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魔法の国でひたすら日本生活。  作者: 花澤文化
魔法の国で日本らしい生活をする。
9/24

第7日 魔法の国で話す。

 朝眠い目を無理矢理こじ開けて起きあがる。時計を見るとまだ時間は7時。大学の1時限が入ってるときはこれ以上に早起きしたものだが、すっかりゆっくりした生活に慣れてしまい、最近では8時に起きてもまだ眠い。

 それでも高校生の頃はこれぐらいに毎日起きていたんだよなぁなんて、思い返す。あの時も俺は俺だった。決して曲がらない俺だった。

 だから世界が変わっても俺は変わらない。

 再びそう自分の心に刻み込んだ。

 しかし、逆に言えば刻み込まなければ、再び思わなければ揺らいでしまいそうな頼りない決意だったかもしれない。

 ピンポーン。

 インターホンの音。なぜ俺がこんな時間に起きたのかというとそれはこのインターホンのせいであった。アンジェ達は基本、朝こない。休みの日は朝から来ることがあるものの、今日のように平日の学校前に来るということはほとんどない。

 たまに学校帰りに来るのもやめてほしいものではあるのだが。

 そんなアンジェとも実はあの別れた時から会っていない。あれから3日しか経っていないということもあるのだが・・・くそ。別にあんなやつのことはどうでもいいのに気になってしまう。

 俺はまだ人に距離を置かれることに慣れていない。そのせいである。

 まぁ、どうせあと少しで帰れる身。ここでどうにかなったって俺には関係ないのである。

 ピンポーン。

 こうして思考していても鳴り続けるインターホン。20秒おきぐらいに鳴っている。

 そういえば、そういえば、だ。

 俺の家には魔力遮断結界がなく、入ろうと思えば魔法でいくらでも不法侵入できる場所なのだ。故にインターホンを押す理由がない。アンジェ達は知らないとばかりに勝手に入る(ロメリアは律儀にインターホンを押してから不法侵入する)。

 じゃあ、ロメリアか。

 それとも別の知らない誰かか。

 それとも、ジジ様に頼んだ結界がもう完成したのか。

 どっちにしろ、俺は出なければなるまい。適当にうがいをし、ブレスをケアできるものを食べる。これも地球産のものだ。

 軽く顔を洗い、ゆっくりとした足取りでインターホンにでた。

「はい」

『あんたが、モモって異世界人か?』

 男の声だ。

 自慢でもなんでもないが、俺のこの世界の男友達は皆無。ジジ様か、メッカさん、それかそこらへんのがきんちょしか男で知り合いはいない。

 だから、そのちょうど声かわり終わりましたぐらいの、高校生のような声の知り合いはいないはずだった。インターホンから見える、姿は金髪。制服を着ており、恐らく学校前なのだろう。

「ん?」

 そういえばあの制服・・・アンジェ達が通うとこの制服か?

 たまに朝、早起きして散歩なんてものをしているとその制服を見ることが増えた。ほとんどが箒に乗って空を飛んでいるわけだが、アンジェ達ので見慣れてしまっているため、すぐに見つけられる。

 この制服はアンジェ達の学校の男版、すなわちブレザーのはずだ。

 しかし上着は脱いであり、ネクタイもとれて、腕まくりもしている。

「夏服か・・・」

 と呟く。

 懐かしい。俺の場合学ランだったけれど、夏服移行期間とかあったなぁ・・・。校章忘れたら脱げないという最悪なルールだった。

 高校は割と厳しいところだったから、大学に入った時のギャップに驚いたものだ。

 だってバイトOKってマジかよ。

 そんなところで生活して1年。未だにバイトをしていないわけだが。

 ここで説明しておくと、俺の通う大学はそんなに頭のいい方ではない。地元では誰もが知っているぐらい有名な大学ではあるのだが、少し違う場所に移動すると一気に知名度は下がる。

 すなわち就職でも地元に有利、他の場所では少しも役に立たない場所なのだ。あんま言いたくないが、御堂が同じ大学にいる時点でなんとなく、いい大学ではないことに気付いてもらえただろう。

「・・・・・」

 自ら志望してそこに行ったとはいえ、少しの後悔がある。こういうことはまるで謙遜しないが、俺はもっと上の大学に入れるぐらいの学力を持っていた。

 それでもそこの大学にした。まわりは驚いていたし、担任も驚いていた。親も、もちろん。そして俺自身も。上を目指し続けると決めていたはずなのに。

 その頃からすでに揺らいでいたのかもしれない。俺の決意も、生き方も、俺自身も。

「・・・・・」

 別に今はどうでもいいか。

 俺は思考を中断して、インターホンにしゃべりかける。

「えーともしかしてアンジェの知り合い?なんの用だ?」

『いいからあけてくれ』

 なっ・・・何様のつもりだ、こいつ・・・。

 これは俺が開けるまで帰らないパターンか。とてつもない覚悟が伝わってくる。

『はやくしないと学校始まるから、マジで』

 と思ったら全然覚悟してなかった。こいつ時間になったら帰る気満々だ。

 しゃあない、俺はだるそうに玄関まで歩き、ゆっくりとドアを開けた。開けてから思ったのだが俺の危機管理能力が低下しているように思える。

 普通見ず知らずのやつを家にあげたりはしないだろう。しかし連続する不法侵入のせいで俺はそれに慣れてしまっているのだった。未だにあのガキどもの区別つかんからな・・・。

「どちらさん?」

「・・・・・イオ=アルバ」

 そうつぶやいた少年は俺を品定めしているようであった。全身くまなく見ている。

 というかその苗字、最近聞いたばかりなんだけれど。

「異世界人とか言うから変わったやつかと思ったら人間じゃないか」

「俺は人間だからな。で、もしかしてメッカさんの家族?」

「メッカは俺の親父だ」

 上がらせてもらうぞ、と偉そうに俺の家に入ってくる。

「お、おい!」

 待てと注意しようとした俺はイオという男が靴を脱ぎ、それをきちんと揃えてから「おじゃまします」ときちんと頭を下げているのを見た。

 なんか注意しようにもしにくいやつだな・・・。

「ふーん・・・お前にはもったいないぐらいの部屋だな」

「なんで初対面のお前がそんな遊びに来た友人みたいなセリフを発するんだよ」

 お、そうだ。と少年はカバンをごそごそと探り始める。

「ほら、これ」

 出したのは包み紙。

「な、なんだこれ・・・」

「なんだってお菓子だよ。人様んち行くんだから当然だろ。遠慮しないでいいから受け取ってくれ」

 うちの牧場でとれた牛乳を使ったお菓子なんだ、と自慢げに説明してくる。

 えぇ・・・なにこいつ。一番突拍子のない現れ方しといて、一番丁寧なんですけど。

「で、改めて聞くが何をしに来たんだ」

 結局俺もお茶を出し、地球産のお菓子を出しておもてなしをするはめになった。だって逆にここで無下に扱ったら俺の負けみたいじゃん。と、子供っぽい理由からなんだけど。

「ここの家はロメリアから聞いた」

「あぁーロメリアの方か。てっきりアンジェだとばかり」

「アンジェ・・・。お、お前なぜアンジェさんのことを呼び捨てで呼んでいる!誰の許可を得てその名前を言っているんだ!」

「いや、本人のだけど・・・」

 アンジェの話になったとたん、急に食い付きがよくなったな。

「聞きたいことがある。お前はアンジェのことが好きなのか?」

「は?なんで?」

「なんでって・・・最近よく会っているというから・・・」

 なるほど。

 人付き合いを避けてきた俺でも分かるこの態度。分かりやす過ぎて逆にあやしいぐらいだ。こいつ、イオはアンジェのことが好きなのだ。

「会ってんのは俺がこの世界のことをよく知らないからだ。聞いたろ、異世界人なんだよ、俺は。で、最初に出会ったアンジェに色々とお世話になってるわけだ」

 俺の意思でもなんでもなく、むしろこの世界のせいでこの世界に辿り着いた俺。もう3週間近く経つのだが、まだ慣れない部分もたくさんある。

「それに俺はもう元の世界に帰るしな」

「そ、そうなのか・・・」

 少年は黙った。

 本当に要件はそれだけだったようだ。

「・・・・・・・」

 なぜか申し訳なさそうに黙る少年。

 お前が押しかけて来たんだろ・・・。

「う、嘘じゃないよな」

「嘘じゃない」

「そっか・・・」

 そう言うと本当に安堵したように息を吐いた。

 なんというか憎めないやつである。金髪という見た目をしておいて丁寧だとか、頼りないだとか、どれをとっても人に好かれそうな、そんな人間。

「ん?髪の毛か?」

 俺の目線に気付いたイオは髪の毛をいじる。

「染めてるんじゃなくて地毛なんだ、これ」

「あぁ・・・」

 そういや、純粋な人間じゃないんだっけ。

「俺にはほとんどすごいパワーとかそういう便利そうなものは使えなかったけど、この髪の毛だけは引き継いでいる。唯一、人魚の部分なんだ」

「人魚ねぇ・・・ここに来てから見たことないな」

「一応姉ちゃんは人魚の血を継いでるから、人魚っていう分類には入るけど、純粋な人魚は海の近くにしかいないからね」

 そういえば、ここらへんには海というものがない。また、あの空飛ぶ魔法の汽車で行けば海らしきものも見えてくるんだろうが、わざわざ海に行く用事もない。

「それに人魚はもうほとんどいないんだ。分かりやすい話だけど人魚って綺麗なんだよ。鱗も髪の毛も」

 そう言って、自分の髪の毛を強く握りしめる。

「俺のこの髪の毛よりも何倍も何倍も綺麗なんだ・・・」

 そう言ってうつむいた。

 俺はなんて声をかけてあげればいいのか分からなかった。いや、他人に関わることを嫌う俺のことだから心のどこかでこいつと関わらないようにしていたのかもしれない。

 ほとんどいない。

 もしかしたらこいつらの母親も、もう・・・。

 憶測で考えるのはやめた。

「味噌汁食ってくか?」

 俺のその言葉にぽかんと口をあけるイオ。

「俺の誤解はとけたんだろ。じゃあ、もういいだろ。お前の要件終了」

「いや、何勝手に・・・」

「だから」

 強く、相手のセリフを遮る。

「だから次は俺の要件だ。いい加減最近驚かされてばかりだったんでね」

 特にお前の父親とか、姉ちゃんとかな。

「今度は俺の番だ」

 そう言うと、俺は台所へ入る。

「味噌汁食べたことあるか?」

 作る前に重要な質問。こいつらが見たことあるものでは意味がない。それでは驚かせることができない。だから相手が知らない、それが重要なんだ。

「味噌汁・・・いや、聞いたことないが」

「おっけー」

 俺はそう言うと食材を切る。

 作る味噌汁はそうだな・・・あさりの味噌汁でいいか。あさりの下ごしらえに入る。

 その様子をイオはずっと見ていた。

「なんか言いたいこととかあんのか?」

 そう聞くと、

「ありがとう」

 とイオは言った。

「お礼を言われることは何もしてない。そもそもお前簡単に人を信じすぎ。もし俺が嘘をついていて実はアンジェのことが好きでしたってなったらどうすんだよ」

「そ、そんときはゆるさねぇよ!」

 なんだそりゃ・・・。

「でも、なんとなくあんたはそんな器用な人間だとは思えなくてね」

「喧嘩売ってんだろ・・・」

 ねぎを刻む。

 こ、こ、こ、という包丁がまな板にあたるいい音が聞こえる。

「そういえば、ナルミルさんがハンターってすごいな。この世界では肉体労働も女性が出るもんなのか?」

「それは俺が弱いからだよ。弱いから、俺は農場や牧場経営の方を手伝ってる。その代わりに姉ちゃんがハンターになってるんだ。俺は親父からも・・・・・母親からも何も受け継いでいないから」

 継いだのはこの金髪だけ、とまた髪の毛を触った。

「別に受け継ぐとかはどうでもいいだろ。自分のやりたいことだったら」

 そう言ってお皿に味噌汁を盛る。

「それに間違えなく、お前メッカさんの息子だと俺は思う。だって普通の人間は見ず知らずの人間の家まで来て自分の好きな人のことを聞きにきたりはしない。その行動力はまさしくメッカさんに似ている」

 そう言って俺は味噌汁のお椀を突き出した。

「なに・・・これ・・・貝?」

「いいから、食え」

 箸を持たせたものの、使えないらしく、代わりにスプーンを持たせる。イオはおそるおそるといった様子で味噌汁にスプーンを入れ、掬いあげる。

 スプーンの中には綺麗な色をした味噌汁が。

「いただきます」

 そう言うといっきに口に運ぶ。

 しばらく咀嚼して、飲み込む。その後、イオはまた味噌汁を掬い、それをすすった。

「うまい・・・」

「だろう」

 ふふん、と得意げ。

 俺も試しにそれを飲んでみる。

 あさりのいい出汁が味噌汁全体に効いていてそれが口の中に広がり、次に味噌の味が広がる。温かい味噌汁は心をやすらかせる効果があった。

 ネギもほどよいかたさで苦くもない。むしろ甘みを感じる。

 あさり自身も味噌の味がしみていて噛めば噛むほどおいしさが広がっていく。

 うまい。

「文句なしだな」

「・・・・・・これあんたんとこの飲み物か?」

「飲み物ってか・・・朝食に食べたりするものだよ」

 日本人は割と晩とかにも食べたりするが。

「これで少し落ち着いたろ」

「あぁ・・・。って落ちついたらやばいんだって!もう学校!」

 急に何かを思い出したかのように立ち上がるイオ。

「いきなり押しかけておいて帰るのもいきなりだな・・・」

「ごちそうさまでした!じゃあ、これで」

 おじゃましました、と言って、急いで玄関にたてかけてあった箒に乗る。そのまま体は浮かんでいき、猛スピードでどこかへと飛んで行ってしまった。

「はや・・・」

 瞬く間に姿が見えなくなる。

 俺は家の中に入り、先ほど作った味噌汁を飲みながら、本を開いた。この国の歴史と地理について。あのあとアンジェにこの国の形を聞いたものの、「形・・・?さぁ?四角とか丸とかじゃないんですか?」と適当なことを言っていた。

 地理とかは習うものの、なぜか国の形だけ分からない。

 ふと、そんな考え事をしていると、床に何か落ちていることに気付く。それは・・・結構な大きさで、見たこともない・・・・・

「卵・・・?」

 卵だった。

 もしかしなくてもあいつの忘れ物であろう。

「慌しいやつだな・・・」

 しかし卵となっては俺もどうしていいか分からない。何か特殊なものだったらまずいし、生き物が生まれるとなってもまずい。

 はやめに返した方がいいだろう。この後の予定が悲しくも決定してしまった。またあのアルバ牧場に行こうと、準備をするのだった。





「じゃ、行ってくるから」

 アルバ牧場。

 午前10時。

 ナルミルは魔法学園へ行くために家を出た。今日は3限からなのでこの時間に出れば余裕で間に合うだろう。大学へ行った理由は魔法が苦手だから、であった。

 人魚として受け継いだ腕力はすごいものの、魔法が苦手だ。特に身体的能力を上げるものならまだしも、火を出したり水を出すとなるとほぼできなくなる。

 だから通っている。

「ナル。そういえば、イオは知らないか」

 父親のメッカに話しかけられ明らかに嫌そうな顔をする。

「知らない。てかこの時間学校じゃん」

「朝からいなかったんだよ、何をしているのか」

「興味もない」

「ナルはモモに対してほんとイオに接するみたいだよな」

 ふと、メッカはそういった。

「そんなにすぐお前が心を許したのなんて初めてじゃないか?」

「許してない。ただ、あいつはイオに似ている」

 思い出す。

 はるか昔のこと。

「何をするにもまず驚いて、うだうだしてて・・・」

 イオが小学生のときのこと。

 響く言葉。

 『殺さないで!これは・・・』

 イオの言葉。

「甘くて、理想論ばかり並べて自分は何もしない、できない。そんな人間だから腹が立っただけ」

 そう言って、靴を履き終えたナルミルが立ち上がる。

「好きの反対は無関心だっていうけど、私はあいつに対して無関心ではいられない。明確にただ、嫌いなのよ」

 ナルミルは急ぐように家を出ていった。

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