10話
そうして、俺の鞄にたくさん死神草が収納されたところで、俺はヴェルクトに案内されて歩き始めた。
俺は死神草を抜いた。
だから、ヴェルクトにはその対価をこれから払ってもらう所である。
「……もうすぐ村だ。念のため、静かに」
「分かってる」
相変わらずヴェルクトは呪いのせいで、今こいつ自身やネビルムの村がどういう状況に置かれているのかを説明することはできない。
が、俺にも流石にそろそろ察しがついていた。
……深夜なのに、警邏の兵が徘徊……いや、巡回してやがる。異様だ。異様すぎる。
こっちだ、というように手招きするヴェルクトに続いて、警邏兵の目を掻い潜って村の中に入っていくと……村の中心にある豪邸から、明りと嬌声が漏れているのが遠くに見えた。この深夜に。こんな村で。
……まあ、うん。なんとなく、この村が今どういう状況なのかも分かってきたな。
この村、領主が変わったんじゃないかな。少なくとも以前はこんな様子じゃなかったはずだし。
こんな小さな村のことだ。新しく来た領主が兵士や術師を抱えてこの村に来たなら、それはもう、村人にとっては抗えない脅威になったはずである。
ましてや、領主が『脅威になるつもり』でいたなら。
……実際、なったんだろう。
ヴェルクトは妹を人質に取られて、呪いまで掛けられてるし、な。
多分、同じように家族を人質に取られたり、或いはそれを見せしめにされたりして、村人たちは新しい領主に従わざるを得ない状況なんだろう、って事は推測できる。
となれば、深夜に徘徊してる警邏兵は侵入者を警戒するものでは無くて、脱走者を警戒するものか。
しかし、よくもまあ、こんな小さな村をわざわざ制圧したもんだ。制圧する価値のあるものがあったのかね。
……ちら、と横目で見れば、月と星の明かりに照らされた、鈍色の髪の青年。
うん。美形である。俺程じゃないけど。
となれば、こいつの妹、っつうのも、相当なかわいこちゃんなんだろう。
明りと嬌声が漏れてる豪邸から考えても、まあ、そういうことかな、って気もするし、それで片付けちゃうのが一番シンプルでいいんだけどね……。
……けど、それだけか、って言われると、微妙に納得がいかなくもあるんだよな。
……後になって俺は、俺のこの推測が大体合っていたことを知る。
やっぱり俺ってば天才。
「着いたぞ。狭くて悪いが、寛いでいてくれ。あり合わせになるが、食事を持ってくる」
という事で、ヴェルクトが俺に払う対価その1を払ってもらっている。
つまり、今夜の寝床と食事の提供。
……勿論、これだけで済ますわけはない。流石に、死神草1本のお値段を宿で済ますほど俺の心は広くない。
なんか二度目になる気がするけど、俺、毟れる相手からはがっつり毟っていくタイプ。
「こんなもので悪いが……」
魔法銀の短剣の手入れをしていたら、ヴェルクトが食事を持って戻ってきた。
野菜と茸のシチューと、丸いパン。うん、美味そう。
「ん。じゃあ遠慮なく頂く」
……城で食べていた食事のような洗練された味では無い。が、暖かくて好ましい味だった。
暖かい食事ってのは、それだけでも価値がある。
それが野菜の旨味がまろやかに溶け出すシチューと、小麦の甘さと香ばしさが美味いパン、という組み合わせだったら猶更だ。
夕方から何も食ってなかった事もあり、大層美味しく完食させて頂いた。
……ちょっぴり前世を思い出すような味だったな。シチューに肉類入ってないあたりが特に。
「寝床はそこを使ってくれ」
「ああ、分かった。悪いね」
「この程度は当然させてもらう」
腹も満ちた所で、寝床を借りて眠ることにした。
ヴェルクトが妹を助けに行くときには俺も同行することにしている。
明日の朝に行くらしいから、それまでの仮眠だね。
「あ、ちょっと待て。1つ、聞きたいことがある」
が、その前に。
部屋から出て行こうとするヴェルクトを引き留めて、俺は1つ、質問をした。
「お前、領主が変わったのがいつか、言えるか」
……答えは、否、だった。
さて、じゃ、今度こそ寝るとしよう。
……ああ、城を脱出してから1日なのに、随分といろいろな事があった日だったな、今日は。
塔から脱出して、人ごみに紛れてアイトリアを脱出して、それからロドリー山脈の抜け道に入って、ドラゴンと戦って勝って、抜け道を抜けたら今度は強盗に遭って。
……そしてその強盗の家で今、眠ろうとしている。うん、中々に波乱万丈な1日だったと言えるだろう。
流石に疲れたのか、布団に潜るとすぐに眠気がやってきた。
それに特に抗う事もせず、俺は素直に眠りについた。
朝。
疲れてはいても、7年間の規則正しい早起き癖は働いてくれたらしい。
日の出から少し経ったか、という頃合いに俺は目覚めた。
「ああ、目が覚めたか」
「ん。おはよう」
ヴェルクトはというと、既に起きて朝食の支度をしているようだった。
今日は野菜と押し麦の雑炊みたいだな。
くつくつと煮える鍋から漂う香りが食欲を煽る。
出来上がりらしく、ヴェルクトは鍋を火からおろして食卓の鍋敷きの上へ運んだ。
食卓の上には既に木の椀とスプーンが2人分用意されている。
適当によそって食う、というスタンスらしい。うん、変にしゃちほこばってるよりは俺、こういうスタイルの方が好きよ。
「……しかし、本当にいいのか」
「お前こそ。……いいのか、あんな条件飲んじまってさ」
食べ始めてすぐ、お互いにけん制し合ったような沈黙が流れる。
しばらく雑炊に集中したまま、どちらも口を開かない。
「……本当に、変な奴だな」
沈黙を破って先に口を開いたのはヴェルクトだった。
「触れるだけで俺を倒せる。死神草を抜いても死なない。見ず知らずの人間とその村を助ける、とまで言う」
……まあ、うん。種が分からないと前者2つは不気味だろうね。
「身なりはいいが、貴族かと言われると、違和感がある。しかし……俺は学がある訳じゃないが、お前の食事の所作が完璧だという事は分かる」
……この世界に生まれて15年、王族やってたからね。流石に、テーブルマナーは完璧だ。
貴族らしくない、っつうのは……どういうことなんだろうね。まあ多分、こいつが言う『貴族らしくない』は褒め言葉なんだろうから、咎めないけど。
「一体、お前は何者なんだ」
「まだナイショ。……文句があるならお前の妹を助けてからにしろ」
椀に残った雑炊を『お行儀悪く』掻き込んで、俺は朝食を終了させた。
それから、昨夜俺が寝る前に推理した『この村の状況』を聞かせた所、ヴェルクトは否定しなかった。肯定は呪いのせいでできないみたいだったから、まあ、つまりそれってビンゴだ、ってことで。
今、この村で領主に対して弱みが無いのは俺だけなのだ。だから、俺なら領主に対抗する事もできるだろう、っていうか、俺がやらないとこの村、滅ぶぞ、っていうか……。
……というか、俺が王になったらこの村も俺のものなんだから、こんな村1つ救う程度は当然っちゃ当然だ。
そして遂に、俺達は村の中心……領主の家へ、向かった。
ヴェルクトは右手にしっかりと、死神草を握りしめている。
「ヴェルクト・クランヴェル。約束の物を持ってきた」
領主の家は、さびれた村にしてはかなり絢爛な家だった。……明るくなってから見たら、結構粗が目立つけど。
「……約束の物?まさか」
「死神草だ」
門番の目の前に死神草を掲げると、門番は、ひっ、と引き攣った声を上げて飛びのいた。
……俺なんかは普通に使ってたから抵抗ないけど、まあ、抜くと人が死ぬ草だから。死神草ってのは見るだけで怖い、って人も多い。つまり、今のが普通の人の反応ね。OK、こいつは普通の人。
「通るぞ」
門番が飛びのいたので、その隙にするり、と中に入る。
が。
「ま、待て!ヴェルクト!そっちのガキは誰だ!」
案の定、俺は引き留められた。
ので、毅然とした態度……を通り越して、尊大な態度で、門番を睨みつける。
「……一応、聞くぞ。さびれた村の門番風情。……お前には、俺が誰に見える?」
……俺のあまりの尊大さと、それに見合った身なりと容姿を見て、門番は咄嗟に混乱してしまったらしい。
「え、あ、その、貴族……?」
「通るぞ。俺は領主に用がある」
「は、はい」
折角王族の血と育ちってのを持ってるんだからね。持ってるものは有効利用しなきゃね。
家の中に入って、ヴェルクトは迷うことなく真っ直ぐ進んでいく。
俺もその後に付いていくと、ある扉の前でヴェルクトは一度止まって、俺の顔を見た。この部屋、らしい。
早速、俺はその扉をノック……とかせずに、おもむろに開ける。中に警戒しなきゃいけないレベルの魔力はなさそうだ。
1つ、『変な魔力』はあるが、それは想定内だし、ドラゴンに比べりゃミジンコ以下だし。
という事で。
「お邪魔しますよっと」
「誰だ貴様は!」
早速、『領主』が噛みついてくるし、護衛が物々しくも斧槍を俺に向けてくる。
「約束の物を持ってきた」
が、俺が何も言う前に、ヴェルクトが進み出て死神草を掲げた。
その瞬間、部屋の空気が凍り付く。
2人の護衛は不吉な草の根を見て恐れ慄いた。
……が、領主は、驚きこそすれ、恐れも慄きもしなかった。
護衛がびびってる瞬間を狙って、俺は跳躍。
護衛が反応するより先に、領主に飛びかかる。
領主は咄嗟に防御の魔法を使ったみたいだが……アイトリウス城の結界すらスルーしちまった俺がそんなもので止まる訳ないんだよな!
なんの抵抗もなく魔力の壁をすり抜けて、驚愕に目を見開いた領主の顔に……膝蹴りを、叩き込んだ。そして魔力を限界ギリギリまで吸ってやる。
……よし。化けの皮、はがれちまえ!
「……やっぱ、魔物でやんの」
魔力を限界ギリギリまで吸ってやったら、変身系の魔法を維持できなくなったらしく、領主は真の姿を現した。
……うん。想像はしてたが……魔物だった。




