第3話 真相
その日、昌樹はいつものように帰宅した。
昌樹の家族は、父と母、そして兄の、4人家族だった。
この中で、誰かが自分の弁当箱を荒らしている。
そう考えると、とても恐ろしくてたまらなかった。
地球上で、明よりも信じられて、頼りになる存在が一気に敵になる気がしたのだ。
昌樹は、努めて冷静を装い、その日の晩を過ごした。
昌樹は朝を迎えた。
目覚まし時計よりも早く起きると、キッチンへと向かった。
キッチンでは、母が料理をしていた。昌樹は、それをドアの隙間から眺めていた。
詳しくはわからないが、恐らく朝食と弁当を作っているのだろう。
隠れていても仕方がないので、昌樹はドアを開けて中に入った。
「おはよう。」
昌樹が言うよりも早く、母が声を掛けた。
「お、おはよう。」
少し緊張していたため、一瞬声がうわずった。
「今日はいつもより起きるのが早いわね。」
そう言いながらも、決して手は止めない。さすがは、主婦だと思った。
だが、そんなことで感心している場合ではない。今日は、弁当を監視するという使命があるのだ。
「今日はなんだか目が冴えちゃって。」
適当に返事しながら、昌樹はキッチンにある自分の弁当箱に目を向けた。
弁当の中身は存在していた。
コンビニに売られているような、無機質のような冷たさはなく、色とりどりでとても華やかなものだった。
「もうすぐで朝ご飯できるから、それまで待っててね。」
穏やかな口調で言った。
昌樹の脳内から、母が犯人という線は消えた。
となると、残るは父と兄だ。
昌樹は、リビングの椅子に腰掛けると、静かに朝ご飯ができるのを待った。
結論から言う。
父も兄も犯人ではなかった。
父は、朝食を食べると、すぐにスーツに着替え、家を出ていった。
兄に至っては朝食すら食べずに出て行った。
そして、手元の弁当箱を確認した。その中身は、ところ狭しと並んだおかずが詰まっていた。
今日は完璧だ、そう思いながら、昌樹は蓋をし、鞄に入れた。
登校中、昌樹は考えていた。
今日、家族がどうこうしなかったからといって、家族が犯人から除外されたわけではない。
たまたま、今日は犯行しなかっただけで、またいつかするかもしれない。
もしかしたら、犯人は母で、今日早起きした自分に驚いて、何もしなかっただけかもしれない。
とにかく油断はできない。こうなったら、とことん犯人を追及してやる。
昌樹はそう、意気込んだ。
昌樹は学校に着いた。
教室に入ると、明が話しかけてきた。
「よう昌樹、……どうだった?」
明の声が段々と小さくなっていった。
「今日見てみたけど、特に異常は無かった。」
「そうか……、とりあえず様子見だな。」
「ああ。」
そんな会話をしながら、昌樹は席に着いた。
とりあえず、今日も死守しよう。そう思った。
1時間目、国語があった。片時も目を離さなかった。
2時間目、算数があった。途中で、先生が教室を離れたが、昌樹の鞄に違和感はなかった。
3時間目、社会があった。再び便意に襲われ、トイレに行った。前みたいに先生が付いてきたが、すぐに帰った。
4時間目、理科があった。先生の都合により、自習になった。教室は盛り上がっていた。
そして、昼休み。
うきうきしながら昌樹は弁当箱をあけた。
今日は、久々の弁当が食べられる。そう思っていた。
だが、蓋を開けた瞬間、その思いは裏切られた。
またもや無惨に、食い荒らされたいたのである。
横にいた明は、昌樹の顔を見た。もう、明は弁当の中を覗こうとはしなかった。
「なんで!なんでなんでなんで!」
昌樹が怒りや悔しさといった表情を織り交ぜながら激しく机を叩いた。
「落ち着けって!」
明が昌樹の両手を抑えた。
教室の注目が集まったか、と昌樹は思って周りを見回したが、誰もこちらを見てはいなかった。
この異様な雰囲気に、教室の皆は慣れているのだろう、そう、昌樹は思った。
「明、今日僕がトイレに行ったとき、誰もこの鞄を触っていなかったよな?」
「ああ、誰かが触ったところなんて見てないぜ。」
この言葉が本当かどうか、それすらも怪しくなってきた。明を犯人と疑ったときから、なんとなく明を信じることが出来なくなっていたのである。
いや、仮に明が犯人だったとしても、教室の皆の目を盗んで弁当を荒らすことなど不可能だろう。それは昌樹にも分かっていた。
だから、尚更混乱していた。
朝、弁当を確認した。それを鞄に入れた。
この時点で弁当は無事だ。
学校に来てからも、目を離していない。いや、厳密に言えば5分くらい目を離したが、クラスの皆が見ている中で弁当を荒らすのは困難だ。
だが、犯行はそのときしか考えられない。
自分が目を離した隙がそのときしかない以上、何らかの方法を使い、犯人は自分の弁当を荒らしたのだろう。
しかし、家族が犯人じゃなくてよかった。それだけは言える。家族は、自分の中で絶対的な存在なのだ。
「とりあえずさ、今日の放課後、また作戦会議しないか?」
明がそう提案してきた。
だが、昌樹は乗り気ではなかった。明のことを信じられなくなっていたのである。
仮に今日、明がずっと鞄を監視していたことが事実であっても、実際に荒らされている。これは見ていないということだ。
もしくは、見ていた、と嘘を付いている、そのどちらかだ。どちらにしても、信用する理由はない。
「あ、ごめん。今日は用事があってさ。」
「そっか……。わかった。」
昌樹は適当に嘘を吐いた。嘘を吐くことが悪いとは思っていたが、今の明にはうんざりしていたのだ。
放課後。
明のことを信用できなくなった昌樹は、自分1人で事態を解決しようとしていた。
先ほど帰って行く明を見たので、とやかく言われることはない。
とりあえず、昌樹は教室に残っている数人に1人ずつ声を掛けた。
「ねえ、今時間ある?」
昌樹は1人の女の子に声を掛けた。
その相手は近藤である。
「なに?」
近藤は面倒くさそうに昌樹の方を見た。
「あのさ、今日僕がトイレに行ったとき、変な動きをしていた人はいなかったかな?」
「いや、別にいなかったけど。」
「あ、そうなんだ。」
昌樹の質問は終わった。
その後も、昌樹は残っていた生徒1人ひとりに声を掛けたが、誰1人として何も見ていなかった。
おかしい。
そう考えながら、昌樹は下校していた。
誰も見ていないはずはない。
自分の席は真ん中の一番前、すなわち、教卓の前にある。
誰も見ていないはずはない。何かあったら誰かが発見するはずである。
だが、その証言が得られない。どういうことなのだ。
昌樹は、考えがまとまらず、その日は言えに帰った。
次の日の朝、昌樹は学校にいた。
今日だけは目を離すものか。絶対に離してなるものか。
いつものように明が声を掛けてきたが、昌樹が力なく返事すると、すぐに自分の席へと帰っていった。
やがて、昼休み。
一応、明は昌樹の元へとやってきた。だが、その表情は暗い。
昌樹は弁当箱を出した。開けることが緊張してきた。明も黙って弁当箱を見つめている。
昌樹は、蓋に手を掛けた。
開けた。
中身は、あった。
「あ、あるっ!今日はあるぞ!」
周囲の状況を考えずに昌樹は叫んだ。数日間弁当の中身が空だった昌樹にとって、これはとても嬉しいことだった。
「お、おい、昌樹。嬉しいのはわかるが、落ち着けよ。」
明の声で、やっと冷静になった。
だが、今日は弁当を食べられる。その事実がたまらなかった。
そして、放課後。
昌樹は下校しながら考えていた。
これからは、ずっと目を離さないでいよう。
体育のときだって、トイレへ行くときだって、片時も目を離さずにいよう。
そんなことを考えながら、犯人のことを考えていた。
そういえば、結局犯人は誰なんだ。
昌樹は、頭を抱えた。
とりあえず、今まででわかったことだけを整理してみよう。
「事件があるのは、昌樹が少しでも目を離した日。」
これは確定だ。事実、今日は弁当の中身はあったのだ。
「しかし、荒らされた様子をクラスの皆が見ていないと言った。」
全員には聞いていないが、どうせあの様子なら皆見ていないだろう。
仮に見ていたら、真っ先に報告しているはずだ。
「犯人は、他のクラスとは考えられない。」
これもさっきと同じ。普通に入ってきたら目に付くだろう。
「どこかのクラスで、容赦ないことが起こっている。」
これはトイレで聞いた噂話だ。恐らくは、自分の弁当の事件のことなのだろうとは思う。
ここまで考えて、昌樹は一瞬思考を止めた。
仮に、他のクラスが自分の弁当のことを知っていたとしたら、なぜ自分のクラスはそれを知らないのだ。
実際、この事実を知っているのは、自分と明だけである。
確かに教室で大騒ぎをしたが、その内容は2人だけしか知らない。あとの皆は騒いだと思っているだけだ。
まさか、本当に明が?
いや、待てよ。昌樹は再びトイレの中での会話を思い出した。
『どうやらさ、例のクラスであれをやってるらしいぜ。』
『マジかよ、容赦ねえなあ。』
「例のクラス」……?
言い方が気にかかる。
何か、言い方が大きくないか。
これではまるで──
昌樹の体を稲妻が走った。
そんな馬鹿な、嘘だ。そんな。
──事件があったのは、昌樹が目を離したとき。
──教室の誰もが、見ていない。
──犯人は、自分のクラス。
ついでに言うならば、昌樹が抜けたときは、先生も教室を抜けていた。
確実だ……、これ以上追求の余地はない。
昌樹は冷や汗をかきながら家に着いた。
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