第6日 魔法の国で育む。②
魔法学校。
それは魔法を習う場所であり、普通の一般的な授業を受ける場所でもある。このような国でも国語や数学、体育などは未だに残っているのだ。
もちろん、ほとんどが魔法関連の授業である。それ+一般授業なため、1日に受ける授業数は結構な多さだ。1つの授業は50分であるものの、終わる時間は実質夜に近くなる。
今日も今日とてその授業量は膨大。生徒はへとへとになりながらも授業を受けていた。しかしそれでも続けられるのは魔法を使いたいという思いと、実技の存在であろう。
実技とは魔法が使えるかどうか確認するというものであり、これは座学ではない。体育のようなものである。その実技の授業が入り込む時間帯がみんなが座学で疲れたんじゃないかといういい具合の時間帯に設定してあるため、長い授業を受け続けられる。
実は実技も座学もそこまでやらなくとも魔法というものは使える。魔力さえあればなんとかなる。その魔法から相手を守ったり、自分を守るための授業、そのための理解に繋げるのが魔法学校の授業なのだ。 魔法小学校、魔法中学校、魔法学校、魔法学園と、その名前は変化していく。
アンジェとロメリアはちょうど魔法学校の2年生。来年になると魔法学園へ進学するか、就職するかなどを選ぶ受験生という立場になる。
実際魔法学校から魔法学園に進学する人は半分もいかないぐらいである。魔法学校まで出ておけば魔法を使う上ではほとんど安心というものもあるが、魔法学園へ行く意味があまりないというのがでかい。
魔法の良し悪しは才能の部分が大きい。そして就職はその魔法の才能を見る。もちろん魔法学園に行く方が就職に有利ということはあるのだが、大体の人間が魔法学校で就職に困らない魔法使いとなるため、わざわざ行く人間は半分にも満たないのだ。
行く人間は、魔法を使うことが苦手か、魔法についてもっとよく勉強したい人間のみ。
そしてこの第7区魔法学校に通う、アンジェもその進路について迷っているところなのだ。まだ2年生の夏とはいえ、もうすでに受験勉強を始めている人は始めている。
「・・・・・・」
教室は大きめだった。
教室のまわりには魔力的に効果のある装飾があったり、防魔(魔法を遮断する物質)の効果のある装飾が施されてあったりする。
その教室でアンジェは窓の外を見る。
そこにはドラゴンが飛んでいた。
教室の広さには少なめな40人規模のクラスは今日も好きに談笑していたり、魔法について話していたりしている。
「アンジェ」
ぼーっと外を眺めていたアンジェはその声で現実に引き戻される。
顔を前に向けるとそこにはロメリアがいた。
「また悩んでいるのですか。進路について」
「・・・・・うん、まぁね」
実は2年生の時点で進路に迷うということは稀だ。
ほとんどが3年生の始めあたりから意識しだす。そして魔法の才能がないものは迷うことなく進学を選ぶため、この時期はすでに受験勉強中であろう。
そんな中途半端な時期にアンジェは悩んでいた。
アンジェは人より若干魔法を使うのが苦手だ。しかし就職に困るほどではない。恐らく人気のあるところにも入れるぐらいではある。
でもアンジェは悩んでいた。
「メリーはさ、決めてるの、進路」
「私はパパ・・・じゃなくてお父様のあとを継ごうと思っております」
「・・・・・」
笑顔でそう言うロメリアにアンジェは疑わしい視線を送る。
ロメリアも迷っているはずだった。親が有名な魔力輸送会社であるが故の悩み。自分のしたいことができなくて、親の作ったレールを歩かなければならない苦悩。
他の人たちから見れば羨ましく映るだろうそれはロメリアにとっては苦痛でしかないはずだった。
しかしロメリアの顔からはそんなことを微塵も思わせない笑顔が浮かんでいる。
結局はロメリアも同じなんだ・・・アンジェはそう思った。
「ロメリアは地球・・・だっけ。あの人がワープしてきたその場所に興味があるんでしょ」
「はい。それは。地球、というより私の知らない場所に興味があるんですけれどね」
「そういうことに関連した職業に就きたいとは思わないの?」
「輸送会社はある意味その職業ですわ。色々な国に魔力を運ぶ、その前に下見、定期点検などでその国に行けたりしますしね」
また笑う。
これもアンジェは嘘だと思う。
魔力を運ぶ会社である魔力輸送会社が行けるのは魔力を必要としているところ。しかしあのよくわからない人間のせいで魔力がない世界というものがあると、判明してしまった。
魔力を必要としているある程度知っている国などではなく、微塵もしらないまっさらな世界。どちらが魅力的かなんて考えなくても分かる。
それに社長になってしまったら、その定期点検に行く時間もないはずだ。
「ロメリアはずるいな。そうやって私だけ・・・」
「アンジェだけなんですか?」
首をかしげるロメリア。
これ以上は無駄だと判断したアンジェはまた空を見る。
「アンジェ、もしかして親関連のことですか?」
「・・・・・・」
アンジェは答えない。
「モモさんは今頃何をしているのでしょうか」
ロメリアはすぐに話を変えた。アンジェはそれをありがたいと思い、
「知らない。どうせ家で寝てるんじゃないの?」
とそっけなく答えた。
それに対し、ロメリアは、
「アンジェはあの人のことが嫌いなのですか?」
「うぇ」
唐突な質問に変な声が出る。
「もちろんラヴではなくライクとしてですけれど」
うふふ、と口に手をあて笑うロメリア。
「嫌いじゃないよ。それと同じで好きでもない」
「でもなんとなくですが、モモさんに対して厳しくありませんか?」
「気のせいだよ。ほら敬語使ってるし」
「アンジェの使っている敬語からは敬いを感じませんわ。どちらかというと距離をとっている敬語に聞こえます」
「・・・・・同じよ。敬うのも、距離をとるのも、全部同じこと」
そう考えるアンジェの頭の中ではモモのあるセリフが思い出されていた。
『魔法みたいなずるはしたくない』
そのセリフ。
ずる。
楽。
確かに魔法を使ったら楽にはなる。才能によるところが多い分、努力しなくともある程度は使える。実質、楽で便利だからこそこうして普及しているのだろう。
自分はそのセリフに腹を立てているのだろうか。だからあの人と距離をおこうとしているのだろうか。いや、でも嫌いじゃないそれは事実だった。
距離をおきつつも、不思議な人だと思い、地球の文化にもまた興味がある。
じゃあ、なんなのか。
もしかしてあそこまで言われて何も腹が立たない自分に腹を立てているのかもしれない。魔法をけなされて一番怒らなければならないのは何を隠そうアンジェなのだから。
そして進路への迷いはそれに繋がる。
「でもモモさんと話しているアンジェはとても楽しそうではありますよ」
「そんなことないよ」
そう言ってお互い笑いあう。なんというかロメリアもモモと接しているときは楽しそうなのだ。単純に異世界の者と接しているということからなのだとは思うのだが。
「ちょ、ちょっと待ったロメリア」
そこに割って入ってきたのはある男子。
金髪に近い髪の毛はなぜか爽やかだ。背もそれなりに高く、顔も整っている。しかし落ちつきがなさそうで、子供に見えてしまう、というのが欠点の男子。頼りなさそうとよく言われてしまうのだ。
「あら、イオくん」
「アンジェ・・・・・さんが誰と楽しそうだって?」
表面上ゆっくりゆったりしているものの、なぜか有無をいわさぬ迫力があった。
「盗み聞きははしたないですよ」
「それでアンジェ・・・さんは誰と楽しそうだっていうんだ!」
「毎度毎度だけどさ、イオくん、なんで私に直接聞かないの・・・?」
アンジェは首をかしげる。
毎回、アンジェのことを聞くときはなぜかロメリアに聞くのだ。いや、今考えれば業務的な連絡以外話したことがないかもしれない。
アンジェはロメリアと仲いいなー程度にしか思っていないがロメリアは内心楽しんでいる。イオがアンジェを好きなことぐらい誰にでも分かるはずなのに、それを知らないアンジェ、まわりにそれを知られていないと思っているイオという構図が楽しくて仕方がないのだ。
「モモさんですわ。知らないのですか、最近異世界からやってきた」
「・・・・・あぁ、知ってる。確か魔法のない国から来たとか・・・」
モモは知らないがモモの一件はニュースになっている。
それでほとんどの人間は顔は見たことなくともその事例は知っているというようになっていた。
「まさかその田舎ものと・・・・・!」
「今頃、もしかしたらあなたの家に行っているかもしれませんわね」
ロメリアはにっこりと笑い、
「あなたのお父様が経営しているアルバ牧場、農場に」
そう言って心底楽しそうに笑うのであった。
〇
ドラゴン倉庫から離れて数分。
そこにはかなりの広さの畑が広がっていた。植えてあるものはそれぞれ違うのか見えている部分である葉でさえもバラバラだ。
「こちらは畑になります」
「いや・・・」
気まずい。
なぜ出会ったばかりの女の子に案内されて畑を見なければならないのか。
その女の子は未だに笑顔で説明を続けている。よく観察してみればあちこちに傷のようなものがあり、腰に短刀、脇差のように短い刀が、そしてでかい杖を背負っている。
あれで箒のように空を飛ぶのではないかと思うほどだ。
「で、ここが・・・」
「あのさ」
しかし俺はそれをぶったぎる。人とあまり接しなかったため、きつい言い方になってしまうかもしれないがそれでも言わねばなるまい。
「はい」
にっこりと作り笑顔。
「それ、もうやめていいぞ」
「それ、とは?」
「作り笑顔。上っ面だけのふれあい。そういうのはもう、いい」
俺はやっぱり少し強く言い過ぎたかな、と思った。
言い方に問題はなかったかもしれないが、話し方がまずかった。今まで俺と接触してきた人間はみんなそうだった。誰かに言われたから。誰かに言われないために。
もう聞きあきた。そういうのには。
でもそれは俺の目の前にいるこの子、ナルミルには関係のない話である。この子のせいにしてはいけない。それにこの子は子供だ。そういう世間体を気にする年齢なのかもしれない。
ちなみに俺は小学校高学年から世間体を気にせず生きてきた。
しかしナルミルは。
「ちっ」
と落ち込むでもなく、ただ舌打ちした。
「じゃあ、もう適当にするけど。あんたどこの誰?」
変わりすぎである。
今までの態度と正反対すぎる。
「俺はここの世界の人間じゃない。それと敬語使え敬語」
「まーいいけど」
その後沈黙。
そのように態度を変えると説明を一切してくれなくなった。ここの畑には何があるのかも全く分からない。俺はどうすっかなーと頭をかいていると。
「ギャォおおおおおおおおおお!!!!!」
という叫び声。
声というより鳴き声。
上を見るとドラゴンが飛んでいた。
「すげー・・・」
間近で見ると怖かったドラゴンではあるが地上から見上げるように距離をとり、見てみるとかっこいい。こういうのに憧れない男なんていない。
「あれ、うちのドラゴンね」
つまらなさそうにナルミルが言う。
「そうなのか」
「・・・・・・・あのドラゴンももう駄目ね」
「駄目?」
ダメ、とはどういうことなのだろう。
「空を飛ぶにはかなりの筋力が必要なのよ。ドラゴンでも長時間は飛べない。それが年齢を重ねると尚更よ。ドラゴンの平均寿命は100歳。空を飛ぶ移動用となると50歳ぐらいになるわ。それほどドラゴンを酷使しているのよ」
「そんな・・・それでいいのか?」
「いいの。飛べなくなりそうなドラゴンは死ぬ前に殺して食用にするの」
「なっ・・・」
ペットみたいなものかと思っていた。
死んだらそれを悲しんで埋めてあげるとかそういうことなのかと。
だからこそその回答に驚く。
「お前はドラゴンが嫌いなのか?」
「嫌いじゃない」
「じゃあなんで・・・」
「あんたは食べないの?」
「は?」
いきなりの質問。
「ものを食べないのかって聞いてんの」
なんかずれてないか。
ものを食べるのか食べないかではなく、今、なぜドラゴンを食べてしまうのか、という・・・。
「そりゃ、食べるけどさ」
「おんなじよ。ドラゴンを食べるってことは他の植物とか動物の肉とかを食べるのと一緒」
「でもペットみたいなもんなんだろ。贔屓してもいいんじゃ・・・」
「ものを食べるってことはいけないことじゃないわ。あなたが食べることに対してどのような考えを持っているのかは分からないけれど、食べることはひどいことじゃない」
そう言うと空を見上げ、ドラゴンを見る。
「私は一応ハンター。純粋な人間ではない」
「えぇ!?お前人間じゃないの!?」
「普通分かるでしょ・・・というか、あんたさっき異世界からきたとかなんとか言ってなかったっけ。あれってマジ?・・・・・・まぁ、今はいいや」
答える前に自己完結し、先へと話を進める。
「パパは人間だけどママは人魚とのクォーター。その血を少しだけ受け継いでいる私もまた純粋な人間じゃない。だからあんなパワーが出せる」
初対面の人には恥ずかしいから見せないようにしてるけどね、とまた舌打ちする。
ほんと態度悪いなこいつ。
「だから私が人並みの思考を持っていないとか、非人道的思考の持ち主って考える人もいるの。軽い人種差別みたいなものなんだけどさ」
さらっと言っているけどそれってどうなんだ・・・?
「いや、そうは言いつつもみんな分かってる。生きることがどんなに大変か。他の生き物を殺してまで生きなければいけないのがどんなに大変か」
そう言ったナルミルは強い目をしていた。
自分の考えに確信めいた何かを持っているやつの目だ。
「ほんとはあんなバカみたいに力使ってドラゴン殺してとか、人に見せるの嫌なんだけどさ、気が変わった。あんたは見に来なさい」
そう言って俺を睨む。
「あんたは何も分かってない。どこのお坊ちゃんか知らないけど、教えてあげるわ、大事なこと」
そう言うと、ナルミルはどこかへ行ってしまった。
どうやら怒らせてしまったみたいだ。
「ナルのやつ全然説明してくれんかったな」
俺の後ろにはいつの間にか、メッカさんが立っていた。
「見てたんですか」
「まぁ、あんなつれないやつでも娘でね、心配なわけだよ。あいつどうやら大学にきちんと本音で語り合える友達がいないっぽいし」
と笑う。
てか、あの子、大学生なの!?
「モモより1歳下なはずだ。ま、最初も見たとおり、あいつは猫を被ってるからな、普段外ではああなんだが、場所も家というわけでモモには心を開いたみたいだな」
「いや、どう考えても心閉じてましたよ、あの子」
しかしメッカさんは笑う。
「これを期にどちらも学ぶといい。お前もあいつも俺からしてみればまだまだ未熟だ。さて・・・もう時間も時間だし」
「あ、そうですね。ではこれで」
俺は頭を下げる。
「ありがとうございました」
「うむ、またこいよ」
「はい、機会があれば」
二度と来ないやつのセリフである。
さて、どうやって帰るかなーと考えながら、農場の外に出ると、空から風を切り裂く音が聞こえた。
上を見てみるとそこにはアンジェが。
「こんなところにいたんですか」
「アンジェか。よ、割と久々だよな」
地味に。
ここに来てから毎日会っていたため、数日会っていないだけでも遠い人のように思える。実際には1日ぐらいしか経っていないのだが。
「何か、ここで見つかりましたか」
「さあな。分かったことは魔法は便利だってことぐらいかな」
「便利・・・・・」
アンジェは黙ってしまう。
「モモさんは魔法が嫌いでしたね」
「いや、嫌いなわけじゃないんだが・・・」
「だとしても早くもといた世界に戻れるといいですね。本当に」
そう言うとまた箒にまたがってどこかへ飛んで行ってしまった。
「・・・・・・」
そりゃ俺はもうすぐ元いた世界へ帰る身ではあるし、ここにいる人達と仲良く何かしたいと思っている訳ではない。
しかし、やはり人とこういう距離になるのは何度なっても慣れないものだった。
〇
「ジジ様・・・どうしましょうか」
魔法の国、魔力輸送会社。そことの通信にジジ様は顔をしかめた。
「ふむ、どうすることもできまい。少し国民には我慢してもらわねばならんの・・・」
そうつぶやいた。
大分間があいてしまいました。次はなんとかはやめに・・・。
この話でこの育む。は終わりなので次からまた1話完結かと。しばらく魔法について書いたので次は魔法より日本メインで書きたいと思います。
ではまた次回。