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106話

「乗り物って面白そうだなあ……」

「人魚は自分達が一番速く泳げるから、何かに移動させてもらう必要が無いのよね」

 人魚は馬車だの馬だのが珍しいらしい。


「揚げ物って一回食べてみたいな!」

「今度料理長に頼んでみましょうね」

 人魚は揚げ物を食った事が無いらしい。


「えー、じゃあ人間はわざわざお湯につかるのぉ?熱くないの?」

「それで疲れが取れるのですか?はあ……不思議……」

 人魚は風呂に入らないらしい。


「成程、人間は雨が降ると傘という物を差し、濡れないようにするのですね」

「人間は濡れることが不愉快らしいですからね……盲点でした」

 人魚は傘を差さないらしい。当然だ、こいつら常に水の中にいるんだし……。


 ……こんな調子で、人魚の質問責めは続いた。

 というか、人魚は『何が分からないのかも分からない』ぐらいに人間の事を知らないので、俺が話す人間の生活について不思議に思ったところにツッコミを入れていく、という形だもんだから……話が終わらない終わらない。

 そして人魚のおねーちゃん達含めてみんな興味津々だからやっぱり終わらない終わらない。

 ……それでもそれらの質問に丁寧に答えつつ、俺からも聞きたいことを聞いていく。


 まず、乗り物の話から魔獣の話にもっていって、海の魔獣について聞きだした。

 ほら、船をさ、海の魔獣に引っ張らせたら滅茶苦茶スピード出そうじゃん。

 それを実現できそうな魔獣っていないかなー、って思ったんだけど、人魚は生き物を愛玩以外で飼う、っていう感覚が無いらしく、今まで人魚はそういう生き物の利用をした事は無い、とのこと。

 けれど大人しくてそこそこ速い速度で泳ぐ力持ちの魔獣はいるらしいから、魔獣の調教ができれば実現できそう。

 ……ロマンだよね、海の魔獣がひっぱる船って……。


 それから、揚げ物やお風呂の話から、煮炊き用の火魔法、そして人魚独自の魔法に話しを繋げて聞いてみた。

 案の定、人魚独自の魔法があるらしい。

 風魔法系統では、水中で空気の泡を生み出して物を包む魔法があったり、火魔法では水の中で消えにくい火を出す魔法だったり(これはディアーネがもう使ってた気もするが)。

 それから案の定、水魔法は独自のものがとっても豊富。

 水の中に暮らす種族ならではの魔法がいっぱいあったので、俺も使ってみようと思う。


 そして、傘の話から魔道具の話も聞いてみた。(俺達の『傘』の中には、普段は骨だけで魔力を流すことで水の膜が張って傘になる、っていう魔道具があるのだ。)

 人魚の魔道具は中々面白い。海の中だと風も必要ないし、火は煮炊きにしか使わないし、地魔法も道具にして使うような必要が無い。

 そして、水を出す魔道具も必要ないが、『水を操作する』魔道具はポピュラー。

 水の中に空気の部屋を作り出す魔道具はこの島のあちこちで使われている。

 ……もしかして、リスタキアの湖の底にあったアレって、人魚発祥だったんだろうか……?




 そして俺は遂に、とんでもない情報を手に入れてしまった。


 それは、歴史について話していた時の事。

「へー、じゃあ人間たちって、あたし達の事知らないんだ」

「うん。人間の歴史に人魚の事は残ってない。伝説程度にちょろっと残ってるだけなんだ」

 人魚は人間が人魚の事を知らない、って事が不思議らしかった。

 そういや、国王も人間が人魚の事を知らない、って事を知らなかったな。

「あれ?ということは、シエルアークさん達は初代勇者の事も知らないんですか?」


「待て待て待て、え、もしかして人魚の国には初代勇者の事がちゃんと残ってるの?」

 初代勇者アイトリウスの事は、それこそ伝説程度にしか残っていない。

 そりゃそうだ。女神と対話していた者、なんて、『現・勇者』の俺からしてみりゃ、伝説以外の何物でも無い。つまり、信憑性が無くっておとぎ話めいてる、って事ね。

「うん、残ってるよー!ちゃんと本にしてあるもん!持ってこよっか?」

 ……が、どうも人魚の国には、そこら辺の歴史が残っているという。

 人間の国で消えてしまった歴史が、人間と敵対していたはずの人魚の国で残っている。

「是非。おねがいします」

 それを知りたいと思うことは、当然だと思う。




 シーレ姫のお姉ちゃんが持ってきてくれたのは、不思議な本だった。

「はい、これ!」

「……これ、なに……?え?本?え?」

 確かに、装丁は本。

 銀や真珠で装飾された皮の表紙は確かに本っぽい。

 しかし、表紙を捲れば、そこにあるのは透き通ったシーグリーンの魔石だ。

 ……そう。本のページの部分が丸ごとブロック状の魔石に置き換わっているような本なのだ。これ。

「こうすると読めるんですよ」

 シーレ姫がその魔石部分に触れると、魔石の中に文字が浮かんだ。

 タブレットとかスマートフォンの類を動かす時みたいな感覚で魔石を触ると(俺だとやっぱり動かないからシーレ姫やお姉ちゃん姫達に動かしてもらうしかないけど)、ページを捲る事もできる。

 なんか、こう……電子書籍みたいだな。

 魔術の組み方次第ではパスワードつけたり暗号化したりもできそうだし、魔力が戻ったら作ってみよっと。


 さっそく、本を読ませてもらった。

 人魚の国の建国らへんは勿体ないけどちょっと飛ばして、人間との交流が始まったあたりで減速しつつ……人魚が人間に捕らえられるようになる時代……魔王が現れ、魔物が現れた時代あたりから読み始める。

 そう。魔王が現れた時代こそ、初代勇者アイトリウスの時代なのだから。




 人間の歴史では、勇者アイトリウスはほとんど神話の登場人物だ。

 女神と対話し、女神の神託を受け、魔王を滅ぼし、アイトリウス王国の始祖となった。それだけである。

 記録によっては、滅茶苦茶美形だったとか、魔法も剣もすごく強かったとか、そういう描写が入るものもあるけど、精々その程度。

 ……けれど、人魚の歴史書は、一味違った。

『西大陸南端の地より一人の人間、発てり。名をアイトリウスという。かの者魔王を滅した後、西大陸南端に国を作れり……』

 ここは分かる。女神云々とかが抜けてるけど、ここは人間の歴史書と同じだ。

 だが、問題はその後だった。

『……魔王、再び蘇る。勇者アイトリウス、再び魔王を滅す。……魔王、三度蘇る。勇者アイトリウス、三度魔王を滅す……』

 ……人魚のお姫様が人間に誘拐されただの、人魚の島を作っただのの中に、魔王ラッシュが混ざってる。

 なんだこれ。魔王ってそんなにいっぱいぽこぽこぽこぽこ出てくるもんだったの?

 アイトリウスがずっと戦ってるみたいだし、つまりそれって人間の一生の間に起きてること、ってことで……精々30年かそこらの内に魔王が3回復活してんの?うわあ……。

『……魔王、7度目の復活を果たす。……勇者アイトリウス、その強さは神をも殺すほどであったという。……勇者アイトリウス、その力を恐るる民に追われ、1人、楽園ドーマイラへ赴き、その身をもって魔王を封印す。封印の錠はその魂、封印の鎖はその血、封印の楔はその骨、そして封印の対価はその魔力なり。勇者アイトリウス、封印と共に永久の眠りにつく。楽園ドーマイラ、この時より眠りの地となる……』

 ……そして、ここで勇者アイトリウスについての記述は終わり。

 どうにも……いくらでも解釈の余地はありそうだし、人魚が記録したものだから人間側の事情も良く分からない部分があるんだろうけれど……。

 ……勇者アイトリウスは、あんまり幸せな最期を迎えられなかった、ってことなんだろうな、多分。




「知らなかったな」

 人魚の歴史書は、人間の知らない歴史をたくさん連ねていた。

 ……とはいっても、勇者アイトリウスの時代が終わって、その次の魔王の復活が起きたかどうか、ぐらいまでしか、まともに人間についての記述が無い。

 つまり、ここら辺から人魚は人間との交流を断っちゃったらしい。

「シエルアークさんはアイトリウス王国の人ですよね?」

「うん。まあ一応、勇者アイトリウスの血を引く者、って事になってるけど。……実際、どーだったんだろーね」

 アイトリウスには、勇者アイトリウスの『墓』がある。

 ほとんど記念碑みたいな扱いだけど、俺は今までそれをほんとに『墓』だと信じて疑わなかった……というか、まあ多分、その下に死体が埋まってるんだろう、みたいな感覚でいた。

 が、この歴史書を見る限り、あの墓の下には何もない。

 勇者アイトリウスは、その身をもってして魔王を封印した。

 ……ならば、勇者アイトリウスの墓は、眠りの地ドーマイラ、ということになるだろうか。


「……ごめんなさい、シエルアークさん。あまり楽しいお話じゃなかったですよね……」

「いや、楽しくは無いけど面白いよ。そうじゃなかったとしても、俺、知らない事知るのは好きなタイプなの」

 なんだか申し訳なさげなシーレ姫に笑顔を向けつつ、しかし、考える。

 ……人間の歴史書にこの記述が無い理由は明らかだ。

 勇者アイトリウスは『強すぎた』。そして、人々に追われることになってしまった。

 ……そんな歴史、無かったことにしたいだろうな。

 元々古すぎる事ではある。残って無かったとしても無理はないし、その長い時の間のどこかで故意に残さない選択が成されたとしてもおかしくない。

「ね、魔王倒したらさ、この本、写させてもらいに来てもいい?」

「はい!勿論です!」

 ……まあ、俺がまたこの歴史書を世に広めちゃうんだけどさ。




 なんとなくしんみりしてしまったところで、人魚のパジャマパーティーはお開きになった。

 欠伸しながらそっと部屋に戻ると、既にヴェルクトもディアーネも眠っていた。

 起こさないようにベッドに入って(なんか既視感あるぞ……)、布団を被る。

 ……勇者アイトリウスは、魔王を封印した。そこでそのまま死んだ。アイトリウスは何を考えていたんだろうか。

 故郷にある勇者の墓は空っぽだ。追い出しておいて墓を建てた人々は何を考えていたんだろうか。

 その後、英雄として後世に語り継がれて、その死は時間に紛れて消えていって。

 アイトリウスが生きていたら今、何を考えているだろうか。




 翌朝、寝不足ながらも朝食を摂って、王様に挨拶して、シーレ姫やお姉ちゃん姫達にも挨拶して、別れを惜しまれつつ人魚の島を発った。

 なんとなくぼんやりするのは寝不足だからだと思う。

「……シエル」

「ん?」

「大丈夫か、ぼんやりしているようだが」

 バイリラ近くの古代魔法の遺跡地点に上陸したところで、ヴェルクトが心配そうに声を掛けてきた。

「寝不足なんでしょう?無理はしない方が良いわ」

 ディアーネもそう言って優しい微笑を浮かべている。

 ……2人の顔を見てたら、なんとなく、考えが頭の中でまとまってきた。

「なー、ワガママ言ってもいい?」

「構わない」

「どうぞ?」

 聞いてみたところ、あっさり了承を貰ってしまった。

 なので、遠慮なく言わせてもらう。

「ドーマイラ観光したいんだけど、いい?」


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