまりよろしくない。
人魚の島でお姫様たちとお話した時に考えついた内容だけどさ……魔獣って魔の獣だから魔獣なわけで、つまり、懐かせるにはそれ相応の時間と努力が必要なんだよね。
たまに有翼馬みたいな、すぐいう事聞いてくれる生き物も居るけれど……海の魔獣なんて、正直まともに見た事も少ない位だ。あんまり期待はできない。
「しかし、魔獣を手懐けるならやはりそれ相応の時間が必要だろう」
「知ってる」
「それを1日やそこらでどうにかするなど……いや、待て」
が、シャーテはそこで急に黙り込んで、頭の中の引きだしを開け閉めしているように少し考え込んだ。
「……1つ、方法があった」
「何よ何よ」
「確か、魔獣を一時的に下僕にできる妙薬がアマツカゼにあると聞いたことがある」
「知らなかったな、そんな薬があるなんて聞いたことも無かった」
「ああ、そうだろうな。隣国だからこそ知りえる情報というものもあるものだ」
ちょっと悔しいけど、シャーテのいう事は尤もだ。
いくら俺だって、遠く離れた、しかも碌に行ったことも無いような国にある妙薬なんて、全部知っていることはできない。
……ま、その知識を持ったシャーテが居るからいいんだけどさ!
「で、その妙薬の詳細は?」
「無茶を言ってくれるな、シエル。私とて噂半分に聞いた程度なのだから」
うん、まあ、しょうがないけどさ。
「ただ……何と言ったか、アマツカゼの菓子に似せた姿かたちをしているのだ、とは聞いたことがある」
菓子?
……アマツカゼにはアマツカゼだけのお菓子がいっぱいある。
饅頭とか、羊羹とか。大福とかカステラとか心太とかそばぼうろみたいなのとか……いろいろ。
それらはアマツカゼ独自の物だから、たしかに、アマツカゼの外の人間の目から薬を隠すには、菓子に似せておくというのも1つの有用な手段になり得る、ってことか。
……ま、そうなっちゃお手上げだな。
「ん。ありがとな。そこら辺はアマツカゼの王様に聞いてみる」
が、俺、アマツカゼ王には貸しがあるからね。お菓子に擬態した妙薬の事ぐらいは教えてもらえるだろう。貸しだけに。
「あまり力になれずすまない。よければこちらで調べるが」
「いや、いい。お前はお前の作戦に集中してくれ。シャーテの出番はもっと後だよ。その時はヨロシク」
俺には仲間がいる。
そして、一緒に行動する訳でも無いが、共通の目的をもって共に動く同志がいる。
そしてそして、特に目的が被るでも無いけれど、俺に協力してくれる人はもっといっぱいいるのだ。
俺は彼らそれぞれの適材適所や使いどころを考えつつ使っていけばいい。
シャーテの出番は、魔王を倒した後だ。何も今無理に働かせる必要も無い。
それまでは今までに恩を売った人達からお返しを回収して回っていこうじゃない。ね。
シャーテとの挨拶もそこそこに城を出た。
……果たしてティーナはアンブレイル相手に巧くやっただろうか。ゾネ・リリア・エーヴィリトはどういうふうに決着をつけるつもりなのか。
そこらへんのごたごたに巻き込まれる前に、さっさと東へルシフ君を走らせる。
とりあえず、アマツカゼに寄って『魔獣を一時的に下僕にできる妙薬』について聞いてこよう。
魔王を倒す能力があるのに魔王のお住まいに辿りつけないなんて、勇者の名折れだからね。
ちゃんとカッコいい移動手段は用意しなきゃいけないのだ。




