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104話

 今や、俺が相手にしている地魔法は、時折思い出したように海底がせりあがってくる、という程度のものになっていた。

 避けるのもすっかり楽ちんになったところで、俺は俺の仕事第二段階に入る。

 ずばり、人魚のお姫様の救出だ。




 海溝が閉じた、っていうのも、種が分かっちまえば簡単な事だ。

 つまり、海溝の淵の岩盤を地魔法で伸ばしたりくっつけたりしたってだけの事。

 ……これは魔法でなんとか成り立ってる物だから、魔法が岩盤に作用しないようにしてやれば海溝は元通り。

 岩盤に手を触れて、ぐんぐん魔力を吸ってやれば、海溝はまた口を開いて元通り(なんだろう、多分。)の姿になった。

 そして、その頃にはもう、地魔法のちの字も無い位、遠隔操作による魔法は無くなっていた。こりゃ多分、決着がついたな。お姫様回収したらさっさとそっちに向かおう。


 海溝の底は、案外明るかった。

 海神珊瑚がミントグリーンやターコイズブルーの光を放ち、各種魔石がやはり海のような色の光を放つ。

 それらが海溝の底に敷き詰められた真珠色の砂に反射し煌めき、ぼんやりと明るくなっているのだ。

 ……真珠色の砂は恐らく、『人魚の真珠』がつぶれたり割れたりして細かくなったものだろう。その証拠の様に、砂の上や海神珊瑚の枝の上、突き出た岩盤の上などには大粒の真珠がたくさん散らばっていた。

 散らばる真珠は極上のものだ。非常に粒が大きく、虹色の光沢を持って美しい輝きを放っている。これが『人魚の真珠』だな。これ全部持って帰って売りさばいたらそれだけで豪邸複数個買えちゃうぞ。

『誰!?誰かそこにいるの!?』

 そして、特に質の良い真珠をいくつか選りすぐって回収しつつ、海溝の底を泳いでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 ……とはいっても、俺、人魚じゃないのでお返事はできない。

 が、心配は要らなかった。大きな海神珊瑚の陰から、恐る恐る、というように顔が覗いたのである。

 そこに笑いかけて手を振ってやれば、人魚のお姫様がぱっと顔を輝かせて飛ぶように泳いできて、俺に抱き着いてきたのである。

 よし、これで回収完了!


『シエルアークさん!シエルアークさんですね!お久しぶりです!』

 とてもうれしそうに俺に抱き着いて、それから離れて、俺の手を握ってぴょんぴょんと飛び跳ねるように尾びれを動かしてはしゃいでいる人魚のお姫様は……なんというか、かわいい。

『真っ暗で怖かったんです。いきなり溝が塞がって、潰されちゃうかと思った……ああ、でも、シエルアークさんが助けてくださったんですね!一度ならず二度も……!』

 そしてはしゃいだかと思うと、またしても俺にぎゅうぎゅう抱き着いてくる。相変わらず尻尾はぴちぴち、鰭はふわふわ。

 ……とっても可愛らしいんだが、俺としてはさっさと作業しないと折角の伝書鳩が死んでしまう。

 ディアーネもヴェルクトも俺の作戦通りに行動してくれてるはずだが、それでも相手は高位の魔神だ。手加減できずに殺してしまわないとも限らない。

 なんとかジェスチャーでシーレ姫に急ぐ旨を伝えると、なんとなく察してくれたらしいシーレ姫は俺を開放してくれた。

 そのまますぐ南に向かって泳ぎ始めると、後からシーレ姫も付いてくる。

 ……うーん、いや、一回人魚の島に寄ってシーレ姫を置いてこないと危ないね……。




 という事で、一回人魚の島に寄った。

 当然、シーレ姫はそのまま俺も人魚の島に上陸するもんだとばかり思ってたらしいが、人魚の島到着につき、やっと俺は喋れるようになったので事情を説明する。

「シーレ姫、悪いけど俺はもう一働きしてくるから、先に国王陛下に無事をお伝えしといて」

「え、ええええ!?シエルアークさん、また行ってしまわれるのですか!?」

「ケリがついたら国王陛下にご報告にまた来るよ」

 ……事情、っつっても、碌に何も喋らない。

 まあ、ほら、秘密が多い方が魅力的に見えるとかいうじゃん、それだよ、それ。

 ……って冗談は半分ぐらい置いとくとしても、人魚に恩を可能な限り高く売りつける為に、逢魔四天王が俺を狙ってきた可能性がある、っつうことは隠しておく。

 いやだってさあ、そこを公開しちゃうと、間接的に俺のせいでシーレ姫が危険な目に遭った事になっちまうからね。

 やっぱり俺は善意の第三者、事件とは何の関わりも無かったのに華麗に解決しちゃいました、っつうのが望ましい。

 ずるい?いーや、ずるくないね!こんなの戦略の内だ、戦略の内!


「わ、わかりました!シエルアークさん、お気をつけて……」

 ということで、不安げなシーレ姫を置いたらまた南下。

 海の中をひたすら全速力で泳いで、人魚の島の南にある無人島(一応ヴェルメルサの国土の一部なんだけど、外海にあるし荒れ地だしで無人島になってるんだよね)へ向かう。

 ……島へ近づくにつれて、島がかつての荒れ方からよりぶっ飛んだ荒れ方になっているのが分かった。

 島の表面は不自然に隆起し、岩の柱が何本も生え、巨大な岩石が幾つも転がっているのが見える。

 ここら辺は全部、地のなんちゃらさんがやったんだろう。

 そして、上陸してみると、改めて荒れ方の酷さが良く分かる。

 荒れ方を加速させているのが、溶け出して海に流れて固まったと思しき溶岩や、焼け焦げて固まった土。

 さらに、すぱり、とおよそ自然ではありえない滑らかすぎる切断面を見せて転がる大岩。

「あら、シエル。遅かったわね。もう片はついてしまっていてよ?」

「案外労せず勝てたぞ」

 そして、島の中央にはヴェルクトに極め技を掛けられて関節をミシミシ言わせつつ、傍の岩に腰かけるディアーネの足置きにされている高位の魔神が居た。哀れ。

 ……しかし、ヴェルクトもディアーネも、無傷では無い。

 特に、ヴェルクトなんて切り傷打撲に火傷まで加わって、中々満身創痍、といった様子だ。

 しかし、2人の表情は非常に晴れやか。

 まあ、裏で俺のサポートがあったにせよ、高位の魔神相手に人間2人で勝てた、っつうのは十分すぎるぐらいの功勲だ。

「ん。でかした」

 そんな2人に敬意を払って、2人の怪我や疲労は見ないふり。2人の功績を讃えるのみにしておいた。




「さて。魔神よ」

 とりあえず、ディアーネには足をどけてもらって、ヴェルクトには少しだけ極め技を緩めてもらった。

 すると、魔神が俺を見る。

 ……こいつもこいつで、ヴェルクト以上の満身創痍。

 片腕消えてるし、切り傷だらけだし、多分腹の切り傷は内臓までいってる。そして何より、大火傷。

 こいつが人間だったら3回半ぐらいは余裕で死ねる重体っぷりだが、こいつは魔神。自らの魔力を体内で上手いこと循環させることで、肉体がえらいことになってても生命を繋ぐことができるのだ。便利だね、魔神って。

「私が『勇者』シエルアーク・レイ・アイトリウスだ」

「なっ……!?」

 そんな満身創痍の魔神に向かって、俺は堂々と笑顔で名乗る。

 すると、案の定、魔神は目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

「……もしかしてお前も俺のこと、『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』だと思ってたクチ?」

「誤魔化しても……無駄、だ、ぞ……アンブレ」

 オーケー、誤解されてる。知ってた。腹が立ったので魔神の顔を踏んづけて黙らせる。

「よし。いい機会だ。ここで誤解を解こうじゃーないの」

 ということで、当初の予定通り、こいつには伝書鳩をやってもらう事になる。

 ちゃーんと説明して、ちゃーんと覚えてもらって、ちゃーんと魔王様に報告してもらわなきゃー、うっかりすると『勇者』の名が『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』ってことで通っちまう。

 それがまかり間違うと俺の功績がアンブレイルの功績になりかねないんで、誤解は早めに解いておきたかったのだ。

 魔王を殺しちゃってから後の祭り、ってなるんじゃ嫌だからね。

 俺、魔力も欲しいけど、名声も同じかそれ以上欲しいタイプ。


「まず、この世界の人間の多くは、『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』を勇者だと思っているが、あれは勇者じゃない。俺の腹違いの兄だ。勇者を名乗ってはいるが、勇者じゃない」

「なんだと!?……まさか、我々を……謀る、為、に……そのような」

 そうだったら良かったんだけどね。

 アンブレイルの行動、確かに謀略は謀略なんだけど、謀る対象が俺を含む全世界の人間、っつうあたりが救えねえ。

「いいか?今、お前の目の前にいる勇者の名は、『シエルアーク・レイ・アイトリウス』だ。大方人間から情報収集したせいで俺の名前を『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』だと勘違いしたんだろーがな、俺は『シエルアーク・レイ・アイトリウス』だっ!」

「我々は……今の今まで騙されて、いたのか……」

「うるせえ勝手に騙されやがってこのポンコツ」

 愕然とする魔神に腹が立ったので、げしげし蹴ってやる。そんなにダメージにならない程度に。

 なんてったって、この後逃げてもらわなきゃいけないからね。

 ……ついでに、逃げる時に経路を見させてもらう。

 眠りの地ドーマイラにある魔王の空間へ、どうやって入ってるのか。

 魔神はおろか魔物だって出入りしてるんだから、精霊の加護なんて無くても入れるはずだ。

 そこらへんの魔力の動きを追跡させてもらうつもりなんで、精々がんばって帰ってもらおうね。


「……く、そ、道理で今まで……!あれは、そうか、人間が世界中で結託していたわけでは、無く……おのれ、よくも……!」

 魔神は静かに逆切れし始めた。

 己のアホさを俺達のせいにしないで頂きたい。

「……勇者『シエルアーク・レイ・アイトリウス』!」

「はーい!」

 そしてやっと!やっとここで、ここまできてやっと……俺は敵の幹部にちゃんとした名前で呼んでもらえたのである!

 思わず、元気よくお返事しちゃう。笑顔はサービス。

「この、事は必ず、魔王様に報告させてもらうぞ……!今は、一度退く!が、次に相見えた時……命を、覚悟、するが、いい……この、逢魔四天王、地のヒュムスが……必ずや、お前を殺す!」

 そして、逢魔四天王の地のなんちゃら改め、地のヒュムスさんはそんな捨て台詞を吐いた。

 なんで逃げ帰る時に逃げ帰る宣言してから逃げようとするのかな、馬鹿なの?

「逃がすかー」

 俺が本気を出したら当然、地のヒュムスさんは魔法銀の剣の錆になってたんだけど、今回はちゃんと帰してあげないと魔王がいつまでたっても俺の名前を『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』だと勘違いしっぱなしだからね。

 油断したふりをして地のヒュムスに移動用の地魔法を使わせてあげた。

「くそー逃げられたかー」

「追いかけるのは危険だわ、シエル。また今度会った時に嬲り殺しましょう」

「一度俺達も戻るとしよう」

 ……そして、俺達もそんな三文芝居を少々繰り広げ。

 一呼吸、二呼吸……俺の魔力を見る目で地のヒュムスの帰宅経路を見て、解析して……地のヒュムスの魔力がこの世界から失われた所で(つまり魔王の空間に入った、ってことだ)……俺達は息を吐いた。

「……よし、カット。帰ろ帰ろ。今日は人魚の島でシーフードご馳走になろうぜ!」

「最近、あちこちで飯を馳走になっている気がするな……」

「あら、いいんじゃないかしら。私達の功績に対する正当な報酬よ。むしろ足りないくらいだわ。そうじゃなくって?」

「……ディアーネくらい割り切れたら楽なんだろうが……」

 ヴェルクトがディアーネくらい割り切ってたら、なんか、嫌。




 そして軽口を叩き合いながら、鞄から取り出した薬を使い始める。

 とりあえず処置は、より重傷なヴェルクトから。俺は背中と両腕の傷の処置を手伝う。背中は勿論、案外腕も自分じゃ処置しにくいもんだ。

 ヴェルクトの傷は、火傷はまあご愛敬ってことにしとくとしても、他が酷かった。

 岩石で皮膚を肉ごと削り取られ、切り裂かれ……見るに堪えないような傷がとても多い。

「ヴェルクトお前、なんか食いたいものある?」

「いや……特に思いつかないな。この旅に出るまで、まともに魚も食った事が無かったんだ。まだ海の物はなんでも珍しく感じる」

「そうかよそうかよ、これだから欲の無い奴は」

「お前はあるのか」

「いっぱいあって迷ってるぐらいだっつの」

 軽口叩きつつ、アマツカゼでパクってきた薬を切り傷擦り傷抉れ傷に塗って、包帯巻いとく。

 さっき拾ってきた人魚の真珠は火傷によく効くんで、すりつぶして粉にして、軟膏に混ぜて火傷に塗ってこっちも処置。

 そうしていく内にヴェルクトの体の大半が包帯巻き巻き状態になっちまった。

 傷はまだ痛むだろうが、しばらくはこのまま我慢してもらって治すしかない。そのためにも包帯は必要だからね。もうしばらくはミイラ男でいてもらおう。


 後は自分でやってくれ、って事で、薬と包帯を押し付けたら今度はディアーネの方の処置のお手伝い。

 ディアーネはもう自分でできる処置は全部終わらせてたんで、俺が手伝うのは背中だけ。

 岩陰に隠れるところでちょっと脱いでもらって、背中の傷を見る。

 滑らかな白い肌の上、肩甲骨の間らへんを走る切り傷が痛々しい。

 ディアーネは例の回復魔法(禁呪)で大分回復してたし、他の傷はもうほとんど消えてたけれど……だからこそ、背中の傷の深さが分かってしまう。

「シエル、食べたいものがあるならシーレ姫にお願いすればいいんじゃないかしら?きっと用意してくれると思うわ」

「そーね。王様に頼むよりはよっぽど気が楽だし。……うん、俺、海老食いたい。エビフライ食いたい」

「あら、シエル。人魚の島の料理だもの、生か精々煮炊き程度しか火を使わないはずよ?」

「あ、そういやあの島、揚げ物しないんだった……」

 アマツカゼの薬は優秀だが、深い傷だとどうしても跡が残る。

 尤も、ディアーネだったら自前の回復魔法(禁呪)で傷跡ぐらい、時間を掛ければ治せるんだけど。

 ……高度な回復魔法があれば、幾らでもこの程度の傷、一瞬で治せるのだ。傷跡も残さず。

 切断された腕をくっつけることだってできるし、何なら全く失われてしまった肉体の一部を再生することだってできる。

 つまり……俺が魔法を使えれば、この程度の傷、薬で処置するまでもなく、一瞬で治す事ができたのだ。

「いっそ人魚の島にエビフライ、布教するか」

「そう。それはいいけれどシエル。そろそろ肌寒いわ」

「おっと、悪い悪い。あんまり綺麗な玉のお肌だもんだからつい見惚れちまった」

「あら、上手ね。シエルだって私に負けないくらい綺麗な肌をしているのに」

「うん。それは認めよう」

 ……今日ほど、魔力を奪われた事を悔しく思った日は無い。


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