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愛を知らない私とゲイな君  作者: 積木 そら
1/10

イヴの出逢い

無性愛(asexuality)

他者への性的衝動を持たず、かつ他者に恋愛感情を抱かない人


同性愛(Homosexuality)

男性同士または女性同士の間での性愛や、同性への性的指向を指す。




愛を知らない私とゲイな君





濡れた髪も半乾きのまま早々に帰り支度を済ませフロントでその日の売上を受け取った

数枚の万札をそのままコートのポケットに突っ込んだ


稼ぎは上々、聖なる夜だっていうのに風俗に来る寂しい男は多い

「椎葉さん、部屋に花束とかプレゼントとか置きっぱなしですけど…」

最近入った新人の若いボーイが店を出ようとした私を引き留めた

「今日はクリスマスイヴだから…あれってお客様からの大事なプレゼントなんじゃ…」

「…ゴミを処分するのもボーイの仕事でしょ?」

お得意の営業スマイルを一瞬だけ作ってサッと店を出た


「さむ……」

胸元まで伸びた毛先から水滴が落ちた

きちんと乾かさなかった事を早くも後悔、カツカツとヒールの高いブーツで大通り迄足早に歩いた

クリスマスイルミネーションで彩られたきらびやかな街を誰もが幸せそうに歩く


こんなキラキラしてるのに、なぜだか私にはこの世界の全てが灰色に見えた

22歳、東京に来て4年目の冬…


大通りでタクシーを拾い暖かい車内に安堵する

スマホを見るといつものLINEメッセージがきていた

“おはよう”

その短文に私は

“おやすみ”

とだけ返す

私が仕事を終え帰る時間帯に彼は起きて仕事に行く

新宿2丁目のアングラな風俗店を数店舗任されているらしい、彼自身は至って女好きのノンケだ


私の兄…のような存在…

説明すると長いので割愛。

幼い時同じ施設で育って再開したのは3年程前だ

再開した時は既にお互い普通ではない世界に足を突っ込んでいた


蓮、その名前に相応しく彼は泥のなかにいても凛としてどこか人を惹き付けるカリスマ性染みた魅力があった


蓮は私の生い立ちも、性格も全部知ってる

誰も愛せない無性愛者だってことも…


何回か風俗の仕事は辞めろとか、生活費出してやるとか言われたけど断ってきた

蓮も恐らくダメ元で言ってる

こんな私が真っ当な社会で生きていけるわけがない、泥のなかでもがくみたいに生きてる

それでも私は自分の力で生きたいと思った


コンビニに用があったので自宅の最寄駅でタクシーを降りた

テキトーに酒と食べ物をカゴに突っ込んで気になる雑誌も数冊購入

「重っ…」

年末の忙しさで体は疲弊しきっていた、やや重たいレジ袋を持ちながらフラフラと歩いた

途中にある公園を突っ切れば直ぐ自宅マンションだ


「…」


公園の滑り台で人が…寝てる…?倒れてる?


モッズコートを着た若い男だった

「…」

ホームレス?にしては小綺麗な感じだ

手足が長くて男にしては随分細い、近づいてよく見るとコートのフードから覗いた左耳にはピアスがジャラジャラついてる

酒くさい…ただの酔っぱらいか…

放っておこうと思ったがこの寒さだ、寝ていたら凍死するかも…


「あの…」


恐る恐る声をかけてみる

「あのっ…大丈夫ですか…救急車呼びましょうか…」

一瞬ピクッと反応したあとゆっくりと長い睫毛の瞼が上がる


思わず息を呑んだ


ガラス玉みたいな綺麗な青


その瞳にただ素直に綺麗だなと思った


「……」

彼は私を不思議そうに見ている

「あの、救急車…」

そう言い掛けた瞬間手を捕まれ思わず身構えた

その手は驚くほど冷たい


「天使…」


その唇から発せられた言葉に私は戸惑う

ひょっとしたらクスリでもやってるヤバイ人間かも

「…俺、生きてる…?」

彼は何かを思い出すように額に手をあてた

「あの…離して、痛い」

怪訝そうな顔で私がそういうと彼は慌てたように手を離した

「ごめっ……なさい……えっ…と、君は……どちら様…ですか?」

なんとも間の抜けた質問に先程までの警戒心が少しゆるんだ

「こんな寒空の下人が倒れてるから何事かと思って…大丈夫ですか?体調が悪いの?どこか痛むところとか…」

「…ん…痛い…相当痛いな……」

彼が困ったようにそういうのでどこが痛むのか訪ねると胸をさすって踞った

「ホントに大丈夫ですか?!救急車呼びましょうか?!」

「いや……平気、病院行っても意味無いから」

「え…?」


「痛いのは…心だから…」


「………」

普通なら馬鹿馬鹿しくてその場を去ってたと思う

でも、彼が…あまりにも悲しそうに笑うから、冗談ぽく言われたその言葉に何か深刻な理由があるのだろうと感じた


「ウチ…直ぐそこなんだけど…よかったら来ない?」


「え…」


私のその誘いに彼のガラス玉みたいな瞳はますます丸くなった

自分でも有り得ないことを言ってる自覚はあった

こんな得体の知れない男を家に誘うなんて…でもこのまま彼を放っておけない気がした


「いや…流石に見ず知らずの女の子の家にお邪魔するわけには…」


寒空の下倒れていた人間にしては常識はあるらしい

ごもっともな意見だ


「行くところ…あるの…?」

「ない……かな………はは……」


苦笑する彼の手をそっと掴んだ


「え…ちょっと……」



「拾ってあげる…私が君を拾ってあげるよ…」



イブの夜、ガラス玉みたいな瞳の青年を拾った

寂しそうに曇らせたその瞳が、キラキラ光る瞬間が見てみたいと思った


そんな気まぐれで拾ったこの青年との出会いが、この先の未来を大きく変えることになるとは思ってもみなかった








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