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100話

 漫然とした焦りというか、怒りというか、そういうものでもやもやっとしつつ、ルシフ君に乗ってバイリラへ帰ることにした。

 逢魔四天王の3体目、風のモネアの首を一応持って帰る。魔神は魔神だから、一応バイリラの領主にでも報告しとくべきだろうしね。


 ルシフ君にのってのんびりバイリラまで帰る間に、風のモネアから手に入れちゃった情報の吟味を行う。

 まず、最も重要な情報……『俺』が『勇者』である、ということ、か。


『勇者』とは、魔王を倒すように女神に力を与えられた人間。

 初代勇者であったアイトリウスから代々血脈は受け継がれて、今も尚、アイトリウス王国の王族が『勇者』になる。

『勇者』は女神の加護を得て、魔王に立ち向かうのだという。

 だから、俺はてっきり……アンブレイルが、ほんとーに勇者なのか、と、思わんでも無かったのだ。

 今代のアイトリウスの血を引く者は俺とアンブレイルの2人だけ。

 だから、俺に女神の加護が来なかった以上、アンブレイルにそれが行ってるんだとばかり、思ってた。

 で、俺はそんな女神の選定なんざ知ったこっちゃねえや、の精神で、女神の加護ナシで魔王をぶっ殺して『勇者』になってやるつもりだったのだ。

 ……ところがどっこい、どうもそうじゃなかったらしい。


 魔王は、『俺』を、『勇者』だと思っているという。

 ……かつ、『俺』を、『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』だとも、思っている、らしい。




 後者はおいといて、前者だけとりあえず考えよう。

 まず驚くべき事に、魔王は『勇者』の存在を感知できるらしい。

 なんだろ、女神成分も無しに、どうやって感知してるのかは謎だけど、とにかく、『勇者』の事は分かる、と。

 だから、『俺』を見て、『勇者』だという事は分かるらしい。少なくとも、魔王は。下っ端はその限りじゃなくて、魔王から聞いてる情報とかを元に判断してるだけみたいだけど。


 ……ただし、その『勇者』の素性が分かるかはまた別の話らしい。

 きっと、魔王の手先は、『勇者』の素性を調べようとして人間から情報収集したんだろう。

 しかし!その結果手に入った情報が……『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』の情報だったのだ。

 そりゃそうだ。今、世界中の人達は『勇者』=『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』だと思ってるからね。当然。

 ……しかし、真実は、『勇者』=『俺』。

 魔物が監視してるってんだから、間違いないだろう。流石に、俺とアンブレイルを間違えてアンブレイルを監視するつもりで俺を監視してる、とかって事になってるとは思いにくい。だって、魔王が監視してるんでしょ?なら流石にそんなミスは無いと思いたい。

 ……魔物は、『俺』を監視しながら、『勇者』の情報を集めようとした。

 そう。それが悲劇の始まりだったのだ!

『俺』が『勇者』だ、っつうのは分かるくせに、『勇者』の情報を人間から集めたもんだから、『勇者』=『アンブレイル』っていう方程式ができちゃって、そのせいで『俺』=『アンブレイル』って事になってたんだからな!

 ……これで、なんで今まで逢魔四天王どもが俺の顔みて自信たっぷりに『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』って呼んできたのかがやっと分かった。

 あいつら、単なるアホだったんじゃなくて(それでもアホはアホだと思うけど)、情報の齟齬が生んだ悲劇の末の『アンブレイル』呼ばわりだったわけだ。

 うん、まあ、これに関しては悪いのは魔物ってよりはアンブレイルと大臣とその他諸々の馬鹿どもだから……魔物の罪は不問にしておこう。うん。無知は罪じゃない。


 ……しかし、俺が『勇者』?ほんとに?女神に選ばれたの?

 どうも、腑に落ちない。

 俺は女神の意思がアンブレイルを選んでいるもんだとばかり思ってた。だって、俺に女神の加護は無いから。

 だから、俺が横から魔王の首を掻っ攫う事で『勇者』になった時には、女神様が大層お怒りになるだろうなー、なんてことも思わんでも無かった。

 しかし、魔王は『俺』が正しい『勇者』だと言う。

 ……魔王の見識が正しいなら……本当に『俺』が『勇者』なら。

 女神の加護はどこへ行った?

『勇者』は女神の加護を受けるんじゃないのか?

 俺に魔力が無かったから加護を受けられなかったとか?いや、だとしても、それっぽい何かが体をすり抜けていった、ぐらいの感覚はあって然るべきだ。

 ……もし、女神の加護があったとすれば、『俺が生きていること』だろうか?

 魔力が0になってるのに生きてるってのは相当おかしいことだ。それはそうだし、奇跡的だし、女神様のお力です、って言われても俺には否定する材料も無い。

 ……いや、だとしても、感覚的にこう、生きてるってことに女神のお力感が全く無いし、せめて女神様、俺になんか神託の一つくらいくれたっていいじゃん。

 ……結論。

 わからん!




 ま、女神がどうでも魔王がどうでも勇者がどうでも関係ない。

 俺が魔王をぶち殺して、世界中の人々に勇者として讃えられる。その筋書きが大きく変わる事は無い。

 精々、俺の足元にも及ばない何者かの邪魔がちょこっと入るかどうか、ぐらいの違いだからな。

 ただ、1か所確実に筋書きが変わった場所がある。

『逢魔四天王』の水、火、風は倒した。

 残るは地の四天王なわけなんだけど……そいつが来た時に、俺は、魔王への伝言を頼むのだ。

『お前らが追いかけてる勇者はアンブレイルじゃなくてシエルアークっていうのよ』とな!




 バイリラに戻って宿に戻ると、宿のロビーでディアーネとヴェルクトが飲み物を飲みつつ何か話していた。

「これはこれは、2人ともお揃いで」

「あら、シエル。……それは?」

 ちなみに、この間も俺の手には一応布にくるんではあるけれど、魔神の首がぶら下がっている訳である。

「高位の魔神の首。これから領主に提出してくる」

「高位の魔神……シエル、まさかお前、逢魔四天王と」

「うん。あっさり殺してやった」

 ヴェルクトがなんとも言えない表情をしている。

 うん、悪いけど俺、騎士よりも強いからな。

「……怪我は無いか」

「無いよ」

 ノーダメージクリアだ、と胸を張ると、ヴェルクトは「ならいい」とだけ言って、苦い顔で飲み物のグラスを空けた。

「バイリラの領主様の所へ行くのでしょう?私が一緒の方が早く話が通ると思うわ。私も連れて行って下さる?」

「うん。是非」

 ヴェルクトも付いてくるつもりで飲み物を空けたんだろうし、元々俺も2人と一緒に行くつもりでいた。

 早速2人と宿を出て、夕暮れのバイリラのメインストリートを真っ直ぐ歩く。

 突き当りのでかいお屋敷がバイリラ伯の屋敷だ。

「報奨金が出たらそれで何か美味い物食おうぜ!」

「出なかったら魔神の首を売ればいいわね」

「つまり金を出さないと魔神の首を提出しない、と領主を脅すわけか……」

 だって、普通に売ったら魔神の目玉とか、絶対高値で売れるんだもんなあ……。

 お金貰えなかったら名声しかもらえなくて報告し損なんだから、ちょっとおねだりする位はしてもいいよね?




 ということでかなりあっさりと報告と魔神の首の提出を済ませて、報奨金を貰って……なんと、そのままバイリラ伯のお宅で夕食をご馳走になった。

 流石、貴族のお食事だからね。美味かった。

 ハーブや魚介なんかと炊き込んだ米とか、ひんやり濃厚なスープとか、柑橘系の果物と新鮮野菜のサラダとか。

 ちなみに、アマツカゼの米はジャポニカ米なんだけど、ヴェルメルサのの米はインディカ米。

 だから今回のご飯は炊き込みご飯ってよりは、パエリア。

 ……前世の記憶が『これは米じゃねえ!』って言ってる……いや、美味しいんだけどね?美味しいんだけど……なんか、こう。うん。




 たらふくご馳走になった後で、バイリラ伯には泊まってくようにも勧められたけれど、もう宿屋は2日分先払いで取っちゃってるから辞退した。

 バイリラ伯はとっても親切に、保存食や薬なんかを分けてくれたりした。

 ……その親切さに、ヴェルクトは逆に何かを感じ取ったらしい。

「親切な方だったが、あれは何か裏があるのか?」

 屋敷を出て宿に戻ってから、ヴェルクトは神妙な顔でそんなことを聞いてきた。

「まあ、『領地内で魔神が出た』なんて言いふらされたら困るのはバイリラ伯だかんね」

「食事も親切さも報奨金も口止め料ね」

「……魔神についてはむしろ言った方がいいんじゃないのか。また被害が出ないとも限らない」

 なんとなく釈然としない様子のヴェルクトに、ディアーネは苦笑してみせる。

「残念だけれど。バイリラは交易が途絶えるととても困る街なの。少しでも行商人達がバイリラを倦厭するような情報は取り除きたいのでしょうね」

 音楽や踊りの街は、残念ながら一次的な生産にあまり向いていない。ある意味、観光都市みたいなものなのだ。

 街の生産だけで賄いきれない分は交易に頼るしかないわけで、しかも、バイリラはヴェルメルサと外国を結ぶルート上から外れたところにある。行商人達だって、わざわざ魔神が出た森を通り抜けてまで遠回りをしたがらないだろう。

「ま、あの魔神はもうここには出ないから大丈夫。……それに、一応俺達が領主に報告したって事には価値があると思うぜ?」

 少なくとも、民は知らなくてもトップが知っている。

 だから、バイリラ領の警備を強めるために、バイリラの警備隊の動かし方を変えるとか、そういう工夫はいくらでもしようがあるのだ。

「一応、クレスタルデには文を送っておこうかしらね」

「……それはいいのか」

「お食事は頂いたし報奨金も頂いたわ。でも、黙っていてくれとお願いされたわけじゃないものね」

 そして、まあ……こういうこともある。うん。


 さて、明日は北に向かって、人魚の島に行く。

 人魚諸君は元気にしてるかね。




 ということで、翌朝。

 ……朝だが、爽やかな気分にはなれない。

「……シエル」

「おう」

「この天候で泳ぐのかしら?」

「まあ、死にゃしないと思うけど」

「嫌よ」

 ……人魚の島行き日和とは到底言えないお天気であった。

 暴風。

 そして、暴風による海の荒れ模様。

 まさに、ピンポイントで俺達の邪魔をするようなお天気である。

 ……風のモネアの祟りだろうか……。


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