学校一の変人と友達になりまして
放課後、屋上にて。
人生で初めて受け取ったラブレターはそんな文面だった。いや、そもそもこれはラブレターなのだろうか。放課後、自分の下駄箱の中からひらりと出てきたのだから、状況的にはそう受け取って構わなそうだけれど。
「(いや絶対あかんやつでしょ……)」
残念ながら、突然の告白を期待できるような容姿はしていない。どっかの誰かに親切にした覚えもない。告白と見せかけて呼び出し、ほんとに来たよこいつーげらげら(以下略)みたいな未来しか見えない。
でも万が一、本当に告白だったら。心臓が早鐘を打つ。冷静になれよそんなわけないともう一人の自分が冷ややかな目を向けても、どうにも盛り上がってしまう自分もいる。
覚悟を決めて屋上へと向かった。
「お、来たね」
「…………」
待ち構えていたのは、この学校じゃ知らない人はいないであろう、通称・久賀高一の変人。
黒い髪は無造作にもしゃもしゃしていて前髪だけが異様に短い。ぱちっと大きく開いた目は猫のよう。背は低く、体つきも華奢なので全体的に女の子っぽい。
しかし外見に似合わずその悪名は高く、いわゆる実験厨。気になったら常識なんてどこ吹く風で試さずにはいられない。一番の逸話は学校の屋上でひとり花火大会(しかも結構豪華仕様)をおっぱじめたというアレだろう。
その名を、苑田美暮と言う。
「? どうしたの、固まって」
「いや……」
帰って良いかな。
また何かの実験に巻き込まれでもしたら困る。こっちは比較的手のかからない優等生で通っているのだから。
「えっと……この手紙、くれたのって苑田くん?」
「そーだよ」
来たねと言われた瞬間からそうだろうと思っていたけれど、いざ現実になるといよいよもって思考回路がショート寸前だ。いますぐ帰りたい。どういったご用向きで学校一の変人、非常識な実験マニアに呼び出されたというのだ。
「何の用だよって顔してんね」
「へ!? あ……いや……」
「あはは! 図星だ。別に渡したいものがあっただけだから、警戒しなくて大丈夫だよ」
はい、と苑田くんがぺったんこなカバンから取り出したそれは一枚のプリントだった。
「……?」
受け取って見ると、それはこの間の行われた古文の小テスト、私の解答用紙だった。そう言えば帰してもらったあと家に持って帰った記憶もないが……なんでこれを彼が?
何気なく裏返してみて、心臓が止まった。
「それ、大事なやつでしょ」
「な……あ……」
裏には、私の字で文字が書かれていた。
授業中あまりに暇で(先生に殴り飛ばされそうだが)こそこそと思いつくまま書いた散文がそこには残っていた。
「……見た?」
「詩みたいなやつ? うん。柚木さんって文書くの趣味なんだね」
「(うあああああああああああああああああああ)っ……」
膝から崩れた私に、苑田くんは大丈夫?と繰り返す。全然大丈夫じゃない。よりによってこんなものをこんなひとに見られるとは。死にたい。いますぐ屋上から飛び降りたい。
「しにたい……」
「えー? 生きて」
頭のなかでぐるぐると回る。これをわざわざ返したということは、弱みにつけ込んで何か要求されるということだろうか。皆に恥ずかしい趣味をばらされたくなかったら、っていう。
「よ、要求は何デショウカ」
「要求?」
「これをばらされたくなかったらって……それで呼びだしたんじゃないの?」
「あー……そういうことか」
視界が陰る。すぐ傍に苑田くんが座ったのを感じる。なぜかふわりと鉄の焦げたような匂いがした。全然きゅんとしない。
「呼び出したのは単純に返すため。変なつもりはなかったよ」
「じゃあ……」
「でも、せっかくだから聞いてもらおうかな? お願い」
「……へ?」
「聞いてくれるんでしょ?」
やばい。嫌な予感しかしない。
苑田くんがにっこりと笑う。とても学校一の変人と噂されるとは思えない、人懐っこい可愛らしい笑い方で。
「俺と友達になってよ」
それは私の優等生ライフの終わりを告げる言葉でもあった。
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