101話
「水の中入っちまえば大丈夫じゃない?だめ?」
「潮の流れが速そうだ。日を改めた方が良いんじゃないか」
「だめ?」
「嫌よ」
「だめー?」
「やめよう」
結構頑張っておねだりしたんだけど、2人が首を縦に振らなかった為、俺達の人魚の島行きは延期になった。
ちくしょー、魔力があれば天候位変えてやんのに!
しかし、このままバイリラでまた1泊、ってのも馬鹿らしいので、先にエルスロアに向かう事にした。
どうせ手に入れなきゃいけない物は『人魚の真珠』だけじゃない。
あと『生命の樹の実』と『永久の眠りの骨』も必要なのだ。
……って事で、『生命の樹』に今の所最も近いであろうと思われる、エルスロアはオーリスの杖職人、ロドールさんに聞いてみよう、という事である。
いや、ほんとにそのぐらいしかもう手がかりが無いのだ。
この、あと一歩、本当にあと一歩、って所になってからいきなり壁が高くなるってのが厳しいんだよなあ……。
まだ『生命の樹』についてはロドールさんっていう情報源になりそうな人が居るからいいけど、『永久の眠りの骨』なんて俺ですら聞いたことが無いのだ。一体どうやって探しゃあいいんだろうなあ……。
バイリラからルシフ君たちを北へ飛ばして、古代魔法の祠まで辿りついたら瞬間移動でエルスロアへ。
そのまま更に北へ北へと進んで、山を越えて谷を越えて、オーリス村へ到着したのは夕方の事だった。
「ああ、あなた達は!」
オーリス村へ入った途端、エルフの1人が驚いたようにこちらへやってきた。
「ようこそ、オーリス村へ!何時ぞやは村に結界を張って頂きありがとうございました!」
そして、固く俺の手を握って笑顔を浮かべると、村の長に報告しに行ってしまった。
どうも、今日の宿の心配はしなくてよさそうね。
「……しっかし、前回とはえらい違いだなあ……」
しかし、逆になんか不安になる。
だってさあ、この村、ついこの間まで内部で魔王派エルフとそうじゃないエルフが隠れて入り混じってえらいことになってた村じゃん?
しかも、俺ってけっこう嫌な関わり方したじゃん?俺が被害者とはいえ、村としては腫れ物に触るような扱いをしたくなるのが自然な気がするんだけどね。
……と思っていたら、ヴェルクトが苦笑しながら言った。
「結界は高度な魔術だから、張るための術師を招くにも金がかかる。結界が無い村では入ってきた魔物が作物を荒らすことなんて日常茶飯事だ。襲われて死ぬことだってある。下手すれば村が滅びることだってある。城にいたシエルには実感しにくいかもしれないが、小さな村に結界を無償で張ってくれたような人に感謝しないわけが無い」
俺としては、たかが結界張った程度、ってな感覚だし、むしろもっと警戒されてしかるべきだよな、っていう感覚だから、今一つ実感しにくい。
けど、ヴェルクトにはなんとなくそこらへんの感覚が分かるんだろう。
……いや、そこら辺の理屈、俺だって理屈では分かってるよ。
結界を張るための術式は高度だ。ましてや、村一つ覆って、かつ、定期的なメンテナンスも不要な結界なんて、アイトリウスにだって張れる術師はほんの数人しかいない。
あまりに難しくて複雑な術式だから使える人間は限られるし、そして何より、その結界の術を組んでも起動するための魔力が足りないことが圧倒的に多い。
……そういう事を考えると、まあ、この感謝っぷりも分からなくはないんだけどね。
「大きな都市より、小さな村の方が余程、魔物……魔王の脅威に晒されているんだ。ネビルムも歴史の中で何度も、魔物に酷い目を見せられてきた。きっとこの村もそうなんだろう」
……ネビルムに結界ができたのは、アイトリウス先代の王……俺の祖母に当たる人が王だった時だ。
結界ができるまでネビルムはきっと、とんでもなく魔物に苦しめられてきたはず。
……それがいかに苦しいことだったかも、分かるけど。分かるけどさ。
「でも警戒すべきだろ。ついこの間まで中でもめてたような村なのに」
「エルフは恩も仇も忘れん」
なんとなく釈然としないような気持ちでいた所、後ろから声を掛けられた。
「非がある者とて、恩があれば非を認めずともそれ相応の振る舞いはするものだ」
振り返れば、後ろには老エルフが……バカでかい木材を背負って、そこに立っていた。
「お久しぶりですロドールさん」
偏屈杖職人のロドールさんは、杖の材料にする木材を採ってきた所らしかった。
「杖の調子はどうだ」
「ええ。とても良いわ。最高の魔女に相応しい杖よ」
ディアーネが進み出て高慢にも見える笑みを浮かべると、ロドール老はにやり、と口の橋を歪めて笑った。
「最高の職人が作った最高の杖だからな」
ふむ、ロドールさん、ちょっぴり自慢げ。
やっぱり杖職人としては、最高の術者に使ってもらえるのは嬉しいんだろう。俺もその気持ちはなんとなく分かる。
「ロドールさん、お伺いしたいことがあるんです」
さて、しかしディアーネの杖の話ばっかりしててもらっても困るからね、さっさと本題に入らせてもらおう。
「『生命の樹』がどこにあるか、ご存知ですか?」
「……知ってどうする」
「あるものを作るのに『生命の樹の実』が必要なんです」
案の定というか、ロドールさんもちょっとやそっとで教えてくれる雰囲気では無い。
まあ、エルフは森の民だから、樹を守る立場にある。
当然、樹を傷つけるような目的の奴には樹を紹介する訳にいかないからね。慎重になるのは当然だけど。
「あるもの、か」
「はい。『勇者』が魔王を『倒す』のに必要な道具です」
答えると、ロドールさんは少し考えるようなそぶりを見せてから、ついてこい、と身振りし、すたすた歩き始めてしまった。
慌てて追いかけると、ロドールさんの家の中に入っていく。
……外では聞かせられない話、って事なのかな。
「どうせ長が呼びに来るだろうが、それまで話をするくらいは良いだろう」
ロドールさんは俺達に椅子を進めつつ、家の奥に行って、何かをとって戻ってきた。
「これが『生命の樹』の葉だ。国王から譲り受けた」
ロドールさんの手にあったのは、世界一……いや、世界で二番目に美しい緑色だ。(一番は禁呪ぶっ放して色々焼き払ってる時のディアーネの瞳だと思ってる。)
「杖の材料にした枝はもう見ているな。あれは10年前に儂が採ったものだ。生命の樹に出会ってな」
ディアーネの手にある杖は、『生命の樹』の枝と『炎の石』でできている。
杖を作る時に生命の樹の枝も枝の状態で見せてもらったね。
「それで、その樹はどこに?」
が、俺が欲しいのは葉っぱでも枝でも無い。実だ。『生命の樹の実』なのだ。
ロドールさんの手元に実があれば譲ってもらおうと思ったけれど、無いなら仕方ない、生命の樹の場所を聞いて、直接実を採ってくるしかない。
「分からん」
……が、ロドールさんから帰ってきた返事は、そんなかんじの素っ気ないもんであった。
「分からん、とは」
「10年前、森を彷徨っていたら偶然、生命の樹のある場所に出た。……50年前には国王が生命の樹を見ている。だが、その時には鉱山に居て、気づけば生命の樹の前に居たという」
……そ、それはまた厄介な……。
「つまり、生命の樹は、ここじゃない空間に生えている、と?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「ここじゃない空間……?」
ヴェルクトが解説を求める目で俺を見てきたので、説明してやろう。
「多分、『生命の樹』は、それ固有の空間を1つ持っていて、そこに生えてるんだよ」
「ある意味、異世界、という事かしら?」
「ま、そんなかんじ。……ただし、『生命の樹』の空間がいつどこにどういうふうに繋がるかは分からない。……そうですよね、ロドールさん?」
同意を求めると、ロドールさんは1つ頷いてみせた。
「10年前の1回以来、何度森を彷徨っても生命の樹を見つける事は無かった。国王も同じだ。今どこに行けば生命の樹を見つけられるかは分からん。どこにも空間の入り口が無い可能性も考えられる」
それを聞いて、ヴェルクトもようやく合点がいったらしく……難しい顔をしている。
「……まるで森の一枚の木の葉を探すような話だな」
ね。つまりはそういう事。
『生命の樹』はどこにでもあって、どこにも無い。どこにでも現れるけれど、どこにあるかは分からない。
そういう、とっても厄介な代物だったらしいのである。
あからさまにヴェルクトは落ち込んでいるし、ディアーネも厳しい表情を浮かべている。
「……どうする」
「どう、なんて……世界中を彷徨い歩くしかないんじゃないかしら?」
「いや、だったら、リスタキアで見つけた『空間を作る魔法』を改造する。改造して、好きな空間を繋げられるような魔法をなんとか……」
「魔力が足りないんじゃなかったか」
「そもそもシエルには魔力が無いんじゃないかしら」
「それもなんとかする手段を探してだな……」
「それをなんとかするために『生命の樹の実』が必要なんだろう」
……うん。ご尤も。
空間を作る魔法はリスタキアの水中神殿で見つけたし、解析したし、身に付けた自信もある。
けれど、それを使うには魔力が足りないし、改造するには技術か時間が足りない。そして、生命の樹の空間の情報も。
……こりゃ、詰みか。やっぱり、延々と世界中を彷徨い歩くしかないか。
そう考えた時だった。
「この葉は儂が国王から譲り受けたもの」
ロドールさんが、机の上に出した『生命の木の葉』を俺達に向けて押し出した。
「国王は先代から、先代はフェイバランドに当時いた弓職人から、その弓職人は更に古い代の国王から譲り受けたものらしい」
……ちょっと待てよ。それ、一体何百年昔の話?
そのうん百年の間、ずっとこの葉っぱは摘みたてレタスみたいなぴんぴん具合なわけ?いっそ素敵通り越して不気味なんだけど。これ、ほんとに植物なの?
いや、そういえば生命の樹の枝も樹っていうか金属みたいな風合いすらあるものだったから、もう、生命の樹ってのははそういうもんなんだって思うしかないか……。
「持って行け」
「え?」
そして、ロドールさんはというと、その葉っぱを俺達に向かって、もう一度押し出した。
「この葉がきっと生命の樹の元へ導くだろう」
……なんとなく、理解した。
「なら、ロドール老にもこの葉は必要なのではないか?」
「いや、もう儂は導かれた。……恐らく、この葉が導くのは一人につき一度きりなのだ」
ロドール老が差し出した葉の重さは、なんとなく分かる。
「代々、この葉は受け継がれてきた。『生命の樹』に辿りつくに相応しいと思う者に譲り渡すことでな」
「いいんですか。私はエルスロアの民では無い。職人ですらない」
「構わん」
……ある意味、『生命の樹』はエルフとドワーフ達が代々守ってきた宝物なのだ。
それを俺に分けてくれる。
しかも、それを次に分ける相手を選ぶ権利を、俺にくれる。
「儂の作った杖が魔王を焼き焦がすというならそれもまた一興。……その代わり、魔王を倒した暁には魔王の死骸を持ってこい。魔王の骨で杖を作ってみたい」
……ロドールさんはそんなことを言うけれど、ね。
「ありがとうございます。必ずや魔王を倒してみせます」
だが、受け取る。当然だ。俺は職人じゃないしエルスロアの民でも無いが……『生命の樹』に選ばれる自信はある。
そして、魔王を倒す。封印じゃなくて、倒す。その自信もある!
「……1つ、頼みがある」
そして、少し間を置いてからロドール老がそんなことを言い出した。
「ウルカ・アドラに『生命の樹』の素材を扱わせてやってほしい。あれはもう少し熟練すればいい職人になるだろう」
なんとなく、今までにない表情でロドール老はそんなことを言った。
……若い可能性を慈しむような、強い光に焦がれるような、同業者を認め合うような。
そんな、優しい表情で、ロドール老はそう言ったのだ。
そんな老エルフに対する俺の答えはもう決まっている。
「あいつは2回、『生命の樹』の素材に触れる事になりますよ」
俺が『生命の木の葉』を譲るとしたら、ウルカ以外に考えられない。
今回、俺が手に入れた実はウルカに加工を頼む。
そして、葉はウルカに譲る。
……そういう意味を込めて言えば、ロドール老は口元を歪めてにやり、と笑った。いつになく優しく。




