兄妹
最近妹(のような存在)がペットを飼い始めた。
ゲイのもやし野郎だ。
海鈴はエイセクシャルでペットはゲイ。心配するような事は何も無いだろうと思ってたがどうやらそれは甘い考えだったらしい。
海鈴とは週に一度、外で食事をするのが習慣だ。
いつものようにマンションの部屋迄迎えに行ったがインターホンを押しても電話をしても反応がない。
仕方無く合い鍵で部屋に入ったわけだが、
「おい、おまえら何してんだ、、、」
ペットと海鈴はソファで重なるように眠っていた。
周りには酒やら食べ散らかしたものが散乱してる。
「おい、翔、、、起きろ、、、」
ペットの名前は翔、飼い主からはイヴと呼ばれている。
俺は翔の髪を掴んで左右に振った。
「いっ、、、いてて、、、あ、、れ、、、蓮さん、、、」
「寝ぼけてんじゃねぇ、良いから起きろ、そして海鈴から離れろ」
俺のその言葉に一気に眠気が飛んだのか翔はバッとソファからおりた。
「いや、、、これは、、、なんていうか誤解です、、、誤解、ホントに、、、二人とも酔っ払ってそのまま寝こけて、、、」
「海鈴に手ェ出してないだろうな、、、」
「勿論っ、、、」
何度も頭をブンブンと縦に降る翔に俺は深い溜め息を吐いた。
「まさか海鈴がここまで他人を受け入れるとはな、、、おい、海鈴、おまえも起きろ」
妹の華奢な肩を優しくゆすってやると、ゆっくりと瞳が開いた。
「蓮、、、あれ、、、おはよう、、、」
「もう昼過ぎだ、、、電話にも出ないで心配して来てみりゃ、、、おまえら、暫く会わないうちに随分と打ち解けたみたいだな」
「なに蓮ヤキモチ?蓮もイヴと一緒に寝たいの?」
「そっちじゃねぇわ」
俺と海鈴のやり取りを翔が気まずそうに聞いている。
「海鈴、おまえが行きたいって言ってた店、予約してあるんだから早く着替えて出るぞ」
「うーん、、、二日酔いでちょっとしんどい、、、」
妹はそう言って頭を抑えソファの上でゴロゴロしだす。
「今日は止めておくか?」
行きたいと言われたから予約迄してやったのに二日酔いだから行くのを渋る、、、可愛い妹だからこんなことも許せるわけで、、、
「あ!」
「ん?」
「折角予約したんだから蓮とイヴで行ったら?」
ドヤ顔でさも良いこと閃いた的な満面の笑みの妹に俺は深くため息をついた。
「何で俺が男なんかと二人で食事しなきゃなんねーんだよ」
「椎葉ちゃん、、、それは流石に、、、」
翔も翔で困ったように笑っている。
「何で?私の大切な同居人と大切なお兄ちゃんが親しくなってくれたら私嬉しいなぁ」
こう言うときだけお兄ちゃんと呼んでくる都合の良い妹だ。
「ね?蓮、、、お願い、、、」
冗談っぽい口調のくせに向ける眼差しは真剣だった。
「わぁーったよ、、、取り敢えずおまえは薬でも飲んでゆっくり寝てろ、、、翔、準備しろ、、、俺は車で待ってる」
なんで休日に未だ得体のよく分からん男と飯を食わなければいけないのか、、、
心の中でぼやきながら、運転席に乗り込み盛大に溜め息をついた。
ただ、本当にこのまま海鈴のそばにアイツを置いといて大丈夫なのか見極める良い機会かもしれない。
暫くすると助手席側のドアが開き、翔が中に乗り込んできた。
「すみませんお待たせしました」
「おう」
短くそう答え車を出した。
翔はそわそわと車内を見渡す。
「何だよ」
「いや、、、俺車の事とかよく分かんないんですけど、すごい、、、高そうな車だなと思って、、、」
「おまえ免許持ってないの?」
「はい、、、都内にいるとあまり必要ないかなと思って、、、」
「ふーん、、、まぁそれもそうだよな、、、仕事はどうだ?慣れたか?」
「はい、蓮さんが仕事紹介してくれてホントに助かりました、、、有り難う御座います」
間
会話が続かず翔がまたそわそわし出す。
俺は窓を半分開け煙草に火を点けた。
「おまえも吸えば、、、」
ソッと煙草を差し出すと翔は首を横に振った。
「いや、俺吸わないんで、、、」
「あそう」
最初の出会いがあんなだったからか、翔は妙に俺に対して怯えている感じだ。
今もきっと“何か会話をしなければっ、、、”とか思いながら何にも思い付かずに頭の中テンパってるんだろうなーと容易に想像がつく。
ふとその横顔を見れば前から気になっていた幾つものピアスに目がいった。
「おまえさ、、、これ何個つけてんの?邪魔じゃねぇの?」
何気なく触れた耳朶。
バッとこちらを向いた翔の顔が赤くなった。
「え、、、、」
「あ、、、、」
しくじった、、、
ゲイ相手にこれはまずかったか、、、
「すみません、、、」
いやいや、なぜおまえが謝る。
そういえば会った日に俺はタイプじゃないって言われた記憶が、、、
なのになんだ今の反応は、、、
まぁ、、、いーや、、、
「あの、、、蓮さんは、、、椎葉ちゃんの仕事のこと、、、どう思ってるんですか、、、?」
突然話し出したと思ったら何を急に、、、
「最初知った時は驚いたけどな、、、辞めさせようとした事も何度もあった、、、でも美鈴も俺も再会した時にはお互いこっちの世界に両足突っ込んでズブズブの状態だったからな、、、」
「再会?二人は子供の頃から一緒じゃなかったんですか?」
「俺は中学卒業と同時に施設を出て東京にきた。美鈴と離れてた期間が数年あるんだよ」
数年ぶりに再会した美鈴は一言で言うなら酷い状態だった
感情が死んで目は虚ろ
手首には数えきれないくらいの傷、まるで子供がお菓子を頬張るように沢山の薬を服用していた
躁鬱で感情が不安定、駅のホームやマンションのベランダから飛び降りようとした事が数えきれないくらいあった
数年掛けてやっと今の状態にまで落ち着いた
ずっと俺が側にいて見守ってきた
今の仕事を辞めるよう何度か説得したが美鈴はそれを拒否した
(まともじゃない私が唯一出来る仕事なんだよ、私が私である証明なの)
私からそれをとったらもう本当に何も残らない
そう言っていた。
幼い頃の思い出の中にいる美鈴はいつも笑顔で、つられて俺もハルも笑顔になった。
俺達は家族同然で、俺はハルになら美鈴を、、、
譲っても良いと思ったんだ。
なのに俺の知らないほんの数年、ハルは美鈴からあの笑顔を奪った。
何があったのかは分からない。
美鈴の記憶はショックで殆ど飛んでしまっているらしい。
死人にくちなし。