ハル
うっすら覚えているのは壁一面に書かれた血の文字とハルの笑顔
最後の言葉は
“僕を永遠に忘れないで”
血塗れの手で私の頬を包んでどこまでも優しい声でそう囁いた
彼は最後の最後で私に忘れられない記憶を植え付けた
あの薄暗い寒空の日から、何度目の冬か、、、
「嫌な天気、、、」
ソファに寝転んだまま窓の外を眺め誰に言うわけでもなくそう呟いた。
降るんだか降らないんだかハッキリしない曇り空に気分は滅入る。
「あれ、椎葉ちゃん今日休みなのー、、、?おはよー、、、」
寝室からイヴが出てきた。
昼過ぎ、決しておはようという時間帯ではないが彼は仕事上夜型なので大体この時間帯に起きてくる。
「今日から生理休暇」
「せっ、、、、もうちょっとオブラートに包んで言ってよー」
「イヴは仕事?」
「仕事だよ、椎葉ちゃんコーヒー飲む?」
「飲むー」
もう完全に夫婦だ
セックスレスの。
「ねぇ、この前さ、蓮と二人で何食べたの?」
「んー、、、和食系居酒屋」
「ふーん、、、少しは蓮と仲良くなれた?」
「うーん、、、なんか俺ばっか喋ってたかも」
イヴのその言葉に思わず笑った。
イヴが酔ってご機嫌にベラベラ喋るのを蓮が面倒くさそうに聞く様子が簡単に想像出来る。
「椎葉ちゃんは蓮さんの事、、、兄みたいな存在って言ってたけど、、、蓮さんは椎葉ちゃんの事、、、妹ってよりも、、、もっと何かさ、、、」
「イヴ、、、?」
何だか歯切れの悪そうなイヴに私は首を傾げた。
「なんていうか、、、椎葉ちゃんの事を特別に想ってるんじゃないかな、、、」
「蓮が?まさか!私たち物心ついた頃から一緒に育ってきたんだよ、まぁある意味特別な存在だけど、、、家族みたいな感じだよ」
私の言葉にイヴはイマイチ腑に落ちない様子だ。
この前蓮とイヴが二人で飲みに行った日、何かあったんだろうか。
「仮に蓮が私を妹としてじゃなく女として好意を抱いた所で、エイセクシャルの私には蓮に何も与えてあげれないよ」
その言葉は自分でも驚く程冷めた声音だった。
愛しかたが分からないのか
愛され方が分からないのか
愛す資格がないのか
そもそも愛がなんなのかも分からない
何をもって愛なのか
「どうしたのイヴ、、、蓮が気になるの?タイプじゃないとか言ってたのに、この前一緒に飲みに行ったら蓮にコロッと落ちちゃった?」
茶化すように言うと蓮は思いきり飲んでいたコーヒーでむせた。
「何言ってんの、、、違うよ」
「顔赤いよ?」
「コーヒーが熱かったんだよ」
「へぇー、、、」
ニヤニヤが止まらない私をイヴはわざと見ないようにしている。
可愛い、、、イヴが可愛い、、、!!!
くっつけたい、この可愛い存在と兄(みたいな存在)をくっつけたい!!!
しかし如何せん蓮はノーマルなのだ。
何度か連れてる女を見たことあるが9割巨乳だった、、、
「おっぱいか、、、」
「え?」
思わず呟いた言葉にイヴは何事かとこっちを見た。
「イヴ、おっぱいだよ」
「え、何の話?」
イヴは目鼻立ち整ってるし色白だし化粧したらそこら辺の女よりは絶対可愛い
問題はおっぱいをどうするかだ
「胸筋鍛えるか、、、なにか詰めるか、、、寄せて上げるとか、、、」
「待って椎葉ちゃん何かへんな事考えてない、、、?」
「イヴ、私に任せて」
「いや待てよく分からないけど絶対任せちゃいけないことは分かる!」
「いーからいーから♪今日イヴが帰ってくるまでに色々準備しておくから♪」
「え、なんの?何準備すんの?」
不安そうなイヴをよそに私はワクワクしながら彼を送り出した。
そしてすかさず蓮に電話をかけた。
『、、、どうした、、、?』
眠たそうで掠れた声だが優しさを感じる蓮の囁き
「ごめん寝てた?」
『いや、、、、大丈夫だ、、、今起きた』
「明日ランチしない?この前すっぽかしちゃったお礼に奢るからさ」
「あぁ、、、良いよ、明日休みだしな」
「え!?ホントに?やった」
これは好都合だ。
「なんだよ“やった”って、、、」
「え、ううん、、、じゃあ詳細は後でメールするから、じゃあね」
翌朝10時、眠たそうなイヴを無理矢理起こし無茶苦茶な嘘をサラリとついた。
「女子会限定?」
「そうなの!女子同士の入店じゃないと入れない美味しいフレンチの店があってね、約束してた友達がドタキャンしてさー、イヴならちょっとメイクしてウィッグ付ければ誤魔化せるかなーと思って、、、ね?お願い!お願いします!」
自分でも下手くそな嘘だと思う。そもそも友達なんて呼べる存在いないし。
「いくらなんでも男だってバレるよ」
「大丈夫だよ!イヴはそこら辺の女よりずっと顔立ち綺麗だし華奢だし!ね?ね!ねーねーイヴお願いー!」
「うーん、、、分かったよ、、、でも男だってバレても知らないからね、、、」
「大丈夫大丈夫♪」
「その自信どっからくるのかなぁ、、、」
小一時間経って女装したイヴが完成した。
「椎葉ちゃん、、、スゴイね、、、」
イヴはさっきから鏡を見てクルクル回っている。
「でしょ?我ながらヘアメイク技術には自信があるのよ、、、あ、おっぱいどうしよう、、、」
「え」
不振がるイヴをよそに私はタオルを幾つか持ってきた。
「これを詰めればいっか♪」
「いや、待て、そこまでする必要ある?」
「いや寧ろこれが一番重要だから」
イヴの襟元を掴んでタオルを詰めようとすると
「やだやめてよっ」
と女みたいな反応がかえってきた
「あ、、、いやいや違うからなんかこんな格好させられてへんな気分になったというかなんというか、、、っておいー聞けー」
言い訳始めたイヴを無視し、せっせとタオルを詰めた。
これであの巨乳好きの蓮も喜ぶであろう、、、
店に入るなりイヴは私に不振の眼差しをむけた。
「椎葉ちゃん、、、どういうことかな、、、普通に男の客いるんだけど、、、全然女性限定じゃないじゃん、、、」
「あはは!まぁ落ち着いてイヴ、これには深い理由があるのよ」
「どんな理由だよ、、、」
「まぁまぁ、あ、私ちょっとお手洗い行ってくるね」
「早く戻ってきてよね」
イヴは女装が落ち着かないのかそわそわしていた。
ここまでは作戦通り♪